Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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人間のための経済 ガルプレイス博士とペッチェイ博士

随筆 世界交友録Ⅰ Ⅱ(前半)(池田大作全集第122巻)

前後
3  ともあれ経済ほど、現実の社会の変動と密接に結びついている分野もあるまい。だからこそ真の経済人は、現実社会の未来を真摯に考え、行動せずにいられないのかもしれない。実業人でも、ノーベル、カーネギーはじめ社会貢献の事業に晩年をささげた人物は多い。「人類生存へのシンク・タンク」ローマ・クラブを創設したぺッチェイ博士も、経済界から平和運動の道に入られた方であった。
 戦後、ぺッチェイ博士はフィアット社の役員として、後にはイタリア最大の電機産業オリベッティ社の社長として活躍された。「産業の復興こそ戦争に苦しんだ民衆を救う道と信じだが、やがて博士は、自分が売った自動車が、自分の建てた工場が、一面で深刻な公害をも、もたらしているという現実に苦しむ。還暦を迎えてのち、博士が選んだ「第二の人生」は、「人類生存への道を探求する団体」(ローマ・クラブ)の設立であった。
 実戦の中で鍛えられてきた人だけに、「まず行動」の人であった。あるときなど、ローマから私の滞在先のフイレンツェまで、わざわざど自身で車を運転して訪ねてくださったのには驚いた。
 博士の考えの核心にある「人間性革命(ヒューマニスティック・レボリューシヨン)」と、仏法思想にもとづく「人間革命(ヒューマン・レポリュシヨン)」の概念の共通点を語りあったが、「一個人にとって人間革命には、どれほどの期間がいるか」「集団の場合は、どうか」など、博士の問いは、まさに矢継ぎ早であった。
 お会いするたび、時間は一刻たりとも無駄にできないという、実業人ならではの真剣さ、厳しさが、ひしひしと伝わってきた。
 ガルプレイス博士といい、ペッチェイ博士といい、学究と実業人という違いこそあれ、「経済の達人」は、「平和の行動者」としても第一級の足跡を残されている。世界が今後の日本に求めているのは、そうした人物ではないか──私は、そんな感慨を抱いている。
 (一九九四年三月十三日 「週刊読売」掲載)

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