Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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はじめに  

随筆 世界交友録Ⅰ Ⅱ(前半)(池田大作全集第122巻)

前後
1  地球が狭くなったのか、海外の方とお会いする機会が年ごとに増えてきた。求めに応じて、その印象をつづっているうちに、一冊をなす分量になってしまった。
 「週刊読売」に「世界との対話」として一九九四年三月から六月まで、「聖教新聞」に「世界の指導者と語る」として九四年九月から翌年七月まで連載したエッセーをまとめてくださったのが、この書である。
2  人生は、出会いの連続という。さまざまな出会いのつづれ僻りが、人生という歴史の絵模様を描くのかもしれない。そういう意味では、との本は、まぎれもなく私の歴史の証言でもある。
 この六、七年にお会いした方が中心であり、語らいは自然のうちに、冷戦後の世界を見つめるものとなった。
 いわば同じ世紀末の苦悩を分かちあう「同時代人の肖像」である。五十余人の肉声のなかから、何らかの「二十一世紀へのヒント」を読みとってくだされば、これ以上の喜びはない。
 人に歴史あり──語らいの中身だけでなく、その方を今日あらしめた風雪の歴史にもふれるよう努めた。「現代の偉人伝」として読んでくださっても結構である。
 『私の世界交友録』とは読売新聞社でつけてくださったタイトルであるが、どなたも各界を代表する方々であり、友と呼ぶのは失礼にあたる場合もあるかもしれない。ただ、私の語らいは、政治の府対でも経済の次元でもなく、あくまで一人の民衆として、人間の次元からの対話であり、いわば魂の出会いというべき記録である。その意味で、僭越かとも思ったが『交友録』とさせていただいた次第である。
 もとより人物が大きいほど、とくに生前においては、毀誉褒貶の振幅が大きいことはやむをえない。マスコミによる虚像もあるだろうし、意図的にゆがめられたイメージが流される場合もある。それはそれとして「人物は会ってみなければ、わからない」。平凡だが、これが私の結論である。
 なにぶん、多忙のなかでの執筆であり、読み返すと、意に満たぬところばかり目につく。「文は言を尽くさず、言は心を尽くさず」で、登場していただいた方々のすばらしさを万分の一も表現できたかどうか、心もとない。紙幅の関係で書き残したことも多い。
 ただ言えることは、どの方も、鮮やかに「人間」であったということだ。そして、どの方も「国家の論理」から「人間の論理」へという時代の大潮流を見すえておられた。
3  冷戦後の世界とは、脱イデオロギーの時代であり、脱国家の時代であろう。それは、ある意味で「友情の時代」とも言えるのではないだろうか。
 友情には、打算も、立場や国の違いもない。上下の差別もない。民族や血の絆でもなければ、利害の絆でもない。ただ同じ「人間として」の絆しかない。
 ユゴーは小説で、革命の動乱にまきこまれた母親にこう言わせた。「おなえは共和派か、王党か? どっちについているんだ?」と問われて、「わたしは子どもたちについています」(榊原晃三訳、潮出版社)と。彼女には、母であることが、すなわち人間であることがすべてであった。
 日本人であり、ロシア人である前に人間である。政治家や芸術家である前に人間である。共産主義者や宗教者である前に人間である。その人間という原点をともに確認し、掘り下げることが、地球時代の今、求められているのではないだろうか。
 そのためには、すべての相違を超えた共通項である人間、人道、人権という次元に立っての語らいで友情を広げる以外にない。私の対話旅も、そのためのささやかな挑戦である。
4  かつてラッセ=アインシュタイン宣言は、人類の未来を案じつつ、メッセージを一言に要約した。「人間であることを忘れるな。そのほかのことは、すべて忘れよ」
 私が世界のリーダーと語りあったことも、そして、この書で伝えたいことも、それ以外のものではない。
  一九九六年 弥生   池田 大作

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