Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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第27巻  

小説「新・人間革命」あらすじ

前後
1  【若芽】
  1978(昭和53)年4月9日、東京創価小学校が武蔵野の地に誕生し、第1回入学式が晴れやかに行われた。小学校の開校によって、幼稚園から大学院までの創価一貫教育の城が完成する。創立者の山本伸一は、入学式前日に小学校を訪れ、校内を視察。翌日の入学式後にも児童たちと記念撮影、記念植樹をし、昼食を共にして祝福する。
  伸一は、折あるごとに小学校を訪問し、母子家庭や経済的に大変な家庭の児童、障がいのある児童らと自ら会い、抱きかかえるように激励。運動会、児童祭にも出席する。
  1982年(昭和57年)3月、第1回卒業式では、「『平和』の二字だけは生涯忘れてはならない」と語る。翌月、大阪府枚方市に関西創価小学校が開校。伸一との黄金の思い出を刻みながら、創小生の若芽は、大きく成長し、社会へと巣立っていく。
2  【正義】
  学会は、本格的な世界広宣流布の時を迎え、日蓮仏法の本義に立ち返った教学の深化を図り、万人の平等を説く仏法の法理を、広く社会に展開してきた。しかし、宗門の若手僧らは、それを謗法だと言って非難。伸一は、仏子である会員を守ろうと、宗門と対話を重ねる。
  1978(昭和53)年、春から、学会は全国各地で〝合唱祭〟を開催する。4月15日、埼玉文化合唱祭に出席した伸一は、信仰によって躍動した生命で奏でる合唱の歌声は、万人の心を結ぶ〝文化の懸け橋〟となり、仏法を社会に開く推進力となると訴える。
  23日、三重研修道場での三重文化合唱祭に出席。24日には、地元の婦人部本部長宅を訪れ、草創の功労者を励ます。その後も支部婦人部長宅を訪問。寸暇を惜しんで個人指導を重ね、リーダーの在り方の範を示す。
3  【激闘】
  5月3日、会長就任18周年を祝賀する記念勤行会が全国各地で開催された。伸一は、メーン行事となる創価大学での表彰式典で、「生涯、信行学の実践を」と力説する。
  9日には、東京・練馬文化会館の開館記念勤行会へ。信心は晩年の総仕上げの時が大事であり、最後まで堂々と学会を支えていくなかに、真実の黄金の人生があると語る。
  14日から、鹿児島県の九州研修道場で開催された春季研修会に臨む。鹿児島会館や会員宅も訪問し、創価大学出身の青年部員らとも懇談のひと時をもつ。
  17日には福岡へ飛び、九州最高会議で個人指導の基本姿勢を確認。続いて福岡圏・別府支部の体験談大会であいさつ。
  18日、山口市内の支部座談会に出席。座談会の在り方について、功徳の体験を語り、信心の確信に満ちた集いにと望む。
  20日には平和原点の地・広島で初の開催となった本部幹部会に。21日には岡山県女子部の合唱祭で励ましと指導を重ねる。
4  【求道】
  伸一は、5月27日、東北平和会館で東北婦人部長・書記長らを激励。翌日、伊達政宗の騎馬像が立つ、夜の青葉城址を散策。24年前、戸田城聖と共に訪れた折、師が語った「学会は、人材をもって城となす」との言葉が耳朶に響く。
  29日、福島文化会館での代表幹部との懇親会に。翌30日、郡山会館を訪れ、前年に亡くなった会館管理者の追善法要を行い、夫人を励ます。
  6月8日には北海道へ。厚田では、北海道青年部の第6回総会で指導。
  13日には釧路へ。別海の北海道研修道場を初訪問する。滞在中、役員の青年への激励をはじめ、標津町へも足を運び、個人指導に力を注ぐ。16日、上春別で雑貨店とドライブインを営む壮年と、77歳の求道心旺盛な母親を讃え、句を贈る。
  伸一の北海道での激励行は16日間にわたった。この間、共に記念撮影した人の数は約5千人。延べ2万人を超える会員と会い、励まし続けた。

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