Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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寂光  

小説「人間革命」11-12巻 (池田大作全集第149巻)

前後
11  式は終わった。しかし、焼香者の列は、まだまだ続いていた。焼香が終了したのは、午後三時を回ったころであった。この日の会葬者は、実に二十五万人に上った。
 葬儀の運営の責任者であった山本伸一は、一つの事故もなく、恩師を送ることができたことに安堵感を覚えた。
 しかし、逝去の日から続いている極度の緊張感は、依然として、彼の体の芯を貫いていた。
 彼は、葬儀所と、その周辺を、最終点検のために見回ると、めまいがするほど激しい疲労を感じた。
 伸一が、一切の後片付けを終えて、学会本部に戻った時には、既に辺りは夜の帳につつまれていた。本部は、閑散としていた。
 伸一は、二階の広間に行き、戸田の遺影の前に座った。
 もう、
 師の、あの慈愛の微笑を見ることも、厳愛の叱責を聞くこともできなかった。彼は、限りない孤独を感じた。無性に寂しさが込み上げてきてならなかった。
 伸一は、身も心も、疲労の極みにあった。しかし、張りつめた弦のような緊張感が、彼の生命を貫いていた。
 思えば、四月二日の夕刻、電話で戸田の逝去の知らせを受けた時から、伸一の内部で何かが変わりつつあった。多くの側近たちが、悲哀に打ちひしがれていた時も、伸一は、感傷に浸ることなく、その悲しみを、前進への決意に転じてきた。
 彼は、後継の師子として、自分が、学会の一切を担い、師弟の不二の大道を進まねばならない、避けがたき宿命を痛感していたのである。
 伸一は、今、深い疲労のなかで、自身の双肩にのしかかる、責任の重圧を感じないわけにはいかなかった。それは、三十歳の青年にとっては、あまりにも過酷な重圧といってよかった。彼は、自分を鼓舞するように、御本尊に向かった。
 「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……」
 静寂な広間に、伸一の唱題の声が朗々と響き渡った。
 唱題し、ながら、御本尊の向かって右に認められた「大法弘通慈折広宣流布大願成就」の文字と、左の「創価学会常住」の文字が、南無妙法蓮華経の光に照らされ、輝きを放っかのように見えた。彼は、今、しみじみと創価学会の、そして、戸田の弟子としての使命をかみしめるのであった。
 ″戸田先生の大願は、まさに、大法弘通慈折広宣流布であられた。それは御本仏・日蓮大聖人の御遺命であり、学会の大使命にほかならない。御本仏は、その使命を牧口先生、戸田先生を総帥とする、創価学会に託され、召し出されたのだ″
 伸一は、強い決意のなかに、弟子としての自らの進路を悟るのであった。
 ″わが生涯は、広宣流布に捧げよう。先生が、人類の暗夜にともされた幸の灯を、断じて消してはならない。戦おう。前進、前進、また前進だ!″
 この瞬間、彼は胸中に、歓喜と勇気がたぎり立つのを覚えた。そして、悲嘆に暮れている同志を励ますことから、まず始めなければならないと思った。
 彼は、一人ひとりの同志の肩をいだき、手を握りしめ、その頬に流れる涙をぬぐってやりたかった。一人ひとりを背負い、平和の道を開き三世にわたる幸の花園へ運びゆかねばならないと、固く心に誓っていた
 戸田の遺影は、厳として、弟子たちの未来の法戦を見つめているようであった。優しくもあり、厳しくもあった。
 このころから、すべての弟子たちは、山本伸一の姿に、そしてまた、その行動に強い関心を寄せ、深く注目するようになっていった。そこに一条の希望の光と、不安の心を癒す安堵の道を、見いだしていたにちがいない。

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