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日蓮大聖人・池田大作

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涼風  

小説「人間革命」11-12巻 (池田大作全集第149巻)

前後
18  この年の八月は、各支部ごとに地方指導が実施され、全国的に弘教の波が広がった。二十八日には、豊島公会堂で本部幹部会が行われたが、発表されたこの月の折伏の成果は、四万一千世帯を超えていた。
 戸田城聖は、この飛躍を喜びながらも、数多い新入会者に十分な指導がなされず、成長の芽を摘んでしまうことを憂慮していた。
 広宣流布といっても、一人ひとりの人間革命と幸福境涯の確立がなければ、砂上の楼閣になってしまう。
 本当の意味での折伏の成就とは、入会者に信心への不動なる確信をもたせ、彼らを広宣流布の使命に、勇んで突き進む人材に育て上げた時といってよい。
 戸田は、登壇すると、静かな口調で語り始めた。
 「今月は、折伏の数が非常に多い。これは一面、まことに喜ばしいことでありますが、半面、また、非常に憂いをもつものであります。それは、この多い入会者が、本当に最後まで信心していけるかどうかという憂いであります。
 皆様も、十分、承知でありましょうが、なかには退転する人もある。また、熱心に信心に励まない人もいる。
 しかし、五年、六年、あるいは四年ぐらいでも、まじめに信心した人は、生活も向上し、願いも叶っている。
 そうした人を見るにつけ、信心をやめたり、あるいは不熱心のために、功徳を受けられない人のことが、残念に思われてならないのであります。ちょうど、宝の山に入りながら、宝を持たないで帰るようなものです」
 戸田は、退転する人びとのことを耳にするたびに、ひとり心を痛めてきた。彼は、全会員を、直接、自分の手で育てたかった。しかし、もとより世帯の急増は、それを許さなかった。結局は、幹部を育成して、日常の会員の指導を委ねざるを得なかっのである。
 戸田の願いは、支部長から組長にいたる全幹部が、彼の心を心として、戸田と同じ自覚、同じ決意で、会員の育成にあたることであった。
 彼の心とは、全会員を幸福の彼岸へと運ぶことにほかならない。それこそが、彼の根本目的であった。だから彼は、会員を睥睨するかのような幹部の態度を見ると、腹の底から激怒し、容赦なく叱責した。
 また、会員を苦しめる者があれば、どこまでも出向いて行き、命がけで戦った。さらに、会員が元気づき、喜ぶことであるなら、どんなことでもした。
 戸田は、事あるごとに、周囲の幹部たちに、こう言うのであった。
 「幹部のために会員があるのではない。会員のために幹部があるのだ。はき違えるな!」
 「幹部は、会員に奉仕するのだ。仏子に仕えるのだ。それが私の精神だ」
 戸田は、学会の幹部としての使命を、今こそ明確に語っておかなくてはならないと思った。彼は、本部幹部会に集った幹部の顔を見渡すと、話を続けた。
 「昨日、NHKの記者がまいりまして、大阪の婦人向けの番組で放送するのだからといって、いろいろな質問をしてきた。
 そのなかに、こういうのがあった。『この信仰をして、幸せになるといっても、なかには、ならない人もあるのではないか』という質問です。『断じて、そんなことはない』と、私は言いました。
 酒を飲めば人は酔う。その人の体質によって、一升では酔わなくとも、五升飲ませれば、誰でも酔うのが当たり前です。ご飯を食べるにしても、五杯も食べさせて、まだ、お腹がいっぱいにならないような人はいません。
 同じように、この信心をして、幸せにならないわけは絶対にないのです。ただ、宿業のいかんや、信心の厚薄によって、時間の長短は違います。病気をした時に、同じ薬を飲ませても、人によって早く効く場合と、時間がかかる場合があるようなものです。
 しかし、絶対に幸せになるということだけは、間違いない。ですから、せっかく御本尊様を持ちながら、それを粗末にしたりして、一生涯、損をするようなかわいそうな人たちを、出さないようにしていただきたい。
 今晩、お集まりの幹部の皆さんは、よく会員の人たちの世話をし、懇切に指導してやってください。
 そして、一人ひとりに、『信心してよかった』という喜びを、味わわせてあげていただきたいと思います」
 戸田は、組織というものは、人体に譬えれば、いわば、骨にすぎないと考えていた。そこに温かい信心の血を通わせる血管が、幹部のきめ細かな指導と激励であり、血を送る心臓は、ほかならぬ戸田自身であった。戸田は、血管が途中で詰まって、彼が送り続ける信心の血が、通わなくなることを憂えたのである。
 参加者は、会員に対する戸田の心をあらためて知り、強く胸を打たれた。参加した幹部たちは、それぞれの組織の一人ひとりを胸に浮かべ、徹底して個人指導に励もうと心に誓った。
 本部幹部会では、ブロック制の改革も発表され、まず東京都内の各区に、総ブロック制が敷かれた。新しいブロック組織は、総ブロック長、大ブロック長、ブロック長、小ブロック長という体制で出発することになったのである。また、婦人部の役職として、タテ線の地区担当員や班担当員同様に、総ブロックには総ブロック委員が、大ブロック以下の組織には、それぞれ担当員が設けられた。
 山本伸一も、この日、葛飾区の総ブロック長の任命を受けた。
 彼は、ますます多忙を極めたが、自己の責任の一つ一つを、完壁に果たしゆくことを自らに誓っていた。

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