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日蓮大聖人・池田大作

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波瀾  

小説「人間革命」11-12巻 (池田大作全集第149巻)

前後
16  炭労の問題が、社会の表面に浮上し始めてから数日後に、今度は、大阪の新聞各紙に、またまた創価学会に関する衝撃的な記事が載り、そのことを知った全国の会員は、愕然とした。
 五月二十二日の大阪方面の夕刊の記事である。
 ――大阪府警は、四月の参議院大阪地方区補欠選挙で、投票日の前日、創価学会が推薦していた候補・尾山辰造の氏名を書き込んだタバコや、名刺を貼り付けた百円札が、何者かによってばらまかれた事件を調べていたが、容疑者として学会員四人を逮捕、一人を任意出頭で取り調べ、逃走中の一人を追及中――というのである。
 そして、逃走中の学会地区部長・大村昌人と、既に逮捕されている一人が、四月十八日に飛行機で大阪に乗り込み、汽車で来た会員三十人と作戦を練り、タバコと百円札を、投票日の前日朝、府下十カ所の職業安定所前でばらまき、さらに夕刻には、北大阪などで軒並みに百円札をばらまき、同夜、東京に引き揚げた――と報じていた。
 また「百円札の数は確認されていないが、約百万円といわれている」とも書かれていた。
 この事件を、対立候補の悪質な謀略と、すっかり思い込んでいた関西の学会員が、驚愕のあまり、口もきけなかったのも無理はない。まして、東京の地区部長が、首謀者の一人であったというのである。
 この報道は、直ちに東京の学会本部にもたらされた。
 戸田城聖をはじめ、首脳幹部の苦慮は深かった。
 「公明選挙をモットーとし、一切の違反をするな」と、厳命して行った、このたびの選挙戦である。このような見えすいた、利敵行為にもなりかねない犯罪が、どうして行われたのか、理解に苦しむところであった。一部の跳ね上がった会員の、軽率極まる即断行為なのか、あるいは、創価学会を陥れる策謀に踊らされたものなのか、不可解このうえなかった。
 学会も、さっそく独自に調査を開始した。そして、事実を明らかにし、学会として断固たる処分に踏み切ろうとしていた。
 しかし、創価学会始まって以来の、まことに恥ずべき不名誉な事件であることは言うまでもない。有能にして高潔な人材を、政界に送り出そうとした選挙に、この愚劣な犯罪行為が、すっかり泥を塗りたくってしまったといってよい。
 戸田は、この事件を契機に、検察当局の、創価学会に対する偏見が高じて、冤罪を被ることを心配した。彼が、戦時中、獄中にあって取り調べられた経験から、それを最も恐れていたのである。
 この彼の危慎は、残念ながら、単なる危慎には終わらなかった。
 この年の五月中旬から下旬にかけて、寝耳に水のような事件が、二つまでも重なったのである。大波、小波が押し寄せてきて、そのはるか向こうに、牙をむく怒濤が見え隠れしていた。
 戸田城聖の健康は、四月三十日の発作以来、徐々に回復に向かってはいたが、ここにきて、心身の疲労は、いたく彼の体をさいなみ始めていた。
 しかし、一瞬の休止もなく、どんな怒濤にも対処しなければならなかった。時には波を避け、時には波を砕き、しぶきを上げながら、なおかつ進まなければならない。さもなければ、船は転覆するからである。
 戸田は、舵を固く握って、荒天の海で、波高と戦う捨て身の構えをしなければならなかった。
 彼の晩年における最後の闘争が、始まりかけていたのである。

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