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日蓮大聖人・池田大作

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匆匆の間  

小説「人間革命」7-8巻 (池田大作全集第147巻)

前後
20  戸田は、この夜、自宅の二階の書斎で、一人机に向かっていた。
 聖教新聞の元日号のために、小説『人間革命』の原稿を急いでいた。
 小説の場面は、一九四三年(昭和十八年)七月のある朝、刑事が彼を検挙に来たところにさしかかっていた。彼は、その日のことを、まざまざと思い出しながら、ぺンを運んだ。書き終えて、ふと十年の歳月が流れていることに気づいた。
 回想は回想を呼ぶ。恩師・牧口常三郎を偲びながら、軌道に乗りかけた現在の創価学会の発展を、ひと目でもよいから、牧口に見てもらいたかった。
 苦しい十年の戦いであった。しかし、彼は、今年、五万世帯の折伏を遂行することができたのである。牧口は、どんなに喜ぶことだろう。
 戸田にとって、今年の戦いは試金石であった。これに勝利するならば、広宣流布への道は、はや確実といってよい。彼は、この年の暮れを待っていたのである。
 彼は、いつしか将来に思いを馳せていた。今年七万、来年十五万、それから再来年は……彼の厳密な計算は、数年の先に、いやでも七十五万に達することを予見した。
 広宣流布の基礎を確実ならしめる七十五万世帯、彼の願望である七十五万世帯……この時、彼は、心臓が異様に高ぶるのを覚えた。彼は、思わず胸を押さえてさすりながら、唱題しなければならなかった。
 彼は、ふと、自身の恐るべき衰弱に思い当たった。肉体を破壊してしまった、あの悲惨な獄中生活から十年――彼の肉体は、はや疲れきっていたのである。彼は、今、晩年にあることを悟らないわけにはいかなかった。
 七十五万世帯は刻々と近づくであろう。と同時に、彼の生涯もまた、刻々と終末へと近づきつつあることを、自覚せざるを得なかった。
 彼は、永劫を感得する覚めた心で、勤行のために敬虔に御本尊に向かった。
 (第七巻終了)

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