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日蓮大聖人・池田大作

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道程  

小説「人間革命」3-4巻 (池田大作全集第145巻)

前後
8  食糧難の時代である。とっておきの菓子や、感想バナナで、お祝いが始まった。このような感激の団欒は、かつて味わったことがなかった。森川父子の本当の信心が始まったのは、結局、この夜からであった。
 仕事に就いていたとしても、生活困難な時代である。そんななかで職を失ったのだ。一家八人の生計は、容易なことではない。大人たちは、額を寄せて考えた。しばらく日がたつた時、老母が提案した。
 ――今の時代は、みんな腹を空かしている。質より量である。ともかく腹いっぱい食べさせる外食券食堂を、やってみてはどうだろう。
 一同は賛成した。家族八人の毎日の炊事の規模を、数倍に拡大すればいいのだ。これは商売になる。幸二は、喜んで、家屋の一部分を改造した。そして、素人くさい食堂が始まったのである。
 戸田城聖が、蒲田の青年を連れて森川家の座談会に出向いたのは、このころのことだった。戸田は、意外に元気な森川一家の空気を感じると、いかにも嬉しそうに、さまざまな話題をとらえて幸二たちを励ました。
 いつか冬の日も暮れて、いつもの座談会の時刻となった。まず、蒲田の原山と関がやって来た。二人は、戸田が来ているとは全く知らなかった。鶴見の人たちも、十人近く集まってきた。
 戸田は鶴見の人たちを一目見るなり、森川一家は心配ないとしても、他の人たちはそろいもそろって、よどんだ暗い影があることを見抜いた。彼は、どっしり真ん中に座って、いつになく真剣な態度で語り始めたのである。
 「ほかでもないが、知つての通り、森川君は解雇され、仕事を失った。一生懸命信心したのに、おかしなことだと思いませんか。みんなよりも熱心にしたんですよ。どうしたんだろうと、不思議に思いませんか」
 町工場を細々とやっている佐川久作が言いだした。
 「先生、実は、そのことで困っているんです。森川さんが座談会で、俺は仕事を辞めさせられたが、変毒為薬してみせるなどと言うものですから、みんな信心を疑いだしているんです」
 「みんなじゃない。まず、君がだろう」
 戸田は、大声で叱るように言った。
 「いいえ、私はわかっております。『行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競い起る……』」
 「理屈でわかることはできる。しかし、信心でわかるというのは、全然違う。佐川君は、今、森川君のことで困っていると言ったではないか。君が、本当にわかっていたら、困るなどと愚痴を言うはずもなかろう。本当にわかつては、いないんだよ」
 佐川は不服そうである。戸田は、病重し、と見たのか、さらに言葉を続けた。
 「私が心配しているのは、森川君のことではない。鶴見のあなた方のことです。信心していて、会社を解雇された。おかしなことだと思いながら、諸君のなかで誰一人、戸田のところへやってきて、面と向かって、どうしてか、と率直に詰問する人がいなかったことだ。
 そのくせ、集まれば、困ったもんだと、互いに批判し、疑っている。これは仏法からみて恐ろしいことだ。森川君の問題は、既に解決している。少し長い目で見ていなさい。ちゃんとわかるから。
 信心といっても、長い長い道程です。過去遠々劫といって、人間、過去に何をやってきたか、わかったものではない。少し信心をしっかりやると、いろんな、いやなことも起きよう。
 大聖人は、『過去の重罪の今生の護法に招き出だせるなるべし』ともおっしゃっている。つまり、十年、二十年先に苦しまねばならぬことも、熱心な正しい信心のゆえに、その業を今に招き、早いうちに軽くすまして、後の安穏を保証してくださっているんだ。信心さえ、あれば、ことごとく功徳なんだよ。信心なくして疑えば、すべて罰だよ。
 森川君一家は、功徳だと喜んでいる。関係のない諸君が、それを疑って罰を受ける。こんな割に合わない話は、戸田は大嫌いだ。御本尊が根本であるのに、自分のことならともかく、他人の身に起きたことで疑って退転していく。これほどつまらないことはない。
 今夜は来てよかった。戸田は、断じて、諸君を誤らせたくない。悠々と、立派な信心を続けていきなさい。そして幸せになることだ。諸君の信心のためなら、戸田は、どんなことでもしてあげる。少しは、わかってくれたかね」
 座談会には、一正の友人で、釣りばかりしている野田満という青年もいた。平松という、姑にいじめられて泣いていた夫婦の姿も見える。最近、蒲田から引っ越してきて、家中の信心反対のなかで、びくびくしている若い娘の高田ヒデ代もいた。半年前、小岩から鶴見の生麦へ移転してきた山川夫妻も、今夜は、仲良く並んでいる。佐川久作夫妻は、顔を上げることもできず、神妙に固くなっていた。
 戸田の言う通り、森川幸二は、一年たたぬうちに、招きに応じて川崎のある信用組合に就職した。さらに数年たった時、彼は横浜市(鶴見区選挙区)の市議会議員に最高点で当選したのである。
 ともかく、この夜から、鶴見の人びとは、森川父子と共に、決然と立ち上がった。やがて鶴見支部は、華々しい折伏の火の手を上げることになるが、それは後日の物語とする。
 戸田城聖は、この夜、鶴見の地に、見事な信心の布石をしたのである。広宣流布は長い道程みちのりである。だが、戸田の歩む索漠たる瓦礫の道には、新しい生気に満ちた緑の草が、その足跡に、必ず、はつらつと萌えたのである。
 (第三巻終了)

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