Nichiren・Ikeda

Search & Study

日蓮大聖人・池田大作

検索 & 研究 ver.9

はじめに  

小説「人間革命」1-2巻 (池田大作全集第144巻)

前後
1  私が戸田城聖先生の伝記小説を、いつの日にか書くにいたるだろうと、人知れず心に決めてから、久しい歳月が過ぎた。
 昭和二十六年(一九五一年)春、「聖教新聞」発刊の直前、ある日、先生はポケットを押さえながら言われた。
 「小説を書いたよ。いよいよ新聞を出すからには、小説だって載せなければならないだろう」
 先生はいそいそと嬉しそうであった。
 第一号の原稿は、先生のポケットの中に収まっていた。
 これが、妙悟空著の小説『人間革命』誕生の一瞬であった。
 この時、私は即座に思った。
 ″私もまた、いつの日か、続『人間革命』ともいうべきものを書かねばならない″と。
 そしてまた、昭和三十二年(一九五七年)夏、軽井沢での一夜、思えばご逝去の八カ月前であった。
 先生は静養中であり、既にお体は非常に弱っていた。私は、さまざまなど指示をいただいた末に、談たまたま上梓されたばかりの単行本『人間革命』に移った。
 「大作、俺の『人間革命』どうだい?」
 先生は、出来栄えを気にしているらしかった。
 私は恐縮したが、率直に申し上げた。
 「読ませていただきました。前半は極力、小説そのものとしてお書きになられたと思います。後半は、先生の貴重な体験をもととした記録として、私は特に感銘いたしました」
 「そうか。自分のことを一から十まで、うまく書くわけにはいかないからなー」
 先生は呵々大笑された。
 私は、その声の響きのなかに、先生のご生涯を通して、先生のご精神を誤たず後世に伝えるのは、私の使命であり、先生の期待であることを知った。
 そして、時を待っていたのである。
 先生のおっしゃる通りである。自分のことを、一から十までうまく書くわけにはいかない。
 ゲーテは、その自伝にさえ『詩と真実』″Dichtung und Wahrheit″と題した。このドイツの原語を、日常の平明な言葉に訳すならば、「ウソとマコト」ということにもなる。それが彼の自伝である。
 ゲーテは、なかなかの正直者といわなければならない。人間の網膜に映った単なる事実が、ことごとく真実を語っているとは限らない。いや、真実を歪め、真実を嘘にすることもあろう。ここが、大事なところだと思う。ゲーテをはじめ、優れた作家たちが、心を千々に砕いたのは、まさにこの一点にこそあったからである。そして一見、仮構と思われるその先に、初めて真実の映像を刻みあげることができる。
 私もまた、先生の真実の姿を永遠に伝えるために、心を砕かねばならぬ。
 先生に縁する登場人物は、おそらく数百人になんなんとするだろう。これらの登場人物のうち、牧口常三郎先生と戸田城聖先生など、実名は一部の人とし、あとは仮名とすることをど承知願いたい。実在の一人の人物が、時には二人の仮名を必要とすることもある。あるいは実在の二人の人物が、一人の人格として仮名で登場することもあろう。また、三人が一人にしぼられ、いや無数の人びとが、たった一人の人物を名乗って現れてくるかもしれない。
 ともあれ、一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする――これが、この物語の主題である。
 最後に、この小説が数年聞にわたって続けられ、おそらく十数巻になることを読者にご了承願い、ご支援を請う次第である。
               昭和三十九年(一九六四年)十二月二十二日

1
1