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日蓮大聖人・池田大作

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人間共和の理想郷・岩手 汝の原野に挑め! 時代を開け!

2003.2.20 随筆 新・人間革命5 (池田大作全集第133巻)

前後
1  「わたしたちは一層新しい、一層力に満ちた世界へ、変化した世界のうえに進出するのだ」(『詩集 草の葉』第三文明社)
 これは、岩手出身の詩人・富田砕花氏が訳された、ホイットマンの詩である。
 「岸辺を下り、陸路を越え、山々の険峻をのぼって、
 未知の路をわたしたちは行きながら征服し、占領し、敢行し、危険を冒す、
     開拓者たちよ! おお、開拓者たちよ!」(同前)
 私も青春時代、この詩を、高鳴る鼓動をもって、幾度となく詠誦したものであった。
 立春を過ぎてもなお、今は、北国の同志にとって、最も厳しく、辛い寒雪の季節だ。
 しかし、大変な時にこそ、「さあ来い!」と、満々たる闘魂を燃やして戦い勝ってきたのが学会魂である。
 これが、わが栄光の岩手の同志の心意気だ。
2  岩手は岩手らしく、”希望と開拓”をモットーにして進もう!」
 一九七二年(昭和四十七年)の七月十四日──私は、記念撮影会のために、盛岡の県営体育館に集った三千六百人の友に、万感の思いで、こう呼びかけた。
 風雪に耐え抜いた岩手の天地から、二十一世紀の広宣流布の新しき流れを巻き起こすのだ。この日、愛する大岩手の新出発が本当に嬉しかった。
 「希望」は、いずこより来るか。
 それは「必ず勝つ」「必ずこうしてみせる」という強き一念から起こる。自分の思いこそが未来を創る。「未来の果」は、「現在の因」に納まっているからだ。
 そして「開拓」とは、自分自身への挑戦だ。
 人は、誰でも未踏の原野をもっている。それも、どこか遠い彼方ではなく、ごく身近にあるものだ。
 苦手だからと、つい避けてきた課題。先入観から「どうせだめだ」と諦めできたり、「いつかやろう」と思いながら、いつも後回しにして手っかずだった問題……。
 最も手強い壁は、実は心の中にある。ゆえに、勇気をもって自分と向き合い、「自己拡大の戦い」「人間革命の戦い」を起とすことだ!
 「汝自身の原野」に雄々しく挑め! その人こそ、最も勇敢なる開拓者である。
3  わが岩手の同志は、「団結」の二字で、勝利の道を開いてきた。
 岩手には、大いなる「宇宙への窓」がある。
 国立天文台「水沢観測センター」では、電波望遠鏡を使って銀河系の三次元地図を作る「VERA(ベラ)計画」が進んでいる。
 望遠鏡のアンテナの直径(口径)は二十メートルと決して大きくはない。だが、これを、小笠原の父島、鹿児島、沖縄の石垣島に同じく設置されたアンテナと組み合わせると、実に直径二千キロのアンテナに匹敵する結果が得られるという。
 その威力は、なんと月の上に置いた「一円玉」が見分けられるほどで、これまでの百倍以上の精度で観測できるようになる。
 団結の力も、まさに、このようなものではないだろうか。それは、たんなる「足し算」ではない。何倍何十倍にも威光勢力を増す「掛け算」なのである。
 蓮祖は「異体同心なれば万事を成し」と仰せだ。決然と立ち上がった勇者の強き結合のなかにこそ、不可能を可能にする、驚嘆すべき未曾有の歴史も輝きわたる。
 自らも悩みと格闘しながら、友の悩みをわが苦として必死に題目を送り、励まそうと、吹雪のなかに飛び出して行く──これが、岩手の勇者の熱き心意気であった。この精神こそが、固い固い同志の絆を育んでいったのだ。
 仲の良い、和気あいあいとした団結の姿は、それ自体、人間共和の縮図である。
 この団結のなかにこそ、「境涯革命」がある。利己主義や自分本意の我見では、皆と心を合わせることができないからだ。ゆえに、団結できるということは、自身のエゴに打ち勝った人間勝利の証なのである。
4  昨年、皆様の祈りに包まれてオープンした、”みちのく記念墓地公園”から望む水沢市一帯には、民衆の団結」の歴史が眠っている。
 時は延暦八年(七八九年)のこと。豊饒なる東北に支配権を伸ばさんと、都の将軍・紀古佐美の率いる約五万三千人の大軍が集結した。
 この時、民衆の抵抗戦を指揮したのが、胆沢地方の族長アテルイであった。昨年は、彼の「没後千二百年」にあたっていた。
 北上川に沿って攻め来る、選り抜きの戦闘部隊を迎え撃ったアテルイ軍は、わずか二千人。しかし、神出鬼没の猛攻で、敵の精鋭を蹴散らし、圧勝したのである。
 史書に名を残す「巣伏の戦い」である(『続日本記』5青木和夫ほか校注、『新日本古典文学体系』16所収、岩波書店、参照)。その古戦場は、私たちの水沢文化会館にも、ほど近いようだ。
 当然、地の利を活かした優れた作戦もあろうが、根本の勝因は、郷土を愛する勇者たちの「鉄の団結」ではなかったか。
 御書に引かれた、周の武王が八百人の団結をもって七十万騎の殷軍を破った故事を目の当たりにするような、赫々たる大勝である。都の傲れる貴族たちを、あっと驚かせたにちがいない。
5  今や「六分県」に発展した岩手は、いわば「六頭の師子王」が一丸となり、師子奮迅の大力で驀進する。
 頑張れ! 全国の友が皆様の前進を瞠目して見つめ、圧倒的な勝利を祈っている。
 妙法の闘将たる我らの武器──それが正義の言論だ。
 「日蓮が一門は師子の吼るなり」である。
 悪は断じて責めねばならぬ。悪と知りながら目をつぶることは臆病であり、無慈悲以外の何ものでもない。
 「彼が為に悪を除くは即ち是れ彼が親なり」とは、創価の父・牧口先生が常に語られた一節である。
 正義は叫び抜かねばならない。声を大にして、声も惜しまず、内にも、外にも、堂々と語るのだ。いな、師子吼するのだ!
 御本尊の大功徳を、広布の使命に生きる喜びを、わが同志の敢闘を、そして学会の正義と真実を!
 「法華経の功徳はほむればいよいよ功徳まさる」と、大聖人は教えてくださっている。自分が叫んだ分だけ、幸福の拡大、友情の拡大、栄光の拡大があり、わが身に無量の大功徳が噴き上がるのだ。
6  一九六〇年(昭和三十五年)、第三代会長に就任し、世界広布の戦いを開始した私と共に、わが岩手の同志たちは、心一つに敢然と立ち上がってくれた。
 それが「岩手支部」の晴れの出発であった。
 戦う勇気がある限り、不二の磁力で結合した師弟の魂は、常に一体である。広布を誓った共戦の師子の紳は、誰人も切ることはできない。
 「諸君よ更にあらたな正しい時代をつくれ」(「生徒諸君に寄せる」、『宮沢賢治全集』2所収、筑摩書房)と、岩手が生んだ大詩人・宮沢賢治は歌った。
 今、我らの陣列には、「新しき世紀」を創る、偉大なる熱と力が躍っている。
 今日も、また明日も、同志と勝鬨をあげながら、共々に築こうではないか!
 強き民衆の岩手城を!
 世界第一の理想郷を!

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