Nichiren・Ikeda

Search & Study

日蓮大聖人・池田大作

検索 & 研究 ver.9

アフリカの希望の朝 不屈なる魂で築け! 幸福大陸

2002.8.16 随筆 新・人間革命5 (池田大作全集第133巻)

前後
1  「宇宙から見た、最も印象的な光景は?」
 私は、ロシアの著名な宇宙飛行士であるセレブロフ氏に質問したことがある。
 宇宙遊泳を十回も経験された氏の答えは、まことに味わい深い。
 「木星の美しさは格別でした。しかし、最も美しい光景は『地球』です」
 それは、たとえばどこかと尋ねると、氏は即座にアフリカを挙げられた。
 「マダガスカルからアフリカ大陸に向かって続くコモロ諸島は、まるで螺細(貝殻を用いた装飾工芸)のように美しくつながって見えました」
 思えば、マダガスカル共和国でも、わがSGIの同志が生き生きと活躍している。
 つい先日も、「元気に総会を行います」と、嬉しい報告をいただいた。
2  今、世界が、二十一世紀のアフリカを見つめている。この七月、大陸の全五十三カ国が加盟し、待望の「アフリカ連合(AU)」が新発足した。また、今月下旬には、南アフリカで環境開発サミットも開催される。
 アフリカ新時代へ、新たな希望の太陽は、長き苦闘の歳月を越えて、民衆の歓呼と共に昇り始めた。
 かつて、セネガルの詩人であり、独立の父であるサンゴール初代大統領は、自由の喜びを高らかに歌った。
 「おお! 束縛の絆を断ち切った この人びとに/祝福を与え給え」(土屋哲『現代アフリカ文学案内』新潮社)
 アンゴラのネト初代大統領も、また詩人であった。
 「きみはつくりだす/戦いの斧から 星々を/子供たちの悲しみから 平和を/奴隷制度の汗と涙から平和を/憎しみから 平和を」(高田留美子訳編『アジア・アフリカ詩集』土曜美術社)
 社会の不条理や悪を許さない、やむにやまれぬ魂の沸騰こそ「詩心」である。
 植民地支配や差別に虐げられた大地から、詩人が立ち上がり、人民を解放していったのも、決して偶然ではない。まさに、真の詩心のなせる大事業であった。
3  「アフリカの年」と呼ばれた一九六〇年(昭和三十五年)、私は、第三代会長に就任した。
 十七の新国家がアフリカ大陸に誕生し、「自由と解放の鐘」の音が全世界に響き渡った、輝かしい年である。
 古い地図は次々に塗りかえられ、それまでの独立国と合わせ、面積にして大陸全土の四分の三が植民地支配から解放された。二十一世紀は「アフリカの世紀」になることを、私は強く感じ始めた。
 この年の十月、ニューヨークの国連本部を訪ね、国連に新加盟したアフリカ諸国のリーダーが、議場を生き生きと動く姿を見た時、その思いは確信に変わった。
4  アフリカは、「人類発祥の黎明の大地」である。
 だが、最も尊敬されるべきこの「母なる大地」が、近代の歴史のなかで、最も虐げられ続けてきたのだ。ここに大きな不幸があり、悲劇がある。
 中国の周恩来総理は、植民地主義に苦しんだ、アジア・アフリカの民衆の解放こそ、新しい世界の団結軸であることを訴えられた。
 「このような苦しみをなくすことを共通の了解にすれば、われわれが相互に理解し、尊敬し合うこともむずかしくはないでしょう」(ディック・ウィルソン『周恩来──不倒翁波瀾の生涯』田中恭子・立花丈平訳、時事通信社)
 アフリカほど平和を求めている大陸はない。内戦。民族紛争。難民問題。祖国の大地を知らず、難民キャンプで生まれ、死んでいく人も少なくない。
 アフリカほど困難と闘っている地もない。貧困。飢餓。疫病。砂漠化。それでも、「欲しい物は」と聞かれると、「自由」と答える子どもたちがいる。
 かつて誤解されたように、アフリカが「暗黒大陸」なのではない。アフリカを不幸にしてしまった人間の心こそ、暗黒であろう。
 ここを「幸福大陸」「希望大陸」にしていくことが、人類共通の目標でなければならない。
5  アフリカに学び、アフリカを大事にしていく時代を築いていくことだ。
 過日、私どもSGIは百八十三カ国・地域に拡大したが、新たに同志が誕生した国の一つは、アフリカ南部のレソト王国であった。これで創価の友が活躍するのは、ガーナ、ケニア、ナイジェリア、ザンビア、南アフリカなど、四十一カ国・地域となった。
 蓮祖が仰せの「地涌の義」そのままに、地上に躍り出た皆様方こそ、偉大な「アフリカの世紀」の開拓者だ!
 「湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり」と仰せの通り、一心不乱に、アフリカ人民の幸福を祈り、戦い、働いてきた、崇高な平和の師子よ!
 この方々を守り、讃えずして、誰を讃えるのか。仏天の賞讃は絶対に間違いない。
 一九八四年(昭和五十九年)の十月、SGI総会が開かれた和歌山・白浜の関西研修道場で、私はアフリカの友と一緒に記念のカメラに納まった。
 にっとりと白い歯を見せ、私と妻の聞にはさまって写る青年がいた。撮影後も、嬉しそうに、頭の上で何回も手をたたいていた。コートジボワールの現理事長である。当時三十歳で、入会間もない初来日の彼を、私は、全力で励ましたことを覚えている。
 現在、コートジボワールでは、約七千人の同志が喜々として信仰に励む。
 理事長は、国立アビジャン・ココディ大学の助教授である。中心幹部に、信心即社会の実証に輝く人材が多く、同志の希望となり、大発展の原動力になっている。
6  六月にも、このコートジポワールの代表十人が、勇んで来日された。
 「歌を歌わせてください」
 海外の友との懇談会の折、メンバーが声をあげた。
 「ありがとう! 喜んで聴かせていただくよ」
  ……SENSEI WAH(センセイ・ワー)
  AFRICA SENSEI WAH(アフリカ・センセイ・ワー)
 「先生が来る」「アフリカに先生が来る」という意味という。
 皆で作った、短く、シンプルな歌である。いな、歌というより、魂そのものに触れたような思いがした。
 真心には真心で応えたい。私はピアノに向かった。曲は”大楠公”。父子一体で平和へ戦う心を込め、鍵盤を叩いたのであった。
 昨年、新しくクマシ文化会館が誕生したのは、西アフリカのガーナであった。
 わが同志は、地域の方々も交えて、開館記念の文化祭を催し、伝統の民族舞踊などを楽しく披露した。
 来賓の王室の方が、心から感嘆しておられたそうだ。
 「これが仏教の在り方ならば、実にすばらしい」
 アフリカには、近代化などの陰で、伝統文化が踏み荒らされた痛恨の歴史もある。
 「聞かれた精神」でアフリカ文明と対話していく大乗仏教が、ますます脚光を浴びていくにちがいない。
 ガーナといえば、一九八四年(昭和五十九年)に、首都アクラに同志が手作りで完成させた、アフリカ初のガーナ会館がある。
 クギ集めに始まり、土を運び、ブロックを積み、ペンキを塗る──週末を使った自発的な建設作業「カイカン・ワーク」に汗した人は、五年間で延べ二万人を超えた。
 まさに、広布の情熱が結晶した会館だ。それを、反逆の輩が悪坊主と結託して横取りを画策したが、公正な法的裁定により、完全に粉砕されたことは、記憶に新しい。
 法華経にいわく。
 「閣浮提に広宣流布して断絶せしむること無けん」──全世界に広宣流布せよ。この妙法を決して断絶させることがあってはならない。
 人間を侮蔑し、魂の自由を侵す悪魔や魔民どもを、断じて跳梁させてはならない。
 この釈尊、そして大聖人の遺命通りに、わが誉れのアフリカの同志は勇敢に戦い抜いた。
 民衆は勝った。炎の勇気と鉄の団結で、邪悪を完膚なきまで打ち破り、正義と幸福の城を守り抜いた!
 雨に打たれて、草木は青々と茂る。苦難に鍛えられて、人間の宝冠は輝く。
 南アフリカの巌窟玉、マンデラ元大統領は叫んだ。
 最も尊貴な財産は、「どんな純度の高いダイヤモンドにも増して誠実で強靭な民衆なのだ」(『自由への長い道──ネルソン・マンデラ自伝』下、東江一紀訳、日本放送出版協会)と。
 信仰とは「勇気」の炎だ。「希望」の光だ。生き抜く「不屈」の魂だ。
 燃える情熱と麗しき連帯で進もう! 使命深き「幸福大陸」の建設者たちよ!
 「アフリカの世紀」の太陽は、我らの前に輝いている。

1
1