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日蓮大聖人・池田大作

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「原水爆禁止宣言」に思う 平和へ!魔性の生命との大闘争を

2001.9.7 随筆 新・人間革命4 (池田大作全集第132巻)

前後
1  この九月十二日から四カ月間にわたって、「私は忘れない 人権の闘士――サイモン・ウィーゼンタール」展が開催される。
 会場は、横浜・山下公園の側に立つ戸田平和記念館。
 開館から二十余年、神奈川文化会館に隣接するこの記念館は、建物自体も歴史的建造物として名高く、多くの平和・文化・教育の啓発運動の拠点となってきた。
 横浜は、いうまでもなく、第二代会長の戸田城聖先生が、亡くなる前年(昭和三十二年)の九月八日に、あの人類史的な「原水爆禁止宣言」を行った、創価の平和の源流の地である。
 その四十四周年を記念して日本初公開されるのが、今回の”ウィーゼンタール展″なのである。
2  サイモン・ウィーゼンタール氏は現在九十二歳。ナチスによる残虐非道な「ホロコースト」(ユダヤ人虐殺)を奇跡的に生き残り、その犯罪を追及することに半生を捧げてきた。
 世界の良識ある人びとは、彼をこう賞讃する。
 「人権の闘士」――。
 ナチ犯罪人と、その協力者は、彼を恐れてこう呼ぶ。
 「ナチ・ハンター」――。
 彼が調査したナチスに関係する事件は、これまで六千件を超え、千百人ものナチ犯罪人を裁判所に送ってきた。
 彼の仮借なき追及は、ホロコーストを過ぎ去った出来事にしようとする、「忘却」との戦いでもあった。
 「私は忘れない!」と、彼は叫び続ける。あの非道なる殺裁を、犠牲となった同胞の血の涙を、慟哭を、断絶させられた無数の人生を。
 ナチスに虐殺されたユダヤ人の詩人は痛切に書き遺した。
 「永遠の傷は忘却の中で癒されてはならないのだ」(カツェネルソン『滅ぼされたユダヤの民の歌』飛鳥井雅友・細見和之訳、みすず書房)
3  ウィーゼンタール氏の崇高な信念を彷彿させる、こんなエピソードがある。
 戦後の数年間、ユダヤ人青年や元パルチザン(反ナチ遊撃隊)が訪ねて来ては、氏がつかんでいるナチ犯罪人の情報を欲しがった。
 しかし、氏は、情報の提供を断固拒否したのだ。彼らがナチ犯罪人に私的制裁を加え、殺そうとしていることが明らかだったからである。
 必要なのは、正当な法的制裁である。「目には目を」の報復では、新たな悪を重ねるだけで、正義は回復されないと、ウィーゼンタール氏は考えていたのである。(『ナチ犯罪人を追う』下村由一・山本達夫訳、時事通信社、参照)
 私は、まだ氏にはお会いしていないが、何度も語り合った「サイモン・ウィーゼンタール・センター」のクーパー副会長が、あるインタビューに明言しておられる。
 「ホロコーストの後で人類がすべきことは、復讐ではなく、人間の間の信頼の回復であると、彼(=ウィーゼンタール氏)は信じたのです」(徳留絹枝著『忘れない勇気』潮出版社)
 個人の憎悪を超え、社会に正義を取り戻せ!
 人権の闘士の魂の叫びは、厳たる響きを放っている。
4  正義は、悪と戦い、勝ってこそ光り輝くものだ。
 仏法も同じである。ただ、確認しておきたいのは、仏法には本来、血塗られた憎悪の復警はないということである。
 「怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息むことがない。怨みをすててこそ息む」(『ブッダの真理の言葉』中村元訳、岩波文庫)
 これは、初期の仏典の有名な言葉の一つである。
 日蓮大聖人は、最大の迫害者に対しても、「願くは我を損ずる国主等をば最初に之を導かん」とさえ仰せであった。大海をも容るるがごとき寛容であられた。
 しかし、それは善悪を曖昧にし、悪を容認するものでは決してない。
 「悪人の敵になり得る勇者でなければ善人の友とはなり得ぬ」(『創価教育学体系』下、『牧口常三郎全集』6所収、第三文明社)とは、軍部政府の弾圧と戦い、獄死された初代会長・牧口先生の叫びである。
 悪と徹して戦わずして善はありえない。悪を見逃し、放置するのは、臆病であり、無慈悲であり、結果において、悪をなすことに等しい。
 大宇宙に瀰漫する第六天の魔王と戦い、そして、自身の生命に内在する悪をも打ち破っていく大闘争――それを、我らは「広宣流布」と呼び、「人間革命」と呼ぶ。
5  ウィーゼンタール氏が、若者たちに警鐘を鳴らした言葉に、「文化と文明はごく薄い表皮でしかなく、その下には相変わらず私たちのなかの野獣が隙あらばと機会をうかがっている」(前掲『ナチ犯罪人を追う』)とある。
 四十四年前、台風一過の天高く、爽やかな風が吹き渡るなか、戸田会長は、五万の同志を前に、「遺訓の第ことして、原水爆の禁止を宣言され、この思想を世界に広めよと青年に託された。
 その宣言の核心は、原水爆を使おうとする発想の背後に隠された「爪」、すなわち、人間のなかに巣くう”魔性の生命″に、鋭くメスを入れられたところにある。
 ウィーゼンタール氏の言う「私たちのなかの野獣」とはまさにこのことであろう。
 さらに、先生は言われた。
 「われわれ世界の民衆は、生存の権利をもっております。その権利をおびやかすものは、これ魔ものであり、サタンであり、怪物であります。
 それを、この人間社会、たとえ一国が原子爆弾を使って勝ったとしても、勝者でも、それを使用したものは、ことごとく死刑にされねばならんということを、私は主張するものであります」
 ”原爆使用者を死刑に!″――もとより先生は、生命の尊厳を第一義とする仏法者として、死刑制度には絶対反対であった。それでも、あえて「死刑に」と叫ばれた。
 それは、原水爆を保有し、使用したいという人間の己心の魔性それ自体に、朽ちざる楔を打ち込むためであった。
 原水爆を「絶対悪」として断罪する思想を、いわば「防非止悪」の堤防として、人類の胸中深くに打ち立てようとされたのである。
 「生」を守るために、その対極の「死」という言葉で、サタンの魔性の働きを砕き尽くさんと――。生命厳護という絶対の正義を実現する、信念の行動であったのだ。
6  当時、戸田先生の先駆的な「宣言」は、一般には少しも顧みられることはなかった。
 しかし、その不滅の光は、四十四年を経て、今や大光となり、新世紀の世界を煌々と照らし始めた。
 アメリカの「核時代平和財団」のクリーガー所長も、原水爆禁止宣言について、「今日もなお極めて重要である」と明言している。
 私と所長とは、この夏、対談集『希望の選択』を出版した。そのなかで、所長は言われた。
 「青年は『未来』です。青年は自分が受け継いでいく世界に、当然、発言権があります。核の脅威をなくすには、青年たちが大いに活躍しなければなりません」
 青年よ、正義をさらに強く、広く叫べ!
 そして、新世紀の創価の青年よ、永遠の平和への連帯を、断固と世界へ、未来へ結べ!

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