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日蓮大聖人・池田大作

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民衆の長者・足立 行動第一で築け! 正義の大城

2001.5.26 随筆 新・人間革命4 (池田大作全集第132巻)

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1  民衆は強い。
 民衆は正しい。
 正義の民衆の陣列は、いかなる邪悪な弾圧にも、迫害にも、絶対に負けない!
 紀元前八、七世紀に活躍した、古代ギリシャの大詩人であったへシオドスは、有名な叙事詩の中で、こう叫んだ。
 「『正義』を傷つけ、いやしがたい罪を犯せば、
 その者の一族は後に衰え、落魄することになる」(『仕事と日』松平千秋訳、岩波文庫)と。
 まことに厳しき、胸を刺す魂の叫びである。
2  その日、東京の走者・足立の同志たちは、猛然と、新世紀に向かって立ち上がった。
 二十年前(一九八一年)の十月二十五日のことである。
 多くの友が八王子の創価大学に集い来り、「足立区友好総会」が盛大に開催された。
 同じ都内でも、足立から八王子までは、二時間から三時間もかかる。
 その遠路を、晴れやかな決意の同志は、意気軒昂に集って来られた。
 秋空が真っ青に見ゆるなか、午後からは、大学のグラウンドで、にぎやかに全体集会が始まった。
 学会家族の文化祭ともいうべき、多彩な演技が見事に繰り広げられ、やがて場面は、男女青年による第二景「黎明」となった。
 清き乙女らの、あの喜びの笑顔の花が咲き薫り、美しい躍動美の大波が動き始めた。
 それが終わると、大きな広宣流布の前進の鐘の音を合図に、二千人の若々しき丈夫がグラウンドいっぱいに躍り出た。
 演技する友も、見守る同志も一体となりながら、「我らは立ち、戦わん!」と、三基の五段円塔が堂々とそびえ立った。
 勝利の青春の塔であった。
 皆の心が光り、生き生きと一致していた。皆のスクラムが、完壁に組まれていた。
 足立の黎明を象徴する若人たちの青春乱舞であった。
 君の胸にも、私の胸にも、朝日が光り輝き、全身に勇気がみなぎってきた。
 さあ、新しい広布の暁鐘を、共々に打ち鳴らそう!
 足立の新しい希望の前進の足音、新しい黎明の勝鬨、新しい世紀への暁鐘の響きは、同志の信心の盤石なる象徴でもあった。
 私は、この時、「いよいよ、広宣流布の繋明は近づいた!」と叫んだのである。
3  その日から、約一週間後のことである。
 創価大学の体育館で開催された、立川・西多摩圏の合同総会に、私も出席した。
 そして、私は、若く、はつらつとした、さわやかな同志の瞳を見つめながら、「今日は新しき出発の歌の指揮をとらせていただく」と、扇子を手にした。
 曲は、忘れ得ぬ「鳴呼黎明は近づけり」である。
 これは、旧制・大阪高等学校の寮歌として生まれ、学会でも愛唱してきた懐かしき歌曲である。
  鳴呼黎明は近づけり
  鳴呼黎明は近づけり
  起てよ我が友自由の子……(作詞・沼間昌教)
 やがて「鳴呼黎明は近づけり」の歌声は、全国津々浦々まで広がっていった。
 皆が心に叫んでいた。
 ”新しい時が来たのだ!”
 それは、わが同志と共に、新世紀に向かって戦おうとの、強き合図の歌声でもあった
4  以来、数年の間、私は、幾たびともなく、足立の天地を訪れ、同志と膝詰めの懇談会をもった。
 戸田先生が、足立は、大田と並んで、学会の人材の大事な宝庫であると語っていたことを、絶対に忘れることができなかった。
 竹ノ塚、綾瀬、千住、江北と広がる我らの愛する地域は、無限の活力をもった庶民の天地である。
 その雄々しき力を引き出すものは、使命感と勇気だ。
 ともあれ、戸田先生は、常に、最も厳しき法戦場へ、私を派遣された。
 「私の懐刀を送ろう」と。
 私は、そのたびに、死力を尽くし、知恵を尽くし、勝利の突破口を開いてきた。
 勝利することが、真実の弟子の道であるからだ。
 勝利して、師に喜んでいただくことは、最大の誇りであり、名誉であり、真正の弟子の証だ。
 御聖訓にいわく。
 「つるぎなんども・すすまざる不進人のためには用る事なし、法華経の剣は信心のけなげなる人こそ用る事なれ
 今こそ勇気の剣を抜け! 自分に勝つ勇気、苦難に挑みゆく勇気、不可能を可能にする最強の剣よ!
 この剣は、自分自身の胸中にある、天下無敵の信心という剣である。
 「勇気の足立」は、その至高の宝剣を掲げ、天下にそびゆる民衆王者の大城を築き上げたのである。
5  かつて足立の千住は、江戸から、隅田川を上って北に向かう人びとの船着き場であり、奥州・日光街道の最初の宿場町でもあった。
 芭蕉の『奥の細道』でも、「旅立」の舞台となっていることは有名である。
 本年四月で、草創の足立支部の発足から五十周年!
 この間に、どれほど多くの人びとが、暗き宿命の鉄鎖を断ち切り、新しき人生の出発をしたことか!
 初代の支部長は、飾り気のない、信心一筋の人物であった。ある時など、戸田先生が出られるという座談会に参加するために、新入会の友を連れて、足立から大田区の蒲田まで、なんと自転車で駆けつけたことが語り草になっている。
 ともあれ、信心は、「行動第一」「実践第一」である。
 法のため、友のため、広布のために動きに動く! 走りに走る! どこまでも”足で立つ”のが、わが足立の誇り高き伝統となっていた。
 足で戦った分だけ、大地は固まる。わが身の福徳の城は堅固になる
 足で動いて、真実と歓喜の声を運んだ分だけ、足立の城に正義の旗は翻る。
 「魂の喜びはその魂の強さを表している」(リチャード・ジェルダード『エマソン 魂の探求』津西康史訳、日本教文社)とは、アメリカの哲人エマソンの名言である。
 民衆の長者・足立よ、再び勇敢に出発しよう! そして、あの怒涛のごとき、勇気ある大前進で、再び大東京を揺り動かしていくのだ!
 これが、足立の使命であるからだ。
 「民衆の世紀」の歴史の第一ページに、”足立の友は立ちたり!”と、誉一高き名前を残し給え!

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