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日蓮大聖人・池田大作

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創価教育同窓の集い 生涯貫け 青春の誓いの大道

2000.5.13 随筆 新・人間革命3 (池田大作全集第131巻)

前後
1  シェイクスピアは、人間の精神について強く語った。
 有名な『ジュリアス・シーザー』のなかに、こういう一節がある。
 「石のやぐらをもってしても、金城鉄壁をもってしても、狭苦しい土牢をもってしても、鉄の鎖をもってしても、この毅然たる精神をおさえることだけはできぬ」(『シェイクスピア全集』3、小田島雄志訳、白水社)
 これは、私の信条でもあった。
2  五月五日、我らの武蔵野の丘は、まばゆい太陽に照らされ、沸き立つような歓喜と笑顔に包まれていた。
 おお、我らの魂の故郷!
 ツツジの花咲く、我らの青春の園よ!
 あちらこちらで、再会の握手が交わされていた。
 よく来たな!
 君も元気か!
 手を挙げて合図する友。目と目が合った途端、風のように駆け寄り、抱き合う友。
 誰を見ても、わが友か、あの旧友かと、心が躍っていた。
 魔法の宝箱が開いたように、この瞬間に、無数の珠玉の思い出があふれてくる。
3  その日は、私の最も心弾む、また、最も心待ちにしていた日であった。
 八王子の創価大学で盛大に開催された、わが「創価教育同窓の集い」である。
 創価大学の一期生が卒業してから、今年で二十五星霜。
 これまで、創価一貫教育の各校の卒業生は「五万人」を超え、今回は、その代表一万二千人が集ってくださった。
 席上、私は、青き空の国モンゴルのお客様を迎え、「モンゴル文学大学名誉学長」の称号を頂戴した。
 わが子である同窓生と共に受けた栄誉である。こんな嬉しいことはない。
4  記念講堂と中央体育館には、創友会(一期―十期)、鳳友会(一期―十期)、蛍会(一期―五期)、通教創友会(一期―五期)の、いわば創価一貫教育の草創期を担った卒業生が集っていた。
 紅顔の美少年も、清楚な女子学生も、立派な社会の重鎮たる壮年となり、女性の世紀を創りゆく婦人となった。
 彼らの子供たちが、創価大学等に入り、″親子二代″の同窓生になる時代である。
 しかし、皆、「若き創立者」として、一緒に大学建設に汗を流した同志だ。一言二言、語っただけで、若干、年を取ってきた皆の顔も、たちまち学生時代に戻ったかのように、生き生きと輝いていた。
 試練の山を越え、苦闘の歳月を耐え、わが使命の道を切り開きながら、今、青春の誓いの家に飛んできた君たちよ!
 万感込めて、私は言った。
 「ようこそ! よくぞ帰ってきてくれました!」
5  記念講堂での式典が終わると、私は、すぐに中央体育館に走った。そこで、五千人の同窓生が待っていたからだ。
 ひと目、大切な同窓生の全員に会いたかった。
 あまりにも懐かしき体育館。
 大学の創建以来、若き学徒たちの夢と喜悦と苦闘を呼吸してきた情熱の舞台である。
 モンゴル文学大学のツェンドアヨーシ学長への「創大最高栄誉賞」「創価同窓友誼之証」の授与式等を終え、最後に「学生歌」の合唱となった。
 それは、再び、汝自身の人生の戦場へと散っていく、同窓の友の誓いの歌であり、無限の勇気の応援歌であった。
6  明二〇〇一年の五月、待望のアメリカ創価大学(SUA)のオレンジ郡キャンパスが、晴れ晴れと開学する。
 このたびの式典には、SUAの代表も参加していた。
 その一人、エール大学、カリフォルニア大学バークレー校という名門を出たフィーゼル学生部長は、「今日の会合のような卒業生の集いには出たことがありません」と、大変に感動していた。
 そして、同窓の集いに脈打つ「師弟の絆」と「使命感」をあげて、「この偉大な伝統を受け継いでいく、アメリカ創価大学一期生を、大いなる期待をもって心待ちにしております」と、決意をつづってこられた。
7  思えば、第一回「創価教育同窓の集い」が開催されたのは、一九八三年(昭和五十八年)の十一月のことである。
 この折、八千二百人の同窓生の前で、創価大学の「名誉博士号」を受けたことを、わが栄光の宝冠として、一生涯、忘れることはできない。
 あれからも、はや十六年余の黄金の歳月を刻んだ。
 大学は、大学に行けなかった庶民のためにある。民衆の幸福に尽くし抜く指導者が、陸続と巣立っていってこそ、「創価教育」の勝利である。
 その揺籃から羽ばたいた君たちは、皆、二十一世紀の鳳凰である。その誓いと使命の翼は、無限の世界を翔け、新たな世紀に飛びゆく。
 あの緑の草原が広がるモンゴルでも、わが友は、輝く瞳で活躍している。
 今回、海外二十三カ国・地域からも、実に百人を超える同窓生が駆け付けてくださった。
 青き空が地球を包むように、わが同窓生の雄々しき行進は、平和と希望の光彩で世界を照らしゆくにちがいない。
 その栄光と勝鬨を、君たちの父母たちが、また、全民衆が祈り待っていることを、絶対に忘れてはならない。
 ともあれ、同窓の友は、皆、兄弟であり、姉妹である。家族であり、同志である。
 仏法には、「霊山一会儼然未散」(霊山一会、儼然として未だ散らず)という深遠な法理がある。
 次元は異なるが、宿縁深くして創価の学舎に集った我らは、全国に散り、世界に散っても、また、いかなる戦野にいても、心は一つだ。
 有名なローマの哲人・セネカいわく。
 「王者とは、何も恐れぬ者のこと、/王者とは、何も欲せぬ者のこと。/これこそは、各人が自らに与える王権」(『テュエステス』宮城徳也訳、『セネカ悲劇集』2所収、京都大学学術出版会)
 ″私は、一生涯、創価同窓の誓いを果たし抜く!″
 ″私は、創価の同窓生として、人生に勝ってみせる!″
 その決心が胸にある限り、我らは常に一緒である。
 私と共に、どこまでも、遥かなる希望の旅を続けよう!
8  文豪ロマン・ロランは、名作『ジャン・クリストフ』のなかで、次代の主役である若き友に「前進せよ!」と訴えている。
 「君は君の仕事を成就するがいい。君にできることなら、わしを乗り超えて進むがいい」
 「君たちが属している時代は、やがて必ず君たちの力を、どうしても必要な仕事に用いるにちがいない時代なのだ――」
 (『ロマン・ロラン全集』4、片山敏彦訳、みすず書房)
 わが愛する創価同窓の友よ! 君たちが世界に乱舞する二十一世紀の夜明けの舞台は、いよいよ始まった!

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