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日蓮大聖人・池田大作

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沖縄に恩師を偲びて 和の世紀へ 正義の勝利を!

2000.2.17 随筆 新・人間革命2 (池田大作全集第130巻)

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1   桜の木
    百周年の
      植樹かな
 戸田先生ご生誕百周年を記念して、沖縄の研修道場にも、桜の木を植樹させていただいた。
2  ある時、春のそよ風に吹かれながら、先生と二人で、日比谷公園の近くを散歩していた。
 先生は、体の弱かった私を憂慮して言われた。
 「大作、短命であってはならない。短命では、大きな歴史を残せない。
 休息をとることも忘れてはならない。そこに活力があり、そこに戦力があるからだ」
 やがて、雨が降ってきたので、お堀端で、タクシーが来るのを待った。
 彼方に、マッカーサー元帥のGHQ(連合国最高司令官総司令部)本部の堂々たるビルを見ながら、私が「あのような広宣流布の宝城を、必ずつくってみせます」と申し上げると、先生は、にっこりと微笑まれた。
 雨のために、タクシーは、なかなか、つかまらなかった。
 私は、「先生、将来、必ず、先生の乗用車を買って、乗っていただきます。今日は、寒いところ、お待たせしてすみません」と申し上げた。
 先生は、嬉しそうに頷いておられた。
3  私の青春時代は、先生と表裏一体となって、晴れ晴れと生き抜いてきたつもりである。
 また、苦難と激闘に明け暮れた日々であった。
 死ぬまで、その深き不滅の心は、いささかたりとも、変わることはない。
 ある日、ある時、先生は言われた。
 「勝つことが正義である。
 ゆえに、正義は絶対に負けてはならない」
 断じて勝つ――これが革命精神である。信心の真髄の魂である。
 「仏法は勝負なり」との蓮祖大聖人の仰せを、われわれ門下は、胸深く、常に留めていかねばならない。
 「広宣流布の功績は長く、人生は短い。
 短い自らの運命にあって、永遠に残りゆく壮大な歴史を、因果の理法という歴史を、勇み喜んで、戦い綴っていけるような自分自身であれ!」とは、ご一緒に歩みながらの先生の激しい言葉であった。
 孤独に充ちて、戦わねばならない宿命の人も、いるかもしれない。重い涙をもつ、苦渋の闘争に立ち向かう人もいるかもしれない。
 しかし、断じて、最後の一歩まで戦い抜け!
 そこにこそ、人生の尊き最終章の栄光と勝利が、必ずあるからだ。
4  先日、香港中文大学での語らいの席上、私の隣におられた大学首脳の一言が、光を放った。
 ――善人には敵がいる。幾人の敵から攻撃されたかによって、その人の偉さがわかる。
 迫害を受けない偉人など、世界中に一人もいない。
5  御書にも、明確に説かれている。
 ″法華経を受持し、広宣流布しゆく人は、悪口罵詈、三類の強敵は必定なり″と。
 ゆえに、嫉妬に狂った「悪魔」「魔民」「夜叉」などから、悪口雑言を浴びせられる。
 それは、御聖訓通りのことであり、これこそ、誇り高き名誉と自覚すべきであろう。いな、仏になりゆく前兆であるといってよい。
 人の悪口など、恐るるな! 断じて恐れてはならない。
 まったくの讒言、いわれなき中傷批判によって、大聖人は二度にわたって流罪され、死罪にまで及んだ。
 また、″日蓮の弟子が鎌倉に火を放った″などの作り話も、散々に触れ回された。
 同じく現在も、事実無根の記事を作り上げられて、迫害され、弾圧されている姿は、御金言の通りなのである。
 だからこそ、学会は、広宣流布の大業を成しゆく明確なる資格がある。
 これ以上の、尊貴にして、栄光の活動は、この世にないのである。
6  恩納村の沖縄研修道場。その歓びの広場では、「太陽の花」ヒマワリも、黄金の笑顔を振りまいていた。
 このヒマワリは、アメリカの「核時代平和財団」のクリーガー所長から、一九九七年(平成九年)の七月に、「平和のシンボル」として、沖縄に贈られた種子に始まっている。
 では、なぜ、ヒマワリが「平和の花」となったのか。
 ――ソ連の崩壊後、ウクライナには、約千六百発という世界第三の規模の核弾頭が存在していたという。
 しかし、ウクライナは、国内の核弾頭を、すべてロシアに移送し、解体することを決定。「核兵器のない国家」へと踏み出した。
 核弾頭の移送が完了した一九九六年六月。地下ミサイル格納庫の跡地に、アメリカ、ロシア、ウクライナ三国の国防責任者が、ともにヒマワリを植え、種を蒔いたのである。
 アメリカの国防長官が語ったそうだ。
 「大地にミサイルを配置するよりも、ヒマワリを植える方が、未来の平和を確かなものにするでしょう」(″Sunflower Seed Replace Ukraine's Old Missile Sites,″ by JANE PERLEZ, The New York Times, June 5, 1996)
 悪魔の兵器が平和を約束するような偽りの時代を変えよ! かくて、ヒマワリは、新しき「平和のシンボル」となったのである。
7  二年前、私は、この沖縄の研修道場で、クリーガー所長夫妻とお会いした。
 夫妻は、「ミサイルをヒマワリに」という、大いなる希望を掲げて、核廃絶運動「アボリション二〇〇〇」を懸命に推進してこられた。
 その気高き平和運動に呼応して立ち上がり、全国で千三百万人の賛同の署名という金字塔を打ち立てたのが、わが創価学会の青年部の諸君であった。
 青年は行動の異名である。
 青年は希望の松明である。
 青年は勝利の旗印である。
 クリーガー所長も、青年部の活躍が「世界中の人びとに勇気と希望を与えてくださった」と感嘆された。わが青年への賞賛ほど嬉しいものはない。
 わが学会には、信念と正義と英才の青年が、永遠に陸続と続いていく。ゆえに、永遠に恐れるものはない。
8  思えば、私は、この沖縄で、小説『人間革命』の執筆を開始した。新聞の連載が始まったのは、一九六五年(昭和四十年)の元日であったから、ちょうど三十五周年となった。
 そのテーマは、世界の平和といっても、一人の人間革命から始まるということだ。
 大形のヒマワリなら、たった一輪の花から千数百個もの種子がとれる。
 いわんや、勇気ある「平和の戦士」が一人立てば、その一念は千波、万波と広がっていくにちがいない。
 勇気は、必ず波動していくからである。
9  この七月には、いよいよ九州・沖縄サミット(主要先進国首脳会議)が開催される。
 沖縄を愛する一人として、大成功を心から祈ってやまない。
 過日、私は、「SGIの日」記念提言で、「平和の文化」に論及した。「今こそ、その先駆たる沖縄に学べ!」というのが、私の思いである。
 愛する沖縄よ、世界第一の「平和と幸福の楽園」たれ!

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