Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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阪神大震災から5年 「生命の世紀」建設へ 誓い新たに

2000.1.17 随筆 新・人間革命2 (池田大作全集第130巻)

前後
1  身震いするほどの叫喚のうねりが聞こえてきた、あの阪神・淡路大震災から、ちょうど五年の日となった。
 あの時、私は、ハワイの東西センターでの講演やメンバーの指導のため、出発する予定であった。
 しかし、地震の一報を聞いた時、何か雷鳴を感ずるように、大被害に至る気がして、即座に出発を延期したのである。
 一九九五年(平成七年)一月十七日――大地震が未明の街を崩壊させたその日から、私は、毎日、亡くなられた方々に題目を送り、追善をさせていただいた。
2  壊滅的な被害によって、あまりにも多くの方々が犠牲となり、傷ついた。
 美しく、懐かしき、平穏な街々は、一瞬にして廃墟と変わってしまった。
 この震災の衝撃のために体を悪くして、後に亡くなられた方なども含め、犠牲者は、なんと六千四百人を超えてしまった。さらに、その負傷者の数は四万四千人に上ったと報じられた。
 愛する家族を、親戚を、友人を、なんと多くの尊い生命を奪い、傷つけ、苦しめたことか。
 この突然の、恐ろしい地獄の苦しみのなかから、人びとは、最後の最後まで、巨大な誇りと忍耐と決意をもって、生き抜いてこられた。
 五年の歳月は、再建と復興の槌音を力強く響かせ、「世界の神戸」を、不死鳥のごとくよみがえらせた。
 しかし、また、五年の歳月をもってしても、愛する人びとを奪われた悲しみに沈み、幸せの喜びの道をいまだ見いだせず、癒すことのできない「心」を抱えた方々も多いと伺っている。
 それゆえに、私は祈らずにはいられないのだ。
 仏法では「妙とは蘇生の義」と説いている。高鳴る決意で、生きて、生きて、生き抜いていただきたい。強く、強く、不滅の魂の脈拍を強靭にしながら、勝利のわが城をつくり、飾っていただきたい。
3  大聖人は御聖訓のなかで、最愛の子供を亡くした一婦人に、「お子さんに、やすやすとお会いになれる方法がありますよ」と激励された。
 「釈迦仏を御使として・りやうぜん霊山浄土へまいりあわせ給へ
 「南無妙法蓮華経と申す女人の・をもう子に・あわずという事はなしとかれて候ぞ
 所詮は題目を唱えることです。題目を唱えれば、釈迦仏をあなたの使者として、霊山浄土に行き、必ずお会いできます、あなたの思いは全部通じます、との御指南である。
 また、亡くなった方々は、御本尊の中におられる。妙法を唱える心の中に、瞬時も離れず、厳然とおられる。
 だから、生命と生命は、無線のようにつながり、いつでも会える。いつも一緒に生きているのである。仏法は、そう見ていくのである。
 これが、宇宙の法則を説いた大仏法の真理であるからだ。
4  大震災は、「何のための政治なのか!」「誰のための国家なのか!」「本当に豊かな社会とは何なのか!」と、厳しく問いかけたといえまいか。
 震災の直後のことである。あるテレビの番組のなかで、被災した一人の高校生が、悲しさ、悔しさをこらえながら、当時の大臣に訴えていた。
 「人間として、行動してほしい!」
 その必死の叫びが、怒りが、鋭く胸に刺さって離れない。
 あまりにも無慈悲な政治があった。
 あまりにも傲慢な官僚主義があった。
 「大国」と驕った日本の本質が、庶民の血の涙のなかで、浮き彫りになった。
 ともあれ、社会全体が「生命の尊さ」に目覚め、「生命尊重の時代」を開きゆく契機と、断じて、していかなければならない。
5  ――私は、あるエピソードを思い出すのだ。
 今から約百五十年前のことであったと思う。
 アンリー・デュナンという三十一歳の青年が、国内統一戦争下にあったイタリアを旅行中、凄惨な戦場に遭遇した。
 多くの傷兵が、十分な救護も受けられず、無念のうちに息を引き取っていった。
 青年は痛切に思った。
 歴史的にも、「(=人びとの献身的行為が)孤立的であったために、又集団の共感によって支持されず組織化されなかったために、実を結ばずに終っているものが如何に多いことであろう」(木村利三郎訳『ソルフェリーノの思い出』白水社)。
 もしも、国際的な救援団体が存在していれば、「どれほどはかり知れぬ善をなし得たことであろう」(同前)と。
 善意の行動の組織化を!――この一青年の叫びから誕生したのが、世界的な人道団体「国際赤十字」である。
6  戸田先生は、学会を「人類救済の組織」と洞察された。
 いかなる大難にも、権力の迫害にも微動だにせぬ「広宣流布の組織」「戦う民衆の組織」をつくられた。
 それは、「苦しんでいる人を放っておけない」「励まさずにはいられない」という、人間の真心で織り成された組織だ。
 苦しみを去り、汚れた世界を清め、喜びに満たされた社会と、生命の歓喜と恍惚に満たされた人生を建設せんとする人間の、人間らしき組織を、戸田先生はつくられたのだ。
 震災の恐怖の鐘の音が続くなか、わが関西の同志は、自らも傷つき、被災しながら、「苦しんでいる人を救え!」と、猛然と立ち上がった。
 若き青年部のバイク隊をはじめ、息絶えんとすることも恐れぬかのように、不眠不休で救援活動に奔走していった。
 この創価の慈愛の実践を聞いて、私は涙した。
 彼らは誰よりも地域のなかを知っている。自由自在に、地域の人に励ましの声を送り続けていった。
 そのなかには、慈母のごとき、お母さんの励ましの声があった。獅子のごとき、お父さんの励ましの声もあった。
 まさに、世界第一の慈悲の実践の「ボランティア組織」であることを示してくださった。
 その事実の姿は、「社会を支える『真実の柱』は誰なのか」ということを、太陽のもとに照らし出していった。
 一昨年のボリビアの大地震の時も、また、昨年の台湾の大地震の時も、わがSGIの偉大な同志たちは、決然と救援活動に立ち上がった。
 そして地域から、社会から、多くの人びとから、称賛されたのである。
 その第一歩の模範が、大関西の皆様であった。
 皆様の勇敢にして尊き姿が、世界の人びとに希望と勇気の光を送る「灯台」となったことは間違いない。
 一番、苦労した人こそ、誰よりも幸福になる権利がある。
 旭日の二十一世紀を、「生命尊厳の世紀」へ!
 そのトップランナーこそ、わが愛する兵庫の、関西の同志の皆様なのである。私は最大の誇りとしたい。

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