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日蓮大聖人・池田大作

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第十一章 冷戦後の国際秩序を求めて――…  

「太平洋の旭日」パトリシオ・エイルウィン(池田大作全集第108巻)

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1  池田 次に冷戦後の展望ですが、これまでうかがったチリの多難な歴史の背景にも、米ソの冷戦が色濃く影を投げかけていたと思います。
 東欧の解放からドイツの平和裏の統一と続いた時には、なにか新しい時代が来るかのような期待と予感に満ちていたのですが、しかし一方で、湾岸戦争が起こり、また旧ユーゴスラビアに見るごとく民族紛争が各地で頻発しております。冷戦後の世界が、逆に混沌さを増していることも事実でしょう。現今の世界には、統合よりもむしろ分断の力が強まっているのでは、と危惧します。この点、あなたはどう予測されていますか。
 エイルウィン 冷戦の終結は、二十一世紀の国際協力関係を促進し、また改善していくための明るい兆しを示しているものと受けとめられると、私は政権に就いて初めての年(一九九〇年九月)に、国連の第四十五会期総会で述べました。
 現在、かつて存在したような二極対立を仲介することが重要視されたり、建設的な理解に向かうことを阻んでいたさまざまな制約がなくなりました。このことにより、国際共同体とりわけ多国間組織は、かねてより指摘されていた重要な仕事に取り組むことができるようになりました。
 冷戦が終結して合意が模索され、大国間の協力と友好関係を築きあげようとする風潮が生まれてきたことは、たいへん喜ばしいことです。このような精神をあらゆる国々に伝播することにより、地球上のさまざまな地域で長期間にわたり続いている紛争や緊張状態を、終結させねばなりません。
 池田 そのとおりです。冷戦を終えた今、各国とも新たな国際秩序への模索を続けていますが、やはり国連を中心にした行き方にならざるをえないと思います。
 エイルウィン 冷戦後、国連における政治的かつ道徳的な団結を強め、国際情勢をより良いものとするための対話が可能となりました。現在こそ、新しい国際秩序の成立へ、人権尊重、軍備撤廃を実行し、核兵器の使用禁止、核実験中止、化学兵器および細菌兵器撤廃の完全合意を達成するための行動を、迅速かつ決然ととるべき時期なのです。
 ところが、ご指摘のとおり、この精神に反して、冷戦にとって代わって地域紛争や、民族もしくは宗教紛争が激化する危険性が、思いもつかないほどの深刻さで迫ってきております。国連はこのような情勢を十分注意深く見守り続け、もし必要であると判断したならば、国連憲章に従って行動すべきであると思います。
2  民衆が育てる「人類の議会」
 池田 「国連憲章」が「われら連合国の人民は」という一節で始まることに象徴されるように、「国家」ではなく「民衆」こそが、二十一世紀の主体者です。この民衆の心を反映させる「人類の議会」を、民衆が育て、支援していくことが求められているのです。SGI(創価学会インタナショナル)は一貫して国連を支援してきました。
 国連は一九九五年、創設五十周年を迎えました。創設当時から見れば、国連を取り巻く国際情勢が激変しており、二十一世紀へ向けた国連の新たな方向性が模索されています。
 たんに世界の安全保障の維持だけではなく、地球社会全体の平和的発展をどう実現していくかが、国連の使命として大きくクローズアップされていると言えましょう。あなたは、ウ・タント国連事務総長時代に、国連総会の議長という要職にあって活躍された経験をおもちです。国連に対する思いは人一倍強く、また期待感も大きいのではないでしょうか。そうした立場から、二十一世紀の国際機関はどうあるべきか、そのために現状の国連をどう改革していけばよいのか、あなたのビジョンをお聞きしたいと思います。
 エイルウィン 国連は平和を達成するための機関です。その目的達成という点については、これまで大成功をおさめてもきましたし、多くの挫折もありました。国連に対して莫大な課題が課せられてきましたが、その一方でそれらの課題を解決するための政治的手段、財源も、最低限のものしか割り当てられてきませんでした。
 私は平和を獲得し、維持し、促進する作業――紛争を回避したり、防止したりするためにさまざまな形で権力を行使する――と、開発促進や豊かな生活や環境に対する配慮などの常時の作業とは、分離不可能であると考えております。
 池田 ガリ前国連事務総長は、国連活動を総括する「年次報告」の中で、経済、社会的開発の問題が国連のもっとも重要な部分を占めている、と述べております。これは、国連が平和維持活動(PKO)のための組織というイメージから、「開発」の促進に重点を置く方向に転換しつつある顕著な証拠だと思います。
 エイルウィン そうですね。理念としては、国連は人類のなかに醸成されつつある地球的精神を具現化したものなのです。手段として、どのように活用していくかは、主要な大国の意思しだいです。たしかにここには、公的機関に対して求められる公正さと、実際に達成される結果との間に隔たりをもたらす矛盾が存在しています。
 各国の政府に、国連に対して活動を提供する用意があるのかどうかが、明らかではありません。多くのつじつまのあわない動向があったり、忌むべき兆候があります。激化したナショナリズムや、いくつかの工業国における内政問題、国連の財政危機、国連の機能をめぐっての概念上の混乱などが、問題を未解決にし、無秩序ともいうべき状況をつくりだしています。演説は行われるけれども、行動がともなわなくなっているのです。
3  「ハード・パワー」超える「ソフト・パワー」
 池田 おっしゃるとおりです。私自身はかねてから、軍事的力による安全保障だけでは真の安全保障たりえず、経済、社会、政治を含めた総合的な開発、安定が不可欠だという認識をもってきました。それが、「人間の安全保障」の基本的な視点です。そういう方向での国連の役割に期待したいのです。
 申すまでもなく、国連の本質はソフト・パワーにあると考えるからです。武力や経済力などのハード・パワーの行使をぎりぎり留保しつつも、その本質がソフト・パワーにあることを忘れると、国連の名のもとに、地域紛争の泥沼にはまりこんでいってしまうでしょう。
 私の親しい知人のハーバード大学名誉教授のJ・K・ガルブレイス氏は、まぎれもないハード・パワーの行使であった湾岸戦争にあっても、安全保障理事会の決議をとりつけなければならなかったという点において、主役は国連であった、といっております。
 エイルウィン 紛争時の平和工作や平和維持活動が、国連の基本的かつ不可欠な任務であり続けるべきです。多くの場合、武力の行使や武力による威嚇、あるいは経済的に圧力をかけることなく解決することは困難でしょう。調停者としての権限を活用すべきであるとのご意見に、私は同意しています。しかし、近い将来、ソフト・パワーが憎悪と暴力が圧倒する紛争を終結させられるようになることはないでしょう。
 国連が実行できる予防的任務を私は信頼していますが、その予防的任務が武力や経済力を用いた圧力にもとづく制止能力なくして、効果をあげることは困難だと思われます。
 国連は独立国家の連合体組織であり、独立国家によって運営されています。その活動は加盟国の政府によって決定されます。加盟国の大部分が、人類の未来にとって決定的ともいうべき重要性をもつ国際的なテーマや出来事や問題についても、絶対的主権という狭義の尺度に固執しつづけている以上、その問題に取り組むには、国際的取り組み以外、方法がないのです。つまり、国連を通してです。実際のところ、国家は全世界的規模のテーマや問題を処理したり解決したりする能力を失ってしまっています。
 池田 よく理解できます。ソフト・パワーとしての国連活性化のために、私は一九九四年六月のボローニャ大学での記念講演「レオナルドの眼と人類の議会」(本全集第2巻収録)の中で、F・ルーズベルト大統領が提唱し、歴史的にはレオナルド・ダ・ヴィンチが濃密に体現していた「宇宙的ヒューマニズム」の急務なることを訴えました。
 それに関連し、国連の民主化という観点から、NGO(非政府組織)の力を国連のシステムのなかで十分生かしていくことが、ますます重要になっていると思います。おっしゃるとおり、現在の国連は国家の連合体組織であり、そこに国連の限界も存在します。民主主義は主権在民が基盤であり、国連の民主化のためには、各国の民衆の意思をどう正確に反映させていくかが、今後の課題でもありましょう。
 エイルウィン 今日の国連が、その司法、政治、財政上の構造で、新しい課題に対して効果的に取り組むことができるかどうか、明らかではありません。今後、直面するであろう課題に対処するには、不整備な面などに対応した組織の再編成を準備するための、さまざまな定評ある研究グループの作業を推進すべきでしょう。
 また一方で国連は、重要なテーマ――人権、開発、政治、民族紛争あるいは貧困によって破壊され、崩壊の危機にある国々の復興、平和維持、環境保全――に対する関心と行動に集中すべきであると考えます。
 池田 いずれにしても、「国家の顔」よりも「人間の顔」を、国連の機構面と運営面でどう際立たせていくか――これを、今後の大きな課題とすべきでしょう。
 一方で、ヨーロッパ連合(EU)のように、諸国が統合へ向かって力を合わせて進む方向性も、顕著になってきていると思います。
 この点、貴国は他のラテンアメリカ、またアジアの諸国とともに、「躍進する非加盟経済群(DNME)」を新たに構成し、世界の注目を集めておりますね。
4  国家益より人類益を第一義に
 エイルウィン ええ。いかなる国も、市場開放や広範な経済市場形成などの国際的発展の動向から疎外されてはなりません。そのためには発展途上地域の国々の政治および権力構造のチェックが必要です。また、産業先進国において市場開放のための効果的政策がとられているかどうかについてのチェックも、同様に必要でしょう。
 発展途上の諸国は、より先進的な諸国による互恵待遇を受けなければ、経済開放したり輸出を拡大することは不可能です。ここのところ失望を感じているのですが、関税障壁や非関税障壁がいまだ存続し、時には強化されさえして、私どもの製品を工業国へ輸出することを妨害したり、禁止したりしているのです。私どもは国際貿易をより円滑に運ぶために、また債務運用に課せられたさまざまな責務を果たすためにも、諸外国の協力が不可欠であると考えております。
 池田 よく理解できます。
 エイルウィン 私は先進国の統治者や政治家、学者あるいは企業家と話を交わす機会があった折、おたがいの協力体制が、冷戦と貿易戦争にとって代わる必要があると強調してまいりました。
 発展途上の国々が必要としているのは、南北の協力体制のみではありません。生産性やそれにともなう技術の向上、工業先進国の市場へのアクセスの改善などについて、基本的支援も必要とされているのです。
 池田 新しい国際秩序は協力関係、というご意見に全面的に賛同します。
 旧ソ連のペレストロイカ(改革、再建)の設計者であるヤコブレフ博士と語りあったのですが、二十一世紀には「人類」のために諸「国家」がある。この世界市民としてのグローバルな認識が不可欠です。
 「“人類”こそ、国家の行動の主目的である」と、あなたの言葉にあります。これからの時代は、「国家益」より「人類益」を第一義にしていかねばならない時代でしょう。この視点を確立すれば、新しい国際秩序への協力関係は、より強固になるでしょう。
5  国際秩序は国際的社会正義の実現に
 エイルウィン 私たちの地球は急激に変化しており、今日、国際的現実に向かいあうためには、創造力に富み、創意に満ちたビジョンが、かつてないほど強く求められています。道徳的信念や価値観を大切にしながら、現実的構想を模索しなければなりません。
 不正義に対して戦うためには、私たちの情熱を保持していかねばなりません。そのうえで、このような問題を解決するための、より効果的な方策を求めようとするならば、現実的視点や冷静な態度が必要不可欠です。
 池田 情熱をかたむけない論議は不実であり、現実をふまえない論議は不毛です。
 その意味で、世界の現実をふまえて新たな国際秩序を形成していくうえでの提言を、ぜひおうかがいしたいのですが。
 エイルウィン 世界の民主主義の進歩は、一般的に政治をより人間的にしました。個人はより尊重され、保護されるようになり、疎外されることが少なくなりました。しかし同時に、社会的なところで非人間的な面が増加してしまうという矛盾が生じてしまったのです。
 機会均等は減少傾向にあり、個人は周囲の動向に対して、より孤立無援の状況に置かれています。職に就いてその職を維持することが困難なうえ、収入が十分でないという貧困状態の生活が、広大な地域で続いているのです。
 池田 社会的不平等は、放置できないところまできています。個人の尊重、保護が叫ばれても、現実が追いついていません。
 エイルウィン ええ。ですから、このようなことを考えますと、新しい国際秩序は世界の社会状況という、より緊急性を要する問題に取り組むべきなのです。このような社会的状況は、国際的安定を危うくします。
 だからこそ私は、先にふれたように国連で意見を表明(一九九〇年)したのです。
 「できるだけ速やかに国際的社会正義を実現させ、発展途上にある国々の経済的苦境が政治面の問題になったり経済の近代化や政治の民主化を試みるうえでの障害にならないようにしなければなりません。
 そのためには相互緊密性を重視したグローバルな視点から、健康や住居、教育、女性の役割、青少年の発育、その他のもっとも急を要する社会問題に取り組むべきではないでしょうか」と。
 新しい国際秩序の基本的要素として社会的次元を視野に入れようとするこの提起は、国連事務局に大きな手応えをもって受け入れられました。ご承知のように、九五年にコペンハーゲンで「社会開発サミット」が開催され、有意義な討議がなされました。
 池田 サミットでは、実りある討議がなされましたね。なによりも国連をあげて緊要かつ具体的な問題に、グローバルな視点から取り組んだことに意義がありました。とくに私は、それらを実現すべき立場にある統治者のあるべき姿を問いたいと思います。自制心、利他性、犠牲的精神……統治者に真に求められるのは、卓越した人格の力ではないでしょうか。内発的な魂の力と言えばいいでしょうか。演説がうまい、行動力がある、政治的な判断に優れている、バランス感覚があるなど、それらを包含して余りあるものが人格の力なのであり、それこそが新しい国際秩序の形成、統合への試みの結び目、絆となる、と強調したいのです。
 エイルウィンさん、私があなたに惹かれたのは、あなたの卓越した人格の力だったのです。
 エイルウィン 恐縮です。私もまったく同様に、あなたの人格の力に惹きつけられました。
6  依然として貧困と社会的不平等は続く
 池田 ところで、資本主義・社会主義というイデオロギーをめぐる東西対立の時代が終わりを告げた今、南北の経済格差の構造があらためて深刻なテーマとして浮かびあがってきました。ガルトゥング博士が、「構造的暴力」という概念で示しているように、貧困はそれ自体が問題であるとともに、人類の平和と共生に対する、見のがすことのできない不安定要因となっております。
 エイルウィン 世界には、貧困と社会的不平等が存在していることは確かでしょう。国連の調査によれば、世界で五人に一人は貧困にあえいでいます。今日、十一億の人々が貧困層で、その半分以上は極貧状態にあると推定されています。毎日、約四万人の子どもたちが貧困によって死んでいるのです。
 もっとも憂慮するのは、一九六〇年から九〇年までの三十年の間に、地球上の住民における収入、および生活の質の格差が驚くほど拡大していることです。六〇年には人口のより豊かな五分の一の人々は全世界の国民総生産の七〇パーセントを受け取る一方で、より貧しい五分の一の人たちは二・三パーセントしか受け取っていなかったと推定されています。九〇年にはその数字はおのおの、八二・七パーセントと一・三パーセントまで拡大しているのです。これは人類の悲劇ではないでしょうか。とくに発展途上国の人々に影響をおよぼしていると思われます。
 池田 そのとおりです。一方で現実には「南」の国々も、たんに「南」と一括されえない多様な発展をとげており、南北問題を考えるさい、きめ細かな見方が要請されるでしょう。とくに東南アジアのNIES(新興工業国・地域)、東南アジア諸国連合(ASEAN)地域の発展はいちじるしいものがあります。
 ラテンアメリカは、他の発展途上の地域とは異なり、人種・民族や文化に、ヨーロッパの影響が強く見られるという特徴をもちます。経済的には、それまでの国家主導の保護主義政策から、自由貿易体制への積極的な参入をはかる開放政策を志向するようになっています。
 こうした、新しい国際環境のなかで、貴国は、他の発展途上国とどのような関係を結びうるとお考えですか。非同盟外交がさかんであった時代のように、先進国主導のグローバリズムに対抗する途上国勢力の結集は可能とお考えですか。
7  平和と共生のための公正な「配分」
 エイルウィン 発展途上国間にも、決定的な差異があります。アジアやラテンアメリカのいくつかの国は、先進国よりも高い割合で経済成長をとげています。福祉と豊かさにおいても、より高い水準を達成しています。その一方で両大陸における他の国々では、経済停滞や極貧にあえいでいるのです。この悲劇はアフリカ諸国において、いっそう深刻でしょう。
 しかしながら、この問題は、先進国に対しても打撃をあたえつつあります。人口および技術面における変化が貧困をまねいたのです。J・K・ガルブレイス氏が、その著書『満足の文化』の中で指摘しているように、たったの十年間で、アメリカ合衆国において貧困レベル以下で生活している人々の数が、三〇・六パーセントも増加したのです。一九七八年には二千四百五十万人でしたが、八八年には三千二百万人になっています。より近年のデータを見ましても、この状況が改善される見通しは見あたりません。
 貧困の問題――程度の差はあれ――は今日、世界全体の問題です。南北の対立、富める国と貧しい国との対立として議論することは間違っていると思われます。貧困問題はおのおのの国に影響をおよぼしており、一丸となった努力によってのみ良い結果が得られることとなるでしょう。
 池田 おっしゃるとおりです。そこで貧困を考える時、突きあたらざるをえないのが、「成長の限界」の問題であります。私と対談集(『二十一世紀への警鐘』。本全集第4巻収録)を編んだ、アウレリオ・ペッチェイ博士の創設した「ローマ・クラブ」が投げかけた課題がこれでした。
 グローバルに考えた場合、物質的な富の拡大の追求には、明らかに限界があります。資源・環境は有限であるとの認識が深まり、「進歩と成長」から「成熟と定常化」へと転換することが、文明史的な課題と指摘されています。いかにパイを大きくするかではなく、いかにパイを分けるか――時代の焦点は、「配分」問題へと移っているのです。
 先進国が既得の優位性を維持していくことは、そのまま現在の貧困の固定化につながります。十数億の人々が貧困にあえぐなか、それらの国々の成長を止めさせることは、明らかなエゴイズムです。「平和と共生」の世界のためには、公正な配分の実現についての地球規模での構想が不可欠なのです。
8  貧困をめぐる四つの問題
 エイルウィン 世界の貧困問題に効果的に取り組むためには、次の四つの大きなコンセンサスについての総合的解釈を促進しなければなりません。
 まず第一に、この貧困というものは、倫理・文化的次元において存在していることを認めることでしょう。
 まるで当然のことのように貧困に慣れてしまって、受動的に受けとめている富める世界における貧困の悲劇は、私たちが生きている社会を支配している腹立たしいエゴイズムと個人主義の象徴であり、正義と連帯の美徳を忘れた消費主義者・物質主義者の文化の表れであります。
 あなたがおっしゃるとおり、私たちが他人を思いやる文化、より連帯した文化を建設しないかぎり、この貧困という悲劇を皆の問題として問えるよう、うながすことは不可能だと思われます。
 第二に、現代社会では社会の安全と安定は相互に関連しあっていることを認めるべきでしょう。発展途上国における安全と安定がないならば、先進国における確固とした安全と安定はありません。同一国内の富める地域と貧しい地域にも、同じように適用することができるでしょう。コントロールできないこの貧困の増大は、貧困の結果もたらされるフラストレーションと排除の意識とともに、つねに社会の不安と不安定の要素となっていることは明らかです。このような緊張のもっとも穏やかな表れは移住です。
 生まれたところが安全でなければ、人々は安全を手に入れることが可能だと思われる場所を求めて、地方から都市へ、ある国から別の国へ、ある大陸から別の大陸へと移動していくことでしょう。しかしまた、この緊張は暴動の勃発や深刻な混乱をもたらすこともあって、すでに先進国においても途上国においてもそのような事件が起こっています。私たちは貧困の問題が世界における社会平和にとって脅威であることを認めなければなりません。
 池田 貧困の克服を第一の課題として戦ってこられた、民衆のリーダーならではの確かな視点です。
 エイルウィン ありがとうございます。
 第三に、経験が証明しているように、貧困を克服するためにはたんなる経済成長では不十分である、ということに同意しなければなりません。国際通貨基金専務理事であるミシェル・カムドゥシュ氏のようなオーソドックスな経済観念を有する人でさえ、「経済成長それ自体で、社会発展をうながすには不十分である」と言明しています。
 したがって、経済効率をあげると同時に、おのおのの経済的文化的環境において社会的に有効である本質的要素はなんであるか、ということをはっきりさせることが重要です。社会の安全を保障する組織としての国家の機能と、社会の必要性に応じ、かつ市場にもとづいている反応と、持続可能な開発という世界の要求の間の相互作用を創造的に検討しなければなりません。国民と国家の間の経済効率と福祉の関係は、同じコインの表裏のようなものと見なすべきでしょう。
 最後に、いくつかの国では、その国の貧困をみずから解決することは困難であり、国際協力を必要としていること、また同じように一国のなかにおいても、その地域の貧困をみずから克服することが困難で、国民の協力を必要としている地域がある、ということを認めなければなりません。
 先ほどふれた、コペンハーゲンでの社会開発に関するサミットでは、世界における貧困、失業、社会的疎外というテーマについて真剣に検討し、深刻なまでに人類を脅かしているこれらの問題に立ち向かうために、現実的で効果のある対策と十の公約を全会一致で承認しました。
 これらの公約および対策は、このような問題に直接、悩んでいる国に対しても、先進国や裕福な国に対しても、義務を課しています。今、重要なのは、これらの合意を善意の表れとして紙にとどめるだけではなく、皆の努力によって効果的に実行に移されることです。                  

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