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日蓮大聖人・池田大作

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まえがき 池田 大作  

「子供の世界」アリベルト・A・リハーノフ(池田大作全集第107巻)

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1  「慈愛」の人である。
 「情熱」の人である。
 「行動」の人である。
 そしてまた、長じてなお、純にしてみずみずしい童心をたゆたわせる「少年の心」の人である。
 本対談の共著者であるアリベルト・A・リハーノフ氏の人間性の輝きを、こう言い表すことができるでしょうか。本書を読み進むほどに、読者の皆さんも随所で感じとられるにちがいありません。
 周知のとおり、リハーノフ氏は美しき詩心の大地ロシアを代表する児童文学者です。日本でも、『けわしい坂』をはじめ、氏の作品にふれた人は少なくないことでしょう。
 リハーノフ氏にお会いしたのは、一九九五年の春のことでした。ロシア国際児童基金協会総裁として、私のために「レフ・トルストイ国際金メダル」をたずさえ、ご夫妻で来日され、また、私が創立した創価学園の卒業式に出席してくださったのです。巣立ちゆく一人一人の学園生に注がれる氏の眼差しの温かさ、そして、いつも柔和な笑みを絶やさない夫人の大らかな振る舞いに、会場が何ともいえない心豊かな雰囲気につつまれたことを、鮮明に覚えています。
 だれよりも子どもを愛しておられる、もっとも子どもたちの守り手にふさわしい人格者であると、深く心に刻みつけられたものでした。
 人間の全面的な発達をめざしたロシアの労働教育にも関心を持たれていた創価教育学の提唱者・牧口常三郎先生は、ひたすらに子どもたちの幸福を願い、心身ともに調和したすこやかな成長を図ることに心をくだかれました。
 長年、小学校の校長を務め、貧しい家庭の多い学校では、せめて文房具だけでも全員にわたるように心を配られました。また、別の“特殊学校”では、「タダ(無料)学校」と嘲笑されることをいやがって学校に来ない子どもたちのところへも、熱心に足を運ばれました。弁当を持ってこられない子どもたちのために、みずからの給料を割いて給食を準備したこともありました。
 それは、どんな境遇の子であれ、だれもが喜んで学べるようにしたい、というのが牧口先生の信念だったからです。まさに、すべての子どもたちに「幸せの光」「教育の光」を届けたいというリハーノフ総裁の心情と共通しています。この思いは私もまったく同じであります。
2  本書をひもとくと、ペレストロイカ以降のロシア社会の混迷の最大の犠牲者は子どもたちであることがよくわかり、痛ましい思いにかられるのは私一人ではないはずです。質こそ違え、日本でも同じでしょう。いじめや不登校、家庭内暴力などは、どこかで、日本の大人社会の歪みを告発するシグナルを発しているはずです。痛み、傷つく子どもたちを決して放置しておいてはならない――この共通の思いから、本書は生まれました。
 私たち大人には、子どもたちを守りぬく責任があります。「生命の尊厳」を人権の根本、教育の中核としていくとともに、新しき時代の人類精神として後世に伝えていく使命があります。
 いみじくもリハーノフ総裁は語っています。「あらゆる不幸は『日食』といえる。しかし、生命は、太陽そのものである」と――。
 子どもたちがそれぞれの内なる太陽を最大に発光させ、ともどもに幸福と平和を享受しゆく「生命の世紀」を開いていくために、私もまた、教育の聖業に尽力していきたいと願っています。
 最後になりますが、本書を上梓するにあたって、当初、教育専門誌「灯台」の一九九七年四月号から翌九八年五月号までの誌上で、十四回にわたって連載された内容に若干、筆を加えていることを付記しておきたいと思います。
 本対談集が、読者の皆さんにとって、英知と勇気みなぎる鳳雛を、二十一世紀の未来へと羽ばたかせていく知恵と創造のオアシスとなっていくならば、これに勝る喜びはありません。
  一九九八年九月八日

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