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日蓮大聖人・池田大作

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「世界市民」の大いなる舞台 ソフト・パワーと民族問題への視点

「二十世紀の精神の教訓」ミハイル・S・ゴルバチョフ(池田大作全集第105巻)

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2  「考える心」を引き出す内発的な知恵
 池田 恩師戸田第二代会長は、優れた教育者であり、その教育法は、じつに水際だったものでした。
 たとえば、数学の授業のさい、子どもたちに「犬の欲しい人はいないか?」と語りかけることから始めます。すると教室のあちこちから手があがります。
 恩師は、目を細めて教室を見渡し、「さあ、だれにあげようか」と言いながら、黒板にチョークで「犬」と大きく書くのです。
 「これは、なんだ?」
 「イヌ!」
 「そう、たしかに犬だね」
 「は―い」
 「さあ、欲しい人はもっていきなさい」
 子どもたちは一瞬、困惑してしまうが、ややあって、一人の少年が叫ぶ。「なんだ、字か!」。どっと教室に笑い声があがる。
 こうした大らかな語らいのなかで、恩師はおもしろい実例をあげながら、黒板の字が抽象された「記号」であることを教え、数学というものが数の記号のうえに成り立っているという根本概念を、小さい頭に知らずしらずのうちにしみ込ませてしまうのでした。そうすれば、小さい頭は、みずからの力で活発に応用を始めるわけです。
 このように、教育で大切なのは、「考える心」「伸びゆく心」を内側から引き出していく内発的な「知恵」です。
 ゴルバチョフ あなたの恩師は、数学の名教師でもあったのですね。
 池田 そうです。恩師はまた、「地球民族主義」の創唱者でもありました。それは、人類が自国の国民性や民族の伝統を尊重しつつ、内発的な動機によって、″地球家族″を自覚する段階に進んでいけるという強い信念から発したものでした。
 もとより私は、激発する民族紛争に、教育のみで対処しうるとは考えていません。とくに旧ユーゴや旧ソ連の現状をみれば、短いスパン(期間)では、教育というソフトな対応では、歯が立たないようにも思えます。ゆえに、経済面や政治、ある場合は国連などによる軍事的強制力をともなったハードな政治的対応も必要とされるでしょう。
 しかし、それはソフトな対応が可能になるための条件づくりという意味でのハードな対応であり、長いスパンで民族問題打開の方途を探るには、教育こそ抜本療法である、というスタンス(姿勢)を忘れてはなりません。
 仏法で説く「慈悲」(マイトリー)は、語のもともとの意味は「友情」でありました。全人類的な「究極的な一体感」を志向する仏法の理念も、「友情」という日常的で身近な一体感、連帯感の延長上にあるものなのです。そこで、世界市民教育のあり方、可能性についてのご見解をお聞かせください。
 ゴルバチョフ グローバリズムというテーマは、ロシア哲学にも一貫して流れているものです。
 おそらく、十九世紀の終わりから二十世紀の初めにかけて出たロシアの思想家ほど、人類を″偉大なる集合体″、あるいはさまざまな民族が構成する″生きた社会的有機体″という、一つのまとまりとしてみるべきだと強調した例もないでしょう。
 ロシアのメシアニズムや「モスクフを第三のローマに擬する」思想をよしとする必要はありません。
 そこには、思いつきの域を出ないものが、かなりあるように思えるからです。しかし、ロシア思想の特徴として、普遍主義、グローバリズムがあることを否定することはできないでしょう。ロシア人は、他民族の幸福のために自分を犠牲にして、「全人類を救う」ことをつねに夢みていました。
 池田 なるほど。ロシア民族の歴史の底流に通うコスモポリタニズム――。それは貴国の誇り高き伝統ですね。
 ゴルバチョフ ロシア人は、自国は貧しいにもかかわらず、アジアやアフリカ、後にはキューバなど他の民族解放運動を黙々と、最初は熱狂的といえるほど応援をしつづけ、世界における義務を果たしていきました。
 思想のためのこうした自己犠牲は、幾分ユートピア的であるとはいえ、それでも全人類的な何かがあります。これは誇張ではありません。
 十九世紀ロシアの偉大な思想家は皆、西欧派であれ、スラブ派であれ、その主義主張を超えて、等しくロシアが背負っているグローバルで全人類的・宇宙的な使命について語り、われわれは人類になんらかの教訓をもたらさなければならない、と主張しています。
 まさにこれは、わがロシア精神の特徴です。ドストエフスキーが、プーシキンについて語った有名なスピーチの中に、こんな一節があります。
 「ロシヤの放浪者にとっては、心の安らぎを得るためには、ほかならぬこの全世界的幸福というものがどうしても必要であるからであります。(中略)それ以下の値段では決して妥協しないのであります」(『作家の日記』小沼文彦訳、『ドストエフスキー全集』14所収、筑摩書房)
 池田 よくわかります。
 そのスピーチの後半で、ドストエフスキーは、「最終的な目的としてロシアの国民性が持っている全世界性と全人類性への志向、これをおいてほかに、ロシア国民の精神の強みとして何があるでしょう」(同前)と語っていますね。
 彼が「プーシキンほど、全世界のあらゆる文化に共鳴しうる感性の幅の広さをもった詩人はいなかった」(同前)と賛嘆したとき、まさにロシア人の全人類的な魂の精華を、詩人プーシキンのなかにみていたからにちがいありません。
3  ロシア民族の底流に通う世界主義
 ゴルバチョフ まったく、そのとおりなのです。
 ロシアで初めて中道を説いたパーベル・ミリュコフは、「この化石のような民族主義と、真の文化、民族的伝統との間にいったい、どんな共通点があるのだろうか?」と問い、みずからそれに答えています。
 「存在しないもの』の追求は、存在するものへの気まぐれな軽視につながる。ロシアには崇敬に値する民族の過去がある。ロシア文化の伝統が存在するのだ。七十、八十年前にチャダーエフがその存在を執拗に否定していたとき、すでにあったのだ。
 今やその伝統はさらに歴史を刻み、より豊かになっている。そこにまた、数々の偉人の名が加えられ、それによって、すべての文化的民族がもちうる『メシアニズム』標榜の権利とでもいうものをわれわれももつにいたったのだ」
 池田 なるほど。文化の土壌は違っても、ニュアンスはわかります。
 ゴルバチョフ ここでもう一人、ニコライ・ベルジャーエフの言葉をあげたいと思います。民族主義、人種差別主義批判においては、ベルジャーエフは、さらに痛烈な態度をとっています。
 「民族主義はショービニズムや他国人嫌悪を生み出す根源であり、愛国主義とははっきりと区別する必要がある。最も恐るべきは、民族主義が戦争の生みの親だということである」「民族主義は自分の民族への愛情よりも、よそ者への憎悪のほうがはるかに占める割合が大きいのである」
 なぜ、私がこんなことを語り、哲学論議に入り込もうとするのでしょう? 私は、行動の政治家であり、また理論家でもあると自負しています。私が哲学者たちの弁を借りるのは、ロシアが他者を思う″世界的な心″を育んでいくための最も効果的な方法は、みずからの民族文化を認識し、そのルーツを明らかにして、民族の歴史を知っていくことだ、と申し上げたいからです。
 池田 私は思います。「民族の歴史を知れ」とのあなたの呼びかけは、すべての民族・人種の人々にとっても最大の指針となるにちがいない、と。
 なぜなら、いずこの民族・人種であれ、自己の歴史を掘り下げていくならば、究極的には、人間が人間であることの不思議さ、尊さ、そして一人の普遍的な自己の認識にたどり着くにちがいない――。このことを確信するからです。
 私は九三年一月、あの暴動の悲劇が起きた一年後のアメリカを訪れました。その折、ロサンゼルスのメンバーに、万感をこめて一詩を贈り、こうつづりました。
 「みずからのルーツをもとめて
 社会は千々に分裂し
 隣人と隣人が
 袂を分かちゆかんとするならば
 さらに深く 我が生命の奥深く
 自身のルーツを徹して索めよ
 人間の″根源のルーツ″を索めよ
 そのとき 君は見いだすにちがいない
 我らが己心の奥底に
 厳として広がりゆくは
 『地涌』の大地――と!」
 「その大地こそ
 人間の根源的実在の故郷
 国境もなく 人種・性別もない
 ただ『人間』としてのみの
 真実の証の世界だ
 ″根源のルーツ″をたどれば
 すべては同胞!
 それに気づくを『地涌』という!」
 「地涌」とは法華経に登場する、大地の底から涌き出ずる無数の菩薩たちのことです。その教理的な説明はここでは省略しますが、私は、この菩薩の偉容に託して、すべての人間生命の尊さ、高貴さ、不思議さをうたいあげました。
 あなたがロシアの歴史に見いだされた「コスモポリタニズム」の光輝――。
 それは、世界のすべての民族、すべての人種の人々が、自己への深き探求によって獲得できる、また獲得しなければならない「根源のアイデンティティー」であるという点で、私の宗教的信念と深く響き合っています。
4  「個別性」の上に「普遍性」が開かれる
 池田 ことわっておきますが、私は「地涌」という仏法者の「根源のアイデンティティー」に、いささかの″選民意識″も帯びさせてはいません。
 私たちが「地涌」というとき、そこに排他的な宗教性の臭みなどまったくなく、心広々と心豊かに、人を慈しみ人に好かれ、権力にこびず財力になびかず、いかなる困難をも乗り越えていく、慈悲と勇気の理想的人間像を意味しています。畢竟すれば、人類のすべてに内在する、大いなるコスモポリタンとしての″自己″を開きゆくこと――。
 その道を示したのが仏法の哲理であり、私どもの実践なのです。
 仏典には、「我が己心を観じて十法界を見る」――わが己心を観じて自己の生命に具足している十法界を見る――という実践論が述べられています。
 透徹した自己洞察の実践をつらぬくとき、おのずから開けてくる自己の生命の「尊厳性」「全体性」「普遍性」の自覚――前にもお話しした「内在的普遍」という私の主張も、こうした「自己知」を説く仏法の哲理に根ざしたものです。
 ゴルバチョフ たしかに民族に限らず「個別性」を大切にし、足場にしなければ、いかなる「普遍性」も開かれてこないでしょう。自分の歴史を知れば、そこには否定しようもない普遍性、全人類性があるのです。
 その代表的な例として、ロシア民族史、そして多民族国家としてのロシア史の深部を探ってみるならば、それはつねに「種」「民族」としての孤立を乗り越え、普遍性へ向かおうとする歴史であったことが浮き彫りになってきます。
 ロシア民族の歴史はすべて、他民族との融合による変容、自己犠牲、交流、他民族文化の借用の連続でした。
 池田 なるほど。そうした歴史が、ロシア民族の精神的・文化的遺産となっているのでしょうね。
 ゴルバチョフ 「自足」でもなければ、「他国人嫌い」でもない開かれた心、他者と融合していける驚くべき力こそがロシア人の特徴でした。
 キエフ=ルーシの人々は災難に見舞われながら、しだいに北東部の森林地帯へと移動していき、そこでロシア民族はフィン族と出会っています。大ロシア人の歴史家として第一人者であるワシーリー・クリュチェフスキーはこう書いています。
 「ルーシ人とチゥヂ人(=フィン人のこと)の相互作用、すなわち遭遇したこの二種族が、その後いかに相互に影響し合ったか、一種族が他種族から何を取り入れ何を伝達したかという問題は、わが歴史上の興味ある困難な問題の一つである」(『ロシア史講話』1、八重樫喬任訳、恒文社)
 ただ一つだけわかっている点として、クリュチェフスキーは次のように結論づけています。
 「チゥヂ人が次第にルーシ化することによって、その全ての人類学的および民族史的な特徴、その外貌、言語、慣習および信仰と共に、その全集団をもってルーシ民族体の構成の中へ入りこんで行った」「ルーシ入社会の中に、その中に溶けこんだフイン人から受け継いだ肉体的および精神的な諸特徴が、少なからず浸透して行った」(同前)
 後に多民族的広がりをもつようになったロシア民族の歴史を一歩一歩生きつつ、ロシア人は人種をも超える人間の普遍性を学びとり、民族をただ血縁や物理的実体とする単純化された低級な民族観を超越していきました。
 そして、われわれをロシア人たらしめているのはロシア文化であり、ロシア語であり、その歴史と運命を共有しているからである、ということに思いをいたすとき、そこに、普遍性・グロ‐バリズムヘと飛翔する可能性が開けてくるのです。
 ロシアそのもの、ロシア文化そのものが全人類性、普遍性の体現であり、特異なコスモポリタンの小宇宙なのです。
5  民族主義に対抗する武器は何か
 ゴルバチョフ 本質的にユーラシア連邦であり、さまざまな民族の類まれな結合体であったソ連邦を維持しようとしたのは、権力欲や保守主義、まして大国ショービニズムなどに突き動かされたからではありません。
 わが国のような状況にあっては、まず自国の歴史に対する理解、尊敬の念をどれだけ民衆のなかに育んでいけるかが鍵となります。
 しかもこれは、教育や啓発という範疇だけではなく、ほかでもない、政治の範疇に入ります。本質的にみて、旧ソ連邦の運命も、今日のロシア連邦の運命も、ロシア国民、なかんずく今の政治家たちが、現実遊離の民族観を捨てて、現実を直視する目をもてるか否かにかかっているのです。
 池田 指導者層の意識変革ですね。
 ゴルバチョフ 私がなによりも心配するのは、現在、民族中心主義は大半の旧ソ連邦共和国では敗北を喫しているにもかかわらず、ロシア連邦では頭をもたげてきているという事実です。
 すでにウクライナ人も、自分たちだけで民族国家をつくることはできないことを理解しています。グルジア人、カザフ人も同様です。
 ところが、ロシア連邦では、いまだにロシア人だけの民族国家をつくろう、ロシア民族化しようという考えにとりつかれた人間がいるのです。
 誇張ではありません。ロシアが幾百年を経て初めて、文字どおりの民族国家として、純粋なロシア人の国家をつくるべきだと倦まずたゆまず説く人間は、右派にも左派にもいます。
 彼らが拠りどころとする論理はどれも同じで、九〇年代初めにバルト、アルメニアで起こったプロセスを模倣しているにすぎません。
 つまり、ロシア人がアルメニア人やリトアニア人に劣るはずはない。わがロシア連邦も彼らの国と同じく、代表的民族の割合が約八〇パーセントである。
 したがって、われわれもロシア民族の国家をつくる権利があるのだ、と。ロシアの「脱民族化」をストップせよ、という呼びかけは、今でも聞こえてきます。
 池田 そうした傾向を心配されているわけですね。
 ゴルバチョフ そうです。また「今日のロシアでは、人口の約八六パーセントがロシア人で、加えていわゆる近隣諸国出身者も少なからずおり、それぞれ自分の地域に住んでいる少数民族はわずか八パーセントにすぎない。あらゆる国際基準からみて、わが国は、たしかに多民族国家である。
 しかし、ロシア国内に住むロシア人の数は、フランス国内に住むフランス人、スペイン国内に住むスペイン人、イギリス国内に住むイギリス人の数よりも多いのだ。なぜ、これらの国が自国を単一民族国家と呼び、われわれはいまだに自国を多民族国家と称しているのだろうか!
 ウクライナ人も、ラトビア人、エストニア人、グルジア人も皆、人口に占める代表的民族の割合がはるかに少ないにもかかわらず、自分たちの新生国家を単一民族国家と呼び、全世界が彼らに拍手を送ったのである」。
 「ジェニ」紙は、このように感情を煽っています。
 池田さん、ソ連邦崩壊後の状況下にあって、民族主義に対抗する最大の武器となるのが、歴史に関する知識の普及であり、自分たちの民族史に対する敬意を育むことだ、ということがおわかりいただけたと思います。ロシアはもともと多民族国家だったのです。
 池田 その信念が、あなたの優れた資質である″開明性″を支えているのでしょう。ただ、そうしたロシアという多民族国家の形成のされ方に、問題がなかったのかどうかという点は、慎重に検討されなければならないと思います。
 マルクスが、かつてのロシア帝国を「諸民族の牢獄」と言ったのは有名な話です。それら百数十もの民族を「解放した」と誇らしげに語ったのはレーニンですが、それが真実に「解放」であったのかどうか――。
 数千、数万の民族を強制的に移動させたり、処刑したりするスターリンの野蛮な民族政策は論外としても、それがレーニン的手法と無関係な逸脱でしかなかったのかどうか――グラスノスチ以後、貴国でも多くの論議がかわされていることは、私も、よく承知しているつもりです。
 もっとも、公平を期すために申し上げておけば、歴史的にみて、民族や人種の統合が理想的になされた例など皆無に等しく、アメリカやブラジルのような″人種のるつぼ″でも、それなりに、場合によってはロシア以上に困難をかかえていることは、いうまでもありません。
6  被圧迫民族への「同苦」の精神
 池田 チェチェン問題に象徴されるような多民族国家形成過程の禍根についても、おっしゃるとおり広く知らしめていくことが、ロシア連邦の将来、あなたが「ユーラシア連邦」と表現しておられた旧ソ連邦地域の将来を考えていくうえで、不可欠であろうと思います。
 その過程で、どうしても払拭してしまわねばならないのは、マルクス=レーニン主義にも濃厚に投影されていた近代啓蒙主義の「臭み」――すなわち、″賢者″が″愚者″を、″進んだ者″が″遅れた者″を教え、導くといった思い上がった姿勢ではないでしょうか。
 ヘーゲルのような大哲学者にして「ニグロは、無関心な無邪気さから抜け出ない幼稚な民族として捉えらるべきである」(『精神哲学』船山信一訳、『ヘーゲル全集』3所収、岩波書店)と語っているように、ヨーロッパ近代特有の思い上がりの発するものです。こうした「臭み」は、近代啓蒙主義の申し子ともいうべき植民地主義に、″母斑″のようにつきまとっています。
 ゴルバチョフ あなたのお考えはよく理解できます。
 池田 そこから脱するためには、他民族、とりわけ被圧迫民族の感情を、どれだけ共有できるかにかかっているといえましょう。
 仏法では、それを「同苦」の精神、つまり他人の苦しみを自分の苦しみのように感じていく境涯といいます。
 「一切衆生の病むが故にわれ病む」(維摩経)という釈尊の言葉は、まさにその境涯をさしています。
 フランスの女性哲学者シモーヌ・ヴェイユは「胸を痛める心」と言い、祖国のために「胸を痛める心は難なく国境を越え、あらゆる不幸な国、例外なくすべての国に拡大されていくことができる」(前掲『デラシヌマン』)と述べています。
 ″文明″対″野蛮″という近代啓蒙主義の価値観を崩し、″野蛮″のなかにも、″文明″と同等の固有の価値を見いだしていく、いわゆる「文化相対主義」は、二十世紀の貴重な「精神の教訓」として、語り継いでいきたいものです。
 また、仏法者の立場から申し上げれば、自己を相対化する観点の必要性ということは、文化に限らず、宗教者にとって、まさしく″頂門の一針″であろうと思います。
 恩師も「いくら、ひとりで正しい、優れていると言ったって、相対するものがなければ、その正しさは鮮明に浮かんでこない。――仏法の法門というのは、すべて相対の上に絶対を確立していくものです」と語っていました。
 そこで、「文化相対主義」の先覚者ともいうべきトルストイに注目してみたいと思います。私が想起するのは、カフカス地方の山岳民族の英雄を描いた彼の作品『ハジ・ムラート』です。
 ″カフカスの子″であるあなたには、申し上げるまでもないことですが、トルストイは、帝政ロシアによるカフカス併合に、きわめて批判的でした。
 その根底には、近代啓蒙主義の底の浅い人間観を突き破る独自の哲学というか、″人類の教師″と呼ぶにふさわしい、広く豊かな全人類的感情ともいうべきものが、横たわっています。
7  『ハジ・ムラート』にみる他者への共感
 池田 名作『ハジ・ムラート』では、従来″未開″で″野蛮″なイメージで考えられていた、カフカス地方の山岳民族でイスラム教徒の将官が、次のように印象深く描き出されております。
 「ポルトラーツキイ(=作中のロシア人)は、この恐ろしい山人をこんな男として見ようとは、夢にも思っていなかったのである。彼が期待していたのは、陰鬱な、情味も親しみもなにもない男であったのに、彼の前に立っていたのは、他人どころか、古くから知り合っている友だちとしか思われない、いかにも善良な笑顔でにこにこしている、きわめて単純な人間であった。ただ一つのことが、その男にあっては特殊であった――それは、注意深く、落ちつき払って、見通すように相手の目を見ている、ひろく間隔のひらいた双の日であった」(中村白葉訳、『トルストイ全集』10所収、河出書房新社)と。
 狂暴な野蛮人とは似ても似つかぬ、洗練されたイメージ。それが、どこまでがハジ・ムラートの実像で、どこまでがトルストイの創作なのかはさておき、彼の運筆が伝えてくるものはまさしく、仏法の「同苦」やヴェイュの「胸を痛める心」と同質の、深い深い他者への共感です。
 私は、「世界市民教育」――言葉を換えれば、健全なる祖国愛や民族感情を、グローバルな全人類的感情へと昇華させていくには、トルストイが体現していたような他者への共感が、あらゆる技術論にもまして、肝要と思うのですが、いかがですか。
 ゴルバチョフ トルストイの民族観については、いくつかの見方があると思いますが、その点はさておきましょう。ロシア帝国は滅びましたが、結局、帝国的アイデンティティーが、民族的アイデンティティーに変わることはありませんでした。
 一九一七年、われわれは多民族帝国ロシアから、一挙に多民族国家ソビエトヘ移行したのです。ソ連にあっては、帝政ロシア時代よりも、民族というファクターは小さなものでした。
 ここで最重要視されたのは、「奉仕」という概念です。レーニン=トロツキー時代は共産主義への「奉仕」、スターリン時代はソビエト国家への「奉仕」です。
8  多民族国家ロシアの歴史に学ぶ
 池田 その「奉仕」の精神が支えとなって、あの世界に類例をみないロシア人の忍耐強さが形成されていったわけですね。
 その国民性――ベルジャーエフが「ロシア人には天性なにか国民的な無欲恬淡な犠牲的精神があり、それは西欧諸国民のうかがい知らぬものである」(前掲『ロシア共産主義の歴史と意味』)と述べた美質は、残念ながら、多くの場合、権力者の″強い手″に乗ぜられることになってしまった。それを、イデオロギーや国家への「奉仕」ではなく、掛け値なしに″人間そのもの″″人類そのもの″への「奉仕」に高めゆくところに、あなたの年来の課題と苦闘があることも、よく知っているつもりです。
 ゴルバチョフ ご理解に感謝します。ここで問いを投げかけてみたいと思います。少なくともロシア史上のこの四百年間を抹殺して、新しい民族国家、ロシアという新人種をたてて、歴史をゼロから始めることなどどうしてできるでしょうか?
 ロシアに住むすべての民族が築いてきたロシア文化を、彼らロシア民族主義者は、いったいどうするつもりなのでしょうか? ロシア文学の生みの親、ニコライ・ゴーゴリはウクライナ人であり、ロシア詩の草分けであるガプリール・デルジャービンはタタール人です。ロシア哲学に名を連ねるセミョーン・フランコはユダヤ人です。
 民族主義者が盛んに問題にしているロシアの国家体制はどうでしょうか? だいたい、これまでの偉大な為政者は異民族出身者でした。
 二十世紀も終わりを告げようとしている今のロシア連邦において、新ロシア民族支持者が言うような、ロシアの伝統的な超民族的アンデンテイテイーから、純民族的アイデンティティーヘの移行は、今世紀初頭よりもむずかしくなっています。
 アルメニアでアルメニア人がやったように、またリトアニアでリトアニア人がやったように、ロシア人も行動すべきだという政治家たちは、ロシア連邦と他の旧ソ連邦共和国との質的な違いを失念してしまっているのです。
 ロシア連邦とは、多民族国家であるロシア帝国の中心部であったからこそ、「ロシア」という名が冠せられているのです。ロシア連邦の状況と、たとえば、エストニアの状況を同一視してしまうのは、無知のなせるわざなのです。
 ロシア連邦はというと、旧ソ連およびロシア帝国の中心をなすものの一部にすぎません。したがって、ロシアがこれまで何百年も歩んできた、民族融合の道を歩むほかに道はないのです。
 その証拠に、ロシアには純粋な民族の拠点がなく、もともとロシアは諸民族の連邦として、多民族国家として形成されてきたのです。
 池田 なるほど。納得できるお話です。
 ゴルバチョフ ロシア民族の割合が何パーセントで、古い言い方をするなら、「異民族」が何パーセント、ということが問題なのではありません。
 肝心な点は、ロシアに居住する異民族、バシキール人やブリャート人、アルタイ人、アドウイゲ人等はそれぞれ、民族固有の土地に住んでいるという事実です。
 したがって、彼らにとつてのロシアとは、ロシア人の土地だけでなく、タタール人やバシキール人、プリャート人、アドウイゲ人の土地をも意味するのです。ゆえに、彼らにとつてのロシア国家とは、ロシア人の国家だけにとどまらず、タタール人、バシキール人、アドウイゲ人の国家でもあるのです。
 もしも、愛国派にせよ、民主派にせよ、だれかがロシアの連邦体制を壊し、ロシア連邦を純粋なロシア民族国家にしようものなら、深刻な紛争をさけることはできません。
 そんな国家など、他民族の人々には必要ないのです。代表的な民族の名が連邦内の各共和国につけられているのは、たんなる象徴ではありません。
 これは、固有の土地に住んでいる民族の尊厳を尊ぶ心の表れであり、多民族国家ロシアの歴史に対する敬意の表れです。
 その意味において、ソ連邦崩壊というわれわれの経験を掘り下げていくことは、二十世紀の経験を認識していくうえで、重要な一歩であると思います。
 池田 よくわかります。本年(一九九五年)初頭、あなたは日本の新聞への寄稿で、ペレストロイカやグラスノステ、そして冷戦終結をもたらした新思考外交の果たした歴史的役割について述べたうえで、こう書かれましたね。
 「世界は変わった。客観的に見て国際関係は新たな次元に移った。だからといって、簡単になったわけではない。新たな、非常に難しい諸問題や予想外の困難が発生してきた。
 この歴史の新たな挑戦にこたえる用意ができていなかったため、せっかく一挙に大幅に拡大した選択の自由も、共同の解決策の探求に全努力を結集するために生かされず、必ずしも現実の正当な利益に基づかない民族的、国家的野望を推し進めるために利用された」
 さらに、「世界共同体は新たな状態に移行するために新しい指針を必要としている。なぜなら『社会の発展』という概念自体が二十世紀によって疑問視されるに至ったからだ。
 人間存在についての新しいパラダイム(考え方の枠組み)が不可欠になっているのである」と。
 これまでも申し上げてきましたが、統合(求心力)と分離(遠心力)のせめぎ合いのなか、全人類の命運を担う自覚とともに、苦悩の選択を重ねてきた貴国の歴史は、二十世紀の大いなる「教訓」となるものです。そして、人類は貴国の「教訓」に学びながら、二十一世紀の「世界共同体」のグランドデザイン(大構想)を模索しなければなりません。
9  自己を統御できる人こそ真の勝利者
 ゴルバチョフ ここではっきりと申し上げておかなくてはなりません。歴史上の復讐をするという考えは、非常に危険です。
 歴史を逆戻りさせることはできません。逃したチヤンスを取り戻すのは不可能です。われわれにとってとくに重要なのは、ロシアが多民族国家として起こり、存続してきたという事実を受け入れることです。
 さらに、将来、普遍的感情を育て、世界市民としての世界観を育んでいくうえで、異なる民族同士の互いに対する責任感を植えつけていくことが、おそらく重要となるでしょう。
 そこでも、一人一人の地球的意識を形成していくのと同じ過程を踏んでいかなければなりません。
 困っている隣人を助けることもできないで、地球・人類の運命をわが事とすることはできないのです。
 池田 そのとおりです。現実の行動なくしては、何事も成就しません。
 ゴルバチョフ 民族主義というのは、ひょっとして精神的な弱さからくるものではないのか、他者に対する責任を忘れたい、そこから解放されたいという欲求がらくるものではないだろうか――時折、そんな考えにとらわれることがあります。
 池田 民族主義が、しばしば武力紛争という形で暴発を繰り返している今日、それが精神的弱さからくるのではないかとの視点は、ことのほか大切であろうと思います。私は、全面的に賛同します。
 ガンジーの言葉にこうあります。「わたしは、非暴力ははるかに暴力にまさることを、敵を赦すことは敵を罰するより雄々しいことを信じている。宥恕ゆうじょ(=寛大な心で許すこと)は武人を飾る。しかし、赦す側に罰する力があるときにのみ、自己抑制は赦しとなる。無力な者が寛大を装ったところで、それは無意味である。鼠は、猫に八裂きにされるがままになっているとき、猫を赦してはいない」(『わたしの非暴力1』森本達雄訳、みすず書房)
 ガンジーの言う非暴力とは、まごうかたなき精神の強さであり、真正の勇者の頭上にのみ輝くであろう燦然たる勝利の冠です。それは、彼が尊い生涯をかけて証明せんとしてきた、二十世紀の奇跡ともいうべき壮大なる精神の冒険・実験として、後世へ輝かしい範を垂れています。
 二十世紀が、空前の暴力が横行した世紀であることを考えれば考えるほど、民族主義に限らず、暴力は弱さゆえであり、人間性の敗北であるということ、逆に非暴力こそ精神の強さであることを再認識しなければならないでしょう。
 ここで、釈尊にまつわる、一つのエピソードを紹介させていただきます。
 ――当時のインドの強国に、コーサラ国というのがあり、その王をパセーナディといった。王は、若いころから釈尊に帰依し、人生の師と仰いできた。
 そのパセーナディ王が、晩年、釈尊の前でしみじみと述懐をする。
 たとえば、大国の王として裁判の座についているとき、武力・権力を背景にしているにもかかわらず、なかなかその場を静めておくことはできない。
 釈尊の説法の場と比べてみると、なんと相違のあることか、とパセーナディは語ります。
 「しかるに、世尊よ、わたしがあなたの弟子たちのさまを見ていると、まるでちがうのです。あなたが数百の会衆をまえにして法を説かれると、彼らは咳をすることさえもありません。いや、ある時のこと、一人の比丘が咳声しわぶきを発したことがある。すると、他の比丘が彼をひざでつついていった。〈静かに。静かに。声をたててはいけない。いまわれらの師が法を説いておられる〉と。
 世尊よ、それをみてわたしは思った。〈これはまったく稀有のことである。刀杖をもちいることなくして、かくもおおくの会衆が、かくもみごとに調御せられるとは、いったい、どうしたことであろうか〉と。わたしは、このような集会をほかにみたことがない。それゆえに、わたしは、〈世尊こそはまことに正覚者(=正しい仏の悟りを得た人)にまします〉と、わが感銘を表せざるをえないのです」(増谷文雄『この人を見よ=ブッグ・ゴーダマの生涯』講談社)
 ゴルバチョフ なるほど。美しい、心洗われるようなシーンですね。シニシズムの横行するロシアの現状からみれば、夢物語のように思えますが。
 池田 日本も「五十歩百歩」です。すさんでいるという点では、おそらくロシア以上でしょう。
 それはともかく、釈尊は、まさしく「精神界の王者」でした。自己を統御するという最も困難な課題に勝利した人こそ、真の勝利者であり、正覚者である。その自己統御は、何ものにも乱されることなく、また、勝利した精神の強さゆえに、彼の魂は武力や権力などとうていおよびもつかぬ、底知れぬ感化力を放射している。
 彼の行くところ、人々は喜々として集い来り、彼の語るところ、人々は一言たりとも聞きもらすまいと、虚心に耳をそばだてている。粛然たる一会そして二会、三会。満ち足りた感化の波動は、一波から千波、万波と、加速度的に広がっていく。その勢いはだれにも、何ものをもってしても止めることはできない――。
 思えば、今日の世紀末の世界は、このような精神のドラマと、なんと縁遠くなってしまったことでしょうか。
 あなたのおっしゃるとおり、怨念や復讐といった情念をまとった現代の民族紛争とは、そうした精神的な荒野に乱れ咲く、毒々しい徒花といっても過言ではありません。
10  世界市民意識を育む「宗教的規範」
 ゴルバチョフ ロシア人が、タタール人やバシキール人、オセト人、その他ロシア国内の少数民族から自治権を奪って彼らを怒らせても、害こそあれ、いったい何の得になるでしょうか。
 ロシア連邦内の民族紛争が日常化するだけです。にもかかわらず、何百年も多民族国家として発展してきたロシアの歴史を五百年逆戻りさせて、単一民族国家にしようという、とんでもない″ユートピア″を呼びかける人がわれわれのなかにいるのです。
 私が始終、この民族主義についての対話を、ロシアという、私がよく知っている土俵に下ろそうとしているのにはわけがあります。今ロシアが取り組んでいる問題は、脱ソビエト時代にあっても、旧ソ連邦の全土におよぶ問題であり、これが二十一世紀まで持ち越されることはもう明らかです。そうすると、二十一世紀の思想、哲学は、否応なくわれわれの経験に対して、なんらかの反応を示さざるをえないのです。
 池田 よくわかります。そういう長いスパンで見なくてはならないでしょう。
 ゴルバチョフ そして、全世界に共通していえることですが、不幸なことに、未来の世代への課題は、たんに人類愛、生きとし生けるものへの愛をつらぬくということだけではすまされません。われわれがかかえている課題ははるかに複雑です。おそらく、二十世紀後半、われわれが影響を受けてきたワンパターン的思考や思想を放棄しなければならないでしよう。
 民族自決の思想は、必ずしも自由と繁栄をもたらしはしません。民族的アイデンティティーの規範を見つけだして、正統的な民族を形成するには、今やむずかしく、ほとんど不可能であるという事実を、おそらく受け入れなければならないでしょう。
 池田 あなたの志向されている方向性に、私は、心から賛同のエールを送りたいと思います。
 あなたのおっしゃる「民族が雑居する帝国の中でつくられるアイデンティティー」が、いささかも″閉鎖性″を意味するものではなく、必然的にグローバリズムの形成へと参画していく″開放性″のものであるからです。そして、その流れを実あらしめるものこそ、世界市民意識であるといえましょう。
 おそらく、プロレタリア国際主義にもとづくイデオロギー教育――民族的アイデンティティーを乗り越えた「ホモ・ソビエチカ(ソ連人)」をつくり出そうとするイデオロギー教育も、それなりのグローバリズムを志向していたのであろうと、私は推察しています。
 とくに優れた教育者であったレーニン夫人クルプスカヤなどが、リーダーシップを発揮していた一九二〇年代前半などは、その傾向が強かったのではないでしょうか。教育というソフトな手段のみで、「ホモ・ソビエチカ」の育成が可能であるというような、いわば楽観的な教育観が信奉されていました。残念ながら、それは長つづきせず、イデオロギー教育は、権力というハード・パワーを背景にした″外発的″というよりも、″外圧的″な色彩を強めていってしまいました。それが近代啓蒙主義の一種グロテスクな帰結であることは、先に論及したとおりです。
 そうした″外発的″″外圧的″な教育の効果が、いっこうにはかばかしくなく、浅薄なものでしかなかったことを、イデオロギーの外圧が取り払われた現在、ほろ苦い思いとともに振り返っている人もいるのではないでしょうか。
 ジバゴが「腕ずくで歓心は買えぬ」(ロシアのことわざ)と吐き捨てたように(B・パステルナーク『ドクトル・ジパゴ』江川卓訳、新潮文庫。参昭)、大切なことは″内発性″であり、″内発的″な合意と納得であるからです。
 とはいえ、それが口で言うほど簡単なものでないことは、私もよく承知しています。その困難は、人類の歴史が赤裸々に証明しているところでもあります。
 そこで、人間のエゴイズムの渦巻くこの社会で、″内発的″な合意と納得によって、世界市民意識、グローバルな秩序形成をめざすうえで、示唆深い一つの言葉を提起してみたいと思います。フランスの古代史家フュステル・ド・クーランジュが『古代都市』の中で述べている一文です。
 「きわめて雑多で気ままで移り気なこれらの人類のあいだに、社会的な関係を確立することは容易ではなかったであろう。彼らに共通の規制をあたえ、命令を発し、服従を承諾させるためには、また、情念を理性に屈服させ、個人の理性を公共の理性に服従させるためには、物質的な力よりもさらにつよく、利害関係よりもさらにとうとく、哲学的理論よりもさらに確実で、因襲そのものよりも不変ななにものかがなければならなかった。それはあらゆる人の心の底に根をおろして、全能な権力をもって支配するものであるべきであった。このなにものかが、すなわち信仰であった」(田辺貞之助訳、自水社)
 ここには、「服従」とか「屈服」といったやや気になる言葉も出てきますが、総じて、宗教の有する秩序形成力、社会規範的側面を、よく言い当てていると思います。
 世界市民教育にあたっては、なんらかの、こうした宗教的規範というものが必要であるというのが、私の結論なのです。

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