Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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五 現代科学の宇宙論をめぐって  

「宇宙と人間のロマンを語る」チャンドラー・ウィックラマシンゲ(池田大作全集第103…

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2  広がった新しい地平
 博士 世界の古代文明を代表する人々、つまりエジプト人、中国人、インド人、ギリシャ人などは、みなこうした問題について、それぞれ独自の考えをつくりあげました。
 偉大な宗教の多くは、類似の問題や関連した問題に対する解答を含んでおり、これらの宗教的見解はたいてい、きわめて堅固に守られていました。現代科学の宇宙論においてさえ、宇宙論の提唱者の頑固さや非妥協性はまったく驚くばかりです。
 初期の宇宙論は当然のことながら、全部とはいわないまでも、ほとんどが地球を中心とするものでした。そうしたモデルからの転換は、約四百年前にコペルニクスの出現によって、宇宙の中心が地球から太陽に移ったときに決定的になりました。以来、周知のように、宇宙論の沿革は常に地平線が広がってきております。
 池田 ガリレオ・ガリレイが一六〇九年から翌年にかけて、みずから製作した望遠鏡で月のあばたを見、太陽の黒点や木星の四大衛星を観測したとき、彼の驚きと感動はどのようであったでしょうか。小さな望遠鏡ですが、肉眼とは比較になりません。
 一六一二年十二月二十八日の夜にはガリレイは海王星の存在を記録していた、と主張している学者もいます。もちろん、ガリレイ自身はそれが土星のかなたにある新しい惑星であるとは気づかなかったようです。海王星は、一八四六年にドイツのヨハン・ガレが発見していますが、この学者の説が正しいとすれば、ガリレイが第一発見者ともいえます。
 レンズ越しの世界にふれて、現代の私たちが、ボイジャーの送ってきた噴火する木星の衛星イオの画像や、土星や天王星の素顔を見たとき以上の驚きがあったにちがいありません。ガリレイの書いた『星界の報告』を読みますと、三百数十年という時間を超えて、感動が生き生きと伝わってきます。また、天動説と地動説とをたたかわせた『天文対話』を著した彼の気持ちもわかるように思われます。既成の概念や権威にとらわれない未知への挑戦が、新しい地平を広げてきたと言えるでしょう。
 博士 まったくそのとおりです。アンドロメダ星雲やソンブレロ(麦わら帽子)などの銀河は、比較的最近――約七十年前――になって、主にアメリカの天文学者E・P・ハッブルの研究によって、私たちの住んでいる銀河つまり天の川の外にある恒星の集まり、すなわち〈島宇宙〉であることがわかりました。
 宇宙全体の構造に直接関係のある最初の動かしがたい証拠も、ハッブルの研究から得られました。最も強力な望遠鏡で遠くの銀河を研究することによって、ハッブルは銀河の後退速度(私たちの銀河から遠ざかる速度)は、その距離が離れれば離れるほど増大することを発見したのです。やがてそこから膨張をつづける宇宙の姿が現れましたが、それは遠くの銀河が、どんどん速度を増しながら私たちから遠ざかっているように見える宇宙です。
 池田 ハッブルは、ウィルソン山天文台の百インチ鏡で数多くの銀河観測をしました。肉眼でも見えるアンドロメダ星雲が、私たちの銀河と同様の渦状銀河であることを知って、当時の人々は感動したことでしょう。アメリカが一九九〇年四月、スペースシャトルを使って打ち上げた宇宙望遠鏡にハッブルの名前が付けられたのも、宇宙の姿を明らかにした彼の業績をみればうなずけます。
 博士 遠くの銀河は私たちから遠ざかっているというこのハッブルの観測は、ほんの束の間でしたが、私たちの銀河だけが宇宙の中心という特典を与えられているとするコペルニクス以前の宇宙観への回帰を思わせました。
 しかし、この納得しがたい状態も、そう長くはつづきませんでした。むずかしそうに見えた問題も、アインシュタインの相対性理論を応用することで、すぐに解決されたからです。全宇宙にまたがる諸問題を扱う場合には、当然この理論を考慮にいれなければならなかったのです。
 こうした検討の結論として、銀河は一つ残らず急速に私たちから遠ざかっているだけでなく、銀河同士もすべて互いに遠ざかっており、特別な地点など関係がないという一つの宇宙モデルができあがったのです。
 池田 銀河が互いに遠ざかっているという事実は、過去にさかのぼっていけば、銀河同士が互いに接近して一点に集まってしまう。こうして、ハッブルの観測を土台にビッグバン理論も生まれたわけですね。
 博士 そうです。もう少しこの宇宙モデルを簡単な比喩で説明しますと、内側から膨らませた球形のゴム風船の表面に等間隔にしるされた点のようなものです。これらの点の動きはハッブルの考えた銀河に似ています。どの一点(銀河)から見ても、他の諸点(諸銀河)はみな遠ざかるのです。
 当然のことながら、銀河の世界は風船の上の点のように二次元ではありません。しかし、宇宙論者たちは厳密な計算を用いて、もし私たちの現実の世界が、風船の比喩のように膨張していると考えれば、計算から出てくる宇宙は、現実に観測されているものと同じような性質の宇宙になるだろう、と主張することはできます。
 このプロセスを膨張から収縮へと逆行させて考えてみると、約百五十億年前か、あるいはもっと以前には、宇宙は一つのきわめて密度の高い〈特異点〉に凝縮していたように見えることでしょう。つまり、宇宙が一定の時点で始まったことを示唆しているわけです。これが基本的にはビッグバン宇宙論です。このモデルを最初に提示したのは、一九二二年、ロシア人の数学者アレクサンドル・フリードマンでした。
 池田 同じくビッグバン理論を提唱したガモフは、宇宙における元素の起源を研究しましたね。
 博士 ええ、この問題に対する解答を求める先駆的な研究が、一九四〇年代の中ごろに、ジョージ・ガモフとその同僚によって行なわれました。
 ガモフの主要な関心事は、化学元素つまりジュウテリウム(重水素)、ヘリウム、リチウムなどが、どのようにして形成されるのかという問題でした。宇宙創成後に数秒が経過して、温度が絶対温度約十億度になったときの宇宙の状態は、核融合のプロセスによって、基本的な構成要素である陽子や中性子からジュウテリウムやヘリウム、さらにいくつかの元素の原子核が形成されるのを説明するのに理想的と思われました。
 池田 想像を絶する高エネルギーの原始宇宙で、物質が生みだされていったということですね。
 博士 ええ、すでに一九四〇年代に天体物理学者たちは、同じくらい高密度・高温の恒星の深部では同様の核反応が起こる、と確信していました。そして宇宙が誕生したときには、これに似たような状況がもっともっと壮大な規模で進行していたと考えられたのです。
 ガモフは、私たちになじみ深い化学元素の大部分は、ビッグバンと関連づけられる〈火の玉〉の中で合成されると信じていましたが、その後の計算により、このようにしてつくられるのは、ジュウテリウム、ヘリウムと多分リチウムだけであることが明らかになりました。
 池田 そこで、水素やヘリウムよりもっと重い元素がどのようにして合成されるのかを研究されたのがホイル博士でした。それが、超新星の爆発の研究ですね。
 博士 そうです。重い元素は恒星の深部で合成されるのです。例えば炭素・窒素・ケイ素・鉄などができるには、恒星の深部でさらに元素合成が行なわれる必要があったのです。その模様は、一九五〇年代にフレッド・ホイル、ウィリアム・ファウラー、ジェフリー・バービッジとその妻マーガレットたちが説明したとおりです。
 ビッグバン宇宙論では、最初のジュウテリウムとヘリウムが合成されたとき、初期の宇宙は絶対温度十億度に相当する輻射場で満たされた熱浴に浸っていたと信じられています。
 宇宙が最初の密度の高い〈火の玉〉の状態から膨張していくにつれて、その温度はだんだん低くなり、現在の絶対温度十度以下にまで下がったにちがいないと考えることができました。このことが確認されれば、それはビッグバン宇宙論のきわめて明白な裏づけになるだろうと思われました。
 ちょうどそのころ、低エネルギーの「宇宙マイクロ波背景輻射」が宇宙に遍満していることを示す最初の証拠が現れたのです。一九六五年のことでした。こうした輻射は、ある種の無線送信に“シュー”という継続的な雑音を引き起こします。
 この輻射の発見は、アルノ・ペンジアスとロバート・ウィルソンによって偶然になされました。全天の背景となっているこの電波の海の温度は、絶対温度で二・七度であることがわかりました。(黒体スペクトルをもつ)この放射は、空のあらゆる方向から同じ強さでやって来るようでした。
 この新事実に直ちに加えられた説明は、ガモフとその同僚たちが主張したものと大体同じで、背景の温度は、まさしく宇宙が約百五十億年前に爆発によって始まったときの余熱であるということでした。
 池田 人類初の人工衛星スプートニクが飛んだのは一九五七年ですが、六〇年代にはエコーなど多数の通信衛星が打ち上げられるようになり、通信技術も飛躍的に進歩しました。「宇宙マイクロ波背景輻射」の発見はこうした状況の中でなされたと聞いております。この発見があってビッグバン宇宙論が勢いを得ました。
 博士 そうです。これと対立する宇宙論は当時、即座に放棄されるだろうと考えられました。その後、この理論はますます強く信じられるようになり、宇宙論者たちは「宇宙マイクロ波背景輻射」を、ビッグバンの決定的で反論のできない最終の証明であるとみなすに至りました。
 ところが、これは決して決定的な証明ではなかったのです。〈背景輻射〉それ自体の存在は論争の余地がないのですが、それが後にも先にもたった一度だけのビッグバンの放射のなごりであるという説明は、証明もされていないし、内在的な欠陥がないわけでもないのです。
3  〈背景輻射〉をめぐって
 池田 そうすると、ビッグバン説にも不都合があるということですね。
 博士 一つのめだった難点は、〈背景輻射〉が空全体に驚くほどむらなく分布していることです。仮に〈背景輻射〉が本当に最初のビッグバンで生じたものとすれば、後に銀河団が形成されたときに、観測可能の不規則な痕跡をそこに残したはずです。その痕跡は(例えば最近のアメリカの衛星による実験の際に)たいへん注意深く探求されましたが、見つかったのは微細なリプルだけであり、これはビッグバン説以外の観点からも説明できるものです。
 池田 なるほど。そうしますと、博士ご自身は、この「宇宙マイクロ波背景輻射」の存在について、どのような見解を示されていますか。
 博士 考えられることは、〈背景輻射〉の大部分が何か未知の作用によってむらなくならされたか、あるいはもしかしたら、それが生じたのはまったくビッグバン宇宙の始まりの時点ではなかったということです。フレッド・ホイルと私が明らかにしたところによれば、この「宇宙マイクロ波背景輻射」を説明するには、星雲の光を吸収してマイクロ波を発するアイアン・ウィスカー(鉄の髭)が、宇宙全体に分布していると考えればよいのです。
 池田 そのアイアン・ウィスカーとは、簡単にいうとどういうものですか。
 博士 宇宙には塵が充満しています。この塵から太陽や地球をはじめとして、さまざまな天体が生まれてくるわけです。この塵の起源や性質を世界で初めて理論的に調べたのが、私の主要な研究の一つです。これは天文学者たちが認めています。アイアン・ウィスカーという考えは、この研究の中で出てきたものです。
 つまり、星の一生の最期に超新星爆発が起きますが、このとき星を形成している超高温度の物質が宇宙空間にまき散らされます。
 星の中心部にある物質は鉄が主成分ですから、灼熱の鉄が、突然、真空中にばらまかれたと考えてください。物質は膨張するとき冷えますから、真空中に拡散したとき、鉄はかたまります。鉄の物性データをよく調べると、鉄が宇宙にまき散らされたとき、どのような形にかたまるか、計算することができます。また、その物質が光を吸収したとき、その光をどのように変化させるかもわかります。
 私はその計算をしました。その結果、鉄は小さな髭をいっぱいもつ小さな塵になることがわかったのです。この塵をアイアン・ウィスカー、つまり〈鉄の髭〉といいます。
 池田 非常に面白い観点です。超新星は、最近では一九八七年に大マゼラン雲に出現しました。質量が太陽の七、八倍以上の星は、寿命が尽きるとき大爆発を起こすそうですが、そのとき星は急速に明るく輝き始め、太陽の数億倍から数百億倍の明るさにもなります。名前は超新星ですが、星の最期の姿ですね。
 博士 そのとおりです。
 池田 もう一つ、先ほど言われた〈リプル〉というのでしょうか、微細な〈背景輻射〉の変動は、いったい何でしょうか。どのようにしてできたのでしょうか。
 博士 「宇宙マイクロ波背景輻射」の中に微細なリプルが存在することに気づいたのはジョージ・スムート博士で、彼はこのことを一九九二年四月に発表しました。
 これらのリプルについてはビッグバン説による説明がなされ、広く喧伝されました。しかし、それはビッグバン説以外でもいくつかの観点から説明できるのです。例えば、もともとフレッド・ホイルとジェイヤント・ナーリカーが提唱した宇宙論によれば、リプルは〈リトルバン〉(小爆発)につづいて星雲が形成されたことを示すものと考えられるでしょう。
 もう一つの可能性としては、これらのリプルは、私が研究しているアイアン・ウィスカーが不規則に分布していることに起因すると考えることもできます。
 池田 そうですか。この星の中でつくられ、超新星の爆発で外に出てきた、鉄の微粒子の宇宙拡散の研究によって、博士たちは現代の宇宙論に一石を投じられたわけですね。
 博士 おっしゃるとおりです。宇宙論者のなかにはこれに立腹するものもおりました。自分たちの確信がたいへん弱められ、大事にしていた〈証拠〉の正当性が疑われるようになったからです。
 超新星によって宇宙にまき散らされた鉄の塵が、星からの熱と光をあびて二・七度(絶対温度)に加熱され、それによって「宇宙マイクロ波背景輻射」とまったく同様の現象が引き起こされていたのです。まぎらわしいといえば、たしかにまぎらわしい状況です。
4  インフレーション理論
 池田 最近の学説では、原始宇宙は、元素が生成された宇宙創成三分後まででなく、素粒子が生成された、1/〖10〗^44秒の時点までさかのぼることができるとも言われていますね。
 博士 池田先生はもう一つの問題を提起されました。それは、観測しうる宇宙の諸性質はすべて、ビッグバンから1/〖10〗^44ないし1/〖10〗^45秒後の時点に由来しているとの推測に関するものです。これはアメリカの科学者アラン・グースが提唱した、いわゆる宇宙のインフレーション理論というものに関連しています。
 池田 「インフレーション宇宙」という言葉は、最近よく使われますね。
 博士 ええ、インフレーション理論は、実際はビッグバン説の原形をうまく改良したもので、最近発見された素粒子の諸性質をその根拠としております。この学説によれば、宇宙創成後、1/〖10〗^44秒の間に時間・空間・物質の構造が確立されたことになります。
 計算してみればわかりますが、標準的なビッグバン宇宙論から導かれる宇宙の姿と、実際の宇宙の姿とはまったく違うのです。
 ビッグバン宇宙論の改良版にも、さまざまなものがありますが、どの理論でも、現在の宇宙の構造の〈種〉は、宇宙創成後1/〖10〗^44秒でできたと考えます。現在の宇宙の姿は、この〈種〉が育った結果だというのです。
 宇宙創成後のこのわずかな時間に光が走ることのできる距離は、3/〖10〗^34センチメートルにすぎません。この宇宙で情報を伝える速度は光の速度を超えられませんから、宇宙の構造の〈種〉の大きさはこの距離より大きくなることはありません。これを超える距離にあるものは、この〈種〉とはまったく無関係の世界です。そこがどうなっているのか、この〈種〉の内側からは知ることもできませんし、まして影響を与えることなどできません。
 したがって、大きさがそれぞれ3/〖10〗^34センチメートルの〈種〉宇宙は、互いになんの連絡もできないわけです。
 私たちの住んでいるこの宇宙も、そうした〈種〉が大きくなったものということになります。ところが、標準的なビッグバン説では、宇宙はそれほど速く大きくなりません。ビッグバン説によって計算すれば、百五十億年後の今日でも、その〈種〉は一ミクロンにしかなっていないはずです。そしてこの理論によれば、これを超えた距離にあるものは、〈種〉を異にする、無関係の、理解できない世界です。
 しかし、実際はそうではありません。私たちは遠い銀河まで理解できます。私たちが理解できる世界は、遠くまで広がっているのです。
 池田 つまり、実際の宇宙の姿を説明するためには、宇宙膨張が爆発的に起こり、けた外れに大きくなったと考えればよいわけですか。
 博士 そうです。私たちの住んでいる宇宙の〈種〉は、そのようにして大きくなったにちがいありません。しかし、宇宙が爆発的に大きくなるためには、宇宙に充満している物質が特別な性質をもっている必要があります。私たちの知っている物質では、それほど速く膨張しません。そこで、アメリカの科学者グースたちは、宇宙は〈相転移〉したのだ、という説を持ちだしたのです。このように考えるのがインフレーション理論です。
 池田 〈相転移〉とは、わかりやすい例でいうと、温度が下がると水が凍って氷の結晶になるように、宇宙もある時点で変化したということですね。
 博士 そうです。彼らは、宇宙が〈相転移〉したのは宇宙の温度が臨界値〖10〗^27度以下に下がったその瞬間であり、それは、ビッグバンから1/〖10〗^34秒後のことと考えられる、と主張したのです。
 この宇宙の〈結晶片〉ともいうべき微小な領域は急激に膨張し、現在〖10〗^50という巨大な倍率にまで膨張したと考えられています。そして私たちの住んでいる宇宙、つまり私たちが観測できるすべての星雲を含む宇宙は、まさしくこうした状態にあると考えられるのです。
 当然のことながら、これ以外にもそのような宇宙の小片が無数に存在するにちがいありませんが、それらは私たちがかかわることのできる範囲の外にあるものです。
5  開いた宇宙、閉じた宇宙
 池田 ところで、宇宙論からは、「宇宙は開いているのか、閉じているのか」といった議論もよく聞かれます。宇宙の質量密度の大きさに応じて、それが小さければ「宇宙は開いており、永遠に膨張をつづけていく」、大きければ「宇宙は閉じており、ある時期がくると膨張から収縮に転じる」という二説があり、その量が確定できない現在では、どちらとも言うことができないとのことです。
 さらに、後者(閉じた宇宙)の場合、脈動(振動)宇宙論といって、ゴムマリが床にはずむように、一点に銀河同士が寄り集まった果てにもう一度ビッグバンが起こり、再び銀河や恒星、生命が誕生し、宇宙は生まれ変わる。宇宙は膨張・収縮を交互に繰り返していくと説く学者もいるようです。この場合、宇宙の大きさは無限にはなれないが、宇宙には始まりも終わりもないということになります。
 また、ジョン・ホイーラーのように、収縮しきったときに量子効果によって時空に虫食い穴ができ、空間に開いた〈節穴〉を通り抜けて、完全に異なった新しい存在として宇宙が生まれ変わる、という科学者もいるようです。
 博士 いまのお話は、いくつかの学説の要点をうまくまとめてくださいました。
 最近、多くの科学者が、アインシュタインの一般相対性理論における時空概念を、量子力学と結びつけようと努力しています。物理的世界を説明するこれら二つの別個の方法は、一見して矛盾する点があるように見えますが、両者を統合する試みが実際になされ、いくつかのめざましい結果(もしくは予想される結果)が検討されています。
 古典力学でいう電磁エネルギーは、量子力学の言葉ではフォトン(光子)の集団のエネルギーということになります。これらは同じものです。これになぞらえれば、グラビトン(重力子)は重力エネルギーの集団です。乱暴な言い方をすれば、グラビトンは時空の構造に起きる極微の小波を表すと考えられます。そのような小波の時間の尺度は、先に言及されたように、1/〖10〗^44ないし1/〖10〗^45秒です。これがジョン・ホイーラーとその同僚たちが「ジフィー」(瞬間)と呼んだものです。
 池田 時間さえも連続して流れるものではなく、「瞬間」という最小の単位を考えているのは、やはり量子論の影響なのでしょう。ところで、古代インドの時間論でも「刹那」という最小単位を考えています。そこには、時代を超えて共通した発想が流れているようで、興味深く思われます。
 博士 おっしゃるとおりです。この「ジフィー」の時間内に光が走る距離は、原子核の大きさのなんと1/〖10〗^20にすぎないのです。
 アインシュタインの時空の説明を極端に単純化してみれば、湾曲した動くカンバスに世界の出来事が描きだされるようなものです。しかし、アインシュタインの本来のカンバスは、なめらかで下部構造がないのです。それに対して、ホイーラーのカンバスは、顕微鏡でも見えないほど微小なスケール、つまり実際に「ジフィー」によって定められるスケールにおいてはざらざらしているのです。
 このスケールでの時空は、大小の泡や虫食い穴でハチの巣のようになっていると考えられます。
 こうした考えのいくつかは、ビッグバン宇宙論との関連で真剣に論じられています。この宇宙論では「宇宙は閉じられたもの」であり、終局的な崩壊はビッグクランチ(大破砕)になると考えられています。虫食い効果が最大に利用されるのはこの段階においてです。
 以上の説明はすべて想像と数学の偉大な成果でありますが、もちろん、私たちが住んでいる現実の宇宙とは決定的な関係はなんらありません。宇宙論とは、判断の基準となる観測結果が二つか三つしかない科学なのです。あとは才気煥発の思索、私たち自身の宗教的・文化的伝統に制約された思索によります。
 ビッグバン宇宙論が現代の科学文化に奥深く根ざしているように見える事実は、この宇宙論がなんらかの形の創造を欲しがるユダヤ・キリスト教の伝統の中で発展してきたという事実と関係があるにちがいない、と私はみています。
 宇宙の年齢を百五十億歳に限定するビッグバン宇宙論は、いま激動の渦中にあります。この理論は終局的には放棄されなければならない、というのが私の個人的見解です。
 しかし当然のことながら、ビッグバン理論の放棄は簡単にはなされないでしょう。あまりにも多くの人々が、この理論を「正しい」と信じるように洗脳されているからです。私たちがこれらの重要な問題の正誤を分別するにあたって、コペルニクスのときのような闘争に直面することは避けられないかもしれません。
6  宇宙の有限、無限
 池田 仏教の宇宙論では、宇宙は無始無終であると考えております。ある日、突然、なにかの出来事によりつくられたわけではない。また、星や宇宙間物質の生成・消滅は当然のことですが、宇宙そのものは、ある日、消え去るというものでもなく、永遠、無限なる存在であるとされています。
 博士 もう一つ言わせてもらえば、科学的観点とは別に、哲学的観点からいっても、ビッグバン説は私には満足できない理論でした。池田先生がビッグバンの前には何があったのかと問われましたが、現在のビッグバン説では、このような質問はできないし、だれも発言しないという状況があるのです。
 池田 宇宙論といっても、その人の宗教的・文化的伝統に制約されてしまうという博士の意見は正しいでしょう。人間は自分の住む時代・世界の枠組みの中から踏みだした発想をすることは、なかなかできないものです。
 ガリレイの『天文対話』には、サグレド、サルヴィアチ、シムプリチオの三氏が登場します。この本の「読者諸賢へ」の中で、ガリレイは「かれ(=シムプリチオ)がアリストテレスの解釈で得ていた栄誉こそ、かれが真実を知るうえでの最大の障害をなしているように思いました」(青木靖三訳、岩波文庫)と書いています。学識のあることが、かえって新しい発想に立っていくためにじゃまになる場合もあると言えるでしょう。
 「宇宙は有限か、それとも無限か」という問題は、ギリシャの昔から人々の関心を集めてきました。かなたの恒星天の外には何も存在しないとする閉じた有限宇宙観に反対し、宇宙は無限であり一様に広がっているとして、開いた無限宇宙説を説いた十六世紀のイタリアの若き哲学者ジョルダーノ・ブルーノは、そのため一六〇〇年に焚刑にあっております。宇宙観は科学を超えて、宗教とも密接なかかわりをもつ切実な問題です。
 現代の宇宙論にも、ビッグバン宇宙論のほかに、前にもふれましたが、ホイル博士らが提唱する「定常宇宙論」の考え方があります。これは、宇宙には始まりもなければ終わりもない、永遠の過去から無限の未来まで、大局的な姿は変わらないという完全宇宙原理の立場に立つ宇宙論であると理解しております。
 たとえば、宇宙の平均密度についても、これはいつもほぼ同じであるという立場に立っているようです。宇宙を観測すると、銀河がたがいに離れていっていることがわかります。するとそのために、宇宙の密度はその分だけ小さくなりますが、それを補う分だけ、空間の中で絶えず新しい物質が生みだされ、新しい銀河が形成されていくという説であると理解しております。
 ホイル博士の定常宇宙論は、将来、主流になっていくと思われますか。
 博士 ええ、そうなると思います。一九四八年にホイル博士とトマス・ゴールド博士、ハーマン・ボンディ博士は、それまでに得られた天文学上の証拠は必ずしもビッグバン宇宙論が正しいことを示してはいないと主張しました。このようなことを言ったのは彼らが初めてでした。
 これらの天文学者たちは、宇宙は現在とほぼ同じ形態で存在しつづけてきたのではないか、また外観も現在とほぼ同じものを保ってきたのではないかと示唆しました。これは無始無終という完璧な宇宙論の原理です。ここに本質的には〈定常〉の状態にある宇宙の姿が浮かび上がってきます。
 この宇宙論の結末は当然のことながら、宇宙の膨張によってできたすきまを埋めるように、エネルギーの場から物質がつくりだされなければならないということです。銀河が膨張してたがいに遠ざかっていくと、定常宇宙の全体像がそのまま保たれるには、あいた空間を満たすために〈新しい〉物質が必要になるでしょう。このために必要な創造の平均率は、たとえば典型的な集会場ほどの空間の中で、一千年ごとに水素原子一個に相当する質量をつくりだすという、非常にゆっくりとしたペースであると推定されました。
 定常宇宙論の現代の諸説は、物質が「リトルバン」によって創造され、新しい物質から銀河がつくられるという可能性を考慮に入れています。私はこの見解が気に入っております。こちらのほうが既存の諸データとよく合致していると思います。
 池田 宇宙の中で、新たなる創造が絶えず起きているという理論は、まことにロマンに満ちたユニークな学説です。実際に確かめることができればすばらしいと思います。
 博士 一九五〇年代以降、二つの対立する宇宙論、つまりビッグバン宇宙論と定常宇宙論が、ますます厳密に検証されるようになりました。
 一九六〇年代初期、マーティン・ライルとその同僚が電波望遠鏡を使って最も遠くの銀河を研究しましたが、その結果、宇宙が遠い過去においては現在よりもう少し凝縮していたことを示していると主張されました。これは取るに足らない程度とはいえ、ビッグバン宇宙論に有利に働きました。しかし、その後、ジェイヤント・ナーリカー、ジェフリー・バービッジとその同僚たちが新しい観測結果を厳密に分析した結果、事実は違うらしいということが示唆されました。
 こうして、一九六〇年代の終わりごろまで定常宇宙論の反証として主張された電波天文学上の証拠は、大半が消え失せてしまったように思われます。
 その間に本質的には誤りとされなかった観測は、すでに話に出ましたが、アルノ・ペンジアスとロバート・ウィルソンが一九六五年に「宇宙マイクロ波背景輻射」を偶然に発見したことです。もちろん、「宇宙マイクロ波背景輻射」の存在は、かならずしもそれが宇宙の初期の状態から発生したことを意味するものではありません。
 現在輝いている恒星や最近まで輝いていた恒星は、「宇宙マイクロ波背景輻射」を説明するのに十分なエネルギーを放出しています。このエネルギーをマイクロ波エネルギーに転化するメカニズム(機構)を考えれば、それで「宇宙マイクロ波背景輻射」の説明はつくのです。
 ホイル博士と私は、そうしたメカニズムを一つ考えだしました。それは細い糸のような鉄の粒子を媒体とするものです。これらの粒子は超新星が爆発するときに飛びでるものと考えられています。この鉄の粒子が宇宙全域に分布していると仮定すれば、「宇宙マイクロ波背景輻射」について判明している特性はすべて説明がつくのです。
 池田 現在主流となったガモフたちのビッグバン理論も、最初は無から有を生じることなど信じられないと、多くの学者に受け入れられませんでした。しかし、この「宇宙マイクロ波背景輻射」の発見で支持を集めるようになりました。
 新しい事実の発見によって、一つの宇宙論が脚光を浴びたり捨て去られたりする。表面的なことに一喜一憂するのではなく、事実の奥に秘められた真実を探求しつづけていくことがますます大切ですね。
 博士 ホイル博士と私が、最近、アイアン・ウィスカーが宇宙的規模で相当大量に発生している可能性があることを突き止めたことによって、大きな進展がもたらされました。これによって、「宇宙マイクロ波背景輻射」の説明ができることは、すでに述べました。
 また、生まれてまだ間もない多数の銀河が存在すること、そしてビッグバン宇宙の推定年齢よりも高齢の恒星があること、それらの事実が今、ビッグバン宇宙論者たちをひどく当惑させ始めています。さらに生命の起源を説明しようと思えば、宇宙が時間的にも空間的にも無限であることがどうしても必要となるでしょう。
 以上の考察が正しければ、ビッグバン宇宙論の主要な支柱は少々不安定になったと考えられましょう。反対に定常宇宙論は、まだあまり人気はありませんが、現在までに得られたすべての事実と一致するという長所がたしかにあるのです。なんらかの形の定常宇宙論が、機が熟したときに――たぶん西暦二〇〇〇年の夜明けに間に合うように――復権するものと私は確信しております。
 池田 現在の時点では、博士も述べられたように、ビッグバン宇宙論の考え方が定説のようになっており、定常宇宙論は一般には認められていないように思います。私は専門家ではありませんが、しかし、先ほども言いましたように、仏教では無始無終の宇宙観を説いています。仏教を学ぶものの心象として、定常宇宙論の発想にもうなずけるものが少なくありません。その意味でも、今後の議論の展開に注目していきたいと思います。
 また、生命の起源を説明しようとする観点から定常宇宙論を考える博士の試みは、たいへん興味深い発想です。この点については、また後ほど話し合いたいと思います。大マゼラン雲に出現した超新星爆発で、宇宙塵ができていることが観測されていますので、この観測から博士たちの説が確かめられればすばらしいことです。

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