Nichiren・Ikeda

Search & Study

日蓮大聖人・池田大作

検索 & 研究 ver.9

第25回「SGIの日」記念提言 平和の文化 対話の大輪

2000.1.26 平和提言・教育提言・環境提言・講演(池田大作全集第101巻)

前後
2  ユニセフ(国連児童基金)の『二〇〇〇年 世界子供白書』でも、構造的暴力からの脱却を、一世代のうちに成し遂げる決意で取り組むべきと強調されております。
 昨年、アメリSGIの青年部が″暴力の克服″のための運動に立ち上がりました。厳しい現実に絶望したり、自分たちの身に危険が及ばないからといって、手をとまねいていてはなりません。たとえ小さな一歩であっても、社会の悪を見過ごすことなく、行動を起こすことからすべては始まるのです。
 「いずこの地であろうと悲劇はあってはならない」「世界から悲惨の二字を消し去ってみせる」との力強い意志をもって、私たちはともに前進せねばなりません。その不断の挑戦のなかにこそ、二十一世紀を単なる″二十世紀の延長線上の時代″に終わらせず、新しい「平和と希望の世紀」の軌道をつくりゆくカギがあると、私は思うのです。
 私たち人類が取り組むべき課題は、単に戦争がないといった消極的平和の実現ではなく、「人間の尊厳」を脅かす社会構造を根本から変革する積極的平和の実現にあります。そのためには、国際協力や法制度の整備も必要となりますが、何にもまして、その基盤となるのが「平和の文化」といえましょう。
3  SGIは、一九七五年一月二十六日、世界五十一カ国・地域の代表がグアムに集い、実質的なスタートをみてより、日蓮大聖人の仏法を基調とした「人間主義」を掲げながら、「平和」「文化」「教育」を通じた民衆の連帯を世界百四十八カ国・地域に広げてきました。それは「戦争と暴力の世紀」から「平和と希望の世紀」へ――不幸と悲惨に満ちた人類史の転換を目指しての″民衆の民衆による民衆のための平和運動″であります。「平和の文化」構築のために挑戦を重ねてきたSGIでは、昨年(一九九九年)もハーグとソールで開催されたNGO(非政府組織)の会議で、それぞれシンポジウムを主催し、討議を行ってきました。
 また平和研究機関である「ボストン二十一世紀センター」(現・池田国際対話センター)においても昨春、三回にわたる連続会議を行い、「平和の文化」構築のための方途を模索してきました。
 いずれの会議でも、焦点として浮かびあがってきたのは、悲劇を生み出す「憎しみと対立の土壌」を、いかに「平和と共存の土壌」へと変えていくかという点であります。
 ひとたび武力紛争が起これば、殺裁や破壊が繰り返されるだけでなく、暴力や恐怖から逃れるために住み慣れた故郷を離れ、難民生活を強いられる人々が多数、出てきます。
4  SGIでは、仏法の理念に基づく人道主義の立場から、こうした難民を救済するUNHCRの活動を支援してきましたなかでも日本の青年部を中心とする救援キャンペーンは、一九七三年のベトナム・西アフリカに対するもの以来、二十回を数え、八〇年に始まった難民キャンプの視察や調査団の派遣は十四回になります。昨年は、ユーゴスラビアのコソボ自治州と、タンザニアにあるルワンダ、ブルンジ、コンゴ難民キャンプに視察団を派遣しました。今後とも、こうした仏法を基調とした平和・文化・教育の運動は、地道に多角的に展開してまいりたい。それが仏法者の人間的、社会的使命だからです。
5  「文化帝国主義」の弊害を克服
 さて、ひとくちに「平和の文化」といっても、そこから何らかの実質的イメージを喚起しようとしても不可能でしょう。確かに、″武″に対置された″文″という言葉は、比較的ソフトで穏和な平和的ニュアンスを帯びているとはいえ、だからといって文化の交流や伝播が平和的になされるわけではありません。
 それどころか、異なる文化の接触は、歴史家のトインビー博士が「外国の文化を受け入れるということは苦痛と同時に、非常な危険を伴うもの」(『世界と西欧』吉田健一訳、『トインビー著作集』6所収、社会思想社)と述べているように、しばしばハレーションを生じ、火花を散らし、時には″神々の争い″となって、血で血を洗うようなプロセスを現出してきたことは、歴史を繙くまでもないことです。
6  現代世界のひきもきらぬ紛争の続発は、人類史が、そのプロセスと絶縁しきれていないことの証左であります。それが、文化というものの本質に根差すのか、あるいは人為的歪曲なのかは微妙な問題ですが、ともかく文化には、字義通り、人間の内面を耕し、精神性を高めていく側面と同時に、民族間に摩擦を引き起こし、自らの作法を一方的に押しつけようとする侵略的側面があることを忘れてはならないと思います。「平和の文化」ならぬ「戦争の文化」であります。
 文化のもつ、そうした侵略主義的側面が、凶暴な、といってもあからさまな武断主義に巧妙な文化的粉飾をこらしつつ牙をむいたのが、ヨーロッパ近代の植民地主義が濃密に体現した「文化帝国主義」でした。
 文化帝国主義という言葉そのものは、戦後の脱植民地化の流れのなか、特にヨーロッパ近代の正統的価値観に、ヒッピーなどカウンター・カルチャー、あるいはサブ・カルチャーというかたちで異議申し立てが行われた一九六〇年代に、市民権を得た言葉のようであります。
7  しかし、文化帝国主義の実態は、大航海時代以来、近代に至るまで五百年の長きにわたって続いてきた植民地主義――自分以外の文化を″野蛮″や″未開″と一方的に決めつけ、他民族への支配や収奪を正当化するイデオロギー――であり続けました。そこでは、文化は平和とはおよそ程遠く、植民地侵略という暴力・戦争の、ある時は露払いを演じ、ある時はそれを下支えしながら、むき出しのエゴイズムをあたかもミッションであるかのごとく粉飾してきました。ほとんどの植民地諸国が宗主国からの独立を勝ち取った現代、こうした粉飾は、はぎとられたかに見えますが、陰に陽に世界各地で噴出する人種間のもめ事などを見ていると、払拭しきれたとは、とうていいえないでしょう。
 私は、昨年(一九九九年)来、″キューバの使徒″といわれるホセ・マルティをめぐって、その道の碩学であるシンテイオ・ヴィティール博士(ホセ・マルテイ研究所所長)と対談を続けておりますす『カリブの太陽 正義の詩』〈本全集
 第110巻収録〉として発刊)。それを通して痛感したことは、かの地の人々が、マルティが指摘していたような、アメリカに対する不信や警戒の念を、今もって強く抱き続けており、それを杞憂であると一蹴することは、決してできないということです。
8  近代の負の遺産
 パレスチナ出身の文明批評家エドワード・サイード氏(コロンビア大学教授)は、″ポスト・コロニアル批評のバイブル″と呼ばれる『文化と帝国主義』の中で、「帝国主義時代という過去の意味は、その時代とともに完全に消滅したわけではなく、何億という人びとの現実に入り込み、共有された記憶というかたちで、また文化とイデオロギーと政策をまきこむ意見衝突の場として、いまもなおかぎりなく大きな影響力をもっている」と指摘しております。(大橋洋一訳、みすず書房。以下、問書から引用・参照)
 実際、博引芳証というしかないサイード氏の検証を追っていくと、彼が「身分卑しからぬ男女」と呼んだ、帝国主義諸国の教養ある人々の中に、いかに文化帝国主義が深く根を下ろしていたかが判ります。
 サイード氏の分析は、コンラッドの『闇の奥』、オーステインの『マンスフィールド・パーク』、キプリングの『キム』など、文学作品が中心となっていますが、総じて、近代日本がもっぽら学ぶべき対象として位置づけてきた「身分卑しからぬ男女」――A・トクヴィルやJ・S・ミル、へーゲルやマルクスといった人たちが、意識無意識のうちに、無邪気なほど罪の意識もなく文化帝国主義にくみしてきたという事実、『イエス伝』の著者であるE・ルナンのような哲学者が、ナチスまがいの人種理論の唱道者であったという事実などは、後発の帝国主義であった日本では、看過されがちであります。
9  ここでは、よく知られたA・シュバイツァーの言葉を、一つだけ挙げておきます。「黒人は小児である。すべて小児には権威をもって臨まないならば何ごともできない。ゆえにわたしは交際の形式を、わたしの自然に備わる権威を現わすようにととのえる必要がある。それゆえ、わたしは黒人にむかつて、『わたしはお前の兄弟である。しかしお前の兄である』という言葉を教えこんだ」(『水と原生林とのはざまで』野村實訳、岩波文庫)と。
 この人にしてこの言あり、であります。原生林の中で病院を営むこと数十年、″密林の聖者″として並ぶ者のなかったこの人の名声が、植民地諸国の民族意識の高まりとともに、急速に色あせていったのも、ゆえなきことではありません。シュバイツァーの言が善意であるだけに、なおのこと、鼻もちならぬエリート臭、差別感情を露にしているのであります。
10  二十世紀の知的遺産の一つである「文化相対主義」は、欧米文化に付着するこうした帝国主義的倣慢さに対する、欧米の文化人類学者を中心とする人々の自省に発しております。自らを相対化し、今まで等し並みに″野蛮″や″未開″として貶めてきた異文化にも、独自の価値を認めようとする誠実な知的営為はそれなりに評価されますし、文化帝国主義にまつわる臭気や毒を薄める上で、大きな効果をもちました。しかし、そこからただちに、現代の急速なグローバル化に即した文化や文明への展望が開かれるかといえば、多分に疑問符をつけざるを得ません。
11  大きな代償を払って、ようやく手にした文化相対主義ですが、それが単なる″互いの文化を認める″といった概念の枠組みにとどまる限り、文化の負の側面――サイード氏の言葉を借りれば「アポロン的貴族性をおびた静謐な領域であるどとろか、主義主張が脚光をあびようとしゃしゃりでて、相手をおしのけるような戦場」と化しかねない、文化が内蔵する排除の論理、敵視の論理を抑止することは不可能でしょう。平和学の泰斗、ガルトゥング博士も、私との対談『平和への選択』の中で、とうした文化相対主義の弱点を、「他文化から積極的に学ぼうとせずに、消極的な寛容という形をとる傾向」(本全集第104巻収録)と指摘しておられました。人権の普遍化をめぐる欧米諸国(主としてアメリカ)と第三世界の国々との対立も、人権思想の母体である、こうした欧米の政治文化の相対化を背景としています。
12  欧米諸国が、第三世界の国々の国内における少数意見の抑圧などに、人権の立場からクレームをつけると、それらの国々からは″内政干渉″といった反発が、必ずといってよいほど返ってきます。政治文化の相異、植民地支配・被支配という過去の経緯、それに伴う貧富の格差等々をさしおいて、人権の普遍性のみを一方的に言い募るのは、先進国の得手勝手なエゴイズムであり、大国主義ではないのか、と。
 このような一筋縄ではいかない対立や相異に、「消極的な寛容」という及び腰のスタンスで対処していても、いたずらに手をこまねいているばかりで、容易に解決の糸口を見いだせないでしょう。まして、第三の千年を遠望しゆく「平和の文化」の沃野、グローバリゼーションに呼応した「地球文明」の地平など、期待しうべくもない。平和とは、戦争と戦争との間の無為の″幕間まくあい″ではなく、我々が意志的、能動的に勝ち取っていかねばならない活性化された生活空間、すなわち「精神の力から生ずる徳」(スピノザ『国家論』畠中尚志訳、岩波文庫)が演ずる″活劇″の場以外のなにものでもないからです。
13  国家の枠超える「文化民際主義」を二十一世紀の潮流に
 高圧的な文化帝国主義的手法ではもとよりなく、かといって、腰の引けた文化相対主義的手法でもなく、「平和の文化」は、異文化同士の積極的共存、さらにはそれらが互いに触発し合いながら志向する世界文化や地球文明へと方向づけられなければならない。そうでなければ、昨今のグローバリズムの流れと逆行するばかりか、最も危険なシニシズム(冷笑主義)にさえ足をすくわれかねません。
 そのためにも私は、従来、「文化国際主義」の名で呼ばれてきたものの積み重ねてきた貴重な実績の水脈を継ぎながら、さらに踏み込んだ文化民際主義」ともいうべきアプローチが欠かせないのではないか、と訴えたいのであります。
 ハーバード大学の入江昭教授は『権力政治を官えて』(篠原初枝訳、岩波書店。以下、同書から引用・参照)の中で、この文化国際主義を、十九世紀後半にその萌芽がみられ、「諸国家に恒常的な戦争準備状態を強いた国家対立を克服」するために、「文化」という基礎に立ち、国境を超えた協調関係を模索してきた思想と位置づけています。
14  「情報の交換、度量衡の統一、科学者や医師の国際的連合といった動き」に始まり、文化や教育の交流による平和構築を求めたその思想は、二度の世界大戦の渦中にあっても途絶えることはありませんでした。むしろ戦後、重要性がより認識され、ユネスコ憲章や世界人権宣言にその精神が結実してきたのです。
 近年、その担い手として、特に活躍の舞台を広げてきたのが、NGOでした。私は、こうした潮流に着目し、より積極的な概念として、「文化民際主義」を提唱したいのです。
 大橋良介氏によれば、最近のヨーロッパ諸国の言論界では、″インターナショナル″という言葉がすっかり影をひそめ、″インターカルチャー″にとって代わられているそうです。(『内なる異国 外なる日本』人文書院。以下、同書から引用・参照)
 「ローカルな多数の文化垂直軸と普遍性要求をかかげるテクノロジーの水平軸」とが交差する現代世界の文化状況を把握するには、″ナショナル″という、どちらかといえば政治主導の表層次元から、″カルチャー″という人間のアイデンティティーが根差す深層次元へと目を転ずることの必要性が、暗黙の約束事になっているのだと思われます。
15  日本では、そこまではいっていませんが、興味深い動向です。たしかに″ナショナル″という次元や枠組みにとらわれすぎると、国家の都合に合わせて多分に人為的に形成されてきた近代ナショナリズムの虚構性の部分を見抜けずに、それを実体化、永続化させてしまう危険性があります。
 それではエスノセントリズム(自民族中心主義)の解毒剤たらんとしてきた文化相対主義の″正″の遺産まで捨て去ることにもなりかねない。
 もとより″ナショナル″という枠組みが今すぐ消滅するなどというのは現実的ではなく、近未来的には必要でさえあります。しかし、ミレニアムの分岐点にある昨今の世界的なアイデンティティーの揺らぎ、深化しゆく危機意識は、政治次元ではとうてい対応しきれない「水底のゆるやかな動き」(『試練に立つ文明』深瀬基寛訳、『トインビー著作集』5所収、社会思想社)に棹さしております。そうした時流は、″インターカルチャー″的視点へと、パラダイム(思考の枠組み)の転換の必要性を迫っているのではないでしょうか。
16  私が、文化民際主義ということを訴えるのも、そうした背景を踏まえてのことです。文化国際主義が、どちらかといえば国家のイニシアチブによるところが多かったのに対し、文化民際主義の主役は、民衆であり、NGOやNPO(民間非営利団体)に属する大小さまざま、膨大な数にのぼる民間のボランティア団体であります。多様性の花咲くその表舞台に登場してくるのは、画一的な″国家の顔″ではなく、多種多彩な″民衆の顔″″人間の顔″であります。国家次元、政治次元のアプローチとともに、こうした民際主義的な動きが幾重にも交差し、互いの持ち場と役割を認め合い、補完し合っていくべきです。
 そうあってこそ、行き先に何が待ちかまえているか、予測のつかない″インターカルチャー世界″の動向に柔軟に対応できます。また、いくらパソコンやインターネットが幅をきかせても、終局的に文化の質を決定づけるのは、人間であり、人間の人格であるからです。
17  「外なる差異」の絶対化が生み出した二十世紀の悲劇
 ところで、そうした文化民際主義の推進が「平和の文化」の花咲く活動にたどりつけるか否かの生命線は、それが対話による「内なる差異の超克」というテーゼを貫けるかどうかにかかっているのではないでしょうか。それぞれの回路を通して、このアボリア(難問)を乗り越えることができたならば、暴力と流血で覆われた二十世紀ときっぱりと袂を分かち、希望と共生の二十一世紀への洋々たる旅立ちが可能となってくることを、私は信じて疑いません。
18  思えば二十世紀は、正義と正義、イデオロギーとイデオロギーが角突き合わせ、声高に覇を競い合ってきた喧騒の時代でした。そうしたなか、人種、民族、風俗・習慣等々、「外なる差異」こそ人間の幸不幸、物事の善悪を決定づける最大の要因であり、その差異を取り除くことこそ、すべての社会悪や矛盾の解決への決定打であるという錯覚、イデオロギー的迷妄が、二十世紀の空を、暗く覆い続けていました。
 今世紀の半ば、第二次世界大戦でドイツが敗戦した直後の一九四五年六月、C・G・ユングは、ドイツ内の「まだ健康を保っている人たち」(松代洋一編訳『現在と未来』平凡社ライブラリー。以下、同書から引用・参照)に、静かに訴えました。
 「罪が大きければ、思寵もいやますのである。こうした体験こそが内面の変化をもたらすが、これは政治の改革や社会改革などとはくらべものにならないくらい重要なことである。外部のどん在改革も、自分自身と正しく対決していない人間の手によるのでは、何の役にも立たないのだ。このことを人はいつも忘れてしまう」と。
19  これは、当時はあまり顧みられなかった、しかし今日の眼でみると、驚くほどの深さと人類史的スパンで時代の病理を剔抉ていけつした(=えぐり出した)賢者の言葉でした。「何の役にも立たない」とは言い過ぎのようにも見えますが、スターリンをはじめとする大小の権力者群像に目をやれば、己を棚に上げた政治改革、社会改革なるものが、全く意に反した逆ユートピアとなって、社会と人間にどのような凶暴な牙をむくかは明らかでしょう。
20  逆に言えば、たとえ流血を余儀なくされたにしても、中国革命やキューバ革命のように民衆の根強い支持を受け続けている社会変革のプロセスには、必ず「自分自身と正しく対決」した人の存在が確認され、どこか救いがあるものです。中国革命の正統性は、周恩来のような人格の存在なしには考えられないでしょうし、先述のヴィティエール博士との対談では、キューバ革命の精神的源流として、ホセ・マルテイという人が、いかに重要な役割を演じているかを、あらためて痛感させられました。
21  二十世紀が、人類史上かつてない大殺毅時代であったこともあって、どうしてもマイナス・イメージばかりが思い浮かぶのですが、「外なる差異の超克」という点でプラス・イメージが描ける代表的事例として、一九六〇年代のアメリカの人種政策が挙げられます。一九六四年の画期的な公民権法の制定をはじめ、一連のアファーマティブ・アクション(=積極的差別解消策)がそれですが、残念なことに、それは種々の研究結果、調査結果が示しているところでは、必ずしも人種問題の解決には結びついていないようです。
 こうした法律的、制度面での対処もさることながら、やはり、こうした取り組みを裏支えする人間精神の変革、すなわち「内なる差異の超克」による普遍的な人格の形成という″画竜点晴″を欠くと、はかばかしい成果は期待できないのではないでしょうか。普遍的な人格――この言葉で、私は、公民権法制定の前年、キング博士が行ったあまりにも有名な演説の一節を想起しております。
22  「私は、私の四人の小さな子供たちがいつの日か、皮膚の色によってではなく、人格の深さによって評価される国に住むようになるであろう、という夢を持っている」(梶原寿『マーティン=L=キング』)
 この高貴な人格主義は、まぎれもなく「生れによってバラモンとなるのではない。(中略)行為によってバラモンともなる」(『ブッダのことば』中村元訳、岩波文庫)と述べた釈尊の精神性の衣鉢を継いでいるものであり、それはまた「祖国」の自由と独立のために全てを捧げながら、なおかつ「人類こそ我が祖国」「人種間のにくしみはない。人種というものがないからだ」(高橋勝之監修「われらのアメリカ」、神代修訳、『キューバ革命思想の基礎』所収、理論社)と高らかに叫んでやまなかったホセ・マルティの人格の普遍性と深く、そしてまた強く、響き合っているのであります。
23  法律といい制度といい、人間がつくり出し、人間が運用するものであります。もし内なる人格の錬磨ということを、おろそかにしてしまえば、どんな立派なシステムといえども、円滑に機能することは不可能でしよう。アメリカの良識キング博士とキューバの良識マルティが濃密に体現している普遍的な人格の形成――ここに、あらゆる人種問題解決へのカギがあり、その陸路を避けていては、かえって遠回りになってしまうであろうことを、私は恐れるのであります。
24  「言葉による支配・呪縛」を打ち破る仏法の善悪無記論
 私が、アメリカのハーバード大学での二回目の講演「二十一世紀文明と大乗仏教」(一九九三年九月。本全集第2巻収録)において、釈尊の「私は人の心に見がたき一本の矢が刺さっているのを見た」との言葉を通し、「見がたき一本の矢」とは″差異へのこだわり″であり、その矢を抜くこと、すなわち″こだわり″することこそ、平和創出のための最大のポイントであることを強調したのも、外的対応だけでは思うにまかせない、こうした人種問題が直面している隘路を意識してのことであります。
 そして、この点への反響は、想像を大きく超えていました。
25  また、ユングは、こうも訴えています。
 「あらゆる対立や分裂にあって、分け隔てるものは人の心にあるという、一般の自覚が成立するならば、実際にどこから手を着けたらいいかが、わかるだろう」(前掲『現在と未来』)と。
 ――外ばかり目をやって、分裂し対立する一方を善、他方を悪と決めつけてはならない。人間であれ、社会であれ、外面的な善悪は相対的、可変的なものであり、それを絶対的、固定的と見なすのは人の心であり、心が言葉の呪縛にかかっているのだ。
 呪縛にかかると、善は内に悪を猷み、悪も内に善を含むという善悪の相対性、それゆえ、悪も対応次第で善に転じうるのだという可変性が見えなくなる。そうではなく、善悪の対立といっても、言葉や象徴を媒介に宇宙大へと広がる人間の心という意味論的結合の一つの分節にすぎない。その意味では、対立も分裂も、終局における結びつきの一つの現れ方なのだ。
 外にばかり目をとられるな。言葉に使われ、言葉の奴隷となるな。大量粛清やホロコースト、そして昨今のエスニツク・クレンジング(民族浄化)――それらの悪夢の温床こそ、言葉による「外なる差異の絶対化、固定化」なのだ――。
26  私のモノロ「ーグは、仏教で説く「善悪無記論」を下敷きにしております。そこでは、生命の実相は「善悪無記」であり、ある時には善の価値を、ある時には悪の価値を生み出す働きをするとみます。
 つまり、善といっても悪といっても、何か個別に実体があるのではなく――たとえば「怒り」に関しては、人間の尊厳を脅かすものに対する怒りは″善″、エゴにのみ突き動かされた怒りは″悪″といったように、環境と自分の一念との「関係性」の中で顕在化するものと位置づけるのです。
 それは、善と悪とを外面的に固定化してしまう「言葉による支配・呪縛」を解き放ち、生成流動してやまない現実と向かい合うことを促す思想なのです。
27  日蓮大聖人は、善と悪の相関性を端的に、こう論じています。
 「善に背くを悪と云い悪に背くを善と云う、故に心の外に善無く悪無し此の善と悪とを離るるを無記と云うなり、善悪無記・此の外には心無く心の外には法無きなり
 ここで指摘しているのは、第一には善と悪という概念が元来有している相対性であり、第二には、善や悪も結局は人間がつくりだした概念であり、すべては心が描きだしたものであるという点です。
 「無記」が「善」と「悪」と並んで「三性」(存在の三つのあり方)とされていることからも明らかなように、「無記」といい「心」といっても、決して″無″や″空白″を意味しません。
 大聖人が「劫火にも焼けず水災にも朽ちず剣刀にも切られず弓箭にも射られず芥子けしの中に入るれども芥子も広からず心法も縮まらず虚空の中に満つれども虚空も広からず心法も狭からず」と仰せのように、なにものにもとらわれることのない、金剛にして不壊なる澄み切った大境涯なのです。
 ″無″や″空白″どころか、創造的エネルギーに満ち満ちた宇宙生命の内的な働きそのものなのです。
28  「対話」こそ地球文明構築の黄金律
 そうした「無記」という考え方が示している「内なる差異の超克」ということを、我々の日常生活の実感に即した文脈でいえば、先ほど、釈尊の「見がたき一本の矢」のところで触れたように、差異への「こだわりが消える」、差異が「気にならなくなる」という言い方ができます。
 この点に関して、戦後間もないころ、思師戸田城聖先生(創価学会第二代会長)が、忘れることのできない留言を残しています。恩師は、日蓮大聖人の因果観に基づく宿命転換に触れたあと、こう述べています。
 「帰依して南無妙法蓮華経と唱えたてまつることが、よりよき運命への転換の方法であります。この方法によって、途中の因果がみな消えさって、久遠の凡夫が出現するのであります」(『戸田城聖全集』3)
 まさしく、信仰を発条にした「内なる差異の超克」といえましょう。「途中の因果」とは、境涯面、肉体面、精神面で、自分が現在担っているあらゆる差異を生じさせた、原因であり結果であります。
 国籍、肌の色、家系、学歴、職業、性格、性別等々、十人十色のすべての差異は、自らがなした過去の因によってもたらされた現在の果である――これは、通途の仏教で説く、よく知られた因果律です。
29  こうした「途中の因果」が「消え去る」ということは、なくなるということではありません。そんなことはありえない。人間の社会である限り、人相ひとつをとってみても、誰もが差異的存在であり、それを貫く因果律も三世にわたって厳然と続いていきます。
 そうではなく、「消え去る」ということは、差異への「こだわり」が消え、差異を「気にする」ことがなくなる。それが「内なる差異の超克」ということなのです。
 真実の仏法に帰依することによって「久遠の凡夫」が自らの命の中に立ち現れてくる。「久遠とははたらかさず・つくろわず・もとの儘と云う義なり」という意味ですから、一切の作為的なものを拭い去った、巧まずして放射されるその威光勢力に照らされると、「こだわる」心、「気にする」心など、夢の中の出来事のような淡い、あるかなきかのごとき些細な事柄と化していくのであります。
 とれをたとえていえば、「途中の因果」は、夜空を彩る月や星、「久遠の凡夫」とは太陽にあたります。夜空にあっては、月や星は、満天の輝きの存在感をアピールしていますが、夜が明けて太陽が東天に顔を出すと、たちまち視界から姿を消してしまう。決して、なくなったのではなく、赫々たる陽光を前にしては、あまりにも影が薄く、その存在すら定かではなくなってしまうのであります。真実の信仰とは、このような偉大なる生命力を涌現させるものなのです。先に「金剛にして不壊なる澄み切った大境涯」「創造的干ネルギーに満ち満ちた宇宙生命の内的な働き」と述べたのも、恩師の不磨の留言を想つてのことでした。
30  もとより、差異の中には、自分にのみその因があるとはとうてい言えず、悪しき差異、つまり差別や偏見を生み出す社会構造の歪みが、責めを負うべきものも多々あります。
 そこに目をつぶって、すべてが自分に因があるとすると、社会悪を容認、看過する行き過ぎた宿命論になってしまいます。人間を無力化し骨抜きにする、いわゆる″宗教阿片説″の轍を踏んではならない。
 しかし、そうした社会悪によるものを、かりにすべて取り除いたとしても、差異は残ります。それどころか「世間」という言葉が仏教用語で「隔別」「間隔」を意味しているように、つきつめていえば、世の中はすべて差異から成り立っているのです。
 「平和の文化」を志向する文化民際主義の成否は、そうした差異の多様性を存分に開花させながら、いかにして悪しき差異=差別という毒草を除去していくかにかかっているといえるでしょう。そのためにも私は、「内なる差異の超克」を第一義とすべきことを、重ねて訴えておきたいのであります。
 以上の論述から明らかなように「善悪無記」ということの眼目は、″言葉の虚構″というベールをはぎとるにとどまらず、それによって、人々を、決して言葉に呪縛されることのない、自在な言葉の使い手、対話の達人たらしむるところにあります。まさに対話こそ、仏教運動をベースに、地球文明構築へ我々が推進しゆく文化民際主義の″黄金律″といってよい。大聖人の仏法は、「此の心が善悪の縁に値うて善悪の法をば造り出せるなり」〔「法」は「言葉」と、ほぼ同義語です〕と仰せのように、対話を縦横に展開しながら、いかに善の価値を創造し、悪を善に転じていくかという能動的な変革、実践の哲理なのです。
31  その点、キルギス共和国出身の世界的文豪チンギス・アイトマートフ氏は、私との対談『大いなる魂の詩』を開始するにあたって、「私は長い間、心の中でこのような対談に憧れ、好機の訪れを待っていた」として、いかにも優れた文学者らしい、言葉に関する洞察を行っています。(本全集第15巻収録)
 「家なき言葉は存在しない。人間はみな言葉の家であり、言葉の支配者である。人が神の声を聞とうとひそかに望んで神に向かい合うときですら、彼が耳にするのは己の言葉の中の己である。言葉は我々の中に生き、我々から離れては我々のところへ戻ってきて、言葉は、いうなれば、我々が生まれたときから、死ぬまで我々にひたすらに奉仕しつづける。言葉は魂の世界と壮大な宇宙とを担っている」と。
 アイトマートフ氏が「まえがき」の冒頭で、なぜそのような言葉のはたらきに関する考察を行ったのか、よく理解できます。というのも、氏が人生の大半を過ごしてきた旧ソ連邦時代というものは、「人間が言葉の支配者」であるどころか、「言葉が人間の支配者」であった典型的な時代であり、「生まれたときから、死ぬまで奉仕しつづけた」のは、言葉ではなく人間であるからです。
32  文学者に限らず、鋭敏な感性の持ち主であればあるほど、この問題、本末転倒に呻吟し続けてきたことは、幾多の証言にまつまでもありません。
 いうまでもなく、コミュニズムは、無階級社会という言葉に呪縛され、「外なる差異の超克」を目指してきました。言葉による呪縛、言葉による支配は人間の内なるものを貶め、内なる変革を二義的、三義的なものと軽視しているため、目的達成のためには、容易に外なる力、すなわち暴力に訴えます。
 暴力の是認というよりも、むしろ奨励――そうした言語文化、イデオロギーの怖さが骨身にしみているだけに、アイトマートフ氏は、仏教を根底に私どもが推進している人間主義運動――その根幹をなしている徹底した対話重視、暴力の否定という考え方に、ことのほか、ひかれていったのだと思います。
33  SGIは「文明間対話」「宗教間対話」を率先し実践
 私自身、その具体的実践として、地球上のすべての大陸の人々と文明間の対話を重ねてきました。また、キリスト教やイスラム教、ヒンドゥ教など、さまざまな宗教的背景をもっ世界の識者と何度も語り合い、多くの対談集も編んできております。そうした長年の経験からも、「開かれた対話」のもつ可能性と、それが社会に与える重要性は、深く実感できるところです。
 SGIとしても、「仏法の寛容の精神を根本に、他の宗教を尊重して、人類の基本的問題について対話し、その解決のために協力していく」との憲章に基づき、それぞれの地域で平和な社会建設のための活動を進めているほか、ヨーロッパ科学芸術アカデミーなどの諸機関と、シンポジウムなどを通じた宗教間対話を進めてきました。また昨年、南アフリカで行われた世界宗教会議にも代表が出席しており、本年八月の宗教指導者らによるミレニアム世界平和サミットにも代表が参加する予定です。
34  ボストン二十一世紀センターでは、世界の八つの伝統宗教の平和思想と、対立を克服する方途について、各宗教を代表する学識者が論及した『憎しみの克服』を発刊しました。さらに、東洋哲学研究所でもさまざまな面から宗教間対話を試みており、戸田記念国際平和研究所でも本年二月に沖縄で、「文明間の対話――第三の千年紀のための新たな平和の挑戦」と題し、世界の各宗教を基盤とした主要な文明に詳しい識者が集い、国際会議が行われることになっています。
 「国連文明間の対話年」であり、「人種主義、人種差別、排外主義、不寛容に反対する動員の国際年」にあたる明二〇〇一年には、七月に南アフリカで世界会議が予定されています。二十世紀の苦々しい教訓を踏まえ、平和と共存の社会をどう築いていくのかという課題に、人類が本腰を入れて臨む必要があると、私には思えてなりません。
35  これまで「現代世界の人権」展や「勇気の証言――アンネ・フランクとホロコースト」展など、意識啓発活動を世界各地で展開し、国連の推進する「国連人権教育の十年」を支援してきたSGIとしても、会議の成功のために積極的に協力していきたいと思います。
 また現在、「平和の文化のための国際年」を主導するユネスコ(国連教育科学文化機関)が中心となり、世界規模での意識啓発運動がスタートしています。これは「マニュフェスト二〇〇〇」と名付けられた運動で、国連の「ミレニアム(千年紀)総会」に向けて、一億人の署名を提出することを目標とするものです。
 これまでユネスコに協力し、「国際識字年キャンペーン」や、「平和の文化」への意識を育む「世界の少年少女絵画展」の海外巡回を行ってきたSGIとしては、「マニュフエスト二〇〇〇」の理念に賛同し、広報面での協力を含めた支援を行っていく所存です。
36  民衆によるエンパワーメントで「平和の文化」を全地球に
 これに付言し、「平和の文化」に果たす女性の役割について言及したいと思います。
 人類の長い歴史のなかで、戦争や暴力、圧政や人権抑圧、疫病や飢饉など、社会が混乱や不安に陥った時、最も苦しめられてきたのが女性たちでありました。
 にもかかわらず、社会の歩みをたえず「善」なる方向へ、「希望」の方向へ、「平和」の方向へと、粘り強く向けてきたのも、女性たちであったといえましょう。
 マハトマ・ガンジーが「もし、『力』が精神の力を意味するのであれば、女性は計り知れないほど男性よりもすぐれている。もし、非暴力が、私たち人間の法則であれば、未来は女性のものである」(ハリーバーウ・ウパッデャイ『バープー物語』池田運訳、講談社出版サービスセンター、参照)と強調していたように、希望の未来を開くカギは女性が担っているのです。
37  平和に果たす女性の役割については、私も年来、強調してきた点であり、ラテンアメリカの人権運動家であるエスキベル博士と、現在準備を進めている対談集の中で、重点的に語り合うことになっています。
 SGIとしても、女性たちの手による反戦出版活動や、意識啓発のための展示や講演会などの活動に意欲的に取り組んできました。昨年(一九九九年)十月にはソウルでのNGO世界大会で、「女性こそ『平和の文化』の担い手」とのテーマのもと、シンポジウムも行っています。
 また、女性の視点から人類が抱える諸課題を問い直し、『女性から見た地球憲章』などを出版してきたボストン二十一世紀センターでは本年、「平和における女性の役割」を考えるシンポジウムを開催するとともに、「平和を考える女性講演シリーズ」をスタートさせることになっています。
 国連でも六月に「女性二〇〇〇年会議」が行われ、SGIも参加を予定していますが、議論が深められることを期待するものです。
38  とうした取り組みとともに欠かせないのが、日々の生活の中で「平和の文化」を具体的に創造していく挑戦でありましょう。
 ″一人一人が日々、粘り強く平和の振る舞いを持続する過程のなかに「平和の文化」が存在する″と訴える平和学者のエリース・ボールデイング博士は、特にこの面での女性の役割を重視しています。
 平和といっても遠きにあるものではない。他人を大切にする心を育み、自らの振る舞いを通して、地域の中で友情と信頼の絆を一つ一つ勝ち取っていくなかでこそ、世界は平和へと一歩一歩前進するのです。
 毎日の振る舞い、そして地道な対話を通し、「生命の尊厳」「人間の尊厳」への思いを高め合うなかで、「平和の文化」の土壌は豊かになり、新しい地球文明は花開くのです。
39  女性に限らず、一人一人の人間が目覚め、立ち上がることこそ、社会が「戦争の文化」へと暴走するのを押し止めるブレーキとなり、平和の世紀を築く原動力となりましょう。
 SGIでは、自他ともの幸福を目指す仏法の理念に基づき、「人間革命」という名の、″民衆の民衆による民衆のためのエンパワーメント運動″に取り組んできました。ここでいう、エンパワーメントとは、人間誰しもに本来備わっている無限の可能性と力を最大に引き出すことに眼目があります。
 そのために、人々と積極的に関わり合い、生命と生命との触発作業を繰り返すなかで、自他ともの平和と幸福が実現され、世界平和への礎は、より強固となると私たちは考えるのです。
40  世界各地でSGIのメンバーが、悩み苦しむ友を励まし、生きる勇気と希望を引き出す地道なエンパワーメントの実践に取り組む一方で、よき市民として平和・文化・教育の運動を通して「民衆の連帯」を築き上げてきたことに、私は大いなる喜びと、強い自負を感じます。
 この「人間と人間の連帯」「心と心の連帯」の拡大こそが、「平和の文化」のほかならぬ実践であることを、あらためて確認しておきたい。平和が人間一人一人の心の中に根づいてこそ、「平和の文化」を全地球的規模に広げることができ、永続化させることができると私は確信するのです。
41  「人類益」の実現へ国連を強化
 続いて具体的に、「平和と共生の二十一世紀」を建設するための方途を考察してみたい。
 私たち人類は、「戦争と分断の時代」から決別し、万年の未来を見据えながら、二十一世紀が「世界不戦の時代」の始まりとなるよう、戦争の原因を取り除き、制度としての戦争をなくす挑戦を開始すべき時を迎えております。グローバル化の進行に伴う形で、環境破壊や貧困問題、難民の急増や疫病の蔓延といった国境を超えた問題群が顕在化し、その対応が迫られるようになりました。
 長らく主権国家体制の枠組みの中で、危機といえば領土にまつわる危機とされ、多くの国々が軍事力の拡充に力を入れてきたわけですが、地球的問題群と呼ばれる一連の危機は、従来の手法では対処できないものといえます。むしろ、これらの問題が放置されているために、内戦や衝突を招いている地域が多いのです。そんな時代の変化を、イスラエルのシモン・ペレス元首相は「敵だらけの世界から危険だらけの世界」への移行と位置づけました。(「読売新聞」一九九八年五月五日付)
42  中東和平の進展に貢献した氏が、ヨーロッパの例を引き、「相互依存に基づく発展が追求されるようになると、力の均衡に基づく政治も覇権争いも必要でなくなってくる」(同前)と示唆するように、グローバルな危機が深刻化する現代にあっては、自国の利益や安全のみに汲々とする「国益至上主義」ではなく、共通の課題に立ち向かう「人類益」の思想こそが求められているのです。
 この点、国家中心の安全保障観に代わる「人間の安全保障」の概念を提起したUNDP(国連開発計画)が、『地球公共財』と題する報告書を昨年(一九九九年)発表し、二十一世紀の国際協力のあり方を考察しています。(インゲ・カール、イザベル・グルンベルグ、マーク・A・スターン編、FASID国際開発研究センター訳、日本経済新聞社)
43  地球公共財とは、すべての国家、すべての人々、すべての世代に利益をもたらすものです。どの国も、どの社会層も、いかなる人も排除せず、未来の世代をも害しない、まったく新しい国際社会の方向性を志向したものなのです。
 報告書では地球公共財を実現する上での三つの課題――「権限のギャップ」「参加のギャップ」「インセンティブ(動機)のギャップ」を指摘しています。
 「権限のギャップ」とは、地球レベルの政策問題の範囲と国レベルの政策策定の範囲との矛盾であり、「参加のギャップ」は、世界にさまざまな行為主体が存在する中で国際協力の決定が主として政府間交渉に限られている矛盾です。そして、「動機のギャップ」とは、道義的理由だけでは関係国の政策を変更するだけの説得力とはならず、協力関係が成立しにくいという矛盾なのです。
44  私は、この三つのギャップを解消し、「人類益」の視点に立った共闘の枠組みづくりの礎となる機関は、国連しかないと考えます。新たな千年の戸口に立った私たちは、今こそ地球時代の到来にふさわしいグランドデザインを描き、行動を開始せねばなりません。
 そのためにも、人類共闘の基軸となる国連をさらに強化していくことが最重要の課題となります。
 この論議を深める上で、本年は絶好の機会といえます。国連では、九月から始まる第五十五回総会を「ミレニアム総会」と位置づけ、「新時代における国連を活性化するビジョンを明示、確認」し、「二十一世紀の挑戦に応えられるように国連の役割を強化する機会」とすることを目指しています。
 また、これに並行し、世界の首脳クラスが一堂に会する「ミレニアム・サミット」が開催され、「二十一世紀における国連」のテーマのもと、(1)軍縮を含む平和と安全保障 (2)貧困撲滅を含む開発問題 (3)人権 (4)国連の強化、が討議される予定となっているのです。
 そこで私も、この議題に沿った形で具体的な提案をいくつか試みてみたい。
45  戦争を抑止する「紛争予防委員会」設置へ
 まず平和と安全保障についてですが、これは、アナン事務総長が昨年の年次報告で提唱しているように、「対応」から「予防」へのアプローチの転換という視座から発想していかねばならないと考えます。予防的アプローチとは、問題が起こってから事後的に対応するのではなく、これを未然に防止し、被害を最小限に止めることに主眼を置いたものです。
 国連では現在、人道問題調整事務所が、内戦や国際紛争、飢餓や地震、洪水などの自然災害による緊急事態に対し、人道援助を提案、調整、促進する任務にあたっています。
 同事務所は、他の国際機関やNGOとの密接な協力のもとに、紛争が激化したコンゴやルワンダ、災害に苦しむバングラデシュや北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)など数多くの地域で活動を行ってきました。
 しかし、問題が深刻化してからの対応では、カバーできる範囲や手段が限られるだけでなく、回復には多くの時間と労力が費やされることになります。国連の人道援助が果たしてきた役割は大きいものの、人道援助が必要とされる事態が後を絶たない状況自体を改善することが先決になると思うのです。
 ことで私は、特に紛争予防のために国連が果たすべき役割について考えてみたいと思います。
46  紛争の解決は、国連憲章で詳細な規定がなされているように国連の主要任務の一つですが、冷戦後の傾向として内戦が増加し、その対応はますます困難なものとなってきています。昨年(一九九九年)、焦点となったコソボ紛争でも、国連が事態の悪化を防ぐための対応を十分にとれなかったために、NATO(北大西洋条約機構)が安全保障理事会の決議を経ずして、「人道的介入」を理由に空爆に踏み切る形となりました。
 その後、国連の承認のもと、コソボに国際文民・治安部隊を展開することなどを柱とする停戦案がケルン・サミットの場で討議され、最終局面で安保理決議の採択をみて、紛争処理が国連に託されることになったものの、″国連の受託なき軍事力行使″や″人道的介入の基準″など課題を残す結果となったといえます。
 こうした経緯もあり、ケルン・サミットのG8宣言では「危機予防において国連が果たす重要な役割を認識し、この分野におけるその能力の強化に努めること」との文言が盛り込まれました。私も、国連憲章が軍事力の行使をあくまで最終手段としていることを銘記した上で、国連がソフトパワーを基軸とした予防システムを構築していくことが重要だと考えます。
47  この点について現在、総会に「紛争予防委員会」のような下部機関を設置する案が提唱されていますが、私はこの構想を一歩深め、委員会が具体的に次のよう在役割を果たしていくべきと提案したい。
 事態の悪化を防ぐために、まず重要となるのが「早期警報」の機能です。紛争が発生する潜在的な可能性や、対立激化の兆候をいち早く察知する体制なくして、効果的な対応をとることは困難だからです。
 また、継続的なモニタリング(監視)を通じて蓄積された情報や分析を広く公開する制度づくりも欠かせません。より多くの国々やNGOが関心をもって解決の輪に加わり、和平を促進するためのアイデアを出し合うためには、情報の共有が前提となるからです。
48  また、委員会が担うべきもう一つの役割として、紛争の被害を最小限に止めるために、一般市民の保護の徹底を図る措置を講じることが考えられます。
 現行の国際法上の枠組みとして、戦争のない平和時に、おいては国際人権法が、戦争状態においては国際人道法が、相互補完的な関係をもって、人権を保障していく制度が確立されてきました。
 しかし近年の紛争は、ジェノサイド(集団殺害)や難民の大量発生など、一般市民を標的にしていることに特徴があり、人道法違反は戦争の影響というよりも、戦争の目的として行われている状況があります。
 また、内戦のように社会的な混乱が続く中で、いつ戦争状態に入ったかという認定が困難となるために、人権法も人道法もともに無視される″空白状態″が生じる場合も少なくありません。
 その結果、平和時にも戦争時にも保障されるはずの人権が、公然と侵害され、多くの市民の犠牲者が出ているのです。
49  紛争地域が、なし崩し的に人権が脅かされるか無法状態に陥らないためには、人権法による保護から人道法による保護への移行が遅延なく行われるよう監視し、人権侵害から一般市民を守るための措置を求めていく必要があります。そこで紛争予防委員会が、当該地域が人道法を適用すべき戦争状態に入ったかどうかを認定し、人権保護の徹底を図っていくべきと思うのです。
 また委員会には、任務を遂行するための調査団の派遣や、紛争被害者による個人通報権制度、さらには紛争各当事者の意見をヒアリングするための公聴会を開催する権限をもたせるべきであると考えます。
 なかでも私が特に重要と考えるのが、公聴会です。
 紛争の場合、たとえ対話の余地が残されていても、いったん武力衝突が激化してしまえば、当事者が同じテーブルにつくことは容易ではありません。そうなる前に、互いに意見を述べ合う「対話の場」を国連が設けることの意義は大きいと思うのです。こうした形で、当事者の意見や主張が国際社会にオープンにされることにより、その後の行動が互いに抑制される効果もあるでしょう。
 SGIとしても今後、戸田記念国際平和研究所や他のNGOと協力し、紛争予防委員会のような機関のあり方を議論する国際会議を、問題が深刻化しているアフリカなどの地で、現実に紛争に苦しむ人々の声を聞き取りながら、開催していってはどうかと考えるものです。
50  貧困撲滅のための「グローバル・マーシャルプラン」を
 続いて、「開発」と「人権」という観点から、国連改革の方向性を提案してみたい。
 ミレニアム・サミットの議題の中に、特に項目として盛り込まれたように「貧困撲滅」は、早急に対処すベき人道的課題です。
 現在、グローバル化の進展に伴い、その負の側面として、地球的規模での貧富の格差がますます拡大しております。一部の国が多くの資源を消費し豊かな生活を謳歌する一方で、世界総人口の四分の一の人々は極貧状態に置かれており、人間の尊厳が日常的に脅かされている状況が続いています。地球社会における、ことの″歪み″を是正することは、二十一世紀の人類が避けて通れない課題なのです。
 しかし、この課題は決して克服できないものではない。UNDPの試算によれば、貧困撲滅対策にかかるコストは、全世界の国々の国民所得を合わせたものの約一パーセント――最貧困を除いた国々の国民所得の総計では、二〜三パーセント程度にすぎません。各国が軍事支出を削減し、余剰資金を貧困緩和と人間開発のための対策に振り向けるだけで、問題の相当部分が解消できる環境が整えられるのです。(広野良吉・北谷勝秀・恒川恵市・椿秀洋監修『UNDP「貧困と人間開発」』国際協力出版会、古今書院、参照)
51  紛争の要因の一つは、社会を不安定化させる貧困の存在にあります。貧困が紛争を招き、紛争のためにますます貧困になるという悪循環を断ち切る道を選択することは、戦争の原因をなくすと同時に、地球社会の″歪み″を解消することにもなるのです。
 また、「人間の尊厳」を脅かす戦争と貧困の原因を取り除くことは、長期的にみれば、人権状態の改善にもつながっていきましょう。昨年(一九九九年)のサミットで、重債務貧困国に対する救済措置を強化する「ケルン債務イニシアチブ」が合意され、救済により利用可能となる資金が、貧困緩和や教育・保健・医療等の社会開発に充当されることになったことは、その意味で一つの前進となりました。新しい時代の扉を開くためには、意欲的で大胆な発想が求められます。私は、「新たな千年」の出発にあたり、サミットでの合意を発展させ、さらに大きく踏み込んだ形で、全人類的な観点に立った地球共生社会のためのプラン――第二次大戦後の欧州復興に役立ったマーシャルプランを全地球規模に広げた「グローバル・マーシャル.フラン」ともいうべきものを、国連が旗振り役となって推進すべきであると提案したいのです。
52  続いて、「人間開発」を地球的規模で推進するための提案をしておきたい。
 そこで私が着目するのが、各国で活動する国連機関を束ねる拠点としての「国連ハウス」であり、その機能拡充です。「国連ハウス」の構想は、開発などに携わる国連諸機関の協力を進めるために国連で提唱されたもので、国ごとに活動を実施している各機関を「国連ハウス」と呼ばれる共通の建物に集め、国連という一つの旗のもとに共同して活動させるプランです。
 私はその役割を一歩広げ、各国における″国連の大使館″――現地での国連の活動推進や広報拠点として総合的な役割を担えるように拡充していってはどうかと考えます。
 特に貧困撲滅や、その解消のための人間開発を進めるにあたっては、地域の特性や問題の所在を十分に踏まえた上での計画が求められます。加えて、政府との交渉を図る窓口が一本化し、常設化されれば、実施もスムーズになっていくのではないでしょうか。
53  総会への諮問機能をもっ「地球民衆評議会」を創設
 最後の国連強化については、国連の民主化、つまり、民衆の声をいかに国連に反映させるかという点から提案しておきたい。
 私は、先に触れた地球公共財を実現するための三つの課題――「権限のギャップ」「参加のギャップ」「動機のギャップ」を克服するための原動力こそ、国連を支える民衆次元での連帯であり、広範で多岐にわたるNGOの活動であると考えます。
 NGOが、主権国家を中心とする国際社会の枠組みの中で、看過されがちであったテーマを取り上げ、問題解決のために先駆的に取り組んできた功績はまことに大きいといえるでしょう。私はそこに、国家だけでは埋めることのできないギャップを、民衆の力で乗り越えていく希望の萌芽をみるのです。
 特に九二年の「地球サミット」以来、一連の世界会議を通じて、NGOの役割がクローズアップされるようになりました。
 ブトロス・ガリ博士(当時、国連事務総長)が、「今日、NGOは国際社会における全面的な参加者と見なされている」「NGOの参加は、国際機関の政治的正当性を保証するものである」(馬橋憲男「国連でのNGOの見えざる貢献」の中で紹介。「軍縮問題資料」一九九八年二月号所収、宇都宮軍縮研究室)と評価したような時代の変化が見られたのです。
 最近は、NGOといった消極的な呼称ではなく、CSO(市民社会組織)と呼ぶことも多くなりました。そとには″地球社会の担い手″としての積極的な意義が込められているようです。
 このように存在価値を高めているNGOですが、現在のところ国連で公式に認められているのは、経済社会理事会のNGO協議制度をはじめとする限定的なものにとどまっています。
54  私はこれまで、「民衆の声が届く国連」「民衆の声を生かす国連」こそ国連改革の骨格であるとの信念のもと、市民社会の代表からなる「国連民衆総会」の設置構想など数々の提案を行ってきました。「民衆総会」の実現は容易ではないにしても、何らかの形で国連に民衆の意思が反映する制度を確立すべきであると思うのです。そこで私が提案したいのが、総会の諮問機関としての機能をもつ「地球民衆評議会」の創設です。
 この評議会は、人類共通の利益や共通の脅威といった「地球公共財」の観点から、総会に審議すべきテーマを諮問したり、危険性に応じて注意を喚起する権限をもつものです。また、NGOが得意とする情報収集能力や、活動現場での経験を生かし、事前に議論を積み上げておくことによって、総会での審議に資することもできましょう。近年は、国連主導の新たな世界会議の開催が減り、過去の会議のフォローアップも五年や十年単位で行われている現状を鑑みると、評議会が過去の合意の実施状況を常にフォローするとともに、新しいテーマを総会に先んじて議題設定していくことの意義は大きいと私は考えます。
 また、新たな国際協力を確立する上で、評議会がNGOや加盟国とのネットワーク事つくりの核となり、恒常的な議論の場としての機能を果たしていけば、状況の改善に大きく貢献できるでしょう。
 NGOが連帯して世論を幅広く喚起する中で、国際社会を突き動かす力が生み出されることは、すでに証明されています。国連のミレニアム総会に先駆け、五月に開催される「ミレニアムNGOフォーラム」では、議題の一つに「国連と諸国際機関の強化と民主化」が掲げられていますが、民衆の視点から実りある国連の強化・改革案が検討されることを心から期待するものです。
55  NGO主導の「新たな外交」で核廃絶への枠組みづくりを
 このNGOの役割に関連して、最近、「ニュー・ディプロマシー(新たな外交)」という概念が、国際社会の流れを変えるものとして注目されています。これは、改革に意欲的な政府と市民社会が共同歩調をとって実現した「対人地雷禁止条約」に象徴される、新しい国際協調・国際協力の試みなのです。
 その精神は、昨年(一九九九年)五月に行われたハーグ平和市民会議で採択されたハーグ・アジェンダの基本十原則の中でも、「政府、国際機関、そして市民社会のパートナーシップによる『新たな外交』を取り入れること」と宣言され、二十一世紀の地球社会の方向性として打ち出されました。
 会議では、新たに小火器に関する国際行動ネットワークや、国際刑事裁判所条約批准のための国際キャンぺーンなどの運動が立ち上げられたほか、子ども兵士の従軍阻止運動への参加なども呼びかけられましたが、いずれも私がこれまでの提言で訴えてきたものであり、SGIとしても積極的な支援・協力を進めたいと思います。特に、子ども兵士の禁止は「戦争の文化」を断ち切るために重要なものであり、十八歳未満の戦闘参加や強制的徴兵を禁じる「子どもの権利条約」の選択議定書案が、今月ようやくまとまったことは、大きな前進として歓迎できます。
56  これらの運動に加えて、「新たな外交」の枠組みで取り組むべき課題として、私が訴えたいのは核軍縮の推進です。そこでまず提案したいのが、CTBT(包括的核実験禁止条約)の批准促進を図るためのキヤンぺーンの運動です。
 CTBTはNPT(核拡散防止条約)を補完し、核兵器の水平拡散(核保有国の増加)と垂直拡散(核兵器の性能向上)を防止するための条約として、九六年九月に国連総会で圧倒的多数で採択をみたものですが、いまだ発効できないままの状況が続いています。核保有国と核開発の潜在的能力をもつ四十四カ国すべての批准が要件であるのに、二十六カ国しか批准されていないからです。
 国連の安保理常任理事国である五つの核保有国のうち、批准が終わっているのはイギリスとフランスだけであり、一九九八年に核実験を強行したインドやパキスタン、核開発疑惑国とされている北朝鮮の三カ国は署名も行っていない状況にあります。なかでもCTBT発効の見通しに衝撃を与えたのは、昨年十月のアメリカ上院での批准案の否決でした。今後、その影響で、他の未批准園、未署名国の動きが止まってしまえば、CTBTは″店晒し″の状態が続くことになります。昨年の国連総会で、批准を促す決議が採択されましたが、これを後押しする国際世論を高めていかない限り、事態の打開は困難に近いといえましょう。
57  そこで私は、「CTBT批准促進のための国際、ネットワーク(仮称)」を、NGOが中心となり、立ち上げることを提案したい。
 CTBT批准促進に熱心な国々と連携・協力する「新たな外交」方式で、未批准国を粘り強く説得していく運動を起こしていくのです。
 私は、運動にあたって、批准を呼びかけるだけでなく、CTBTの実効性を高めるために、二つの側面から各国に働きかけを行うべきであると考えます。
 一つは、条約が定める検証制度を着実に構築するために、予算の確保を含め、各国に協力や理解を求めていくことです。現在の暫定技術事務局では検証制度の確立に向けて準備を進めていますが、こうした取り組みを積極的に支援することが、加盟国全体の共通の利益となることを訴えていくべきでしょう。
 もう一点は、CTBTでカバーされていない未臨界実験について、条約の趣旨に反しないかどうかを確認するメカニズムを導入するための合意事つくりです。
 未臨界実験の実施については、多くの非保有国が不満を感じているだけに、これを解消していく制度を補完することによってCTBTの存在意義は高まると思われるのです。これまで核軍縮推進のための運動を一貫して行ってきたSGIとしても、「CTBT批准促進のための国際、ネットワーク」の運動に、他のや批准促進に積極的な国々と連携を図りながら、取り組んでいきたいと思います。
58  最近、核軍縮を積極的に求める国々のグループ「NAC(新アジエンダ連合)」や、NGOの連合体である「MPI(中堅国家構想)」が提唱している、「核兵器禁止条約」制定への取り組みが、注目を集めています。
 いずれのグループも九八年に発足したものであり、NACに先駆ける形で活動をスタートしたMPIは、核廃絶のためのNGOの地球的ネットワーク「アボリシヨン二〇〇〇」運動から生まれたものです。
 NACは当初の八カ国から徐々に賛同国を増やしており、昨年(一九九九年)十二月に国連総会に提出した決議案には六十カ国が名を連ねるなど、核軍縮を促進する″新しい極″を形成しつつあるのです。
 NACは、まずNPTの枠内で核軍縮の働きかけを強めていく方針ですが、本年の再検討会議で成果が得られなければ、別の新しい枠組みで「核兵器禁止条約」制定を求めていくことも検討しています。
 NACの運動をさらに加速させるためには、まず保有国と同盟関係にある国々が、核兵器依存の体制から、一歩踏み出す必要がありましょう。核軍縮は結局のところ、抑止論的な思考から脱却しない限り、大きな前進を図ることはできないからです。
59  一九八六年に、すでにゴルバチョフ氏(当時、ソ連書記長)が「いつまでも報復に対する恐怖、つまり『抑止』あるいは『威嚇』の論理の上に安全を構築することはできない」(土山秀夫氏が「核抑止論の迷妄と被爆地の論理」の中で紹介。「」一九九九年七月号所収、朝日新聞社)と強調していたように、抑止論的な発想に基づく安全保障は、その存立基盤が不信感であるだけに、過剰な軍拡が常となり、それだけ危険性が高まることを認識する必要があります。
 事実、″核の傘″に頼る国々でも、核廃絶への取り組みを求める市民の声は多数を占めているという結果が出ています。これは、「アボリシヨン二〇〇〇」運動に参加する各国のNGOが専門機関を通じて実施した世論調査の結果ですが、そこでは、核保有国であるアメリカやイギリスでも核廃絶を求める声が過半数に達しているのです(「朝日新聞」一九九九年二月八日付)。保有国は、核保有を正当化する理由の一つとして国民の支持を挙げていますが、調査結果は、この前提を突き崩す内容を示すものともいえましょう。
 核保有国や新たに保有を求める国々は、自国の安全保障という目的の他に、国家の威信を確保するという目的があると指摘されています。ゆえに、こうした国家観と、威信の源泉となるパワー観を根本から聞い直すことが、核兵器をめぐる状況を変えていく一つの出発点といえましょう。
60  覇権競争から「信頼を勝ち取る」
 その意味から考えてもNACやMPIが目指す取り組みは、まさにソフトパワーの特性を生かした、時代の要請に適うものであり、こうした動きがさらに広範な民衆運動によって支えられていけば、抑止と威嚇を源泉とする核兵器依存のスーパーパワーに代わる、信頼と連帯の「新たなスーパーパワー」を誕生させることができましょう。
 創価学会の牧口初代会長は、二十世紀初頭(一九〇三年)に発刊した『人生地理学』の中で、国家の最終目的は人道の完成にあると述べ、「(=武力や権力ではなく)無形の勢力をもって自然に薫化する」影響力の拡張競争を行っていくべきとの方向性を打ち出していました。(『牧口常三郎全集』2)
 初代会長が先見の明をもって訴えていた「無形の勢力をもって自然に薫化する」人道的方法こそ、現代の国家に要請される「信頼を勝ち取る能力」としてのソフトパワーにほかならないといえましょう。
61  私は、核兵器廃絶という課題には、単なる軍縮面にとどまらない、二十世紀の弱肉強食の覇権競争が行き着いたよ″最大の負の遺産″――すなわち、不信と憎悪、人間性の冒漬を根本的に克服し、新たな国際関係を構築していくために、避けて通れない挑戦という重大在意義が込められていると訴えたいのです。
 本年で生誕百周年を迎える恩師戸田第二代会長は、一九五七年九月に発表した「原水爆禁止宣言」の中で、すべての民衆の生存権を脅かす核兵器を″絶対悪″と指弾しました。
 恩師がそこで「その奥に隠されているところの爪をもぎ取りたい」(『戸田城聖全集』4)と訴えたのも、その″見えざる悪魔″を深い生命次元で鋭く感知し、喝破したからにほかならなかったのです。
62  SGIが東西冷戦の最中から現在に至るまで、核の脅威展を、アメリカ、ソ連、中固など核保有国をはじめとする世界各地で巡回展示し、意識啓発に力を入れてきたのも、「アボリシヨン二〇〇〇」の趣旨に賛同し、千三百万にのぼる署名運動を推進してきたのも――すべては、現実の厚い壁を突き破る民衆の連帯を、国や民族の違いを超えてつくりあげる以外に道はないとの確信に立つてのものでした。それは、精神にしのびよる、あきらめや無力感をはねのけて、人間が核兵器のもつ力に絶対に屈しないことを示す、断固たる意思表明でもあったのです。私たちは、「核兵器禁止条約」制定という一つのゴールを目指し、民衆の連帯を強めていくべきであると重ねて訴えておきたい。
63  北東アジア平和大学で青年交流を
 最後に、私の宿願の一つである、北東アジア地域の平和について論じたいと思います。なぜなら、北東アジアの動向が単なる一地域の問題にとどまらず、さまざまな意味で今後の世界の方向性を左右する重みをもっていると考えるからです。
 この点、アメリカ国防大学国家戦略研究所のパトリック・クローニン副所長が、興味深い指摘を行っています。氏は、北東アジアが「二十一世紀における政治、経済、技術、社会、軍事各分野の活動の中心地」となるとの見通しを述べた上で、今後の国際社会が「協調」を基調とした″世界融合の時代″となるか、「衝突」を基調とした″第二の戦間期″となるのかは、ひとえに北東アジアの平和と安定を確立できるか否かにかかっていると分析しているのです。(「岐路に立つ北東アジア」上、「世界週報」一九九八年新春特大号所収、時事通信社、引用・参照)
64  私はこれまで、この地域が有する未来性からの観点とともに、日本が侵略戦争によって多大な犠牲をもたらした歴史的反省を踏まえて、北東アジアの平和を心から願い、特に韓・朝鮮半島の平和という観点から、幾度となく提案を行ってきました。南北首脳会談(八五年に提唱)、相互不可侵・不戦の誓約(八六年)、非武装地帯の平和利用(八六年)、離散家族のための再会交流センターの開設(九四年)、鉄道や道路の開設など事業推進による信頼関係の構築(九五年)の諸提案を重ねてきたのです。
 こうした中、好余曲折を経ながらも韓国(大韓民国)と北朝鮮の関係改善は進められてきましたが、残念なことに、一九五三年七月の「休戦協定」の締結以来、現在に至るまで軍事境界線を挟んで両国が対峙するという″戦争状態″が続いていることには変わりがありません。
 私は、こうした状況の解消を一貫して訴えてきましたが、朝鮮戦争勃発から五十年を経た今こそ、冷戦状態を終結させて、不戦体制構築への転換を目指す好機だと思うのです。
65  その環境づくりのためにも、周辺諸国を含めた対話と信頼醸成が求められましょう。
 私はこうした観点から、九七年の提言で「北東アジアにおける非核地帯」の設置を呼びかけ、昨年(九九年)の提言では、韓国と北朝鮮に周辺諸国を加えた「北東アジア平和フォーラム」の設置を提案しました。
 特に後者は、地域間協力の空白地帯の一つである北東アジアにおいて対話を促進させるための構想です。
 すでにSGIとしても、このフォーラムの実現のために、昨年十月に韓国のソウルで行われたNGO世界大会で国際シンポジウムを主催しており、今後も継続的に討議の場を設けていくことになっています。
66  先に紛争解決のところで論じたように、当事者を排除するのではなく、「対話の場」を常に確保しておくことが、緊張を軍事衝突にエスカレートさせないために不可欠と考えます。
 ソウルでのNGO大会では、日韓中のNGOによる連合づくりなども検討されたようですが、政府レベルに限らず、民間レベルでも「対話のチャンネル」を確保しておく意義は大きいのではないでしょうか。
 こうした地域交流の一環として、私は、欧州平和大学のような機関――「北東アジア平和大学」なるものを、国連大学などの協力を得て、たとえばモンゴル国に設置してはどうかと考えるものです。
 私がモンゴル国を候補として考えるのは、同国が九八年に国連で「非核兵器国の地位」を承認された平和を志向する国であることと、同地域でロシアや中国と並び、北朝鮮と外交関係を有している点からです。
 設置場所はともあれ、平和大学を民衆交流と、平和建設のための人材育成の場に――ひいては、EU(欧州連合)が推進している教育交流のための「ソクラテス計画」を、北東アジアでも将来的に実現していくための礎となれば、長期的に地域の平和と安定に資することができると思うのです。
 同地域で積極的に教育交流を推進してきた実績がある創価大学としても、教育交流や青年交流のプログラムに貢献していきたいと思います。
 折しも本年行われる沖縄サミットでは、アジア地域の平和が議題の一つとして取り上げられる予定となっています。この機会を生かし、韓・朝鮮半島をはじめとする北東アジア地域が大きく平和へと前進できるように、幅広い観点から論議を深めてほしいと念願するものです。
67  多くの悲劇を生み出した二十世紀が「警告の時代」であったとするならば、行動と連帯こそが二十一世紀のキーワードです。人類を取り巻く問題群は、あまりに複雑すぎて、何から手をつけてよいのか、容易に方途が見いだせない場合が多いかもしれません。しかし大切なことは、正しいと信じる方向に向かって行動を開始することです。必要なのは、現実に追従するのではなく、″新しい現実″を生み出す挑戦を開始することです。
 人間の精神には、どんな困難な状況をも打開し、より豊かで実りある価値創造を成し遂げる力が備わっています。こうした偉大な精神の力を、一人一人の人間が縦横に開花させながら、変革を目指す連帯の絆を深め、「平和の文化」を築き上げていく――ここに、私が「生命の世紀」と名付ける二十一世紀の、最大にして最重要の挑戦があると訴えたい。
 その主役こそ民衆です。私たちSGIは、グ民衆の民衆による民衆のためのエンパワーメント運動をさらに力強く推し進め、志を同じくする世界の人々と力を合わせながら、「新たな千年」の平和と希望の大道を開いていきたいと思います。
 (「聖教新聞」掲載)

1
2