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日蓮大聖人・池田大作

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第30回SGI総会、第54回本部幹部会… 平和と文化の大叙事詩をつづれ

2005.11.2 スピーチ(2005.8〜)(池田大作全集第99巻)

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1  プーシキン「われ自身が雄大! われは庶民!」
 皆さま、こんにちは! 海外の方々、本当によく来られた。お会いできてうれしい! 日本の方々もありがとう!
 ここで、臨時ニュースを申し上げたい。創価大学野球部が本日(二日)、横浜スタジアムで行われた関東大会の白鴎大学戦に一対〇で勝利した。これで全国大会進出が決まった。
 なお、この創大の投手は完全試合(無四球無安打無得点)を達成した。本当におめでとう(=創大は三日、東海大学も破り、関東大会で優勝。十大学で「秋の大学日本一」を争う明治神宮野球大会〈全国大会〉に出場した)
2  私たちが敬愛するロシアの大詩人プーシキンは、勝らかに謳い上げた。
 「くよくよするな、運命の法則とはとんなもの
 全世界が人間のまわりを回っている――
 果たして人間だけが動かないでいられようか!」(「過ぎ去りし時よ ぼくらの若き日の祝日は」青木明子訳、『プーシキン詩集』所収、青磁社)
 世界は動いている。人生も、生き生きと動き、戦った人が勝利する。これが鉄則である。
 またプーシキンの詩に、こういう一節がある。
 「われは富豪にあらず。宮廷の詩人にもあらず。われ自身が雄大なり! われは庶民なり!」(А.С.Пушкин:Собрание счинений. том2, Худсжественная питература)
 権力者が偉いのか。金持ちが偉いのか。まじめに、人の幸せのために働く庶民こそ尊いのだ。私は庶民だ。庶民の味方だ――。これが創価学会の心意気である。
3  学会は日蓮大聖人の御聖訓どおり、また経文どおり、「広宣流布」を邁進してきた。「不惜身命」との言葉どおりに行動してきた。仏典には「悪口罵詈」「猶多怨嫉」と説かれている。学会が受けてきた法難もまた、この言葉どおりである。
 広宣流布を妨害するための間断なき迫害であった。数限りない事実無根の妄言を浴びせられた。
 学会の発展は、大仏法が指し示す方向と一致している。まったく、御聖訓どおりである。
 学会のみが、「法華折伏・破権門理」の精神のままに前進してきた。また、前進している。
 この事実を、満天下に宣言しておきたい。皆さん、どうだろうか!(拍手)
4  プーシキン金メダルの栄誉を牧口、戸田両先生に捧ぐ
 本日は、憧れのロシアの天地にきら星のごとく輝く、文化・芸術の十団体から決議をいただき、「世界の詩歌の太陽」であるプーシキンの名を冠した、最高の栄誉を賜りました。
 偉大な芸術と文化の指導者であられる先生方、遠方より、ご多忙のところ、まことに、まことにありがとうございました。(=席上、池田名誉会長の日露の文化・教育交流への貢献、世界平和への尽力を讃え、ロシアを代表する文化・芸術機関など十団体からなる褒章委員会の全会一致の決議により、「プーシキン金メダル」が授与された)
 プーシキンの誕生日は、わが創価の父・牧口初代会長と同じ六月六日であります。
 また、なつかしいことに、私が青年時代、恩師戸田先生に朗読してお聞かせ申し上げた詩人の一人が、このプーシキンだったのです。
 ″恩は返してこそ美しい″というロシアの諺は、そのままプーシキンの信条であった。
 報恩こそ、人間としての最高峰の心である。人間であればこそ、恩を知ることができる。
 また、″彼ほど、多くの人に感謝の言葉や行動を示した詩人はいない″とも言われている。
 その詩人の魂魄を留めた、意義深き金のメダルと胸像を、私は、「師弟不二」の栄光として、牧口、戸田両先生に捧げたいのであります。
 きょうは、創価の勝利の一番星である芸術部の代表の方々も駆けつけてくださった。ありがとう!
 さらにまた、海外からは、六十カ国・地域の広宣流布の太陽の指導者が参加されている。そしてアメリカの著名なプラスナー博士ご夫妻も出席してくださった。本当にありがとうございます。
5  世界の知性はロシア文学に深い愛情を
 これまで私は、世界の指導者・識者らと、千六百回を超える対話を重ねてきた。そのなかで、国や言葉が違っても、多くの方々に共通していたことがある。
 それは、どの人も、必ずといっていいほど、古今の文学作品に親しんでおられたことである。
 なかでも、ロシア文学を深く愛している方が数多くいた。
 イギリスの大歴史学者トインビー博士も、そうであった。「文学が現代に果たす役割」に話題が及んだとき、博士が真っ先にふれられたのが、トルストイであった。
 また、中国の大文豪・巴金先生は、中国に紹介したい世界の文学作品をうかがうと、即座に、ロシアのツルゲーネフやゴーリキーを挙げておられた。
 アフリカの正義の英雄マンデラ大統領、南米の人権の闘士エスキベル博士、そして、アメリカの大経済学者ガルブレイス博士も、またしかりである。
 青春時代からロシア文学を愛読してきた私にとっては、うれしい発見であった。
 トルストイ、ドストエアスキー、チェーホフ、ゴーゴリ、もちろん、プーシキンも――日々の生活は大変だったが、わが家の本棚には、節約して買い求めたロシア文学が、ずらりと並んでいた。私の妻が″証人″である。
 なぜ、ロシアの大地には、プーシキンやトルストイをはじめ、人類の不滅の宝である偉大な文学・芸術の大山脈が、そびえ立っているのか。このテーマについて、私は、モスクワ大学からの要請で行った、一回目の講演でも、少々、論じたことが懐かしい。(=一九七五年五月、モスクワ大学で「東西文化交流の新しい道」と題し講演〈本全集第1巻に収録〉)
 すなわち、″ロシアの魂には、歴史の厳しい試練をくぐり抜けた、鋼鉄のごとき強さがある。いかなる苦悩の底にあっても、断じて希望を失わない逞しさがある。
 この強さと逞しさ、そして、文化・芸術をこよなく愛しゆく民衆の精神の土壌にこそ、絢欄たるロシア文学の開花があり得たのではないか″と述べたのである。
 そして、誇り高き精神を継承しゆくロシアの青年の皆さん方こそ、人類文化の交流に貢献していく使命があると訴えた。会場のモスクワ大学の文化宮殿を埋めた若き英才たちから、盛んな拍手をいただいたことは、今も忘れられない。
 (=池田名誉会長が海外の大学・学術機関からの要請で行ってきた講演は、十八カ国・地域で三十二回を数えている。ロシア最高峰のモスクワ大学での講演は一九七五年五月と九四年五月の二度。米ハーバード大学では九一年九月、九三年九月の二度にわたり講演した。さらに、アメリカのコロンビア大学、イタリアのボローニャ大学、キューバのハバナ大学、中国の北京大学、フィリピン大学、トルコのアンカラ大学、フランス学士院などで実施されている。各国の最高学府を舞台にした学術と文明を結ぶ講演には、各界から高い評価が寄せられている)
6  「歓喜は闘争のなかに」と誇り高く
 「間断なく成長する詩人」と讃えられたプーシキン。彼もまた、迫害による追放という「運命の打撃」の歳月のなかでこそ、″不滅の傑作″を次々と生み続けていった。彼は誇り高く叫んだ。
 「歓喜は、闘争のなかにある!」「(歓喜は)荒れ狂う大海原に、激しき波と嵐の暗闇のなかにある!」(А.С.Пушкин:Собрание счинений. том4, Худсжественная питература)
 いい言葉である。わが学会も、「さあ何でも来い!」「断じて勝ってみせる!」との心意気で、激動の社会の大海原に勇んで打って出てまいりたい。
 本日の式典には、ロシア・プーシキン金メダル褒章委員会のシードロフ委員長をはじめとする知性の先生方を、お迎えすることができました。
 重ねて、心より御礼申し上げます。ありがとうございました。
 シードロフ委員長、ファトクーリン書記一行は、ソ連の崩壊という大激動の時代に、雄々しく矢面に立って、芸術家を守りぬき、文化の城を死守してこられました。
 この信念の激闘に、私たちは、最大の敬意と感謝をお伝えしようではありませんか。
7  若きプーシキンは、人間の自由と尊厳のため、勇敢に立ち上がった。学会の青年部の皆さまと同じである。だからこそ、四方八方から、卑劣な侮辱を浴びせられた。これが、世の常であるかもしれない。しかし、プーシキンは、″どんな攻撃であろうと、それに反撃しないのは臆病である″と、不屈の闘魂を燃やして戦った。
 彼は″思想の砦″というべき「文学新聞」を同志とともに刊行する。そして、ペテン師のデマを圧倒する言論の猛反撃を、深き執念で貫いていったのである。
 「正義の新聞」こそ、最強の平和の武器である。私たちでいえば、「聖教新聞」である。
 プーシキンは、ある物語詩のなかで、最後は無残な姿をさらす、卑しき裏切り者を描いている。
 彼はつづった。
 「裏切りはそれにふさわしい罰を待っているのだ!」(「ルスラーンとリュドミーラ」川端香男里訳、『プーシキン全集』1所収、河出書房新社)
 広宣流布の闘争にあっても、卑劣な反逆者が悲惨な末路をたどっていることは、皆さま方が、ご存じのとおりだ。
 なお、プーシキンの文学を育んだ大きな力は、無名の乳母の励ましであり、心豊かな、民話や歴史の語り聞かせであったと言われている。
 子どもや青年は、励ましや教育の力によって、いくらでも変わっていけるものだ。
 私には、大詩人を育んだ乳母の気高い姿が、未来の人材を育成しゆく、婦人部の皆さまの姿と重なって見える。学会は、けなげな婦人部の友を大切にしてきたからこそ、ここまで発展した。これからも、この一点を絶対に忘れてはならないと、私は叫んでおきたい。
 学会のため、広宣流布のために、だれよりも動いてくださっているのは婦人部である。婦人部の皆さん、いつもありがとう!
8  シードロフ委員長は著名な画家であり、作家でもあられる。その自伝的小説には、委員長のすばらしいおばあさんが登場する。
 今、日本も、ますます高齢社会となってきた。人生の大先輩を尊敬し、守っていくなかに、繁栄の道があるといえよう。
 小説は描く。真っ赤に燃える荘厳な夕日。
 「♪燃えよ、明るく燃えよ、消えることのないように……」
 あたりには、鬼ごっこをして遊ぶ子どもたちの歌声が響く。
 おばあさんは、夕日に包まれながら、子どもたちに語りかける。
 「『燃えよ、明るく燃えよ』っていうのはね、『生きよ、明るく生きよ』と同じことなんだよ」
 胸を打つ言葉である。われわれも生きよう! 明るく!
 仏法では「煩悩即菩提」と説く。悩みがあったとしても、妙法の力用によって、それをエネルギーに変え、「智慧の炎」を燃え上がらせていく。煩悩を悟りへと転じていく。
 これが仏法の法理である。妙法に生きぬく限り、不幸になることは絶対にない。必ず幸福の道、正義の道を歩んでいけるのである。
 闇が深ければ深いほど、自分自身の生命を、太陽のごとく光り輝かせ、現実の暗閣を明々と照らしていく。これが創価の人生である。仏法の人生であり、真実の人生である。
9  青年よ「汝は王者。ただ一人、征け!」
 偉大だからこそ中傷される。正義を貫くからこそ嫉妬され、迫害される。信念を曲げ、要領よく振る舞えば、中傷や誹謗は受けないであろう。しかし、それでは真に偉大な人間とはいえない。
 プーシキンが、吹き荒れる誹謗中傷を見おろし、悠然と記した詩がある。その一節を、きょうは青年部に贈りたい。
 「詩人よ!」
 「愚か者の罵りや嘲笑を耳にするとも、わが志を、厳然と、そして平然と掲げよ! 汝は王者。ただ一人、征け! 自由の大道を、自在なる英知をもって進みゆけ!」(А.С.Пушкин:Собрание счинений. том2, Худсжественная питература)
 学会精神、仏法の精神と共鳴する言葉である。青春時代より、私がずっと胸に秘めてきた一詩である。
 また、プーシキンが若い画家を励ました言葉を紹介したい。その画家とは、名画「第九の怒濤」の作者アイヴァゾフスキーである。この名画は、東京富士美術館などでも展覧された。
 プーシキンは呼びかけた。
 「働きなさい! 働きなさい! 青年よ! これが一番、大切なことである」
 これもまた、学会の指導に通じる言葉である。
 戦いなさい!――青年部の諸君、頼むよ!
 もう一つ、プーシキンがつづった言葉にふれたい。
 「嫉妬という発作は、病気である。それは、暗い憂うつであり、熱病であり、ペストであり、脳の欠陥である」(З.Борохов, Знциклопедия афоризмов, АСТ)
 痛烈な言葉である。ともあれ、プーシキンは、傲慢な人間や批判者には、ただちに切り返した。嫉妬に狂った人間と戦いぬいたのである。
 われらも、勝利の大叙事詩をつづり残したい。
 自分自身と一家眷属の栄光のために! 縁する友の幸福のために! 生命の尊厳と社会の正義のために! 世界の非暴力と永遠の平和のために!
 皆、体を大事にしながら、希望に燃え、勇気に燃えて、はつらつと、きょうも明日も、忍耐強く前進していこうではないか! 悔いのない人生――その人は幸福である。
 結びに、シードロフ委員長ご一行をはじめ、すべての出席者のご健勝を、まず、お祈りさせていただきます。そして、愛するロシアをはじめ、百九十カ国・地域の無窮の繁栄と安穏を心から祈り、私の御礼のスピーチとさせていただきます。
 スパシーバ!(ロシア語で「ありがとうございましたした」)
 サンキュー! ありがとう!
 (東京牧口記念会館)

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