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日蓮大聖人・池田大作

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代表幹部研修会(5) 世界を変えるには目の前の「一人」から

2005.8.15 スピーチ(2005.8〜)(池田大作全集第99巻)

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2  哲学者ヤスパースの探究――「負けない心」がすべてをプラスに
 ここで、二十世紀を代表するドイツの哲学者カール・ヤスパースを通して、少々、お話ししたい。ヤスパースについては、これまでもたびたび、語ってきた。
 ヤスパースは、一八八三年生まれで、八十六歳の長寿をまっとうした。(一九六九年没)
 しかし、生来、病弱な体質であり、大人になっても気管支や心臓などの疾患に苦しんだ。階段を昇ったり、時には、少しの距離を歩いただけで、息切れするほどであったと言われる。彼は、自身の病弱と向き合い、闘うなかで、哲学の探究を深めていったのである。否、多くの困難があったからこそ、それをバネとして、卓越した業績を残すことができたのではないかと、私は思う。
 私自身、若いころは本当に病弱だった。医師から、三十歳まで生きられないと言われたこともある。しかし、だからこそ、″今、この瞬間を最高に充実させて生きよう″″生きている間に、価値ある何かを絶対に残そう″という決意で生きぬいてきた。
 人間だれしも病気になることはある。肝心なのは「病気に負けない」ことだ。「強い心」「負けない心」があるかぎり、人間は、すべてをプラスに転じていける。いわんや、私どもには、最高の勇気と希望の源泉である「信心」がある。
 ヤスパースは、当初は医学を学んでいた。しかし、デンマークの思想家キルケゴールの哲学との出あいや、著名なドイツの社会学者マックス・ウェーバーとの交流などを通して、哲学の探究へと向かっていく。
 一九三〇年代、ドイツでナチスが台頭すると、妻がユダヤ人であったことから、ヤスパースは厳しい迫害にさらされた。「非国民」と蔑まれ、大学教授の職を追われた。やがて、著書の出版も禁止された。そうした暗澹たる状況のなかでも、彼は、新たな著作の執筆に取り組んでいった。
 一九四五年の春には、いよいよ収容所に送られる危険が迫った。しかし、ドイツの敗北によって、夫妻は危うく命を救われたのである。戦後、ヤスパースは、ナチスの犯罪とともに、ナチスの暴虐を許してしまった国民の道徳的責任について、厳しい問いを発したことでも知られている。
3  ヤスパース 「活動の中に真理がある」
 ヤスパースは、大著『哲学』『真理について』のほか、『大学の理念』『歴史の起源と目標』『マックス・ウェーバー』など多くの著作を残した。
 ヤスパースの思想の一端を示す、一つのエピソードがある。第二次世界大戦の終結から間もない、一九四七年。ある二人の若者が、ハイデルベルクにあるヤスパースの自宅を訪ねた。
 初対面の青年を迎えたヤスパースは、彼らの質問に答えて、こう語った。
 「専門哲学者は往々、真理は机の上にあると信じています。真理は机上にあるのではなく、それはそもそもでき上がってあるのではありません。君たちは、真理を交わりの中に見いだすことを学ばねばなりません。いったいプラトンの対話は、どのように成立しているかね? 活動の中に真理がある」(重田英世『人類の知的遺産71 ヤスパース』講談社)
 そして、青年の求めに応じて、「われわれを結びつけるものが真理である」(同前)との言葉を記し、贈ったのである。
 真理とは、いったい、どこにあるか。それは、机の上にあるわけではない。どこかにちゃんと、できあがっているものではない。自分の行動で、つかみとるものである。人間の交わりの中で見いだされるものである。活動の中にこそ、真理がある――これがヤスパースの信念であった。
 きょうも、明日も、人間の中に打って出て、語り、行動している私たちは、日々、偉大な価値を創造しているのである。
4  釈尊は「言葉を自在に使う人」
 ヤスパースは東洋哲学にも探究の眼を向け、『仏陀と竜樹』という著作を残している。その中で、ヤスパースは、釈尊は弟子たちにとって「言葉を自在に使う人」であったと述べ、その″言葉の力″″対話の力″に注目している。彼は記している。
 「仏陀はひとりひとりに語り、小さなグループで語った」「一切の者にむかうとは、ひとりひとりの人にむかうことにほかならない」(『佛陀と龍樹』峰島旭雄訳、理想社)
 釈尊は、一人一人と語り合った。一対一の対話を重んじた。「対話の名手」であった。相手に応じ、状況に応じて、巧みに語らいを進めていく。人々の心を動かし、変えていく。そこに、仏の偉大な実像があったのである。
 次元は異なるが、社会を変えるといっても、いっぺんに、すべての人を相手にするわけにはいかない。あくまでも、今、自の前にいる「一人」、現実にかかわっている「一人」が相手である。いかにその「一人」の心をつかみ、納得させ、変えていけるかどうかである。私たちは今、一人を大切にし、一人を相手に、誠実に語っている。その行動は、未来へ、世界へ、すべての人々へと波及していく。小さく、目立たないように見えても、じつに大きな意義が秘められているのである。
 さらにヤスパースは、他の世界宗教と比べて、釈尊の教えが際立っている特色として、「すべての人間のみならず、生きとし生けるもの(中略)これらすべてにかれの見出した救いをおよぼそうと志した点にある」(同前)と指摘している。こうした仏法の視点は、自然との共生を課題とする、これからの人類にとって、非常に大きな意義を持っている。
 東洋哲学に影響を受けたヤスパースは、晩年、「世界哲学」の構想を抱いていたといわれる。傑出した哲学者が注目した仏法の精神。私たちは、この大生命哲学を持つ誇りを胸に、地域に、世界に、対話の波を広げてまいりたい。

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