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日蓮大聖人・池田大作

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第二総東京最高協議会 心を動かす「祈り」と「指導力」を

2005.2.3 スピーチ(2004.9〜)(池田大作全集第97巻)

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2  歌の力は偉大! 学会歌とともに
 学会歌は、力強い歌声で、力強い生命で歌っていくことだ。それが学会歌の精神である。
 こういう基本から、もう一度、男子部も、女子部も、新たな「革命」を起こしていただきたい。
 新入会のメンバーも増えている。歌を歌うことで、皆の心を一つにし、前進の歩調を合わせていくこともできる。
 はつらつとした学会歌の歌声とともに、「男子部革命」の勇敢なる舞を、「女子部革命」のさわやかな調べを、新世紀の大舞台に敢然と広げてまいりたい。
 戸田先生は、青年部を、それはそれは厳しく訓練された。
 最高幹部が大勢いるなかで、ことぞという時には、いつも、青年の私を指名された。「大作、頼むぞ!」と一切の指揮を私に託してくださったのである。
 先生の絶大な信頼にお応えするために、死にものぐるいで戦った。
 そして、断固として、勝った。勝たなければ仏法はない。師弟はない。
 そのことを、未来を担う青年部に、今一度、訴えておきたいのである。
 戸田先生は、「学会利用の悪人、同志を裏切った卑劣な輩は絶対に許してはならない」と厳命された。とくに男性幹部には、「悪に対しては、仇を討たずにはおかないというくらいの根性と忍耐と意地を持て!」と厳しかった。これが学会の伝統である。
 悪鬼入其身の「魔物」から、同志を守り、広布の組織を守っていくのが幹部の責務である。
 根本は「祈りで勝つ」ことだ。諸天を揺るがす「強盛な祈り」は、全宇宙を動かしていく。いかなる敵にも断じて勝つことができるのだ。「祈り」こそ「魔との戦い」の要諦である。
 広布の同志に対しては、「信頼の灯台」となっていただきたい。会員から「あの人がいるから頑張ろう」「あの人の言葉に勇気づけられた」と慕われるようでなければ、幹部である意味はない。
 ツーンと偉そうに座っているだけで、何を考えているのか、さっぱりわから、いばってはいるが自分は戦わない。ニコリともしない。そのうえ、皆を抑えつける――それでは「地獄の使い」のようなものだ。かえって皆の邪魔になる。
 幹部は、いばるためにいるのではない。会員に尽くしていくためにいるのである。
 「ご苦労さまです!」「いつも、ありがとうございます!」と笑顔で、頭を下げて、広布に戦う同志に心から感謝し、賞讃を送っていくことだ。
 この「会員第一」の真心と行動が、わが身を無量の福徳で飾っていくのである。
3  世界には賢明な女性が必要!
 私が対談集を発刊した、アメリカの未来学者へンダーソン博士は語っておられた。(『地球対談――輝く女性の世紀へ』主婦の友社)
 「いろいろな意味で、女性は″革新者″です」
 「世界の女性たちは『愛情』と『勇気』を、家庭や周囲の人間関係、さらには企業の経営や政治の場に注ぎこんでいます。この女性のもつ力が、二十一世紀にとってどれほど重要なものであるか計り知れません」と。
 へンダーソン博士をはじめ、世界の知性から創価の女性スクラムに寄せられる信頼と期待は、いちだんと深い。
 フィリピンの名高い「教育の母」で、名門キャピトル大学の創立者であられるロサレス先生も、創価世界女性会館を訪問されたさい、芳名録にこうつづられた。
 「混迷する世界には、創価の女性の皆さま方の存在が必要なのです。SGIの連帯が世界中に拡大していかれることを祈ります」と。
 (ロサレス女史は、創価世界女性会館で、こうも語った。「池田博士の平和の理念を広げる『創価の女性』が増えれば、世界は、よりよい場所になるでしょう」と)
 理解と共感の輪を大きく深く広げゆく、「女性広報部」の活躍も、第二総東京が最先端を進んでおられる。まことにすばらしい前進である。
 カナダの女性作家モンゴメリーは名作の主人公「アン」に、こう語らせている。
 「いつもだれかが、なくてはならない人だと思ってくれるような人間になりたいわ」(『アンの幸福』掛川恭子訳、講談社)
 まさに、わが婦人部、女子部の皆さまは、そういう存在として輝いておられる。
 アメリカの女性詩人ディッケンズは喝破した。
 「信仰の放棄が/いつか行動を小さくしてしまう」(『自然と愛と孤独と』中島完訳、国文社)と。
 正しき信仰を持って行動する人生が、どれほど大きな境涯を開いていくことができるか。
 その模範が皆さま方である。
 イギリスの女性詩人アン・プロンテも、「信仰とともにあるあいだは私は幸せです/信仰は私のもっとも暗い夜を昼に変えてくれます」(「アン・ブロンテ」森松健介訳、『ブロンテ全集』10所収、みすず書房)と高らかに謳いあげているとおりである。
4  トルストイを恩師と語りあう
 第二総東京は、青年部の成長も目を見張る勢いである。青年部は、さらにさらに、力をつけていっていただきたい。良書にも接し、大いに学んでいただきたい。
 ある時、戸田先生が私に「トルストイは読んでいるか」と尋ねられた。
 私は、「読んでおります」とお答えした。
 「トルストイの文学は膨大だから、全部、読むのは大変だろう」
 こう言われる先生に、私は申し上げた。
 「おっしゃるとおりです。しかし、トルストイの全集の中の有名な作品は、だいたい、目を通したつもりです」
 すると先生は、「その中から、心に残った一節、また今、読んでいる一文を、あげてみてくれ」と命じられた。
 私は問髪を入れず、記憶するトルストイの箴言を、紹介させていただいたのである。
 戸田先生は本当に厳しかった。徹底して私を鍛錬してくださった。
 師匠に対して、いい加減なことは言えない。だからこそ、私は真剣に勉強した。
 さまざまな報告も、正確に、慎重に行わねばならない。嘘や間違いを言えば、そこから狂いが生じてしまう。私は、師匠に対して、そういう姿勢で臨んできたのである。
 ここで、トルストイの言葉を、わが青年部の皆さんに贈りたい。彼は記している。
 「幸福は、己自ら作るものであって、それ以外の幸福はない」(「我等は何の為めに生きるか」、『トルストイ全集』18〈深見尚行訳〉所収、岩波書店)
 そのとおりである。では、幸福をつくるためには何が大切か。トルストイはつづった。
 「善を行なうことこそ、間違いなくわれわれに幸福を与える唯一の行為である」
 「真の幸福は、けっして一挙に獲得されるものでなく、不断の努力によってのみ獲得される」(『文読む月日』北御門二郎、筑摩書房)
 善を為すことだ。忍耐と持続が大事である。
5  何のために生きるのか?
 さらにトルストイは、「誤った信仰」は人間に害毒をもたらすと述べ、こう断じていた。
 「人々が邪悪な生活を送るのは、彼らが真理を信じないで、虚偽を信ずるからにすぎない」(同前)
 虚偽は不幸の元凶である。そして、トルストイは結論している。
 「もしも生が幸福であるならば、生の必然的条件である死もまた幸福と言わねばならない」(同前)
 仏法は「生死不二」であり、「生も歓喜、死も歓喜」と教えている。悔いなき勝利の「生」があってこそ、安穏な「死」が訪れる。「死」は新たな「生」への準備期間となる――。
 世界文学の巨匠もまた、こうした哲学を志向していたのであろう。そこで大事なのは「何のために生きるのか」という一点である。トルストイは論じている。
 「貴方は訊ねる、『人生の目的如何、何のために人間は生くるや、換言すれば、何のために私は生きて居るか?』と」「宗教、真実の宗教は、この問題に対する解答に外ならないのである」(前掲「我らは何の為めに生きるか」)
 トルストイが学んでいた、古代ローマの哲学者セネカは、こう洞察している。
 「生きているというのは、多くの人々の役に立つ人のことであり、自分自身を役に立てる人のことです」(『道徳書簡集』茂手木元蔵訳、東海大学出版会)
 妙法という人間主義の哲学を掲げ、多くの友の幸福のため、社会のために日々、献身の行動を続ける。このセネカの言葉のとおり、最高に栄えある青春の道を進んでいるのが、青年部の皆さんなのである。
6  人生は戦い! 困難から進歩が
 私は若き日、国木田独歩の名文を読書ノートに書き留めた。
 とくに読み親しんだのは、独歩の日記として刊行された『欺かざるの記』であった。
 きょうは、その中から、いくつかの言葉を皆さんに贈りたい。
 「理想も実行も、将来も過去も、希望も後悔も、悉く今日に在り」
 「われをして此の一日を高尚に勇敢に熱心に、愉快に送らしめよ」(『欺かざるの記』下、潮出版社)
 きょうという日が、真剣勝負の「時」である。
 いかなる英雄の生涯に、おいても、一日の行動の積み重ねが一年の事業となる。そして十年の事業となり、一生の事業となるのである――独歩は、そう訴えていた。
 ゆえに、朝日とともに新鮮な空気を心に吹き込みながら、一日一日、悔いなく戦いきることだ。
 一日一日、何かを学び取りながら、自分自身を強く賢く向上させていくことだ。
 そして、一日一日を、断固として勝ち抜いていくことだ。
 「吾実に一歩一歩行かんとぞ思ふ」
 「一歩の確実堅固ならんことを希ふ」(同前、上)
 これも、独歩の一文である。一歩一歩、前へ前へ、道を切り開いていく以外にない。一つ一つ、「わが陣地」を固め、「わが城」を築きあげていくことである。さらに独歩はつづった。
 「人生は戦なり。これ如何に繰り返へしたる言葉なるぞ。鳴呼人生は戦なり」
 「如何なる難苦にも忍ぶ可し。難苦はわれをして一段の進歩あらしむる推進器なり」
 「われ遂に勝つ可し。決して失望する勿れ。強かれ、強かれ。け破りて進む可きのみ」
 「われ遂に何人、何もの、何事にも勝つ可し」(同前、下)
 わが青年部もまた、「断じて勝つ」との不屈の闘志を燃え上がらせて、みずからの使命の天地に、青春の「勝利の旗」を晴ればれと打ち立てていただきたい。
7  創価の大文化運動に喝采!
 先日、婦人部の「銀の道合唱団」の方々が、すばらしいCDを届けてくださった。「春が来た」と「野に咲く花のように」の美しい合唱が収められていた。
 妻と二人で、感謝をこめて、何度も聴かせていただいている。
 この「銀の道合唱団」や、年頭の本部幹部会を飾ってくださった「白ゆり合唱団」など、わが婦人部の合唱団の方々は、全国各地で希望の歌声を響かせている。ここ第二総東京の婦人部の合唱団も、見事な活躍をしておられる。
 皆、組織の第一線を走りながら、練習に取り組んでいる。「聖教新聞」を配達してくださっている「無冠の友」も少なくないとうかがった。尊き皆さまの活躍と、気高く力強い歌声に対し、この席をお借りして、心から賞讃申し上げたい。(拍手)
8  凛々しき音楽隊の活躍もめざましい。
 先月、日本武道館で行われた「マーチングバンド・バトントワリング全国大会」では、「創価ルネサンスパンガード」が二年連続八度目の日本一(内閣総理大臣賞)に輝いた。
 この全国大会では、中部、岡山、鹿児島の音楽隊も健闘した。(創価中部ファーストスターズ、創価鹿児島サザンプレイズ、創価岡山レインボーサウンズが出場)
 「創価中部ファーストスターズ」は、三月に開幕する「愛・地球博(愛知万博)」のイベントにも参加する予定である。
 昨年十月に行われた「全日本吹奏楽コンクール」でも、「創価グロリア吹奏楽団」(三年連続五度目)と「関西吹奏楽団」(九度目)が、そろって「金賞」に輝いた。
 このコンクールで音楽隊の二団体が同時に「金賞」を受賞するのは、結成以来、初の快挙である。また「創価山梨リード吹奏楽団」も「銅賞」を受賞した。
 皆、それぞれの仕事や学会活動を地道に、誠実にやりぬきながら、誇り高く青春の″勝利の曲″を轟かせておられる。私は、若き楽雄たちの活躍を最大に讃えたい。(拍手)
 ″平和の天使″鼓笛隊の活躍もすばらしい。先ほど紹介した「マーチングバンド・バトントワリング全国大会」では、わが鼓笛隊のカラーガードチームも、初出場で見事に「金賞」の栄冠に輝いた。私も妻も、心からの喝采を送った。
 一月二十三日に開かれた、「関東バトントワリングチームコンテスト」にも、鼓笛隊の三チームが出場し、そろって「金賞」を受賞。昨年九月の「ジャパンカップ・マーチングバンド・バトントワリング全国大会」では、「創価シャイニングスピリッツ」が四年連続の優勝を飾った。
 鼓笛隊が結成されて、明年で五十年。今や、鼓笛隊は、韓国、香港、フランス、メキシコなど、世界二十六カ国・地域で活躍している。
 地球の反対側のブラジルでも、鼓笛隊が音楽隊とともに独立記念日の行事に参加するなど、すばらしい社会貢献をしておられる。
 音楽を愛する人生は、生き生きと躍動している。反対に音楽を軽んじ、芸術を否定する人間は、生命がよどんでいく。あのベートーヴェンの「歓喜の歌」を「謗法」呼ばわりして、世界の物笑いになった日顕宗は、その典型といえよう。
 「奇しき歌の力の支配する限り、/あらゆる苦悩のひだは消え去るべし」――。
 ドイツの大詩人シラーの詩「歌の力」の一節である。(逸見廣編『正義の書』所収、金星堂)
 今年は、シラーの没後二百年にあたる。シラーは強調した。
 「あらゆる芸術は人に喜悦を与へるためのものである。而も、人間を幸福ならしめることこそ、最高のそして最も厳粛な仕事なのである」(「悲劇における合唱団の使用について」菅原太郎訳、新関良三編『シラー選集』2所収、冨山房)
 芸術を通して友に喜びを与え、勇気を贈る――まさしく、わが創価の″妙音菩薩″たちの英姿である。きょうも、創価国際友好会館で、総東京芸術部の皆さまが、さっそうと大会を行っている。
 シラーは「歌の力」の中で、こう謳った。
 「あらゆる虚偽なるものもまた、/真理の力強き勝利の前には消え去るべし」
 芸術は人間性の花である。芸術には、人間を蹂躙する蛮性や獣性に打ち勝つ力がある。
 文化を大切にすることは、平和へと通じる。一人一人の生命を耕し、幸福の花園を広げていく。文化の興隆と平和の発展に尽くしていく。広宣流布は、″文化の花″″平和の花″″幸福の花″を世界に爛漫と咲き薫らせゆく大民衆運動なのである。
 日蓮大聖人は、有名な「大悪大善御書」に、こう仰せである。
 「わが門下の者よ、おのおの、何を嘆いておられるのか。迦葉尊者でなくとも舞をも舞いなさい。舎利弗でなくても、立って踊りなさい。上行菩薩が大地から出現された時には、踊って出現されたのである」(御書一三〇〇ページ、通解)
 妙法に生きぬく人生に、悲観はない。感傷もない。愚痴もない。停滞もない。
 何があろうと、希望に燃えて、喜び勇んで、わが「使命の舞」を舞っていくことだ。
 そこに新たな「勝利のドラマ」が生まれていくのである。
9  広布の役職には重大な使命と意義が
 創価学会は、仏意仏勅の広宣流布の団体である。
 ゆえに、創価学会の役職は、広宣流布のための役職である。そこには、重大な意義がある。
 その重大さを自覚し、責任をもって自分の役職を全うしていく人は、最も価値ある、最も充実した人生を生きることができる。永遠にわたる福徳を積みながら、勝利の方向へ、幸福の方向へと、確固たる軌道を歩んでいくことができる。
 国家にも、会社にも、さまざまな団体にも、役職はある。しかし、学会の役職は、それらとまったく次元が違う。三世の生命を貫く、妙法を根幹としているからである。
 社会的な肩書などを優先して、学会の役職を下に見るようなことがあってはならない。
 愚かな人間は、学会の役職を軽んじ、いい加減に考える。その人は結局、自分自身の福運を破壊し、不幸と敗北の坂道を転落していく。
 もちろん、役職で信心が決まるわけではない。幹部がいばるのは論外であり、人間として最低である。リーダーは、多くの会員に尽くし、奉仕していく責務がある。
 また、役職で人を縛ることもない。心は自由自在でよいのである。大切なのは、あくまでも信心である。問題は、役職を担った人の自覚である。
 学会は、人を救うための組織である。悩める人々に信心を教え、皆が幸福になっていくための組織である。その組織における役職は、これほど尊いものはない。
 みずからの責任をいちだんと深く自覚し、立派に果たしぬいていくことだ。その功徳は絶大であり、生々世々三世にわたって、崩れざる幸福を約束する生命の位を得ていくのである。
10  「SGIには普遍の思想がある」
 先日、世界的な国際法学者である、デンバー大学副学長のベッド・ナンダ博士が、SGIの発足三十周年を祝福し、期待の声を寄せてくださった。
 ナンダ博士と私は、「東洋学術研究」誌上で対談を連載したが、その対談集が、まもなく発刊される予{疋である。(=『インドの精神――仏教とヒンズー教』は二〇〇五年五月、東洋哲学研究所から発刊)
 博士は、先月ハワイで開催された、SGI発足三十周年の記念行事にも、わざわざデンバーから駆けつけてくださった。深い友情と連帯の心に、厚く御礼申し上げたい。
 この三十年の聞にSGIが大いなる発展を遂げたことに関して、博士は、こう述べておられた。
 「私は、宗教には、二つの宗教があると思います。
 一つは、特定のドグマ(教義)に閉ざされた宗教。もう一つは、特定の国や特定のドグマを超えて、普遍の思想を説く宗教です。私は、後者に注目しております。
 そして、SGIには、それ(普遍の思想)があります。そうでなければ、世界の百九十に及ぶ国や地域にまで広がることはなかったでしょう」
 宗教は、人間のためにある。宗教のために、人間があるのではない。独善的な教義は人間を
 ″差別化″し、″奴隷化″する。歴史的にも、世界的にも、こうした転倒がしばしば見られる。
 それに対し、万人の生命の尊厳性を訴え、民衆の連帯を拡大してきたのが、SGI運動である。
 ドグマに閉ざされた宗教は、やがて行き詰まり、滅んでいく運命にある。邪宗門と化した日顕宗は、まさにその象徴である。
11  幸福の種を蒔く人に!
 ナンダ博士は、本年の私どものテーマについて、こう述べておられた。
 「『青年・拡大の年』――。このテーマほど、私の心を深く打つものはありません。青年を育成せずして、また、次の世代に精神を継承せずして、思想の発展はないからです。
 私たちは、池田会長が示されるように、種を蒔き、育でなければなりません。そして、人間の持つ可能性を、最大に開いていくことです。それが、人間の拡大、社会の拡大、国の拡大、国際間の拡大へとつながっていくのです」
 私は三十年前、SGIの発足にさいし、世界各地から集った地涌の同志に向かい、みずからの決意をこめつつ、こう語った。
 「自分自身が花を咲かせようという気持ちでなくして、全世界に平和という妙法の種をまいて、その尊い一生を終わってください。私もそうします」
 この言葉にも、ナンダ博士は次のように深い共感を示してくださった。
 「物事を成功に導くために最も大切な労苦は、『種を蒔く』という作業です。一度、蒔かれた種は、必ず大樹に育つのです。それと同時にSGI会長が言わんとされているのは、だからこそ、忍耐と持続が不可欠であるということではないでしょうか」
 博士の温かなど理解に、心から感謝したい。また、世界の良識が、私どもの日々の活動を、このように高く評価してくださっていることに、皆さんは誇りを持っていただきたい。
 自分の蒔いた種が必ず大輪の花を咲かせることを信じて、忍耐強く、粘り強く、妙法という平和と幸福の種を蒔き、育てていく。その人とそ、最も尊い存在である。
 (ナンダ博士は、「今やSGIは、国連加盟国の数に匹敵するほどの国々で運動を展開するにいたりました。三十年前に蒔かれた種が、これほどの運動となって展開されるにいたったのは、ひとえにSGI会長の功績です。また、すべてのSGIのメンバーも、その功績を分かちあうことでしょう」とも語っている)
 ともあれ、何事も、一つ一つ種を蒔いていくことから始まる。蒔かぬ種は生えない。未来のために、何か行動を起こすことである。そして、迅速に、的確に、手を打っていくことである。
12  日蓮大聖人は、弘安二年十月二十日、弟子の日朗と池上宗仲にあてた御手紙の中で、同志のため、広宣流布のために、具体的な指示を的確に出されながら、こう結ばれている。
 「この手紙が着き次第、二、三日の間に、一切を落着させて、おのおのが私あてに返事をください」(御書一一〇一ページ、通解)
 大聖人御自身、妙法流布のため、また門下のために、寸時も無駄にせず、戦いの手、激励の手、指導の手を、細かく矢継ぎ早に打っていかれた。
 この御手紙から三日後には、四条金吾に励ましの御手紙をしたためられている。
 金吾が、何者かに襲われたが事なきを得たとの報告に対して、すぐさま手を打たれたのである。
 その御手紙では、こう仰せである。
 「いっそう自分自身を励まして、強盛な信力を出していきなさい。先日、強敵にあいながら、命を永らえたのは、まったく御本尊の不思議な功力であると思いなさい。どのような兵法よりも、法華経の兵法を用いていきなさい。(法華経薬王品の)『諸余の怨敵は、皆悉な摧滅せり』との金言は決して空しいはずがない。兵法や剣術の真髄も、この妙法から出たものである。深く信心を起こしなさい。決して臆病であってはならないのである」(御書一一九二ページ、通解)
 法華経の兵法――すなわち「信心」に勝る兵法はない。いかなる強敵であっても、仏の正義の陣列の前には、必ず敗れ去っていくのである。
13  「世界のおもちゃ展」に百五十万人以上が来場
 今月一日、東京の荒川文化会館で「世界のおもちゃ展」が開幕した。(七日まで)
 荒川区の日暮里は、上野、錦糸町とともに「東京の三大駄菓子問屋街」と呼ばれ、菓子やおもちゃの問屋街として栄えてきた歴史をもっ。おもちゃと縁の深い地である。
 開幕式には、日本おもちゃ図書館財団の山科誠理事長も見えられた。荒川各界からも多数の来賓が出席してくださった。来賓の方々が「これほど荒川中の名士が一堂に会することはない」と言われるほどのにぎわいであったとうかがった。
 これもすべて、真剣に誠実に「近隣友好」と「地域貢献」を進めてこられた荒川の同志への、厚い信頼の実証である。
 「世界のおもちゃ展」は、百カ国・地域から集められた約千点の代表的なおもちゃを紹介する展示である。私が提案させていただき、一九九〇年に「世界のおもちゃと教育展」として始まった。
 現在まで国内の百を超す会場で聞かれ、百五十万人以上の方々が来場した。
 牧口先生と交流のあった民俗学者の柳田国男氏は、日本における「おもちゃの起こり」について、その一つとして、次のような説を紹介している。
 「オモチャといふ語のもとは、東京では知らぬ者が多くなったが、今も関西でいふモチヤソピの語にオをつけたものにちがひない。その弄び物を土地によっては、テムズリともワルサモノともいって、これだけは実は母や姉の喜ばぬ玩具であった。もっとも普通に使はれるのは物さしとかへらの類、時としてははさみや針などまで持ち出すがあって、あぶないばかりか、無くしたり損じたりするので、どこの家でもそれを警戒した」。そとで、親たちは代わりになるものを、かわいい子のためにこしらえた。最初は龍や桶、ほうきや農具など実用品のやや小形の物を子どもに与えた。子どもは、大人と同格になったと思って喜んだようだ――と。(『こども風土記』、『定本 柳田国男集』21所収、筑摩書房。引用・参照)
 おもちゃは、子どもたちを守り、伸び伸びと育むために生まれた″愛情の結晶″といえよう。
 「世界のおもちゃ展」で展示されている一点一点にも、世界各地のお母さん方の真心と工夫がこめられている。わがヤング・ミセスの同志の皆さま方も、多忙ななか、慈愛と創意で、懸命に″未来の宝″を育んでおられる。
 一九八六年(昭和六十一年)四月十一日、前日に桜花爛漫の創価学園の入学式に出席した私は、妻とともに東京の小平文化会館を訪問した。居合わせたヤング・ミセスの方々と一緒に勤行・唱題したことを、懐かしく思い出す。
 ご存じのとおり、この日が、後に「ヤング・ミセスの日」となった。
 「子どものためのおもちゃ」は、法華経にも登場する。有名な譬喩品の「三車火宅の譬え」である。
 炎に包まれた家の中で遊びに夢中になっている子どもたちを、安全な屋外に導き出すため、父が説得する。父は言う。
 ――あなたたちが好むおもちゃは数少なく、手に入れるのがむずかしい。もし、取らなければ、後で、きっと悲しみ悔やむでしょう。そのようなさまざまな羊車、鹿車、牛車が、今、門の外にあるから、それで遊びなさい――。
 喜んで家の外に出てきた子どもたちに父が与えたのは、それよりはるかにすばらしい大白牛車であった。父は、子どもたちを救うとともに、無上の宝を授けたのである。
 これは「開三顕一」の法理を示しているが、仏が衆生を救う巧みな智慧と大慈悲が表されている。この譬えには重要な意義が含まれているのだが、おもちゃが大好きな子どもの心をとらえた、見事な譬喩ともいえよう。
14  「人生の山を登る手助けをしたい」
 玩具評論家の故・斎藤良輔氏は″日本はシルクロード(絹の道)やシーロード(海の道)の終着地でもあったため、人形玩具文化が豊かで多彩である。異国の玩具文化財が、これほど豊かに集まった例は、歴史的にもそう多くないはずだ″と論じておられる。(『おもちゃ博物誌』騒人社、参照)
 氏は、学会の「世界のおもちゃと教育展」もご覧になり、「文化は遊びのなかから生まれると言われますが、その土壌になっているのが子ども時代の玩具です。玩具のない国は滅びる――この展示を見て、世界の国々が子どもの遊びをいかに大切にしているかを、あらためて実感しました」と語っておられた。まさしく、「おもちゃは平和の象徴」である。
 私の大事な友人である、世界最高峰の絵本作家ワイルドスミス画伯は言われた。
 「私は子どもたちが人生という山を登り、喜びと充実という頂に到達する助けをしたいと願っております。これは、この地球上に生を受けた一人一人の子どもたちに与えられた大切な権利であります」(東京富士美術館主催 画業四十周年記念「ワイルドスミス・絵本の世界lおとぎの国のファンタジア」展の図録〈執筆・翻訳・編集協力はワイルドスミス絵本美術館〉から。ワイルドスミス絵本美術館へのメッセージ「日本の皆様へ」1993年)
 (=ワイルドスミス氏は池田名誉会長の創作童話回作に、みずからの提案で挿絵を寄せている。それぞれオックスフォード大学出版局から発刊された。また「ワイルドスミス・絵本の世界――おとぎの国のファンタジア」展が、東京富士美術館の企画により、全国各地で行われた)
 画伯と私は、子どもたちの幸福のために語りあった。文化の退廃をもたらすのは、人間の愚かさや傲慢である。それらに断じて負けてはならない――そう約しあったのである。
 「二十一世紀の主役」である子どもたちのため、私たちは、平和と文化と教育の運動を、いやまして力強く進めてまいりたい。
15  師子吼せよ! 勇気を忘れるな
 皆さまの勝利また勝利の前進のために、御聖訓を拝したい。
 「仏になる道には、我慢偏執(我をたのんでおごり、偏った考えに執着する)の心なく、南無妙法蓮華経と唱えるべきである」(御書五五七ページ、通解)
 妙法を唱えれば、自分の中に偉大な仏の生命がわき上がる。
 ここにしか幸福の道はない。小さな執着にとらわれるな。慢心を排せ――そう大聖人は教えておられる。
 また、迫害の渦中にあった四条金吾には、周囲の人を大事にし、味方にしていくよう諭された。
 「(弟たちに)少々の過失があっても見逃してあげなさい。また女性には、いかなる過失があっても、戒める必要などない。まして争つてはならない」(御書一一七六ページ、通解)
 これが賢人である。あらゆる人を活かしていくのが、仏法なのである。
 大聖人は、こうも記されている。
 「法華経を信じる人は、用心に用心を重ねて、法華経の敵に対して心を引き締めていきなさい」「なにが仏道修行の敵であるかを知らなければ、敵にだまされてしまう」(御書九三一ページ、通解)
 愚かであってはならない。油断があってはならない。
 鋭く厳しく魔性を見破り、民衆を苦しめる悪を責めぬいていくことだ。
 勇気を忘れてはならない。破折精神を失つてはならない。これが根幹である。
 いかなる強敵に対しても、正義を師子吼し、言論の剣で打ち破ってきたからこそ、今日の学会があることを心に刻みつけていただきたい。
 そしてまた、大聖人はこう断言なされている。
 「法華経の行者は、信心において退転することなく、身に詐り親しむことなく、一切、法華経にその身を任せて、仏の金言のとおりに修行する、ならば、たしかに、来世はいうまでもなく、今世においても無事で寿命を延ばし、最高に勝れた大果報を得て、広宣流布の大願をも成就できるであろう」(御書一三五七ページ、通解)
 妙法を持ち、誠実に、真剣に、わが信念を貫き通した人が、必ず勝利する。
 世界平和の開拓者として、永遠の誉れの歴史を残していけるのである。
16  富士を仰いで
 詩人・国木田独歩は、『武蔵野』に、こうつづった。
 「丘に立て望めば富士山真白ろに連山の上に聳ゆ。風清く気澄めり」(『国木田独歩全集』2、学習研究社)
 独歩は、富士を仰ぎつつ、たゆみなき自分自身の建設を決意していった一人である。
 ここで、富士を望んで詠んだ句を、愛するわが同志に贈りたい。
 まず、壮年部の同志には――
  勝ちまくれ
    白雪富士は
      厳たりと
  
 婦人部の皆さまに――
  この一生
    富士の如くに
      悠然と
  
 女子部の皆さまに――
  晴ればれと
    常に胸中
      富士の山
  
 そして、男子部、学生部の友には――
  君も勝て
    我も勝ちなむ
      不二の山
 と贈りたい。
17  大聖人は仰せである。
 「日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非ずや、剰へ広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし、ともかくも法華経に名をたて身をまかせ給うべし
 大事なことは、すばらしい人材をつくることだ。広宣流布の勢力を拡大することである。
 昨年も、わが学会、SGIは、日本は当然のこととして、全世界で未曾有の大発展を遂げた。心から感謝したい。本年もまた、皆さまが健康第一で、朗らかに、勇敢に、そして断じて事故なく、永遠にわたる絶対の「幸福博士」として戦いゆかれんことを心より、お願いして、私のスピーチとさせていただきます。
 多くの大切な大切な同志の方々に、よろしく、お伝えいただければ、うれしく思います。
 長時間、ご苦労さま! ありがとう!
 (東京牧口記念会館)

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