Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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各部・海外代表協議会 未来のために新しい「友情の道」を開け

2003.12.5 スピーチ(2003.7〜)(池田大作全集第95巻)

前後
2  民間外交で中ソの橋渡し
 周総理と会見した三カ月前、私は、ソ連のコスイギン首相とも会見した。
 この時も、「なぜ宗教者が宗教否定の国へ行くのか」等と、ごうごうたる非難を受けた。
 しかし、批判はもとより覚悟のうえであった。ただ、日ソの友好、そして、対立を深めていた中ソの緊張緩和を願って対話旅を決断した。
 コスイギン首相に、私は率直に質問した。
 「中国はソ連の出方を気にしています。ソ連は中国を攻めるつもりがあるのですか」
 不信を信頼に、恐怖を安心に――双方の国の心を少しでも変えたいとの一心であった。
 「ソ連は中国を攻撃するつもりも、孤立化させるつもりもありません」
 「それを中国の首脳に、そのまま伝えてよろしいですか」
 「結構です」
 対立を望まないソ連の意向を、私は中国首脳に伝えた。コスイギン首相とは、翌年にも語りあった。民間人ではあるが、私なりに、中ソの橋渡しをしてきたつもりである。
 ゴルバチョフ大統領と初めてお会いした時も、開口一番、私は言った。
 「きょうは、大統領と″けんか″をしに来ました。火花を散らしながら、何でも率直に語りあいましょう。人類のため、両国のために!」
 大統領は、にっこり笑い、「私も率直な対話が好きです」と応じてくださった。
 この時、大統領は、翌年の春に訪日する意向を語られた。訪日は、ソ連の最高首脳として初めてのことである。たいへんに重要な発言であった。国が違っても、イデオロギーが違っても、皆、「同じ人間」である。誠実に語りあえば、心は通じあう。平和への意志を結集できる。
 相手がだれであれ、わが信念を堂々と語ることだ。「勇気の対話」こそが歴史を変えるのである。
 周総理は言われている。
 「われわれは人民の世紀の開始に立っている。われわれのこの時代における国際関係の時点は、人民外交の大々的展開である」(『周恩来選集』下、森下修一編訳、中国書店)
 「人民外交」の未来を、周総理は、私たちとともに、大きく開いてくださったのである。
 ともあれ、国も、団体も、人生も、「外交」が重要である。
3  友情を結ベ! それが広宣流布
 戸田先生は、よく言われた。
 「大事なのは、人間としての外交である。どんどん人と会って、友情を結んでいきなさい。すべて、勉強だ。また、それが広宣流布につながるのだ」
 「外交というものを自分の一生の地盤にすることだ。立派な人間としての大外交をしていきなさい」
 「どんな人とも、まっこうから、わたりあえる人間になれ!」
 外交は、誠実である。智慧である。忍耐である。勇気である。
 外交は、信念の戦いである。言うべきことは言いきっていかねばならない。相手に打ち込むべきことは、打ち込んでいくことである。
 南米の解放者シモン・ボリバルの言葉にも、「真実を語り、善を勧める人だけが、本物かつじ純粋な友情を示している」(Obras Completas de Simon Bolivar, Editorial Lex)とある。
 フイリピンのラモス元大統領とも、私は、何度も対話を重ねた。
 外交の名手として名高い元大統領に、私は「外交にあたって、最も大切なことは?」とうかがったことがある。答えは明快であった。
 「どんな国のトップであれ、みんな『人間』です。お互いが同じ『人間』同士として接していくことが大切です。そして、ひとたび結んだ友情は、在任中だけでなく、ずっと続けていくべきです」(「聖教新聞」一九九八年十月三十日付)
 広宣流布は、平和と文化を広げる「外交戦」であり「渉外戦」である。心して自分を磨き、力をつけ、もう一歩深く、強い、拡大の波を起こしていっていただきたい。
4  「師弟」があれば無限の力が出る
 今、各国で青年部の活躍がめざましい。日本でも、青年が大きく成長してきている。
 青年の時代である。格好ではない。気取りでもない。革命児ならば、一心不乱に、広宣流布のために戦いぬくことだ。
 私は若き日、戸田先生のもとで、新たな拡大の波を起こした。勝利の歴史を築いた。
 先生が「大作、行きなさい」と手を打たれる。私は、即座に試ぽて戦いを起こした。東京で、神奈川で、北海道、山口、そして大阪で――すべての場所で、勝利の金字塔を打ち立てた。先生は、本当に喜んでくださった。他の幹部の多くは、ただ驚くだけだった。
 「師弟」があれば、無限の力が出る。凱歌の歴史を築くことができる。
 若きリーダーの皆さまは、このことを、深く胸に小んでいただきたい。
 日蓮大聖人は仰せである。
 「月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし
 仏法の真髄、人生の真髄の御聖訓である。
 さらにまた大聖人は、同じ「聖人御難事」の中で、「ただ一えんにおもい切れ・からんは不思議わるからんは一定とをもへ」とも仰せである。
 この御金言を深く拝していくならば、何も動ずることはない。何も恐れるものはない。
 ゆえに、きょうも、たゆみなく、大仏法をともに語り、ともに学びながら、強くまた強く、広宣流布の一歩前進をしてまいりたい。
5  ベネズエラよりSGIへの信頼と賞讃の証
 本日は、遠く離なのブラジルとベネズエラからも、婦人部の友が出席してくださつている。
 はるばると、本当に、ようこそ、お越しくださった。
 ご存じのように、昨日(十二月四日)、私は世界百八十六カ国・地域の同志を代表して、南米のベネズエラ・ボリバル共和国より「ベネズエラ功労勲章 勲一等」を拝受した。
 これもすべて、世界の各国・各地域で、良き国民、良き市民として活躍する、わがSGIの同志への信頼と賞讃の証である。
 御書には、「陰徳あれば陽報あり」、「かくれての信あれば・あらはれての徳あるなり」等々と示されている。
 この栄光と福徳は、皆さま方の子々孫々を燦然と照らし、荘厳していく。そのことを、晴ればれと確信していっていただきたい。
6  「苦難」は「完成」へと導く手段
 ベネズエラは、歴史的に、幾多の大英雄を生み、育んできた天地として名高い。
 ベネズエラ生まれの法律家であり、詩人であり、そして教育者であったアンドレス・ベージョは、十九世紀の「中南米最高峰の知性」と讃えられている。
 従は、チリ大学の創立者でもある。さらにまた、模範の法典として名高い「チリの民法」を創案したのも、彼である。
 かつて私は、チリ民主化の哲人指導者エイルウィン大統領から招聘をいただき、壮麗な大統領府で再会した。その折、執務室に、このベ―ジョの肖像画が、深い尊敬の心をこめて掲げられていたことが、懐かしく思い起こされる。
 大統領と私の対談集でも、「文化」と「法律」の真の価値を創造してきたベージョの功績について語りあった。
 (=池田SGI会長は一九九九年七月、ベネズエラから、この先哲の名前を冠した「アンドレス・ベージョ最高位勲章」を受けている)
 このベージョの有名な言葉に、こうある。
 「我々が遂行してきた闘争への報いとして、この世の中に希望の光が放たれるのであれば、我々は、幸運であると知るべきである」(Mil pensamientos de los cinco gigantes de la Patria, Liceo I.C.C. ″Narciso Gonell″)
 私たちの広宣流布の大闘争は、永遠にして不滅の「希望の光」を放ちゆく戦いである。これ以上の幸福と福運はない。
 さらに、この大教育者ベージョは、「人間にとって、『苦難』は『完成』に導いてくれる手段である」(同前)とも言っている。
 苦難を乗り越えてこそ、偉大な発展があり、完成がある。
 仏法は「難来るを以て安楽と意得可きなり」と教えている。
 ベネズエラ・ボリバル共和国が、国名にも、その名を冠している、南米の解放者ボリバルは、悠然と語った。
 「人間は、偉大になれば逃れられないことがある。それは、妬みをもつ者から必ず噛みつかれることである」
 「私の人生は、容赦のない憎悪の的である」(前掲 Obras Completas de Simon Bolivar)
 法華経には、正法を弘める人が「悪口罵詈」「猶多怨嫉」の難を受けるのは必然であると説かれている。
7  ″使命に生きぬく人生こそ栄光″
 またボリバルは、「悪」の本質を鋭く喝破した。
 「圧制者は、つねに結託する」
 「聖職者は、つねに独裁制の友であり、それを支えとする」(同前)とも見破っていた。
 不撓不屈の闘士であった彼は、語っている。
 「未熟な兵士は、一回負けたら、すべてを失ったと思う。それは、勇気と力と忍耐が、不運さえも覆すことを経験していないからだ」
 「彼ら(=敵)が大きく見えるのは、われわれが意気沮喪しているからだ」(同前)
 だからこそ、ボリバルは、「勇気をもって、悪を滅するのだ!」(回じと訴え、「団結せよ― さ
 れば、われらは無敵となる」(熱漢業資計♂おじと呼びかけたのである。
 こうせんる ふ  たたか
 広宣流布の戦いにあっても、「勇気」と「忍耐」と「団結」、そして「祈り」が根幹である。
 じゆつか
 さらにボリバルは、こうも述懐している。
 「この世のすべてを失っても、極限まで使命に生きた栄光が残る。その栄光こそが、私の永遠の財産であり、幸福であろう」(前掲 Obras Completas de Simon Bolivar)
 悔いなく戦いきったという栄光の歴史を、一年一年、残しゆく人生は幸福である。
 私はあらためて、この一年の全同志の見事な使命の奮闘に、心から感謝し、これを讃えたい。
8  「悪意と中傷が、解放運動の成功を妨げた」(America Espera, Biblioteca Ayacucho)とは、でベネズエラの独立の先駆者フランシスコ・デ・ミランダの慨嘆であった。これは、歴史の通例である。
 しかし、彼は、それでもなお、「忍耐と正義の心で、崇高な事業のために働こう!」(同前)と、行動を止めなかったのである。
 ボリバルの師匠であった大哲学者、大教育者のシモン・ロドリゲスは、断言した。
 「忘恩には、軽蔑で応えるべきである」(Escritos de Simon Rodriguez, Pedro Grases, Imprenta Nacional)
 恩知らずの裏切り者などに、断じて振りまわされてはならない。厳然と見くだし、正義の人間の勝利の姿を見せつけていくことである。
 さらに、このロドリゲスは提唱した。
 「基礎から社会建設を始めよ!」「屋根(大人)ではなく、礎ある子どもたちから!」(同前)
 いい言葉である。大事なのは、教育である。青少年である。
 私は創価学園・創価大学の発展に、さらに力を入れていく決心である。そしてまた、使命深き未来部の育成に、真剣に取り組んでまいりたい。
9  わが胸に永遠の幸福の大宮殿を
 大聖人は、はるばると真心の御供養を送り届けた、女性の弟子・日女御前の信心を讃えて、こう仰せである。
 「このような尊い御本尊を供養申し上げる女性は、今世では幸福を招き寄せ、後生には、この御本尊が左右前後に立ち添って、あたかも闇夜に明るい照明を得たように、また険しい山道で強力(荷を担ぎ、道案内してくれる人)を得たように、あちらへまわり、ここに寄り添って、日女御前の周りを取り囲んで必ず守ってくださるでしょう」(御書1244㌻、通解)
 広宣流布のために尽くしゆかれる皆さま方は、現在も、そして未来も、永遠に、必ず、厳然と守護される。これが、御本仏の絶対のお約束である。
 そして、そのために、大事な要諦として、大聖人が誡められた一点が、「悪知識を捨てて善友に親近せよ」である。
 成仏を妨げ、広宣流布を阻む悪知識は、徹底して破折していくことである。そして、善き同志の和合の団結を最大に守り、強めていくことである。
 さらに続けて、大聖人は仰せである。
 「この御本尊は、まったく、よそに求めてはなりません。ただ、われら衆生が法華経を受持し、南無妙法蓮華経と唱える胸中の肉団にいらっしゃるのです。これを『九識心王真如の都」というのです」(同㌻、通解)
 幾度も拝してきた、有名なび御聖訓である。
 妙法を唱え、広布に走る皆さま方自身の生命こそが、最も尊極な存在なのである。わが胸中にある、この仏の生命の都を、広々と、悠々と開き、輝きわたらせていくことである。
 大聖人は、「此の御本尊も只信心の二字にをさまれり」と明快に結論されている。
 ゆえに、信心強き人こそ、最も強き生命の大王者である。その大宮殿の境涯には、だれ人もかなわない。何ものも、壊すことはできない。
 そして、大聖人は、わかりやすく、こう仰せである。
 「(中国の李広将軍が放った)矢が石に立ったというのも、(石を父親を殺した虎と思い)父親の仇と信じぬいた一念の強さゆえである。まして、仏法においては、信が大事なのはなおさらのことである」(御書1245㌻、通解)
 勇気ある信心の一念が、どれほど無量無辺の力を秘めていることか。この大確信をもって、前進していくことである。
10  「三世の幸福」は仏法しかない
 不幸な人を幸せにしていく――これが仏法である。妙法である。だからこそ、私たちは、あえて悩に沈む人々のいるところに、願って生まれてくるのである。
 一人の人を根本から救う。これほど、すごいことはない。偉大なことはない。
 そして、ともどもに「衆生所遊楽」――最高に幸福な人生を楽しんでいけるのである。
 大聖人は「松野殿御返事」で仰せである。
 「退転することなく修行して、最後臨終の時を待ってごらんなさい。妙覚の山に走り登って、四方をさっと見るならば、なんとすばらしいことであろうか、法界は寂光土で、瑠璃をもって地面とし、金の縄をもって八つの道の境界をつくり、天より四種の花が降ってきて、空に音楽が聞こえ、諸仏菩薩は常楽我浄の風にそよめき、心から楽しんでおられる。われらもその数の中に列なって、遊戯し楽しむべきことは、もう間近である」(御書1386㌻、通解)
 三世にわたる永遠の幸福を築く道は、仏法しかない。信心を貫き、広宣流布のために戦いぬいた人が、偉大な幸福境涯を開くことは、絶対に間違いないのである。
 そして、死という厳粛な事実に臨む時、その境涯は燦然と輝きを放つ。
 生死は不二である。譬えるなら、人間が昼間は起きていて、夜に寝るようなものだ。
 偉大な人生を生きた人は、安らかな、夕日が燃え輝くような荘厳な死を迎えることができるのである。
11  ″公民権運動のおかげでアメリカの思想が変わった″
 きょうは、私たちの友人であるローザ・パークスさん(二〇〇五年十月逝去)らが立ち上がり、有名な「バス・ボイコット運動」を開始した日でもある。(一九五五年十二月五日)
 人権闘争の火ぶたが切られた、歴史的な日である。
 パークスさんは、回想されていた。
 「悪いことから、良いことが生まれるのです。私が逮捕されたことがきっかけとなり、モンゴメリー・バス・ポイコット運動が開始され、現在、公民権運動のうねりがもたらされました。そして、その運動のおかげで、アメリカの思想が変わったのです」(『ローザ・パークスの青春対話』高橋朋子訳、潮出版社)
 この運動の指揮をとったのが、若きキング博士である。
 この十一月二十四日から、インドの国立ムンバイ大学で「ガンジー・キング・イケダ展」が開催されている。(=十二月六日閉幕)
 私は、九四年一月、キング博士の盟友である、ハーディング博士ご夫妻とお会いした。この折、キング博士が体現していた「指導者としてのあり方」について、語ってくださった。
 それは、「親切であった」「いばらなかった」「ユーモアがあった」「皆の意見をよく聞いた」「勇気があった」「自分が矢面に立った」などである。すべての指導者が、心すべき点といってよい。
 ともあれ、「悪を無視することは、その共犯者になることなのである」(『黒人の進む道』猿谷要訳、サイマル出版会)とは、キング博士の渾身の叫びであった。
 悪とは差別である。人間性を踏みにじる偏見や無理解である。博士は、それらは執拗な抵抗を示すがゆえに、打ち破るには「不断の、不屈の努力による以外にない」(リローン・ベネット『マーティン・ルーサー・キング』中村妙子訳、新教出版社)と訴え続けた。
 これが、正義が勝ち続けるための、歴史の厳しい原則である。
12  「あなたも平和の創出者になれる」
 現在、「平和の文化の母」ボールデイング博士と、対話の連載を進めている。
 博士は、学会の女性の草の根の運動に、最大の信頼を寄せておられる。
 「あなたも『ピースメーカー(仲裁者=平和の創出者)』になれるのです」――多くの女性たちに対する博士のメッセージである。
 「平和の創出者」といえば、私は、民衆の大詩人ホイットマンの美しい追想を思い出す。
 彼は、名著『民主主義の展望』の中で、みずからの母から聞いた「平和の創出者」を紹介している。
 八十歳に近い、その女性は、農場で生活していた。とても明るい性格で、物事の道理をよくわきまえ、近隣を心から大切にし、とくに若い女性から慕われていた。彼女自身は、十分な教育を受けられなかった。しかし、人間として、すばらしい威厳と魅力に輝いていたのである。
 近所で、家庭のいざこぎや、面倒な問題が起こるたびに、地域の判事となり、相談人となり、世話人となり、調停者となって献身した。彼女は、地域で「ピースメーカー」と呼ばれ、深く信頼され、敬愛されていたのである。(『民主主義の展望』佐渡谷重信訳、講談社、参照)
 それぞれの使命の国土で、最高の地域友好、近隣友好に励んでおられる「ピースメーカー」こそ、わが創価の婦人部、女子部の皆さま方である。
 国際宗教社会学会元会長のドブラーレ博士も最大に讃嘆しておられた。
 「創価学会のメンバーは、隣人への深い尊敬を行動で表し、普遍的な慈悲である菩薩の最高の徳を実践している」(「聖教新聞」一九九八年十二月二十八日付)と。
 明年(二〇〇四年)一月を中心に、全国津々浦々で、婦人部の皆さま方の総会が、グループ単位で行われる。大成功を、妻とともにお祈りしたい。
 私が対談した、アメリカの女性の未来学者ヘンダーソン博士は語っておられた。
 「草の根の運動こそが、本来、すべてを動かしていく主役なのです」(『地球対談 働く女性の世紀へ』主婦の友社)
 全世界の創価の女性のスクラムの、爽やかな勝利の前進を心より祈り、私のスピーチとしたい。
 お体を大切に! 風邪をひかれませんように!
 強き祈りで生命力をわきいだし、「健康第!」で、価値ある前進の日々であっていただきたい。
 (東京・信濃文化センター)

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