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日蓮大聖人・池田大作

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全国最高協議会(2) 必要なのは勇気! 行動こそ仏法者の魂

2003.8.3 スピーチ(2003.7〜)(池田大作全集第95巻)

前後
2  トルストイが愛読したスイスの哲学者に、アミエルがいる。彼の有名な『日記』に、こうあった。
 「気力の抜けた者は不幸である」(『アミエルの日記』河野与一訳、岩波文庫)
 気力を失えば、敗残者である。そんな人間になってはならない。そんな人間とつきあえば、自分も不幸になるだけだ。
 気力があるのか、ないのか――人生で襲いかかる試練は、それを試しているともいえる。
 気力あふれる人間が勝つ。これが人生だ。
 限りない気力を生みだすのが、仏法である。
 アミエルは、こうも、つづっている。「善は勇気を必要とする」(同前)
 善をなそうとする者は勇気をもて! ということである。
 戸田先生は、「慈悲といっても、なかなか出ない。慈悲に代わるものは勇気である」と、よく語っておられた。
 われらには無敵の妙法がある。「世界一の勇気」で前進したい。
3  スイスの哲学者アミエル ″努力のなかに安息がある″
 「闘争、活動が法則なのだ。我々は努力の中にしか安息を見出さない」(同前)
 これもアミエルの言葉である。正しい。仏法に通じる真理である。
 仏法とは行動である。絶え間なき前進である。
 その行く手には、波浪もある。嵐も、吹雪の日もある。
 しかし、何があっても歯を食いしばって、負けない自分をつくっていく。それが「難即安楽」の仏法の実践である。
4  私は昨年秋(二〇〇二年十月)、ガーナのクフォー大統領と日本でお会いし、「アフリカの世紀」をめぐり、親しく語りあった。
 そのガーナの建国の父エンクルマ初代大統領は叫んだ。
 「われわれが心から協力してはたらきさえすれば、不可能事は存在しないことを、私は知っている」(『自由のための自由』野間寛二郎訳、理論社)
 そのとおりだ。協力である。団結である。異体同心である。
 「一つ心なれば必ず事を成ず」。これが仏法の「勝利の方程式」である。
5  文豪トルストイいわく。「なにもしないものは、よくないことをする」(『ことばの日めくり』小沼文彦訳、女子パウロ会)
 これまで、大恩ある学会を裏切り、反逆していった人間の実相も皆、そうであつた。自分が偉くなったと錯覚し、慢心になり、真面目な学会員を下に見て、日々の信心の実践を怠った敗北者の姿であった。
 私たちの広宣流布の人生は、「月月・日日につより給へ」である。「進まざるは退転」なのである。
 人生は、ぼんやりしていれば、あっという間に終わってしまう。だれに何と言われようが、何と非難され、責められようが問題ではない。大聖人直結の創価学会とともに進みぬいた人が最後は必ず勝利するのである。
 初代会長である牧口先生は言われた。
 「ひとの毀誉褒貶に左右されては、大善人とはなれない」
 全員が、師子となって立ち上がり、走りぬくのだ。そして、使命深き、この一生を、劇のごとく、舞を舞うがごとく、ともどもに勝ち飾ってまいりたい。
6  責任感から知恵が生まれる
 責任感から知恵が生まれる。会議の仕方ひとつとっても、「ああ、また同じだ」と思わせたら負けである。新鮮味がなくてはいけない。
 教学の研鑽も、皆がわかるよう、心を砕かなければ無慈悲である。教学は、人生に勝利し、広布を進め、邪悪を打ち破る″武器″であるからだ。
 幸福の根本の道は、信心しかない。それを忘れた虚栄の人生の末路は悲劇だ。わが子を広布の庭で育んでいくことである。
 リーダーはつねに学ぶことだ。向上することだ。私も青春時代、戸田先生から「本を読め」「良書を読め」と厳しく言われ、薫陶を受けた。それが最高の宝であった。
 リーダーが成長した分、広宣流布は前進する。これをどうか忘れないでいただきたい。
 広宣流布の人生は、最高の誇りと功徳と責任と幸福に生きる世界である。わが使命の天地に、歓喜と勝利の大法城を晴ればれと築いていただきたい。
 (長野研修道場)

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