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日蓮大聖人・池田大作

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第二十五回本部幹部会、全国青年部幹部会… 最高峰をめざせ! 広宣流布の若き英雄

2003.2.5 スピーチ(2002.8〜)(池田大作全集第94巻)

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2  世界の各地でSGIが輝く―
 また、海外二十カ国・地域から来日された皆さま、ようこそ! 本当に、ご苦労さま!(拍手)
 とくに、研修会でお越しくださった韓国の皆さま、新本部棟、おめでとう!
 (=地上十二階、地下五階。二〇〇三年四月、ソウルに落成)
 台湾の皆さま、目覚ましい拡大、本当におめでとう!
 イタリアの皆さま、新理事長とともに新出発、おめでとう!
 ブラジルの皆さま、新体制、おめでとう!
 さらに、オーストラリアの皆さま、テレビでのSGIのすばらしい紹介、おめでとう!
 (SGIの平和運動を紹介する特集番組「パワー・オブ・チャンテイング〈題目の力〉」がオーストラリアの国営テレビで放映。大きな反響を呼び、再放映も行われた)
 ニュージーランドの皆さま、「ガンジー・キング・イケダ」展の大成功、ありがとう!
 (オークランド、クライストチャーチ、ロトルア、ダニーデン、タウランガの各都市で開催)
 そして、パラオの皆さま、支部結成一周年、おめでとう!
 ここにお迎えしたパラオの初代支部長は、社会にあっては大統領特別顧問として、国家の重責を果たされている女性である。レメングサウ大統領からのすばらしいメッセージを、きょうの幹部会に携えてきてくださり、心から御礼申し上げたい。
 どうか、レメンゲサウ大統領に、くれぐれもよろしくお伝えください。(=名誉会長は二〇〇二年六月、同大統領と東京で会見している)
3  五十年前、トインビーが予見した宗教の復興
 一九五三年(昭和二十八年)、日本の新聞に寄稿して、″五十年後の西暦二〇〇三年の世界は、どう変化しているか″と遠大な展望をしていた大歴史家がいる。後に私が対談した、トインビー博士その人である。(「毎日新聞」一九五三年一月三日付に「五〇年後の世界 二十一世紀を語る」と題して)
 博士の二〇〇三年への展望の焦点は何か。それは「精神の真空状態」が広がるなかで、ふたたび宗教運動が興隆していくであろうという点にあった。その博士が晩年、新世紀の文明をリードしていく力ある宗教として、こよなく期待されたのが、私たち創価学会だったのである。(拍手)
 偉大な世界の学者は正視眼で見ている。博士の透徹した眼が見つめた二〇〇三年の今、学会は、これほどまでに青年が躍動し、これほどまでに世界的な広がりをもつ団体となった。
 まさに、博士の予測を創価学会は見事に実証したのである。きっと博士も、「わが意を得たり」と、微笑んでおられることであろう。
 トインビー博士と私の対談集(『二十一世紀への対話』。本全集第3巻収録)は、二十四の言語で出版されている。(=二〇〇五年十二月現在、二十六言語)
 これまで私がお会いした、世界の多くのリーダーも、この対談集を読んでおられた。チリの民主化の英雄エイルウィン元大統領、インドの哲人政治家ナラヤナン前大統領、インドネシアの精神指導者ワヒド前大統領、国連のガリ前事務総長も、愛読してくださっていた。
 世界の大学でも、トインビー対談が教科書として使用されてきた。
 私が名誉博士号・名誉教授称号等を拝受してきた世界百三十九の大学・学術機関でも、その多くが、この対談集を高く評価してくださったようである。
4  大聖人の哲学に世界が注目
 アメリカ実践哲学協会の会長であり、世界的に著名な哲学者のルー・マリノフ博士も、トインビ―対談に、深い理解と賞讃を寄せてくださった一人である。
 博士の著作はベストセラーとなり、その著作は四十力国以上で出版されている。(日本では『考える力をつける哲学の本』〈渡部昇一訳、三笠書房〉として出版)
 博士は、新たに発刊準備を進めている著書で、日蓮大聖人の仏法について論及してくださっている。間もなくイギリスの大手出版社から発刊される『大いなる問い――哲学はいかにして人生を変えうるか』という研究書である(=邦題『元気哲学』吉田利子訳〈角川書店〉として二〇〇四年に出版)。このニュースを聞いたイギリスの同志から、さっそく、ぜひ内容を教えてほしいとの声があった。
 私がうかがったところでは、この本には、人生の建設の知恵を与える古今の哲学者として、ソクラテス、プラトン、カント、孔子、さらには釈尊など、九十九人が挙げられている。この人類の精神の軌跡に輝く哲学者として、日蓮大聖人のお名前も、厳然と紹介されているのである。(拍手)
 また、光栄にも、その九十九人のなかに、私の名前が挙げられているとも、うかがった。現在、生存している人物で選ばれたのは、私のほかに、私もお会いしたアメリカの作家ヴィーゼル博士(ノーベル平和賞受賞者)など世界で五人という。
 私のことはともあれ、宇宙の英知の結晶である大聖人の大哲学、大仏法が、このような学問探究の次元においても宣揚されていくことは、本当にうれしい。世界広宣流布が進んでいる、重要な証明の一つだからである。(拍手)
5  マリノフ博士は、大聖人の「哲学の特質」について、「すべての人が、この一生において仏性を開発することができる」という希望に満ちみちた教えであると記している。
 さらに博士は、大聖人の事績として、「日蓮は、当時の腐敗した既成仏教に対し、改革の戦いを挑んだ」と述べておられる。
 われらも挑みたい。戦いたい。
 広宣流布は、人間と世界を改革する戦いである。大聖人ご自身が、その先頭に立たれた。
 戦わなければ、最高に価値ある人生は生きられない。それでは、むなしい一生である。
 戦わない青年、挑戦のない青年は、真の青年とは言えない。
 戦おう!
 また博士は、「日蓮は、法華経の真髄を南無妙法蓮華経という力強い題目として表現した。それは仏法の真髄を、一般の民衆の手に取り戻させるものであった」と、まことに的確な洞察をされている。
 そして、こうつづられている。
 「ソクラテスやイエス、ルターなどの改革者と同様、日蓮は、権力からの迫害にさらされた。死罪を危うく免れ、流罪に耐えねばならなかった。しかし、日蓮仏法は今日、創価学会インタナショナルとして全世界に興隆を遂げている」
 これが、世界的な哲学者の認識であることを知っていただきたい。(拍手)
 日本は小さい。世界に目を向けることだ。世界的視野に立ち、悠然と見おろしながら、この日本で勝利していっていただきたい。
 なお、博士が会長を務めるアメリヵ実践哲学協会では、「人間主義の哲学」の興隆に対する私たちの献身を、高く評価してくださっている。
 このほど、私が皆さまを代表して、同協会から「人間哲学貢献賞」を受賞することが決まった。
 ここに謹んで、ご報告申し上げたい。(拍手)
6  みずからの信念に生きる勇気を
 マリノフ博士は、十五歳で父を亡くし、不幸にも、二人の弟も亡くされた。若くして、大きな悲しみや苦しみを毅然と乗り越え、勝ち越えて、わが人生をつくり上げてきた方である。それだけに、博士の哲学は、深く、優しく、そして強い。
 人生の哲学をもつ人は強い。仏法の大哲学をもつ皆さまは、強く、また強く生きぬいていただきたい。
 マリノフ博士は、こうも語られている。
 「私たちは、何があっても、みずからが信ずるままに生きる勇気を持たねばなりません。そうした勇気は、人格の強さから生まれてくるものです」
 そのとおりである。また、勇気こそが、強き「人格」をつくる。勇気と人格は一体である。
 さらに博士は、「人生の困難に直面することは、鉄を火に入れて鍛えるようなものです。その意味で、私は仏法の″変毒為薬の法理″に、深い真理を見ております」と述べておられる。本当に慧眼の博士である。
 ともあれ、何があっても負けないことだ。
 わが青年部は、創価学会の後継ぎである。人類を救う英雄である。英雄は、負けてはならない。
 三世永遠に、どんな困難にも断じて負けない――これが英雄の条件だからだ。
 私も、信心して五十五年、絶対に負けなかった。嫉妬の攻撃にも、全部、勝った。何ものにも壊されない金剛不壊の仏の生命。それを涌現させるのが信心である。人間革命である。
 青年部の皆さんは、人々の幸福のため、社会の平和と繁栄のために、「哲学の究極」である仏法を、現実の上で実践している。これほど崇高な、価値ある青春はない。これほど充実した、最高の人生の道はない。皆さんは、全人類の先端を走っている。世界の青年の模範なのである。
7  ルソー「悪に対して強い」のが真の正義の人
 戸田先生は、本当に偉大な師匠であられた。私の青春は、毎日が誠繊であり、毎日が闘争であった。そして毎日が勉強であった。
 先生とは、いろいろなことを話した。フランスの思想家ルソーについても語りあった。
 ルソーは、真実の正義の人間とは、悪に対して強い人間であると論じている。(「ボルド氏への最後の回答」の注で、ルソーは「正義の人は悪人をけっして許すことができない」「悪人に対して恐るべき人間になりえないとしたら、どうして彼は善良な人間でありえようか」〔山路昭訳、『ルソー全集』4所収、白水社〕と、ある王の言葉を挙げている)
 悪と戦わない人間は、正義ではない。強い人間ではない。ずるい人間である。
 戸田先生も「どんなに人柄が良くても、立派そうに見えても、悪に対して弱い人間、悪と戦わない人間は、結局、正義がない。信念がない。本当の人格がない。ずる賢い人間だ」と、厳しく喝破しておられた。
 幹部であっても、戦うべき時に戦わなければ、福運を消してしまう。仏法は厳しい。
 日蓮仏法の根幹である「御義口伝」には、「功徳」の意義として「悪を滅するを功と云い善を生ずるを徳と云うなり」と説かれている。私の好きな一節である。
 生命の悪を滅し、善を生ずる――これが「功徳」である。
 悪と戦うことが、どれほどすばらしいか。全部、自分自身をつくり、絶対の幸福境涯をつくることにつながる。
 広布のために悪と戦えば、功徳がある。戦わなければ功徳はない。私の後に続くのだ――こう大聖人は繰り返し、教えておられる。
 創価学会は、大聖人の御聖訓どおりの「広宣流布の団体」であり、「折伏の団体」である。「最極の人間の結合」なのである。(拍手)
8  時代は、ますます乱世である。これは社会の指導者の責任である。だからこそ民衆が強くなることだ。正義の声をあげることだ。
 善悪の基準も乱れている。何が善で、何が悪か、わからない。
 テレビに出れば有名。何か書けば有名。それをもてはやす世間の風潮に流されるだけでは、底が浅いし、危ない。真実の正しい思想がわからない。
 まさに、仏法で説く「闘諍言訟」――「争いや論争が絶えない」悪世末法の世相である。
 流罪された佐渡の地で、大聖人は、こう喝破された。
 「畜生の心は弱きをおどし強きをおそる当世の学者等は畜生の如し
 社会を正しくリードすべき人間が、自分のことしか考えない。相手が強ければ媚びへつらい、弱いと見れば脅し、いじめる――今の時代も同じである。情けない行動基準の日本になってしまったと憂える人は多い。
 ゆえに、わが創価の青年よ、「師子王の心」を取り出して、断じて強くなれ! 強くなれ! 徹して賢明であれ! そして勝利せよ!――こう私は叫びたい。
 二十一世紀の命運を決しゆくのは、わが創価の青年群である。未来は青年に頼む以外ない。
 青年部の諸君は、次なる創価学会の建設へ、全責任を担い立ってもらいたい。(拍手)
9  いかなる迫害があっても、大聖人の大難から見れば、九牛の一毛(取るに足らない小事)にすぎない――とは、牧口初代会長の有名な言葉である。
 牧口先生は軍部権力と戦った。投獄されてなお、「大聖人と比べれば、大したことではない」と達観されていた。これが私どもの師匠である。
 大聖人は「日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず」と仰せである。
 臆病であっては、日蓮門下とは言えない。功徳も出ない。創価学会の栄えある青年部ではない。
 烈々たる「攻撃精神」――これが学会青年部の伝統である。
 私も青年部時代、不当な迫害とは断固、戦った。どんな相手であろうと、一人、堂々と正義の論陣を張った。そういう青年部であってもらいたい。
 組織で威張って、悪とは戦えない――そんな臆病な、情けない人間に絶対になってはならない。
 「攻撃精神」「破折精神」「折伏精神」こそ、日蓮仏法の真髄であり、創価学会の魂である。
 わが師・戸田先生は、厳然と遺言された。
 「嫉妬に狂った中傷批判など、歯牙にもかけるな! しかし、最後は叩きのめせ! クセになるから」と。
 この精神を忘れないでいただきたい。青年部の諸君、よろしく頼む!(拍手)
10  エベレスト初登攀より五十年、成功の要因
 さて、今年は、地球の最高峰であるエベレストの初登攀より五十周年である。
 一九五三年(昭和二十八年)の五月二十九日、その山頂に、初めて人類は立った。(イギリス登山隊に参加したヒラリー〈ニュージーフンド〉とシェルパのテンジン〈ネパール〉が初登攀した。エベレストは、中国名「チョモランマ」、ネパール名「サガルマータ」)
 エベレストといえば、今、この会場(創価国際友好会館)には、私が撮影したヒマラヤの写真が掲げられている。夕暮れ時。茜色に染まるヒマラヤの山々と夕餉の煙――ネパール・カトマンズ郊外の丘で撮った作品である。(九五年十一月三日)
 でこぼこの山道を車で約一時間。ひっくり返るような思いをしながら(笑い)、やっと目的地に到着すると、早くも夕闇が迫っていた。陽が沈んでしまえば、撮影はあきらめざるをえない。
 シャッターチャンスは数秒しかなかった。私は一気に、何度もシャッターを切った。
 この時、丘で遊んでいた子どもたちと交流したことも懐かしい。
 (ヒマラヤの写真について、モンゴルの国民的画家ツルテム氏は言った。
 「これは『一瞬』を超えた写真です。哲学があり、芸術があり、物語を紡ぎ出す確かな眼がある。ただ現地に行きさえすれば、このように見ることができるというものではない。私もヒマラヤの絵を描いてきましたが、こんなふうに描くことは不可能です」〔「聖教新聞」一九九七年八月十五日〕)
11  エベレストの登攀が大変な困難であったことは、間違いない。
 零下二〇度を越す、創造を絶する寒さ。秒速四〇メートルにおよぶ烈風。
 風は「千頭の虎のように吠えていた」(J・R・アルマン記『ヒマラヤの男』井上勇訳、紀伊国屋書店)――初登頂したテンジンは、こう
 述懐している。
 瞬時の油断も許されない。その極限状態のなか、イギリスの登山隊は、雄々しく踏破していったのである。
 イギリス隊のエベレスト登攀が成功した要因は何であったか? さまざまな観点から論じられるが、その一つは「早くからの準備」にあったと言われている。
 登攀のニカ月ほど前からヒマラヤに入り、体を高地に慣らすなど、十分な訓練を積んだ。
 事前の準備が大切である。座談会や折伏に行く場合でも、仕事に行く場合でも、すべて「早く準備した」人が勝つ。
 最も大切にして根本の準備は、勤行・唱題である。「絶対に勝つ!」と強く決意し、御本尊に祈ることが「最高の準備」となる。祈りもなく、準備もなく、行き当たりばったりで、その場で要領よく戦おうとしても、確実な勝利はつかめない。
 剣豪・宮本武蔵も、無条件に強いイメージがあるが、そうではない。
 有名な佐々木小次郎との「巌流島の決闘」。この時、武蔵は、″物干竿″と呼ばれる小次郎の長刀よりも、ずっと長い木刀を用意した(『二天記』などによる)。勝つために、″きちんと準備した″という、とらえ方もできるだろう。
 ともあれ、いかなる勝負も、「先んずれば人を制す」である。自分らしく、全力で、勝利への準備をすることだ。「準備がある人」「勝利の決意がある人」には、だれ人もかなわない。
12  さらに、イギリス隊の勝利は「先入観を捨てた」勝利であったとも言われる。
 彼らが登った道は、それまで数々の登山隊が、「あの道は無理だ」と避けてきた、非常に険しいコースだった。しかし、入念な調査の結果、そこに新しい道筋を発見し、勝利への活路を見いだしたのである。
 (イギリス隊は、「通過不可能」とされていたエベレスト南面のルートを選んだ。
 初登頂したヒラリーは述懐する。
 「登ることは出来そうに見えた」「確にそれは難しいルートには相違ないようだが、一つのルートであるには違いないと思えたからだ」〔〔『わがエヴェレスト』松方三郎・島田巽訳、朝日新聞社〕)
 また、「頂上を必ず極めて見せる」との中心者の断固たる執念が、一貫して隊員を支えた。
 一念三千である。リーダーの「断じて登ってみせる!」との強い精神が、隊員の心に「勇気の炎」をともし続けたのである。
 そして、何よりも大きな勝因は「チームワークの良さ」にあった。仲が良かった。がっちり連携が取れていた。
 イギリス隊の隊長は、誇りも高く語っている。
 「われわれは至高の奮闘を共に分ちあい、壮麗無比な光景を眺め、相互の間に不滅の友情を築き上げ、その友情の実が熟してこの成果(=エベレスト初登頂)となったのを目撃した」(J・ハント『エベレスト登頂』田辺主計・望月達夫訳、『世界探検全集』「15、河出書房新社)
 わが創価の青年部の友情も、こうあっていただきたい。友情は永遠の力である。(拍手)
 (=エベレスト登攀については、編集部でまとめるさい、主に次の本を参照した。J・ハント『エベレスト登頂』田辺主計・望月達夫訳、『世界探検全集』15、河出書房新社。E・シプトン『エヴェレストヘの長い道』深田久弥訳、『世界教養全集』22所収、平凡社。深田久弥『ヒマラヤ登攀史』岩波新書。N・テンジン述、J・R・アルマン記『ヒマラヤの男』井上勇訳、紀伊國屋書店。E・ヒラリー『わがエヴェレスト』松方三郎・島田巽訳、朝日新聞社)
13  苦労を避けず、一歩一歩、広布の歴史を築きゆけ
 エベレストの初登攀が成し遂げられた当時、私は、弱冠二十五歳の青年であった。
 男子部の第一部隊長として、「広宣流布の山」への登攀を、本格的に開始した年である。
 「広宣流布の旗」である第一部隊旗を、戸田先生から直接、お受けした誉れの歴史を、私は絶対に忘れない。それから、今年で、ちょうど五十年となる。
 青年部の皆さんのために、ぜひ申し上げておきたいことがある。
 苦労せずして、土台ができるわけがない。確固とした土台なくして、本物にはなれない。そこを絶対に、勘違いしてはいけない。苦労を避け、すぐに偉くなろうとする、ずる賢い人間は、最後は必ず崩れていくものだ。
 信心の世界は皆、平等である。仏法の厳しき因果に一切、差別はない。
 ともあれ、きょうは、歴史的な男子部の「全国地区リーダー大会」、女子部の「全国ヤング・リーダー大会」、おめでとう!(拍手)
 皆さんは「これからの人」である。大切な方々である。私は本当にうれしい!(拍手)
14  現在、私が対談を進めている、ロシアの宇宙飛行士セレブロフ博士は言われている。
 「創価学会は今の世界にとって、なくてはならない存在だと思います。私は、創価学会とSGIの未来に大いに期待します。その運動を支える人々は、高貴な人生を生きる方々です。そのような人々が、地球上にもっともっと多くなっていくことを、私は願っています。そうすれば、戦争もなくなり、世界の悲惨な出来事ももっと少なくなることでしょう」
 (=名誉会長と博士は総合月刊誌「潮」で、対談「宇宙と地球と人間」を連載。潮出版社から二〇〇四年十一月に発刊)
 広宣流布は、人類の精神を最高峰へ向上させゆく、果てしなき高貴な挑戦である。これほど、永遠にわたる大偉業の人生はない。このことを深く強く確信していただきたい。
 もちろん、現実は、さまざまな苦労もあるだろう。しかし、大切なことは、一つ一つの眼前の戦いを、また一日一日を、爽快に勝ちゆくことだ。そして自分自身の栄光輝く、誉れ高き青春時代を歩んでいくことである。
 自分のために、お父さん、お母さんのために、同志のために、そして、世界の平和を築く、偉大なる仏法のために、この一生を、晴れやかな勝利で飾っていただきたい。(拍手)
15  世界を導く新たな英雄の出現
 全国そして全世界の婦人部の皆さま方、さらにまた、多宝会の皆さま方をはじめ、全同志のご健康とご長寿を、心よりお祈り申し上げたい。
 壮年部の皆さま。厳しい不況にも負けないで、戦い進んでいただきたい。私も、お題目を送ります。
 大聖人御聖誕、また戸田先生の誕生の月であるこの「伝統の二月」、創価の勝利の春へ、希望に燃え、確信に燃えて、前進また前進したい。断固、勝利を勝ち取りましょう!(拍手)
 きょうはイギリスの友も見えておられる。終わりに、イギリスの箴言を紹介したい。
 著名な思想家であり歴史家であるカーライル。彼は、一七九五年、スコットランドに生まれ、一八八一年のきょう(二月五日)、八十五歳で亡くなった。その著作『英雄と英雄崇拝』は世界的に有名で、私も青春時代、よく読んだものである。
 この本では、歴史を創ってきた英雄について、さまざまな角度から光をあてて論じている。
 「信仰の英雄」「言論の英雄」「思想の英雄」「行動の英雄」――まさしく創価学会であり、皆さまである。
 世界が多くの面で行き詰まっている今こそ、世界を正しい道へと導く、新らたな英雄――勇気ある善の人間が数多く出現する以外に、人類の未来はない。
 創価学会が出現した意義の一つも、ここにあると私は信ずる。
16  カーライルは言う。
 「世界の偉大な深遠な法則にわが身を合致させる限りにおいて、正しく、無敵であり、有徳であり、確実な勝利への途上にある」(『英雄と英雄崇拝』入江勇紀雄訳、『カーライル選集』2,日本教文社)
 私どもにとって「偉大な深遠な法則」とは、宇宙の根本法である南無妙法蓮華経である。
 御本尊に勤行・唱題し、わが身を合致させ、境智冥合した時、自身のうちに偉大な智慧がわく。そして、確実に「大勝利の人生」の軌道を進んでいけるのである。
 さらに、カーライルは断言する。
 「低劣な連中は、いかに金メッキをしても、いかに紋章を作っても、いかに免状をもらい、宣伝され、はなやかに照らし出されても、低劣にはかわりがなく、それ相応の運命をたどらねばならぬのである」(『過去と現在』上田和夫訳、同選集3)
 仏法の世界にあっても、善の民衆を踏みにじる「低劣な連中」が悲惨な末路をたどることは絶対に間違いないのである。
17  長時間、ありがとう!
 全同志の健康と福運と無事故、そして、一家一族の方全員が、悔いなき幸福な人生、安穏の人生を送りゆかれることを、私は心から祈ります。
 海外の皆さま! 遠いところ、たいへんにご苦労さま! 帰られましたら、わが同志に、くれぐれも、よろしくお伝えください。いつまでも、お元気で!
 女子部の皆さま! お父さん、お母さんを大切に。どこまでも聡明に進んでください。
 きょうは、本当にありがとう! 青年部、万歳!
 (創価国際友好会館)

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