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日蓮大聖人・池田大作

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北陸・信越合同研修会 「正義の人材」を全世界ヘ

2001.8.21 スピーチ(2001.8〜)(池田大作全集第93巻)

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2  私の好きな、哲学者プラトンの言葉に、こうある。
 「正しくて真実であると思われることは、何としてでも語らなければなりません」(池田美恵訳、『法律』所収、岩波文庫)
 私の″文学の教科書″ともいうべき、ドイツの大文豪ゲーテも言っている。
 「真理というものはたえず反復して取り上げられねばならないのだ。誤謬が、私たちのまわりで、たえず語られているからだ」「いたるところで誤謬はわがもの顔をしている。自分の味方が多勢いると感じているから、いい気になっているわけさ」(『ゲーテとの対話』山下肇訳、岩波文庫)
 ゆえに私たちは、正義の言論を放たねばならない。真実を語って語って語りぬくことだ。
 さらに、アメリカの女性の社会運動家、ジェーン・アダムズは言う。
 「正義を確立するためにいかに時間がかかろうとも、また、そのためにいかに困難な道を歩もうとも、正義が安定するまで止まってはならない」(『ハル・ハウスの20年』柴田善守訳、岩崎学術出版社)
 わが人生、最後まで、友の幸福のために祈って祈って祈りぬき、行動しぬいていくことだ。
 戦う人がいる。戦いに負ける人もいる。戦いをやめる人もいる。戦いぬいた人だけが「仏」になる。それが本当の勝利者である。
3  牧口先生の故郷・信越、戸田先生の故郷・北陸の勝利
 牧口先生の生まれ故郷の信越と、戸田先生の生まれ故郷の北陸は、堂々たる広宣流布の大勝利を飾られた。
 今年は、牧口先生の生誕百三十周年、戸田先生の会長就任五十周年である。両先生が喜ばれ、皆さま方を讃えておられる笑顔が、目に浮かぶ。
 日蓮大聖人は、信越の先輩にあたる、在家の阿仏房に対して仰せである。
 「あなたは、まさしく北国の導師とも言うべきであろう。浄行菩薩が生まれ変わって日蓮を訪ねられたのであろうか。不思議なことである」(御書1304㌻、通解)と。
 広布へ駆ける皆さまこそ、二十一世紀の「北国の導師」たる方々である。
 どうか、「北陸広宣流布」「信越広宣流布」の偉大なる指導者として、永遠不滅の歴史を残していただきたい。
 北陸も信越も広い。広大な地域にあって、とりわけ、婦人部の皆さまが、来る日も来る日も、法のため、人のため、社会のため、未来のために、どれだけ歩きに歩き、どれだけ走りに走り続けてこられたことか。
 私は、皆さま方の代表に、「日本一 走り続けた 婦人部長」との言葉を贈らせていただいた。
 大聖人は、「(妙法の良薬を持つ)この女性が道を行く時は、四菩薩(上行菩薩・無辺行菩薩・浄行菩薩・安立行菩薩)もともに道をお行きになる。(女性から四菩薩が離れないさまは)たとえば、影と身、水と魚、声と響き、月と光のようなものである」(御書1306㌻、通解)と仰せである。皆さまの歩む道は、永遠に常楽我浄の「幸福の道」「希望の道」「和楽の道」「福徳の道」なのである。
 大聖人は、北陸のことも、信越のことも、よくご存じであられた。
 大難を耐え忍ばれた、新潟・佐渡の天地はいうまでもなく、御書の中には、信濃(長野)の殿岡(飯田)、諏訪湖、越中(富山)の立山、加賀(石川)の白山等の名前も挙げられている。
 使命深き天地で、皆さま方は広宣流布を進めておられる。大聖人の御賞讃は間違いない。無量無辺の福徳につつまれないわけがない。
4  アメリカ創価大学を全米メディアが報道
 この八月二十四日には、待望のアメリカ創価大学オレンジ郡キャンパスの入学式が、いよいよ挙行される予定である。(=八月二十四日、第一回入学式が行われ、世界十八カ国百二十人の学生が入学。各界からの来賓など約千人が出席し祝福した)
 信越と北陸が生んだ、稀有の人間教育者、牧口先生と戸田先生の壮大な夢を実現することができ、これほどうれしいことはない。
 アメリカ創価大学は、信越、北陸の地元紙でも大きく注目され、紹介された。
 入学式を前に、アメリカの教育界はもとより、全米の各界からの関心と期待は、いよいよ高まっている。ご存じのとおり、先日は、世界の一流紙である「ニューヨーク・タイムズ」紙にも大々的に報道された。
 全米各地の新聞などのメディアでも、続々と報じられている。八月十六日には、有名なAP通信社が、アメリカ創価大学のオープンを伝えるニュースを配信。CNNネットワークやABCニュース、「ワシントン・ポスト」紙をはじめ、全米四十におよぶ主要なメディアが、このニュースを取り上げ、報道した。
 「シカゴ・トリビューン」紙は、「新たな大学が、地球市民意識を掲げる――仏教の理念に基づいたカリフォルニアの大学が、模範をめざす」との見出しで報道。
 これらの記事では、世界平和の理念に共感し、アメリカ創価大学への進学を決意した一期生の声も紹介されている。また、世界市民教育をめざす大学の理念やカリキュラムをはじめ、真の人間教育の実現のため、理想に燃える教員の意気込みなども、つづられている。
 このほか八月十九日付の「ロサンゼルス・タイムズ」紙は、「新しい景観の大学――日本の仏教団体の支援を受けたアリソビエホ市の創価大学は、平和と教養を強調」と題する特集記事を掲載。多くの紙面を割いて、大学の理念や施設、ユニークな制度やカリキュラム、教職員や学生の声などを紹介している。
 アメリカ創価大学が、仏教の理念を基盤とする大学であることにも注目し、「創価学会は、アメリカに大学を創立することにより、アメリカの伝統に続くことになる。(ハーバード大学をはじめ)全米の多くの大学は、宗教的基盤をもった大学なのである」とも述べられている。
 地元オレンジ郡はもとより、全米各界が、アメリカ創価大学をあたたかく見守り、歓迎してくださっているのは、ありがたいことである。
5  アメリカ創価大学のキャンパスを目のあたりにした方々から、深い理解と賛同の声が寄せられている。
 五月三日の開学式にも出席してくださったポーリング・ジュニア博士(ライナス・ポーリング博士の子息で、高名な医学者)は、こう語っておられる。
 「アメリカ創価大学で、いちばん立派な建物は、高い丘の上にある学生寮です。大学の宝は、そこに学び、卒業し、社会に貢献する学生たちです。学生を慈しみ、未来を託す創立者・池田博士の思いが伝わってきます」と。
 「学生第一」「学生根本」が、牧口、戸田両先生以来の創価教育の精神である。
6  牧口先生「青年は希望に燃えて前進せよ」
 牧口先生について、教え子の方々が、先生を慕い、偲びながら、さまざまな回想を残されている。
 牧口先生が白金小学校の校長を務めていた時のことである。牧口先生は、校長でありながら、ご自身も、国語や算数、修身などの授業を担当されていたという。校長となっても、つねに教育現場の最前線に身を置いて、愛する子どもたちとふれあっておられた。
 牧口先生は、習字も教えておられた。そのさい、書の基本について、こう語られたそうである。
 「書は、個性を字に表すことであって、一人一人の字は違っていてよい。そういう違いのなかでも、共通する大事なことは、希望に燃えていること、前進していく気持ちが表れていることである」と。
 この「つねに希望に燃えて、前へ進んでいく」心を、牧口先生はつねづね、強調されていた。よく次のようにも話されたという。
 「人間はつねに前進していかねばならない。つねに生きがいをもって、前進していくことだ。もちろん、人間であるから、時には失敗したり、間違ったりすることもあるだろう。その時は、反省すればよい。反省しなければ、前進はありえない。それが、最近、世の中を見ると、『反省とは″後ろ向きの教え″だから、してもしようがない』という人がいる。しかし、反省と後悔は違う。それを混同している人が多い。後悔をしても、しようがない。反省して前進していくのだ」
 まことに味わい深い教えである。
7  当時の学校教育では、「教育勅語」の学習が必須とされていた。多くの教師は、子どもたちに頭ごなしに暗唱させた。しかし、牧口先生はまったく違っていた。
 たとえば、「教育勅語」の「一旦緩急あれば義勇公に奉じ」(危急の場合は、義勇を国に捧げ)のところでは、牧口先生は、こう教えられた。「平和が大事である。平和を考えていきなさい。平和を守れば、『緩急あれば』などということは必要ない」と。
 教え子の方は、「牧口先生は、軍国主義の教育はまったくされなかった。『平和しかない』と教えた。あの時代の中で、まったく驚くべき教育でした」と述懐されている。
 世の中すべてが戦争へと傾斜していくなか、平和教育を推進されたのである。
 また、牧口先生は、『人生地理学』において、人道的競争の理念を示されるとともに、紛争防止のために信頼を醸成していくという、現在の「予防外交」にも通ずるビジョンを抱いておられた。
 この勇気、この先見、この信念――牧口先生の偉大さは、調べれば調べるほど、いよいよ深く胸に迫ってくる。
 「どんな劣等生も、必ず優等生にしてみせる」「皆を自分以上に偉大な人物にしてみせる」――これが、牧口先生、戸田先生の一貫した慈愛であり、気迫であられた。
 今、牧口先生、戸田先生の精神を受け継ぐ教育部の先生方が、信越、北陸をはじめ日本中、世界中で立ち上がり、活躍されていることが、私は本当にうれしい。
8  ソロー″人に会いにいこう! わが思想を存分に叫べ″
 歴史上、アメリカを代表する知性であり、『市民の反抗』を発表して″世界の歴史を変えた″とまで評される哲人が、ソローである。その思想は、トルストイ、マハトマ・ガンジー、そしてキング博士にも多大な影響をあたえた。
 私は光栄にも、この先哲の精神を継承する「ソロー協会」の「終身名誉会員」にさせていただいた。現在、世界的なソロー研究者のポスコ会長、マイアソン事務総長のお二人と、ソローをめぐる対話を進めている。お二人はアメリカ創価大学も視察され、深く感銘されていた。
 ソローは語っている。
 「ぼくには生きること自体が楽しみとなっていて、ついぞ鮮度の落ちたことがない」(『ウォールデン』酒本雅之訳、筑摩書房)
 「ぼくは、いわゆる善良な人に会いに出かけてゆき、ぼくが叫ぶことのできる唯一の思想を思う存分叫ぶ」(「独自な思想」島田太郎訳、『H・D・ソロー』所収、研究社出版)
 「ひとつ、だれがいちばん強いか試してみようではないか。多勢だからといつて、どれほどの力をもっているというのだろう? 私よりも高い法則に従うひとたちだけが、私を強制することができるのだ」(『市民の反抗』飯田実訳、岩波書店)
 生きる喜びを語りぬくことだ。人生の真実を訴えぬくことだ。たとえ一人であっても、その叫びは多くの人々を目覚めさせ、時代を動かす力となる。それが「創価」の運動である。
9  日蓮大聖人が、信越の女性門下、千日尼にあてた御手紙に、一つの譬えがある。謗法不信を厳しく戒められたものである。
 「海上を船に乗っていくのに、船は、粗悪でなくても、水が入れば沈み、必ず船中の人々は一時に死んでしまう。また、畷(水田のあぜ)は堅固であっても、蟻の穴があれば、必ず最後は、湛えた水が溜まることはない」(御書1308㌻、通解)
 これは、深く肝に銘ずべき道理である。組織であれ、個人であれ、事業であれ、どんな堅牢を誇っていても、ちょっとしたところから崩れてしまうものだ。「これくらいはいいだろう」と思う油断と慢心から、破綻が始まる。
 些細なところを見逃さず、素早く的確な手を打っていくのが、指導者の役目である。それが、さらに発展できるかどうかの重大な分かれ目となることを、忘れてはいけない。
10  祈りは最高の戦力、無限の闘争の力
 広宣流布の戦いは、まず、祈りから出発する。佐渡で認められた「生死一大事血脈抄」には、こう仰せである。
 「総じて日蓮の弟子檀那等が、『自分と他人』『あちらとこちら』と隔てる心なく、水と魚のような一体の思いになって、異体同心で南無妙法蓮華経と唱えたてまつるところを、生死一大事の血脈と言うのである。しかも今、日蓮が弘めていることの肝要は、これなのである。もし、そうであるならば(弟子檀那等がこれを実行するならば)、広宣流布の大願も実現するであろう。そればかりか、逆に、日蓮の弟子のなかに異体異心の者があれば、それはたとえば、(城を守るべき)城者が(かえって)城を破るようなものである」(御書1337㌻、通解)
 要するに、異体同心の信心で、皆が心を一つにして、一緒になって祈っていくことである。
 皆で、破邪顕正の勝利を祈ることが、師子王の題目となる。皆で祈れば、広宣流布の歯車は、勢いを増して回転していく。
 祈りこそが「最高の戦力」であり、「無限の闘争の力」なのである。
11  偉大なる精神の勇者に
 御聖訓には、「一切の草木は地より出生せり、是を以て思うに一切の仏法も又人によりて弘まるべし」「されば持たるる法だに第一ならば持つ人随つて第一なるべし」と仰せである。
 人間としてもっとも偉い人、もっとも神々しい人は、どういう人か。それは、何があっても微動だにせず、愚痴も文句も言わず、ひたすら広宣流布の戦いに黙々と行動する人である。これが、御書の教えである。
 法華経の人間学である。
 学会活動を貫く人は、大変なようでありながら、知らずしらずのうちに、生命に、どんどん功徳が積まれていく。ぐんぐん人間革命がなされていく。
 妙法の功徳は、冥益である。たとえ、すぐに目に見える形で表れなくとも、確実に、着実に、すべてがいちばん、良い方向に向かっていく。それこそが、もっとも深い功徳なのである。
 広宣流布のために働く以上に尊いことはない。学会活動しぬいた人に、かなうものはない。偉大なる精神の勇者に勝るものは絶対にない。
 どうか、この大確信をもっていただきたい。その人は、臨終にあっては、多くの仏が手を取り、霊鷲山に導いていくと説かれている。
 「生死一大事血脈抄」には、「何と喜ばしいことか。一人や二人の仏ではない。百人や二百人の仏でない。千人もの仏が迎えに来てくださり、われらの手を取って(霊山に導いて)くださる。それを思えば、歓喜の感涙を抑えられない」(御書1337㌻、通解)と仰せである。
 戦いきった人は、いかなるかたちで亡くなろうとも、最高に幸福な、最高に歓喜にあふれる三世の旅路を進んでいくことができる。そして、生まれたい所に、生まれたい時に、自由自在に、生まれてくることができる。これが、三世の生命を貫く妙法の偉大な力なのである。
 生命は永遠である。永遠の生命であるからこそ、今が大切なのである。
 仏法は、「過去の因を知らんと欲せば其の現在の果を見よ未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ」と説く。永遠の勝利が、すべて、今の戦いで決まっていくのである。
12  わが子に信心の継承を
 大聖人は、信越ゆかりの四条金吾に「仏法と申すは勝負をさきとし」と、また、「仏法と申すは道理なり道理と申すは主に勝つ物なり」と仰せである。(四条金吾は現在の長野などに所領があった)
 さらに、北陸ゆかりの大田金吾にも、「そもそも(世間の道理である)俗諦のなかにおいても、(仏が説きあらわそうとした究極の真理である)真諦のなかにおいても、勝負をもって要とし」(御書1002㌻、通解)と仰せである。(大田金吾は越中に領地があったとされる)
 北陸も、信越も、さらに連戦連勝の広宣流布の前進と拡大をお願いしたい。
 大聖人は、阿仏房と千日尼の夫婦が、子どもに信心を教え、受け継がせたことを、心から讃嘆しておられた。御書には、「其の子藤九郎守綱は此の跡をつぎて一向法華経の行者となりて」と記されている。どうか北陸、信越は、信心の継承、後継者育成においても、「模範のなかの模範」であってほしい。「正義の人材」を全世界に送り出してもらいたい。
 「二十一世紀の牧口常三郎」を、二十一世紀の戸田城聖」を、陸続と育てていただきたい。
 明年(二〇〇二年)は、佐渡での塚原問答から、七百三十年。
 御聖訓には、数百人の邪僧らを、大聖人が破折されていく様子を、「利剣をもて・うりをきり大風の草をなびかすが如し」と仰せである。
 わが北陸青年部、わが信越青年部よ、快刀乱麻の切れ味で、そして、大風のごとき勢いで、堂々たる正義の拡大をと私は祈り、期待している。
13  最善を尽くして、充実の人生を
 ヘレン・ケラーの言葉を贈りたい。
 「障害を超えて大望を抱くことや、偉大な事業に崇高な意欲を燃やしてその達成に努力することこそ、成長するための現実的な方法である」(『ヘレン・ケラー 光の中へ』島田恵訳、めるくまーる)
 「最善を尽くしていれば、わたしたちの人生に、あるいは他の人の人生に、どんな奇跡が起こるかわかりません」(フィオナ・マクドナルド『ヘレン・ケラー』菊島伊久栄訳、偕成社)
 とくに女子部、婦人部の皆さんは、同じ女性として、あらゆる困難に打ち克った彼女の信念を心に刻んでいただきたい。
14  わが愛するホイットマンはうたう。
 先駆者よ! おお、先駆者よ!
 あらゆる過去を背後にのこし、
 わたしたちは、さらに新しい、さらに強力な世界へ、変化のある世界へと進出する、
 新鮮に力強くわたしたちは、世界を把む(『ホイットマン詩集』木島始訳、河出書房)
15  広宣流布の先駆者である皆さま方にとって、この夏季研修が有意義で、歴史的なものとなることを深く祈りたい。お帰りになられたら、同志の皆さま方に、くれぐれもよろしくお伝えいただきたい。いつまでも健康で、充実した人生を! ご長寿で、大福運を積まれゆく一日一日を! 皆さまの幸福を私は毎日、一生懸命に祈っている。
16  今回の研修の記念に和歌を贈りたい。
 まず北陸の皆さまに。
  北陸の
    広布の黄金の
      心持つ
  連帯 尊く
    未来は頼もし
  
  断固たる
    創価の信心
      忘れずに
    大北陸に
      大城築けや
  
  ひたすらに
    祈り祈らむ
      皆さまの
    健康長寿と
      楽しき旅路を
17  そして、信越の皆さまに贈りたい。
  来る年も
    また来る年も
      幾山河
    歩み走りし
      尊き歴史よ
  
  寒風も
    練磨の修行と
      厳然と
    功徳の王者の
      歩みし道かな
  
  朗らかに
    また晴れやかに
      この一生
    勝利の長者と
      楽しく飾れや
 きょうは、本当にご苦労さま。ともどもに「新しい旅」「新しい世界」に向かって出発しましょう!
 (長野研修道場)

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