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日蓮大聖人・池田大作

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創立70周年記念第50回本部幹部会・第… 勝利と苦労と喜びは一体

2000.10.5 スピーチ(1999.10〜)(池田大作全集第91巻)

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2  正法正義を貫いて今日の大発展
 有名なドイツの詩人シラーは叫んだ。
 「おれは正義で行くんだから、怖い敵はないのさ」(『ヴィルヘルム・テル』桜井政隆・桜井国隆訳、岩波文庫)
 学会も、正義なるがゆえに恐れるものは何もない。
 そして、シラーの友人、ゲーテは言う。
 「人生の辛酸に教えられなければ、人生の宝のねうちはわかりません」(「トルクワートー・タッソー」実吉捷郎訳、『ゲーテ全集』4所収、人文書院)
 苦悩をくぐり抜けてこそ、人生の素晴らしさを知る。仏法にも通じる真理である。
 仏法は永遠に、「仏と魔の戦い」である。仏法を妨げ、幸福を妨げ、広宣流布を妨げる「魔および魔民」との戦いである。
 頑強なる、その大将が「第六天の魔王」である。これが、人間の世界を支配しているゆえに、魔は強い。
 (御書に「第六天の魔王或は妻子の身に入つて親や夫をたぼらかし或は国王の身に入つて法華経の行者ををどし或は父母の身に入つて孝養の子をせむる事あり」と)
 しかし、絶対に負けてはならない。魔に打ち勝ってこそ、仏になれる。
 仏法は勝負である。勝つか負けるかである。いくら信心していても、臆病者は仏になれない。そう日蓮大聖人は厳しく仰せである。
 わが創価学会は輝かしい「創立七十周年」を迎える。皆さまに重ねて最大の感謝を申し上げたい。(拍手)
 尊き信心を持ち、広宣流布を成し遂げんとする大聖人の御心を心とし、「死身弘法」「不惜身命」で、「正法正義」を貫き、前進し抜いてきた実証が、今日の学会の大発展である。
 戸田先生は亡くなられる直前、私を呼ばれて、こう言われた。
 「大作、創価学会は大きくならなくてもいい。同志が皆、元気で、幸せに生活していければ、それでいいんだよ」と。先生の遺言である。
 学会が発展すれば、それだけ、法難もあるだろう。苦しみもあるだろう。嫉妬もあるだろう。どんなに大作は大変か――これが先生のお心であった。ありがたい師匠であった。
 しかし私は、あらゆる苦難を発条として、今日の学会を築いた。広布の道を世界に開いた。
 「キリスト」と言えば、皆、知っている。「日蓮」と言っても、日本でも本当は、よくわからない。いわんや外国では、だれも知らない。そのなかで、日蓮大聖人の仏法を世界に弘めた。大聖人も、どれほど、お喜びくださっていることか。また牧口先生、戸田先生も、どんなにか喜んでおられることだろう。
 全世界の広宣流布の指揮を執り、戦い抜いてくださった皆さま方のおかげである。尊い皆さまである。ご健康、ご長寿を祈りたい。
 そして、これからのご活躍を、よろしくお願いします。(拍手)
3  全世界へ「友情のシルクロード」を
 明年(二〇〇一年)は二十一世紀の最初の年である。皆が総立ちになり、創価学会の力を朗らかに天下に宣言したい。
 勝つためには、忍耐である。闘争である。ある時は楽しく、ある時は朗らかに、ある時は静かに、ある時は淡々と、ある時は怒りながら、ある時は慈悲を込めて、ある時は仲良く、日本中、世界中に、たくさんの仲間をつくりながら、創価学会は進んでまいりたい。勝利の人生を歩んでまいりたい。
 敵がいなければ、勝負にならない。何も恐れることはない。敵は、我々を強くしてくれるのだ。
 いよいよ二十一世紀である。ついに「創価学会の時代」に入った。朗らかに、民衆の長蛇の列で、全世界に通じる「広宣流布のシルクロード」を行進していきましょう!(拍手)
 SGI(創価学会インターナショナル)は世界百六十三カ国・地域に広がった。どこに行っても学会員がいる。世界が舞台である。とくに青年は、全世界を広宣流布のために駆けめぐっていただきたい。
 幹部は、多くの後輩から、「父のように、兄のように頼もしい」「母のように、姉のように優しい」――そう慕われる存在であってほしい。
 反対に、自分の権威を振りかざし、皆に「ああ、こんなところに来るんじゃなかった」と思わせるような幹部は、リーダー失格である。時代錯誤である。
 むしろ会員のほうを強くし、幹部には厳しくていいのである。社会も、一段と「かけがえのない一人」を尊重していく時代に入ったことを知っていただきたい。
4  広宣流布こそ大聖人の魂
 関東総会、本当におめでとう!(拍手)
 関東の前進は、まことに素晴らしい。古来、「関東を制するものは日本を制す」である。
 日蓮大聖人は、関東の弟子(富木常忍)たちに仰せである。
 「一生空しく過して万歳悔ゆること勿れ」――一生を空しく過ごして、万年にわたって悔いることがあってはならない――。
 「命限り有り惜む可からず遂に願う可きは仏国也」――寿命には限りがある。ゆえに(仏法のためには)生命を惜しんではならない。願うべき究極のものは「仏国」である――と。
 有名な御文である。
 牧口先生は、この関東の天地に、戦時中、特高刑事が尾行するなか勇敢に歩みを運ばれ、「死身弘法」の歴史をつくられた。
 (戸田第二代会長も、戦後、地方折伏の第一歩を栃木、群馬から踏み出した)
 関東は、牧口先生のごとく、戸田先生のごとく、「師子王の心」で、不滅の歴史を残していただきたい。「全世界の模範」になっていただきたい。(拍手)
5  また、きょうは、十月七日「離島部の日」を記念して、九州の壱岐、対馬、奄美大島、与論島、そして大変ななか三宅島の皆さまがお越しくださった。本当に、ご苦労さまです!(拍手)
 先祖代々、また子孫末代の幸福のために、地域の繁栄のために、どうか、題目をあげ抜いていただきたい。また幹部は、離島の方々を心からいたわり、温かく励ましていただきたい。全国二百四十の離島の皆さま! どうかお元気で!(拍手)
 そして、アメリカをはじめSGIの皆さま方、遠いところ、ようこそ! ご苦労さまです!(拍手)
 日本の幹部は最大に親切にして、メンバーが疲れないよう気を配りながら、有意義な研修にしていただきたい。
 ニュージーランドからは、若き新理事長をはじめ、代表の皆さまも、おいでくださった。ニュージーランドは、世界で最も早く、二十一世紀の夜明けを迎える国の一つである。「日出ずる国」日本よりも四時間早い。
 また、韓国の皆さん、ありがとう! ここ東京牧口記念会館には、韓国の「国の花」である無窮花ムグンファが夏から咲き続け、きょうも美しく花を咲かせている。
6  団結の模範ブラジル、「仏法即社会」の実証
 ブラジルの皆さんともお会いでき、本当にうれしい。
 今回、来られた方々は、「ブラジル霧島会」の代表五人、「ブラジル徳島会」の代表十人の皆さまである。十七年前に九州の霧島、そして十五年前に四国の徳島でお会いしたことを、私は忘れない。宝の同志である。
 かつて、ブラジルSGIは、軍事政権のもと、偏見と誤解から迫害され、私も長い間、訪問できなかった。
 ここにおられる「霧島会」「徳島会」の方々は、最も大変だったときに勇んで立ち上がり、徹して戦い抜いた、本物の「創価の勇者」である。「広宣流布の闘士」である。
 誉れのそのお名前を、永久にアメリカ創価大学に残しゆくことを、私は提案しておきたい。(拍手)
 迫害に耐え抜いたこの方々が核となって、今日の「世界の広宣流布の模範」ブラジルSGIをつくり上げたのである。
7  ブラジルは、すべてを乗り越えて、断固として勝ちに勝った。邪宗の日顕宗にも完璧に勝った。日顕宗が不法占拠していた一乗寺(サンパウロ)は、今や「ブラジル常勝会館」となっている。(拍手)
 地域社会からの賞讃も、信頼も、絶大である。今月(十月)も、サンパウロ州で「牧口公園」が開園される。(=ヒベイロン・プレット市の「牧口先生公園」は、二〇〇〇年十月十四日に盛大にオープンした)
 また今後、光栄にも、私の「アマゾン文学アカデミー在外会員」への就任式典、マナウス市からの表彰が行われる予定と、うかがっている。
 (=二〇〇〇年十一月八日、マナウス市から栄誉賞を贈られ、ブラジルSGIを代表してのSGI会長への顕彰は、この時点で百を数えた。二〇〇二年現在、顕彰数は二百五十を越える)
 これもすべて、ブラジルのわが同志が真剣に祈り、粘り強く、誠実に、地域への貢献に徹し、行動し抜いてこられたおかげである。
 今月(十月)一日、ブラジルでは、″コンピューターを使って投票する(電子投票)″という、画期的な選挙(全国市長・市議会議員選挙)が行われたが、そのシステムを開発した一人も、わがブラジルSGIの若き支部長である。
 どこまでも「仏法即社会」であり「社会即仏法」である。社会に献身し、社会に活力を与え、社会に価値を創造していく――それが仏法者の使命である。
8  「一つの決心」が「歴史の奔流」に
 世界的に著名なブラジル文学アカデミーの故アタイデ総裁と、私の対談集(『二十一世紀の人権を語る』、本全集第104巻収録)が、本年五月、ポルトガル語で出版された。(発刊記念式典は、首都ブラジリア、サンパウロ、リオデジャネイロの三都市で開催された。SGI会長は、同アカデミーの在外会員)
 たび重なる投獄や国外追放。それらに屈せず、独裁政権と真っ向から戦い抜かれたのがアタイデ総裁である。
 総裁は、私がコロンビアから空路、ブラジルを訪問した際も、到着予定時刻の二時間も前から、空港で待っていてくださった。
 (一九九三年二月。初めての出会いのさい、アタイデ総裁は九十四歳)
 アタイデ総裁は、こうつづっておられる。
 「十五年間にわたって、私は、亡命先であろうが、狭い牢獄の中であろうが、置かれた環境でなし得る、あらゆる方法を探った。言葉を使い、新聞を使って、民主主義を広め、民衆の魂に、忘れ去られた″人間尊厳の精神″を打ち込んできた」(一九四五年十月三十日の新聞記事)
 学会も同じである。三代にわたり、会長が投獄されたが、国家主義には断じて屈しなかった。
 総裁は続ける。
 「最初は、″ひとつかみの不屈の決心″であったものが、拡大に拡大を重ねて、やがて、国の大多数となった。そして、最後に、極めて小さかった流れは、だれにも抑えられない奔流となり、そよ風が、大風に変わったのだ」(前掲の新聞記事)
 わがブラジルSGIも、同じ方程式で戦い、勝利したのである。(拍手)
 アタイデ総裁は私との語らいを、心から喜んでくださった。これが、総裁にとって最後の対談となった。後に、ご子息、ご息女が日本に来られ、語り合ったことも、本当に懐かしい。
9  ブラジルSGIは、何より、仲が良い。「異体同心の団結」の見事な模範である。いつ会っても、気持ちがいい。
 ブラジルには、絵がある。詩がある。人間がいる。心がある。花がある。麗しい友情の世界を、生き生きと、朗らかに拡大している。
 反対に、仲が悪いところは、心が小さく、焼きもちで、「自分中心」で、結局、同じ「目的」に立っていないのである。
 仲が良ければ、功徳がある。仲が悪ければ、功徳は出ない。これが仏法の教えである。
 今月(十月)、ブラジル広布四十周年を祝い、全土で、じつに十万人の記念総会が盛大に開催される。おめでとう!(拍手)
 このブラジルの心意気! 日本も、まず最高幹部が死にもの狂いで、祈って祈って祈り抜いて、最前線を駆けずり回って、新しい広宣流布の金字塔を打ち立ててまいりたい。(拍手)
10  四十年前(一九六〇年)の十月十九日。私は、初めての世界平和旅で、南米に向かった。体調は、決して良くなかった。強行軍の無理がたたって、四〇度近い高熱があった。同行幹部もブラジル行きに反対した。
 しかし、今、行かなければ、いつ、行くのか。
 「私は行く、絶対に行く。もし、倒れるなら、倒れてもよいではないか!」
 病の体を押して行ったのが、ブラジルの天地への「広宣流布の第一歩」であった。そして、草創の友と駆け回り、「広宣流布の種」を植えたのである。
 その愛するブラジルの大発展の姿。私は本当に、うれしい。私はたたえたい。
 世界の模範のブラジル、万歳! 常勝ブラジル、万歳! 完勝ブラジル、万歳! ビバ(万歳)! ブラジル! ピケ! ピケ! ブラジル!(拍手)
11  「学会は国際的運動として成功」
 きょうの会合には、アメリカの高名な宗教学者、シーガー博士が参加してくださっている。博士のご専門は、宗教史と比較宗教。東西宗教の出あいの歴史をはじめ、近代西洋の宗教・文化を長年、研究してこられた。
 博士は、宗門問題の本質について、次のように述べておられる。
 「創価学会と宗門が分離した、より根本的な原因は、創価学会のダイナミックな発展が、宗門の僧侶たちの権威、権力、そして想像の範囲を、はるかに超え始めたことにある。とくにそれは、創価学会が国際的な運動として成功を収めるようになってからである」と。
 まことに鋭い洞察である。
 さらに博士は、アメリカにおいて「革新的で、人道的な価値創造に貢献する、新たな諸機関も設立されている」として、アメリカ創価大学、ボストン二十一世紀センターの存在を高く評価し、その未来に期待を寄せてくださっている。
 この博士のお心に、私は強くお応えしていく決意である。
12  「断じて勝つ」の情熱を燃やせ!
 昨日のサッカーの熱戦(JOMOカップ2000、東京・国立競技場)では、バッジョ選手の芸術的なプレーに日本中が沸いた。素晴らしい活躍に「敢闘賞」が贈られた。私は、妻とともにテレビで拝見させていただいた。
 バッジョ選手は、本当に心優しい。今回も、東京創価小学校の児童の代表を、特別に招待してくださった。競技場で記念撮影までして、最高の思い出をつくってくださった。皆、大喜びであった。創立者である私からも、この席を借りて、心から御礼を申し上げたい。グラッチェ(ありがとう)!(拍手)
 きょうは、一年ぶりに、元気なバッジョ選手ご夫妻をお迎えでき、私はうれしい。本当に、いいお顔をしておられる。
 私はここで、″サッカーの大英雄″の勝負の哲学を、わが青年部に、少々、申し上げておきたい。
 「勝つためには何が必要か?」との質問に、バッジョ選手は答える。(以下、月刊誌『潮』一九九九年十二月号から)
 「まず、サッカーとは何よりも情熱のスポーツだと思います」「『勝ちたい』という強い強い気持ちがなければエンジンが停止している状態で、その強い意欲がなければ勝つことはできません」と。
 「絶対に勝つ!」「断じて勝ってみせる!」と心に決めたとき、全生命のエンジンは大回転する。いかなる戦いにあっても、気取りや見栄をかなぐり捨てて、本能をむき出しにしてまでも、勝利への執念を手放さずに戦い抜く人間が勝つ。勝負を決するものは「真剣」の二字である。
13  バッジョ選手は、こうも語っている。
 「苦労しないで勝つことはできません。それには一にも二にも練習が大事です。苦しむほどの練習が必要です。『勝利』は、『苦しみ』を通じてのみ得られる、苦しみを通り抜けない勝利はない、ということです」
 仏道修行も同じである。
 また、バッジョ選手は、「本当に苦労し勝ってこそ、はじめて、心から『ああ、よかった』と思えるものです」と。勝利と苦労は一体である。苦労に徹すれば、勝利は、おのずからやってくる。
 喜びとは、勝利それ自体よりも、戦い、努力、苦闘のなかにこそあることを知らねばならない。
 さらに「プレッシャーを、どう乗り越えてきたか?」という問いに対して、バッジョ選手は答える。
 「いつも自分で自分に言い聞かせてきたことは、『耐えろ!』『耐えろ!』『耐えろ!』ということです」と。
 「忍耐ある人は、最後は幸福」である。我々も「忍耐」でいきましょう! 何があっても!(拍手)
14  青年が完勝のゴールを
 またバッジョ選手は、「どんな仕事でも、チームワークがしっかりしていることが成功の鍵だと思います」と語っている。
 今日の学会を築いたのも「団結の勝利」である。「団結」できることが、真の意味で「聡明」である。
 「賢い人は栄光、はかない人は敗北」なのである。
 さらに、バッジョ選手は言う。
 「心ない批判・中傷を打ち返すには、とにかくいいプレーをし、そして単にいいプレーをするだけでなく、勝利するしかありませんでした。勝てば批判・中傷は消えていったのです」
 勝利!――我らは、これで進みたい。(拍手)
 我らがバッジョ選手ご夫妻は、堂々と勝利した。「この姿を見よ!」と私は叫びたい。(拍手)
 「正義の人」は負けてはならない。負けるような正義は、正義ではない。
 「信仰は正義」である。「仏法は勝負」である。「勝つことが広宣流布」である。
 二十一世紀を担うのは青年部である。すがるような思いで諸君に一切を頼む以外にない。
 どうか青年部の諸君は、このバッジョ選手に続いて、「意義ある青春」「悔いなき青春」「戦闘の青春」「絶対完勝の青春」の力をもって、民衆の″勝利のゴール″を、断固として勝ち取ってくれたまえ!(「ハイ!」と誓いの挙手)
15  最後に、哲人の言葉を贈りたい。まずロマン・ロラン。
 「敗北者は歴史をもたない」(『ロマン・ロランの言葉』山口三夫訳編、彌生書房)
 そしてパスカル。
 「信仰のない人間は、真の善をも正義をも知ることができない」(『パンセ』前田陽一・由木康訳、中央公論社)
 皆さま方の、ますますのご健康とご多幸を祈って、スピーチを終わりたい。長時間、本当にありがとう!
 (東京牧口記念会館)

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