Nichiren・Ikeda

Search & Study

日蓮大聖人・池田大作

検索 & 研究 ver.9

ペルー国立フェデリコ・ビヤレアル大学「… 学生よ怒れ! 社会に声を!

1999.4.17 スピーチ(1998.11〜)(池田大作全集第90巻)

前後
1  ビヤレアル博士「道がないなら道を開け!」
 学生部幹部会おめでとう!。(拍手)
 「道がなければ、自ら、道を切り開かん!」――。
 これは、貴大学のその名に輝く、ペルーの大知性ビヤレアル博士の不滅の言葉であります。
 だれかが開いた道に、何の苦労もせず、安易に、軽薄に、つき従っていく――。これでは、もはや青年とはいえない。愚かである。
 希望に燃え、あえて苦難に向かって、自分自身の哲学で、自分自身の情熱で、そして自分自身の戦いで、「いまだかつてない道」を開ききっていく。それが青春です。
 自分の人生のデッサンを、自ら描きながら、我が道を、一歩また一歩、堅実に進んでいく。これこそ、青春の真髄の闘争であります。
 貴大学の原点の存在であられる、このビヤレアル博士は、十九世紀から二十世紀への転換期にあって、「科学」に、また「教育」に、独創的な輝きを放たれた大数学者であります。
 大変に貧しい家庭に生まれ育った博士は、十四歳から働きながら、苦学を重ねていかれた。原点は十代です。
 また、貧しいなかで苦労してこそ、偉大な人が出る。一番底辺で、一番汚く見える大地から、一番美しい花が咲く。偉大な大木が育つ。お金があるのが幸せなのではない。
 ″若いうちから、おいしいものを食べすぎ、いい暮らしをしすぎている青年は不幸だ″とは、文豪・吉川英治氏の言葉であります。
 それでは、人間ができないし、一歩一歩、勝ち取っていく喜びももてない。
 博士は、頭脳も心も体もいじめ抜くような苦闘のなかで、「ビヤレアル多項式」と呼ばれる数学上の発見をしました。あのニュートンを超えると評価する人もいる業績であります。
 それは、何歳の時であったか。じつに二十三歳の若さでありました。諸君と、ほぼ同じ年代です。
 諸君も、何か″発見″していただきたい。何か″残して″いただきたい。華やかに報道されるような必要はない。地道でいい。自分自身が知っていればいい。
 「自分は、これを見つけた!」「自分は、こう歩んだ!」と世界に叫べる″何か″を残していただきたい。虚栄でなく、虚飾でなく。報道は「大本営発表」のように、うそだらけの場合がある。自分自身の心は偽れない。
 ともあれ、努力また努力で、鍛え上げられた若き生命が、どれほど偉大な創造性を発揮できるか。いわんや、信仰とは、創造力の源泉であります。
2  人類は、いずこより来り、いずこへ往かんとするか。
 「二十一世紀の道」、そして「第三の千年の道」は、いまだ、だれも踏み出してはいない。
 その「平和」「文化」「教育」のヒューマニズムの道を、新しき旭日の生命力と英知で、そして、新しき大哲学の連帯で、世界に広げゆく開拓者は、建設者は、いったいだれか。
 それこそ、わが誉れの男女学生部の諸君であると私は宣言しておきたいのであります。(拍手)
 本日は、創価大学をはじめ、二百の大学の代表が結集しております。
 全員が「若き哲学者」であります。哲学者ならば、うすっぺらな″有名人″や″権力者″に左右されず、堂々と、「最高の正義の人生」を追求しなければならない。記念の出発、まことにおめでとう!(拍手)
3  ペルー移民百年に友情の新しき出発
 尊敬するトランコン経済学部長、ならびに、ベナビデス教授、そして、アルサモラ産業・情報工学部長。私は、ただ今、新世紀を先取りしゆく貴大学より、栄誉ある「名誉博士」の学位記を、最大の誇りをもって拝受いたしました。まことに、ありがとうございました。(拍手)
 (会合の席上、ペルー国立フェデリコ・ビヤレアル大学から池田SGI〈創価学会インターナショナル〉会長に対する顕彰が行われた。アニカマ総長代理のトランコン経済学部長ら一行が出席。「名誉博士号」が授与された。これは、世界規模で展開される、平和・文化・教育の行動者としての偉大な足跡をたたえるものである)
 この四月は、貴国へ、日本人が移民を開始してより、満百年に当たっております。
 この佳節に、ご多忙ななか、遠路はるばると、貴国を代表する良識の先生方をお迎えできたことは、何ものにも代えがたい喜びであります。
 さらなる百年へ、貴国との友情の新しき出発の意義を込めて、私たちは、改めて、先生方に熱烈歓迎の大喝采を送らせていただこうではありませんか。(拍手)
 なお、来月には、移民百周年の記念式典が、貴国で盛大に開催される予定であります。これには、ペルーの学生部をはじめ、約八百人のSGIの青年たちが、特別出演して、祝賀の演技を披露することになっております。おめでとうございます!(拍手)
4  ビヤレアル大学の信条「不正への抗議は大学の特権」
 貴大学は、一九六〇年、「民衆の中に生まれた」大学であります。
 この年は、私が、三十二歳の若さで第三代会長に就任し、世界への行動を開始した年でもあります。
 貴大学が、「新たなる人間の創造」を理念に掲げ、「学生根本」の尊き学風で、人道主義に貫かれた人材を陸続と育成してこられたことは、まことに有名であります。
 とくに貴大学は、二十一世紀の大学の使命として、「民主主義の擁護」「思想の自由と多元性」「世界との交流」「政治、経済との連動」、また「文化の創造と普及」などを、明確に、うたっておられます。素晴らしい理念です。
 とともに、自らが住んでいる「地域」の課題に、積極的に取り組むことを強調しておられる。一番身近な地域を、足元を大事にせよ、と。
 さらに貴大学は、「社会に参加すること、社会に提唱すること、そして、不正に抗議することは、侵すことのできない大学の権利である」と、高らかに訴えておられるのであります。
 大学は、社会から離れた「象牙の塔」であってはならない、と。
 悪と戦うのは、大学の「権利」である――貴大学の素晴らしき指標に、私たちは心から賛同するものであります。(拍手)
 大学から、また学生から「地域や社会への、生き生きとした関心や貢献」、そして「邪悪への怒り」が失われてしまえば、その国家は、もはや変革と進歩のダイナミックな力を失い、衰亡していく以外にない。
 この姿が、今の日本ではないでしょうか。
5  貴大学の誇りは、「庶民に根ざした庶民の大学」であることです。
 ″社会の一番大変な所に飛び込んで、民衆のために活躍する″ことを誇りとする伝統精神が、みなぎっておられる。
 全て民衆のために――創価大学、創価学会も同じ精神であります。
 また貴大学の卒業生は政財界、教育界、医学界、社会の第一線で大いに活躍しておられる。とくに私が称賛したいのは、辺境の地でも、医者や看護婦、教員や技師など、さまざまな立場で貢献しておられるという事実です。
 ペルーの辺境で活躍する人々に「出身大学は、どこですか」と聞くと、必ず「ビヤレアル大学出身です!」と誇りをもって答える人がいるといいます。
 そういう美しい生き方が、日本には、なくなってしまいました。
6  一人の火種から勝利の燎原の火を
 今、日本は、残念ながら、衰亡に向かう段階に入ってしまった。
 エリートと呼ばれる人間のなかに、自分中心で、他人はどうなってもかまわない――そんな悪い人間も少なくない。それでは、何のための教育だったのか。そんな利己主義の人間が偉くなって、いったいどんな社会ができるというのか。多くの識者は憂慮しております。
 国際政治学の著名な権威である中西輝政教授(京都大学)も、壮大な文明論の次元から、日本の衰亡と再生を、鋭く洞察しておられます。
 最近の著作(『なぜ国家は衰亡するのか』PHP研究所)の中で、中西教授は、トインビー博士の歴史哲学を引いておられる。
 ″たとえ、ある文明が地上から消えてしまうような事態が生じたとしても、「種子」が残されていれば、その文明は必ず復活する。外来の勢力が蹂躙するなどしても、その「文明の根本」が消滅しない限り、たった一人の人間からでも、文明は再び勃興する″
 私も賛同いたします。
 大事なのは、「一人」です。「一人の人間革命」です。
 ゆえに、一人、本物の革命児の心に、不屈の″火種″が燃えていれば、そこから、勝利の炎は燎原の火のごとく広がっていくものであります。
 なお中西教授は、私のハーバード大学での第一回の講演「ソフト・パワーの時代と哲学」にも、いちはやく、過分な評価を寄せてくださったお一人であります。
 八年前、私が論じた、この「ソフト・パワー」は、(電通総研によって)今年のキーワードにも選ばれた。
 時代を先どりしなければならない。かつてカレルギー伯と語り合った「ヨーロッパ統合」も、その方向に進んでいる。
 一昨日(四月十五日)も、私は、ナイジェリアのオバサンジョ次期大統領に、「アフリカ合衆国」や「第二の国連」などのビジョンを申し上げた。興味深く、うなずいておられました。
 世界は時々刻々と変化しております。時代を鋭敏にとらえ、リードする青年のみずみずしい着想、行動力が、ますます重要になっている。ゆえに、諸君が大事なのです。「宝の中の宝」なのであります。
7  厳しき地域こそ大発展できる
 トインビー博士といえば、約十日間にわたって対談したことも懐かしい。
 博士は「ぜひ池田会長とお会いしたい」と。しかし、お体の具合から来日できず、私がイギリスにうかがいました。
 対談は毎日、朝十時ごろから夕方の五時ごろまで。午後のティータイムには、博士の夫人がお菓子をもってきてくださった。夫人も、妻も静かに同席していた。
 ともあれ諸君も、博士の著作のような″よき書物″を繙いていただきたい。悪書を読むことは、自分が損をするだけである。
 トインビー博士は一九五六年、ペルーを訪問し、その美しさを「この世のものとは思えない」(『トインビー著作集』7,長谷川松治訳、社会思想社)と最大の賛辞をもって称えておられます。
 私も訪問し、素晴らしい国であると感じました。自然といい、人間の心といい、ほっとする。
 さて、博士の透徹した眼は、″いにしえのアンデス世界の中心地が、どこに形成されてきたか″に光を当てておられる。
 すなわち、アンデス世界の中核は、太平洋沿岸地方のオアシスの間ではなかった。むしろ、周囲の恐るべき敵からの外的圧力にさらされた、辺境の困難な地域にこそ、より偉大な建設があった。それは、なぜか?
 トインビー博士の答えは、明快であります。明快に――ここが大事である。何ごとも明快に語ってきたから創価学会は勝った。
 日蓮大聖人も、八万法蔵といわれる釈尊の膨大な教えを、ただ一句、題目の七字に凝縮して、わかりやすく、明快にされた。
 トインビー博士は論じる。厳しい圧迫と絶え間なく戦い、「応戦」している地域にこそ、一大偉業を成し遂げるための「活力」が呼び起こされるからだ、と。
 要するに、試練に立ち向かい、敵に競り勝っていくなかに、成長がある。発展がある。勝利がある。創造がある。これが、「文明」の定理であり、「人生」の方程式であります。
 恵まれた、甘えた環境は、幻のようなものです。陽炎のように消えて、何も残らない。何の戦いもない人間は、人間の証を残せない。
 仏法でも、「味方よりも、強敵こそが、人間を立派に鍛え上げる」と説く。
 試練と戦っている団体が伸びる。勝利する。戦いがなくなれば、緊張感もなくなり、堕落してしまう。創価学会も、仏敵と戦っているから強い。敵がなくなれば衰亡してしまう。
 ゆえに、わが敬愛する学生部諸君もまた、現実社会にあって、「さあ、何でも来い!」と、打って出ていく″勇気ある青春″を送っていただきたい。(拍手)
8  またトインビー史観は、「逆境に打ちのめされた時に、それに負けずに立ち上がる人間」、また「敗北によって奮起し、前よりも一層重大な決意で、再び活動を始める集団」に、一つの焦点を定めています。そこに本物がある、と。
 長い人生の戦い。当然、思いもよらぬ艱難に直面することもある。しかし、仏法は勝負である。日蓮仏法は、勝たねばならない。
 何があろうと、負けない人間、あきらめない人間、その人が最後に勝つ。
 弱い人間は、敗北する。敗北者は、みじめである。どんな言いわけをしても、みじめである。
 強い人間は、何があっても楽しい。敗れない。崩れない。
 あくせくする必要はない。どっしりと構えて、時を待ち、時を創るべきである。忍耐と勇気と智慧を忘れてはならない。
 一人も残らず、「最後に勝つ」皆さんであっていただきたい。「永遠不滅の創価学会」を担っていただきたい。(拍手)
 ところで、きょうはお見えになっておりませんが、貴大学のロドリゲス教授は、この十五年間、トインビー博士と私の対談集を、授業の教材として、用いてくださってきたと、うかがいました。この席をお借りして、心より、感謝と敬意を申し上げるものであります。(拍手)
9  国民が愚かだと独裁政治に
 さて、一八二一年、ペルーの解放を達成した大英雄サンマルチン将軍が、すぐさま「国民図書館」を創立し、自らの貴重な蔵書を寄贈したことは、有名な史実であります。
 教育こそ力です。「独立を支えていくためには、軍隊よりも、精神の啓蒙の方が、はるかに強い」これが、彼の揺るぎない確信でありました。
 「精神」の力は、私どもの団結は、いかなる権力よりも、財力よりも、強いのであります。民衆の無知は、恐るべき独裁や専制支配を招いてしまう。そのことを、人間指導者たる彼は危惧しておりました。
 日本も国家主義の道に入ってきていると、心ある人は警告しております。悪を悪と鋭く見抜かなければいけない。
 ゆえに、ともかく、民衆を賢く、聡明にしていく「教育」に、全力を注いでいくことです。
 「宗教」もまた、同じであります。「教育」という普遍性の次元へ開いていかない宗教は、どうしても独善となってしまう。その意味からも、学生部の諸君の活躍が不可欠であることを知っていただきたい。
10  インカの英知「嫉妬深い人間は、結局わが身を滅ぼす」
 かつて、ペルーにおいても、二百五十年間にわたって、残酷を極める宗教裁判の歴史が残されております。
 私も、首都リマで、この宗教裁判所の跡をとどめる博物館を見学しました。
 その無残さ――私は戦慄しました。犠牲者は、じつに五十万人とも推定されております。宗教の名のもとに。聖職者の仮面をつけた邪悪な人間のために――。
 狂った聖職者の嫉妬が、どれほど恐ろしいか。
 創価学会への迫害も、すべては、発展への嫉妬であります。私たちは、身にしみて、深く知っていますし、また知らねばならない。
 すでに、十五世紀のインカ文明には、次のような箴言が残されております。
 「嫉妬とは、嫉妬するその人自身の身を、内から少しずつ蝕み腐らせていくものである」「嫉妬深い人間は、結局、自分自身の身を滅ぼす」と。
 創価学会の麗しき「民衆の連帯」を、嫉妬から破壊しようとした連中の末路も、この通りであります。
 ペルーの勇壮な国歌の一節には、こうあります。
 「首都リマは荘厳な誓いを守る! 長きにわたって我々を弾圧しようとした、この暴君も今は無力となった。
 我々は、厳しく怒りをもって暴君を追い出そう!」と。
 追撃の手をゆるめてはならない。油断があってはならない。悪の根を、徹底して断ち切っていくという「正義の執念」を忘れてはならない。
11  「わが青春を見よ!」と歴史を残せ
 貴大学の紋章には、素晴らしい名言が刻まれております。
 「私の言葉は、人類を育む」
 教育の力で、我らの大学から発信しゆく「言論の力」「文化の力」で、人類をさらに強く、さらに知性的に、向上させていこう!
 そして人類をより広く、より深く結び合い、連合させていこう!
 ――なんと高邁な、素晴らしいモットーでありましょうか。
 仏法では、「声、仏事(仏の仕事)を為す」と説きます。
 どうか諸君は、一人、また一人の友を、隣人を、確信ある「声の息吹」で揺り動かしていく人生であっていただきたい。これこそ青春であり、信心であり、素晴らしき人生の生きがいであります。
 若い今こそ、言論戦をやりきることです。弘教をやりきることです。それが必ず、生涯の宝となる。
 そして、社会の「悪の結合」を打ち破る「善の結合」を!
 社会の「エゴの拡大」を浄化しゆく「正義の拡大」「幸福の拡大」を!
 その方向へと厳然とリードしていくのは諸君であります。
 そして、二十一世紀の舞台へ、朗らかに、天高く、「我らは勝った!」と諸君の勝鬨を響かせていただきたい。(拍手)
12  二十五年前の三月、緑美しき首都リマを私は訪問させていただきました。
 その折、光栄にも、民間人として初めて「特別名誉市民」の称号を賜りました。
 私は芳名録に記しました。
 「私は今日より、リマのために働く! 私は今日より、その責任をもった。そして私は、誰よりもペルーとリマのますますの発展と興隆を祈る人生でありたい!」と。
 この決意と行動は、今も、いささかも変わってはおりません。
 本日よりは、さらに、愛する「わが母校」たる貴大学の無限のご繁栄を、一生涯、祈り続けていくことを、ここに謹んでお約束し、私の感謝のスピーチとさせていただきます。
 ムーチャス・グラシアス(スペイン語で「大変に、ありがとうございました」)
 (東京牧口記念会館)

1
1