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日蓮大聖人・池田大作

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紅梅会・常盤会・荒城の月グループ総会 今こそ「獅子王の心」で

1996.12.10 スピーチ(1996.6〜)(池田大作全集第87巻)

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2  御書には、たくさんの大聖人の御金言がある。その一つでも色読(身で読むこと)できるかどうか。自分の一生において、それを実践できるかどうか。これが″勝負″である。
 御書の一カ所でも色読しきった人は、大聖人の教えをすべて読みきったことに通じる。
 「佐渡御書」には、こう仰せである。
 「師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし
 ――(悪い権力者が正法を滅亡させようとし、邪法の僧らがこの権力者に味方して、正法を行じる智者を滅ぼそうとする時)師子王のごとき心をもつ者が必ず仏になるのである――と。
 法難の時にこそ、「師子王の心」が出せるか、出せないか。勇んで戦うか、臆病になって、一歩、引いてしまうか。その「心」で決まる。
 「心」が臆病であれば、いくら格好だけ信心していても、祈りは叶わない。仏にもなれない。
3  ある識者は語っていた。
 ――創価学会は、これまで他宗教から、マスコミから、権力者から、ありとあらゆる罵声を浴びせられてきた。また卑劣な裏切り者も出た。人を救うために、これほどまでに働いて、これほどまでに迫害された宗教団体は、ほかにない。しかも、それらに耐え抜いて、今も成長し続けている。これは大変なことだ。日本の宗教史上、絶対にあり得なかったことだ――と。
4  なぜ、これほどまでに迫害にあうのか。それは、「此の世界は第六天の魔王の所領なり」――この世界が「第六天の魔王」の支配下――だからである。
 第六天の魔王は、妙法を唱える人々を除外しようとする。人々が幸福になるのを妬み、不幸になるのを喜ぶ。「法華経を持つ者は必ず成仏し候、故に第六天の魔王と申す三界の主此の経を持つ人をば強に嫉み候なり」「魔の習いは善を障えて悪を造らしむるをば悦ぶ事に候」とあるとおりである。
 まさに「権力の魔性」である。
 全宇宙には、無数の仏国土もある。しかし、私どもは今、願って、この地球の広宣流布に生まれてきたからには、この魔性と戦い抜く以外にない。
 仏の別名を「能忍(能く忍ぶ)」という。
 皆さま方のお父さま、お母さま、お兄さま、お姉さまが、耐えて耐えて、死にもの狂いで、つくり上げてきたのが創価学会である。「師子王の心」を奮い起こし、徹底して戦ったからこそ、今日の学会がある。
 私も戦った。牧口先生、戸田先生を、全世界に宣揚した。これからも戦い続けていく。
 皆さまは、この誉れある学会の中核を担う方々である。ゆえに「今こそ『師子王の心』を!」と、強く強く申し上げたい。
5  法華経の寿量品の最後に「毎自作是念」(開結五一〇㌻)――私(釈尊)は、つねにこのことを念じている――とある。
 そして次のように続く。「以何令衆生 得入無上道 速成就仏身」――どのようにすれば、衆生を無上の道に入らせ、速やかに仏身を成就させることができるだろうか――と。
 どうすれば、広宣流布できるか。どうすれば、わが組織を発展させられるか。どうすれば、あの人を立ち上がらせ、幸福にできるか。常に念じている。悩んでいる。祈っている。考えている。それが「仏」の心なのである。
 広宣流布ゆえの悩みほど崇高なものはない。その福徳は永遠である。悩みが深ければ深いほど、功徳は大きいのである。
6  本年(一九九六年)十月、広島に「中国平和記念墓地公園」が開園した。この墓地公園には、明年、すべての被爆者を追悼する「世界平和祈願の碑」が建立される運びとなっている。(=九七年六月、完成)
 日本人だけでなく、また広島・長崎の原爆だけでなく、核実験も含めた、世界の「すべての被爆者」のための碑である。その碑銘は、現代中国語文学の文豪・金庸氏がしたためてくださる。金庸氏と私は、月刊誌「潮」の明年二月号から、いよいよ対談を始める。
7  碑の「像」の制作は、世界的な彫刻家であるフランスのルイ・デルブレ氏が進めてくださっている。デルブレ氏は、あの「考える人」で有名な近代最大の彫刻家・ロダンや、巨匠・マイヨールの系譜に連なるといわれる。二十六歳で「フェネオン賞」という有名な賞を受賞。氏の個展は、フランスのみならず、ノルウェー、日本、ブラジル、コートジボワール、カナダ、アメリカなど、世界各地で幅広く開催され、絶賛を博している。
 一九七二年には、日本で開かれた国際コンクールで一等に。その時の作品(「大地」)が、東京・池袋の駅前広場に設置されている。
 その氏が、今、「世界平和祈願の碑」の像の制作をされている。
 「こうした仕事を私は長年、念願していました。私の生涯にとって極めて重要な意義をもつものです」と喜々として取り組んでおられると、うかがっている。
 また、「SGI(創価学会インタナショナル)の皆さまの精神性に強く共鳴します」「″精神と精神の絆″で″平和の碑″の完成を目指したい」とも。
8  デルブレ氏は、この十一月で七十一歳。フランスの田舎の農家に生まれた。六人兄弟(四男二女)という。青春時代は、戦争に踏みにじられた。ろくに学校にも行けず、十代は、もっぱら家で農業を手伝った。
 やがてパリに出たものの、溶接工、電気工員、清掃作業員と苦労を重ねる。そして美術出版社で雑役夫として働いている時、美術大学の学生と知り合い、彫刻家を志すきっかけとなる。二十代の初めであった。彫刻への目を開かせてくれた、その時の学生が、氏の恩師であり、恩人であった。「フェネオン賞」を受賞した作品も、この学生をモデルとした胸像であった。のちに氏が有名になった時、その人はすっかり落ちぶれていた。しかし、氏は恩を忘れなかった。裏切らなかった。その人に励ましを送り続けたという。
9  氏は、難解な理論を弄ぶようなところは、まったくない。あたかも農夫がリンゴをもぎ取るような手つきで、淡々と作品に向かう。また、木の枝を切り開きながら道を作るかのように制作にあたる、といわれる。
 ある識者は言っている。「デルブレ氏は、労苦が何を意味するかを知り尽くしている」と。
 氏は、苦労が絶えなかった自分の半生を、″チャンスに恵まれていた″と振り返っている。
 「無から始まったので、素直に人の言葉からエッセンスのみを海綿のように吸い取って成長してきたと思う。だから袖振り合った人すべてにメルシー・ボクー(本当にありがとう)と心から言えるんだよ」(富井軌一「男のライフショット」「ミセス」九二年二月号)
 苦労が人間を育てる。苦しんだ分、人間が鍛えられる。
10  いよいよ謙虚に いよいよ成長を
 ともあれ、日蓮大聖人の仏法は「本因妙」である。つねに「これから!」であり「今から!」である。
 ″あの人は、もう山を越してしまった″と言われるような「過去の人」になってはならない。そのためには、いよいよ謙虚に学び、いよいよ真剣に成長し、いよいよ友情を結び、広げていくことを忘れてはならない。
 とともに、「ありがとう!」と皆に声をかけていく感謝の人生でありたい。なかんずく、陰で学会を支え、守ってくださっている方々に最大の真心で報いてまいりたい。
 どうか、ますますの素晴らしい人生を、悔いなく生き抜いていただきたい。
 皆さまの健康と裕福と幸福を、私は一生懸命、祈っている。きょうはお忙しいところ、また遠くから、本当にご苦労さま。よいお正月をお迎えください!

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