Nichiren・Ikeda

Search & Study

日蓮大聖人・池田大作

検索 & 研究 ver.9

第六回SGI世界青年研修会の修了式 「心の財」の長者・王者に

1993.9.9 スピーチ(1993.6〜)(池田大作全集第83巻)

前後
2  皆さまは仏法を求め、さまざまな大変な状況を乗り越えて来日し、研修会に参加された。皆さまの胸中には「心の財」が、宝の山のように光を放っている。真の長者であり、王者であられる。
 「心の財第一なり」であるゆえに、私は「心の財」の王者を、「第一の人」として尊敬する。
 「心の財の王者」こそ、信心で勝った人こそが、永遠の幸福者となり、勝利者となる。「蔵の財」も「身の財」も、三世永遠にわたって備わっていく。
 ゆえに、信心だけは一生涯、退転なく貫き通すことである。自分のため、一族のため、未来永遠のために。そうでなければ必ず後悔する。
 入信以来、四十六年間の、ありとあらゆる体験の上から、私は、このことを断言しておきたい。
 創価学会は、永遠に「大聖人直結」である。「御本尊根本」であり、「御書根本」である。この信心があるからこそ、かつては、だれも想像できなかったほどの発展を続けている。
 一方、日顕宗は、大聖人よりも現在の法主を根本としている。ここに根幹の錯誤があり、転落の原因がある。この重大な一点の違いを、皆さまは鋭く見極めていただきたい。
3  ゴーディマ女史「南アの未来には文化・教育こそ大切」
 先日、南アフリカのノーベル賞作家であるナディン・ゴーディマ女史が、ご自身の著作を届けてくださった。
 ゴーディマ女史は、長年にわたり、南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)撤廃のために戦ってこられた″人権運動″の闘士である。作家としての良心、人間としての良心から、差別と悪を鋭く告発してこられた白人の女性作家である。
 女史は、黒人の側からも、白人の側からも広く尊敬を集め、愛されているという。
 その女史が、SGIの代表との懇談の折に、次のように語っておられたと、うかがった。
 「私は、ANC(アフリカ民族会議)のメンバーとして、池田SGI会長が、マンデラ議長と会見(一九九〇年十月、東京)してくださったことを、大変感謝いたしております。
 池田会長は、アフリカとの文化・教育交流についても、一つ一つ実現してくださっている。文化・教育の交流は、将来、政権がどのような形になろうとも必要です。国家にとって、文化が大切であることに変わりはありません。
 今、政権交代後の政治体制について語る人はたくさんいますが、その教育・文化政策について語る人は、ほとんどいないのではないでしょうか。
 私は、作家として、将来の南アフリカのために、若い作家を育成する活動を続けております。池田会長に、マンデラ議長とデクラーク大統領の両者から招へい状が送られたと、うかがいました。これは大変、意義の深いことです。
 今、だれもが、将来の南アフリカを、どうつくっていけばいいのか、悩んでいます。その意味で、池田会長が南アフリカに来ていただけることは、大きな希望となります。
 この国の問題を解決するには、『全人種が希望を持つ』ことが大切なのです」と。
4  ゴーディマ女史は、南アフリカのアパルトヘイト政策が熾烈を極めるなかで、最後まで、南アフリカに踏みとどまり、執筆を続けられた。
 仲間の多くが投獄され、また国外に亡命していった。そして女史の作品も発禁処分を受け、自分自身もいつ投獄されるかわからないという危険にさらされた。
 ゴーディマ女史は、その時の気持ちをこう語っておられる。
 「私たち夫婦は、白人として、南アフリカで普通の暮らしを続けていくことはできないと思いました。
 革命家となって、長い間牢獄で暮らすか、または、この国を去るかのどちらかだったのです」
 しかし、ゴーディマ女史は、あえて南アフリカにとどまることを決意する。
 ″自分にも、何か、できることがあるに違いない。作家として、そして誇りある南アフリカの人間として、この国で戦い抜いていきたい″
 これが、女史の願いであり、決意であった。事実、女史は、ペンの力で、黒人差別の現実を訴え続ける一方、反逆罪に問われた黒人リーダーたちを擁護する弁論を法廷で行ったりしておられる。また、現在は、若い世代の育成にも力を注がれている。
5  それぞれの国土で、今いる場所で、戦い勝て
 「足下に泉あり」と言うが、あくまでも自分に与えられた立場で、自分らしく戦い、その天地に道を切り開いていく。この原理は、われわれも同じである。
 どこに行っても、そこに「本有常住」の「常寂光土」がある。行った場所、行った場所で、毅然と戦い、勝利を勝ち取る人、その人が真の仏法者なのである。
 妙法は、すべての人を平等に救っていく平等大慧の法である。あらゆる人の生命を最大に輝かせ、幸福の方向へと導いていくのがこの仏法である。その意味で、私たちの実践する妙法は、きたるべき「人権の世紀」を照らしゆく、人類の希望の太陽なのである。
6  大聖人は、四条金吾へのお手紙の中で仰せである。
 「法華経を一字一句も唱え又人にも語り申さんものは教主釈尊の御使なり、然れば日蓮賤身なれども教主釈尊の勅宣を頂戴して此の国に来れり
 ──法華経を一字一句でも唱え、また人にも語っていく人は、教主釈尊の御使いである。そうだとすれば、日蓮は賎しい身ではあるが、法王の教主釈尊から勅命をいただいて、この国に生まれてきたのである──。
 皆さまは、久遠からの誓いをもって、みずから望んで、それぞれの国に生まれてこられた尊い仏使であられる。どうか、それぞれの国を、楽しい平和な国土へ変えゆく尊き使命に生き抜いていただきたい。
 なかには「自分の国は、まだまだ、これからだ」と悩む人もいるかもしれない。しかし、決してあせる必要はない。あせってはならない。
 広宣流布は万年の建設である。「万年」は「永遠の未来」の象徴ともいえる。
 今はその壮大な未来のための土台をつくっているのである。ゆえに大切なのは、お一人お一人が成長し、幸福になり、信頼を勝ち取ることである。
7  「心を配る」のが仏法のリーダー
 最後に、リーダーの在り方について、一言、申し上げておきたい。
 皆が安心して行動できるよう、徹底して心を配るのが、仏法の真の指導者である。
 疲れてはいないか、空腹ではないか、問題はないか──皆が今、何を望んでいて、何が必要なのか、常に考え、細やかに配慮し、具体的に行動してあげることである。
 リーダーという立場を利用して、メンバーに無理をさせたり、抑えつけたり、感情で叱ったりするのは、厳しくいえば組織利用、信心利用に通じよう。とくに男性のリーダーは女性を尊敬し、細やかに、また厳然と守っていっていただきたい。
 今回は、本当に遠いところからの来日、また、連日の真剣な研修、本当にご苦労さまでした。重ねて賛嘆申し上げ、以上で、研修会を終了します。また、お会いしましょう!

1
2