Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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第64回本部幹部会、第7回東京総会 ″民衆とともに″″世界を味方に″進む

1993.3.24 スピーチ(1993.1〜)(池田大作全集第82巻)

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2  「大鵬おおとりの 空をぞかける 姿して 千代ちよいのちを くらしてぞあれ」──戸田先生からいただいたお歌である。
 ″大鵬が大空にはばたいていくように、長く生き抜いて、悠々と世界へ舞いゆけ″。私はこのお歌を、先生の遺言と思い、胸に抱き続けてきた。その通りに、世界をけてきた。
 飛翔の舞台は、未来へ限りなく開かれている。私の、平和と広宣の「千代ちよ旅路たびじ」は、いよいよこれからである。
 また、きょうは、言論会館に八百人の代表が集われ、芸術部の総会が行われている。芸術部の皆さまは、個性豊かで、バラエティーに富んでいて、本当に素晴らしい。幹部より人気があるし、人を元気にさせる力がある。
 本門の「花の芸術部」「広布の芸術部」、おめでとう! どんな時代にも、題目根本で進んでいただきたい。
3  顕彰は「勝利と広宣流布の証」
 今回の北・南米訪問では、行く先々で数々の表彰、名誉称号などの顕彰を頂戴した。(一九九八年十一月現在で国家からの勲章が十九、大学の名誉博士・名誉教授称号が五十八である)
 すべて皆さまのおかげであり、皆さまを代表してお受けしたものである。
 私たちの行動は、あくまでも御書が根本である。御聖訓が根幹である。表彰・栄誉賞について、日蓮大聖人は、こう仰せである。
 「十一通御書」には「日本第一の勧賞に行わる可きか」──(「立正安国論」の予言が的中したのだから、私<大聖人>は)きっと日本第一の栄誉賞にあずかるであろう──と。
 また、「種種御振舞御書」には「賢王・聖主の御世ならば日本第一の権状にもをこなわれ現身に大師号もあるべし」──(「安国論」が予言通りになったのだから)賢い王、また(知徳に優れた)聖なる君主が治める世であれば、私(大聖人)は日本第一の功労賞にもあずかり、生きているうちに大師号の授与もあるであろう──と。
 このように大聖人は、功績を正当に評価されることを大切に考えておられた。
 それは広布の組織においても同様である。
 「よく戦った人」「頑張った人」は、きちんと功績を認めなければならない。戦っても戦わなくても評価が同じでは、やりがいもないであろう。
 もちろん大聖人は決して、世間的な栄誉などを欲しておられたのではない。ただ、人々が、その一端にせよ大聖人の偉大さを知ることは、そのまま正法の流布に通じ、人々の幸福に通じていく。ひとつには、その御心で言われていると拝される。
 「仏法は勝負」であるゆえに、顕彰は、立派な「勝利の証」となり、「広宣流布の証」となるのである。
4  正義の人を梵天・帝釈は守る
 しかし、日本は大聖人を正当に評価できなかった。それどころか、迫害を加え、大聖人を亡きものにしようとした。
 大聖人が「一闡提人と申て謗法の者計り地獄守に留られたりき彼等がうみひろ生広げて今の世の日本国の一切衆生となれるなり」──一闡提人といって謗法の人間だけが、地獄の番人にとどめられ、成仏できないでいた。彼らが生み広げて、今の世の日本国の一切衆生となったのである──と仰せの通りの日本であった。
 「正義の人」の「正義の行動」を、正しく見ることができないのである。
 その時、何が起こったか。諸天善神のリーダーである梵天・帝釈が外国の指導者を動かして、″日本の非″をただしたのである。大聖人は、あの蒙古襲来の本質を、そう教えておられる。
 たとえば「報恩抄」には、「正法を行ずるものを国主あだみ邪法を行ずる者のかたうどせば大梵天王・帝釈・日月・四天等・隣国の賢王の身に入りかわりて其の国をせむべしとみゆ」──正法を行ずる者を、国の指導者が迫害し、邪法を行ずる者の味方をするならば、大梵天王・帝釈天・日天・月天・四天王などが、隣国の賢い王の身に入って、その国を攻めるであろうと、経文にはある──と仰せである。
 この「原理」を、大聖人は多くの御書に繰り返し書いておられる。今の御文のほかにも、「諫暁八幡抄」「下山御消息」「種種御振舞御書」をはじめいくつもある。
 「正義の行動」を正当に評価できない日本を目覚めさせるために、梵天・帝釈・諸天善神は、外国のリーダーの身に入って「正義の行者」の味方をするのである。これが諸天善神の誓いである。
5  大聖人は、その結果、日本人が謗法の「酔い」から覚めることを期待しておられた。
 これだけを拝しても、大聖人の「広宣流布観」は本来、世界的な広がりをもっておられたといえよう。島国根性の「わづかの小島のぬしら主等」を、大宇宙の御境界から見みおろしておられた。そして″世界を味方にして、その力で日本の広宣流布をも進めていく″──これが大聖人の「方程式」であられた。
 今、私たちは、その方程式の通り、大聖人が教えられた通りに進んでいる。
 各国の指導者、文化人、そして民衆が、さまざまな形でSGIを支持し、顕彰してくださる姿、諸天の働きをなしている姿──それ自体、SGIが時代即応に、御書の通りの「正道」を歩んでいる証左である。どうか皆さまは、その大確信をもっていただきたい。
 このように、広宣流布は、最初から、小さな日本の枠だけで考えられてはいない。広々と世界に開かれている。私たちの「本番」は、いよいよ、これからである。世界が待っている。宇宙が友である。
6  私の勝利は「師弟の道」の勝利
 今回、多くの大学から「名誉博士」「名誉教授」の称号をいただいた。その栄誉を思う時、私の胸には、恩師戸田先生のお姿が浮かぶ。
 戸田先生は牢獄のご苦労を終えられて、戦後、やっと事業が立ち直りかけた矢先、またも大敗北に見舞われた。先生の豊かな経験でも、どうしようもない激しい変化、変化の戦後の社会と時代であった。
 私は大学に行きたかった。そのつもりで準備も進めていた。しかし、先生から、学校をやめ、挫折した事業を支え、働いてほしいと言われたのである。
 当時、戸田先生の事業は、借金だらけ。社員も皆、辞めてしまい、事実上、私一人が残った。
 「君には、本当にすまないが、夜学のほうも断念してもらえぬか」──戸田先生の言葉に、私は即座に答えた。「わかりました」と。
 「師匠のためなら、喜んでやめます。事業を立て直します。先生をお守りします。どうか、ご安心ください。後は、ただ先生が会長になられることを、私は祈ってまいります」──それが、私の決心であった。
 先生は「苦労をかけさせて悪いな。君の予定を、私が台無しにしてしまったな」と涙ぐんでおられた。そして、その代わりにと言われながら、日曜日をはじめ、毎朝、先生みずから、諸学問を教えてくださったのである。
 それが全部、私の身についている。
 いかなる大学も及ばぬ最高の個人大学であった。そして、かけがえなき広宣流布の師匠を守ったゆえに、私は三世永遠の福徳を得た。
 大学にも通えなかった私が、戸田先生のおっしゃる通りに生きた結果、今、世界の諸大学の名誉博士となっている。これが仏法の因果である。「師弟の道」に生き抜いた勝利の証である。
7  「万有流転ばんゆうるてん」──青春時代に心に刻んだギリシャの哲学者ヘラクレイトスの言葉である。
 宇宙の万物、ありとあらゆるものは、例外なく、変化また変化の連続である。どんなに栄華を極めても、最後に奈落の底に落とされる人生模様も、あまりに多い。
 人生の最終章に、悪事のつけが回って、醜態を天下にさらす人生もある。政治家にも、聖職者にも、学会の幹部にもいる。
 大聖人は、仰せである。
 「或時は人に生れて諸の国王・大臣・公卿・殿上人等の身と成つて是れ程のたのしみなしと思ひ少きを得て足りぬと思ひ悦びあへり、是を仏は夢の中のさかへ・まぼろしの・たのしみなり唯法華経を持ち奉り速に仏になるべしと説き給へり」──(われわれ衆生は)ある時は人に生まれて、諸々の国王や大臣、公卿・殿上人(貴族)などの高位・高官の身となって、これほどの楽しみはほかにないと思い、少しばかりの果報を得て十分であると思い、喜び合っている。しかし仏は、これを、夢の中の繁栄であり、幻の楽しみである、ただ法華経をたもって、すみやかに仏になるべきである、と説かれたのである──と。
 権力者であろうが、大臣であろうが、議員や有名人であろうが、どんなに威張ってみても、仏法の眼から見れば「夢の中の栄え」「幻の楽しみ」にすぎない。
 はかないあぶくのような栄華を求める人生。また、それらをうらやんで、心を悩ます人生。短い一生を、そうした幻を追って過ごすのでは、あまりにもむなしい。
 ゆえに私たちは表面的な肩書や立場などに惑わされない。実像を見抜いていく。″一人の人間として偉いかどうか″──この一点を、きちっと見ていく。
8  それでは、人間として最も尊貴な人生とは、何か──。
 大聖人は、「仏」に成ることこそが、永遠の幸福であり、最高の人生と仰せである。「妙法の当体」たる自分自身を輝かせていく生活である。
 華やかではなくとも、まじめに信心に励んだ人、真剣に広宣流布に励んだ人、不滅の大法とともに生き抜いた人こそが、真の「勝利者」であり「勝利王」なのである。
 広宣流布は三世永遠の偉業である。「この道」に生き抜いた人こそ、三世永遠の楽しみを満喫していける──これが大聖人の御心である。その意味で、学会員こそ世界第一の「英雄」であり、人間の「王者」である、と改めて断言しておきたい。
 今回いただいた数々の栄誉も、すべて、この尊貴なる学会員の皆さまに捧げたい。これが私の気持ちである。
9  真心には真心でか──それが正法の世界
 大聖人は、一人の婦人に、こう語りかけておられる。今でいえば、平凡な学会の婦人部員であろうか。
 「あまざけ一をけ・やまのいも・ところ野老せうせう給おわんぬ」)──甘酒一桶、山いも、野老ところ(ヤマノイモ科の一種)を少々、いただきました──。
 大聖人は常に、門下が御供養をお届けしたことに対し、″本当にありがとうございます″と、丁重に感謝を述べられている。
 「をとこにもすぎわかれ・たのむかたもなきあまするが駿河の国・西山と申すところより甲斐国のはきゐ波木井の山の中にをくられたり」──夫にも死に別れ、頼る人もいない尼(のあなた)が、駿河の国(静岡)の西山というところから甲斐の国(山梨)の波木井の山中まで(これらの品々を)送ってくださいました──。
 尼というのは、もう結婚しないと決めた在家の女性である。独り身の婦人の暮らしを案じられながら、大聖人は、その真心を温かく包容しておられる。
 「人にてられたるひじりの寒さにせめられて・いかに心ぐるしかるらんと・をもひやらせ給いて・をくられたるか、父母にをくれしよりこのかた・かかるねんごろの事にあひて候事こそ候はね」──世の人に捨てられたひじり(既成の寺院に住まぬ僧。ここでは大聖人のこと)が寒さに責められて、どのように心苦しかろうと思いやってくださって送られたのでしょうか。日は父母に死に別れてから、このような懇ろな親切を受けたことはありません──。
 大聖人は、常に迫害の危険の中に身を置かれていた。いつ御命を奪われるかもしれない法戦の連続であられた。そして晩年は山中で、ひとり広布の指揮を執り続けられた。
 婦人は、大聖人の身延での御生活を思い、自分も決して裕福ではないなかで、あれこれ心配申し上げていたにちがいない。そうした婦人の心を、大聖人はあますことなく汲み取られている。
 そして、「せめての御心ざしに給うかとおぼえてなみだもかきあへ候はぬぞ」──かなり無理をされてのおこころざしで、これらの品々を送ってくださったかと思って、涙もこらえることができません──と仰せになっている。
10  山いもなどの質素な品々であり、わずかな御供養である。にもかかわらず、「真心が、うれしくて、涙をこらえることができません」と。これが、仏さまであられる。御本仏の御心であられる。
 たとえ、ささやかであっても、庶民の真心を絶対に″無″にされない。あますところなく理解し、受けとめられる。庶民の苦労を、だれよりも、だれよりも、わかってくださり、抱きかかえてくださっている。
 ここに、真実の宗教の世界がある。信仰の″極意″ともいうべき人間性の輝きがある。この麗しい世界を今、現実社会に広げているのが、わが創価学会である。
 いわゆる″宗教屋″は、庶民を睥睨へいげい(にらみつけて威圧すること)する。さんざん庶民を利用し、取るだけ取ったあげく、冷酷に捨て去る。御本仏の敵である。
 民衆を蔑視べっしする″政治屋″も同様である。皆さまは、そんな連中に絶対にだまされてはならない。
 私たちは、どこまでも「大聖人直結」で進む。庶民を、これほどまでに大切になされた大聖人の御心を拝し、どこまでも「庶民とともに」「庶民の味方となって」生き抜いてまいりたい。
 えらぶった人間、庶民を馬鹿にし、しいたげる人間とは、断じて戦い抜く。これこそが、御書に示された大聖人の御精神と信ずる。
11  「生きて一日なりとも名をあげん事こそ大切なれ」
 これまでも、何度も拝してきた有名な御文であるが、大聖人はこう仰せである。
 「人身は受けがたし爪の上の土・人身は持ちがたし草の上の露、百二十まで持ちて名を・くたして死せんよりは生きて一日なりとも名をあげん事こそ大切なれ」──人間として生まれてくることは難しい。あたかも爪の上の土のように、わずかなことである。また、たとえ人間として生まれてきても、その身をたもつことは難しい。太陽が昇れば消えてしまう草の上の露のように、はかない。百二十歳まで長生きし、汚名を残して死ぬよりは、生きて一日でも名をあげる事こそが大切である──。
 長生きしたから、いい人生とはいえない。何を残したか、どんな価値を生んだか、どれだけの人を幸せにしたかである。
 その意味で、結論的に言えば、広宣流布に生きることが、即、最高の人生となる。広宣流布に生き抜くことは、そのまま、社会への最大の貢献になっている。自他ともに幸福になる。仏法は即社会、そして信心は即生活であり、一体である。
 ゆえに大聖人は、法華経のため、広宣流布のために働き、名を上げなさい、限りある一生に、自分はこれだけやりきったという悔いのない歴史をつくりなさい、残しなさい、と教えられているのである。
12  今回、北・南米の六カ国・九都市を訪問したが、いずれの地でも″わが友″は、社会のために、涙ぐましいほどの戦いをされていた。広宣流布のために、生き生きと活躍されていた。
 ああ、来てよかった。何と尊い方々か──私は、お一人、お一人を抱きかかえてあげたい気持ちでいっぱいであった。
 この方々が、おられるがゆえに、それぞれの国に広宣流布の「万年の道」ができるのである。だから「一人」が大事なのである。
 世界広布の本陣である東京の皆さまも、新しい時代をつくるために、私とともに、頑張っていただきたい。世界の同志が「さすがだ」と喝采を送る、堂々たる勝利をお願いしたい。
 同じ戦うならば、前向きにいかなければ、つまらない。みずから動いて、気持ちよく戦ってこそ喜びも湧く。勢いもつく。
 生き生きと挑戦することである。生き生きと進むところに、福運はついてくる。「仏法は勝負」「仏法は戦い」である。生き生きと戦う人が、最後には勝つ。「信心根本」「唱題根本」で生き抜く人が、必ず最後に勝つ。
 私は、これからも日本を回ります。世界へも飛び立ちます。お会いできる日を楽しみに、朗らかに進みましょう!

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