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日蓮大聖人・池田大作

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中欧・東欧・ロシア合同会議 「魂の変革」こそ最も尊き変革

1992.6.12 スピーチ(1992.6〜)(池田大作全集第81巻)

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1  中欧・東欧・ロシアの歴史的会合
 本日は、ドイツをはじめロシア、ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー、ブルガリアの中欧・東欧諸国、さらにオーストリア、イギリス、フランス、スペイン、アメリカ、日本など十三カ国の友人が集われた。本当にご苦労さま。
 きょうの会合は、ささやかに見えるかもしれない。しかし、時とともに三十年、五十年、百年先には、大変な歴史的会合と意義づけられることは、間違いない。「東欧」の代表の皆さまに、私は一首を贈らせていただきたい。
   東欧の
    友と相見る
     不思議さは
    大聖人の
      たしかな子等かと
2  東欧の民衆の苦悩を憂えた戸田先生
 今回の出発の日の前夜、夢を見た。戸田先生の夢であった。先生は和服を着て立っておられた。
 私は、先生の体を支えながら、申し上げた。
 「先生、これから先生の思想・理念を、世界に広めに行ってまいります」
 戸田先生は「私は、うれしい」「本当にうれしい」と、泣いておられた。
 また「私はうれしい。ありがとう。ありがとう」と、立って、泣きながら、私を抱きかかえられた。
 これが出発の日の前の夜に見た夢である。ひさかたぶりで見た、戸田先生との夢であった。きょうの歴史的な会合に当たり、真実の師弟の心を、ひとこと言い残しておきたい。
3  本日のこの会合を一番、喜んでくださっているのも、戸田先生であると私は信ずる。戸田先生は、当時、東欧・ロシアの民衆のことを、深く深く思いやられていたからである。
 特に、一九五六年(昭和三十一年)の″ハンガリー動乱″(東欧初の反ソ蜂起へのソ連軍介入と弾圧)の折には、先生は民衆の嘆きに、それはそれは心を痛めておられた。その直後の青年部総会の席上、先生は「ハンガリーの今度の問題などは、じつにかわいそうでたまらない。かの民衆はどれほど苦しんでいるか──」と語られている。
 また、その後の論文でも「ハンガリーの民衆にたいして、(今は)吾人ごじんらはなんの救うべき手段も方法もない。ただ、一日も早く、地上から、かかる悲惨事のないような世界をつくりたいと念願するだけである」と。
 こうした悲劇を転換しゆくために、先生は、私ども青年に″確固たる生命哲学を打ち立てよ!″″人間主義の行動で世界を結べ!″と呼びかけられた。私は、そうした先生の構想を一つまた一つ実現してきた。
 今や、先生が憂慮しておられたハンガリーをはじめ、東欧・ロシアの天地に、このような偉大な地涌の同志が誕生した。私は、皆さまを、戸田先生とご一緒に心から歓迎したい。
4  国と時をわきまえ、着実に前進を
 今回、私は招きを受け、エジプトを訪問するが、この「歴史の国」で何千年もの間、伝えられてきた英知の言葉を二つ紹介したい。
 まず「肩書のある者の息子に比べ、庶民の息子を差別してはならない。その人の功績をこそ見て人を判断せよ」。道理である。いわんや、仏法の世界においては当然のことである。その人が「何の位か」ではない。「何をしたか」である。もうひとつは「勝利に達するために、雄弁であれ。雄弁は王の剣である。言葉は、いかなる武器にも勝る」。
 言論戦である。思想戦である。「声仏事を為す」とある通り、明快に、堂々と、語りに語っていくところに、「勝利に達する」道がある。
5  かつて、ロシアの民衆詩人プーシキンは叫んだ。
 「青年よ! 最も尊くして 最も確かなる変革は いかなる野蛮な暴力をも排除した 魂の内なる変革である」と──。
 仏法にも通じゆく洞察である。
 皆さま方は、この「人間革命の王道」を″我が祖国″に開いておられる。白馬に乗った騎士のごとく、悠々と進んでいただきたい。たとえ少人数であっても、いな、少人数だからこそ、先駆者の誉れは、あまりにも大きく、その名は悠久の歴史に残っていく。皆さまのご健闘をお祈り申し上げたい。
 大聖人は「一切の事は国により時による事なり、仏法は此の道理をわきまうべきにて候」──一切のことは国により、時によることである。仏法は、この道理を必ずわきまえていくべきである──と仰せである。
 皆さまは、それぞれの国土で、万年への広宣流布の第一歩を踏み出した方々である。この御書の通り、「国情」と「時」をよくわきまえながら、着実に前進していっていただきたい。決して焦ってはならない。大聖人が、そう教えてくださっているのである。
6  ″幸福の大樹″へ信心の根を深く
 先日(六月四日)、南アフリカのデクラーク大統領とお会いし、大統領から丁重なご招待をいただいた。いつの日か、必ず訪れたいと願っている。
 南アフリカは世界の植物園といわれるほど、植物が豊富であるが、そのなかでも有名な美しい木の話をうかがったことがある。
 それは、スウィート・ソーン(甘いとげ)という名前で、アカシアの木の一種である。その名のごとく、開拓時代、甘い分泌物は砂糖がわりに使われ、また、白いトゲは針のかわりに利用された。また、樹皮はロープに、木材は荷車の部品に、葉とさやは食用として用いられるなど、人々を育み、助けてきた木である。民衆の、この木に寄せる愛情は、民謡の中でも歌われている。
 この木は、砂漠の中で、一本でも厳として生長していく。したがって、地図のうえで、丘や村のように、大切な目印ともなってきた。
 では、なぜ砂漠の中でも生えることができるのか。
 それは言うまでもなく、根を深く張っているからである。水のない砂漠の土壌から、少しでも水分を吸収していくために、実に五十メートルから六十五メートルの深さにまで、根を伸ばしていくといわれる。
 目に見えないところで、たくましく、また、たくましく根を張っていくからこそ、砂漠のような過酷な環境の中でも、堂々と生き抜き、人々に安らぎと喜びを与えることができる。
 人生も、また同じであろう。どんな悪条件下におかれても、そこを自分の使命の天地と定めて根を張っていく。その人が勝利者である。愚痴を言っても、はじまらない。いわんや「娑婆即寂光しゃばそくじゃっこう」という妙法の法理を抱いた皆さま方である。絶対に負けてはならない。退いてはならない。臆してはならない。
 皆さまの信心即生活の一日一日の行動は、自身のゆるぎない「三世の勝利」の根、「幸福」の根となっていく。そしてまた各国の万代の繁栄の根となっていくことも、間違いない。
 一本の″勝利の大樹″がそびえれば、その周りに、種をまき、仲間を増やしていけるのが道理である。一本の大樹が大切なのである。皆さまは、その大樹となっていただきたい。
7  最後に、「撰時抄」の一節を拝したい。
 「衆流あつまりて大海となる微塵つもりて須弥山となれり、日蓮が法華経を信じ始めしは日本国には一たい・一微塵のごとし、法華経を二人・三人・十人・百千万億人・唱え伝うるほどならば妙覚の須弥山ともなり大涅槃の大海ともなるべし仏になる道は此れよりほかに又もとむる事なかれ
 ──多くの流れが集まって大海となる。わずかの塵も積もって須弥山(古代インドで世界の中心にあるとされる最高の山である)となったのである。日蓮が法華経を信じ始めたことは、日本の国にとっては、一つのしずく、一つの微塵のようなものである。やがて二人、三人、十人、百千万億人と、唱え伝えていくならば、妙覚(最高の悟)の須弥山ともなり、大涅槃という悟りの大海ともなるであろう。
 仏になる道は、これよりほかに、また求めてはならない──。
 この御書を虚妄にすることなく、現実に、一閻浮提広宣流布を進めておられるのは皆さま方しかない。そして、大聖人が「百千万億人」と仰せのごとく、次の世紀には、絢爛たる地涌の人華にんげが地球を包みゆくにちがいない。その原点となるのが、皆さまである。
 ″御本仏の直系″の誉れも高く、一人一人の友を、最大に大切にしながら、仲良く、朗らかに、「大いなる希望」の道を進んでいただきたい。
 また、お会いしましょう。きょうは遠いところ、本当にありがとう。おめでとう!

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