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日蓮大聖人・池田大作

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海外派遣メンバー、各部代表者協議会 「人間」を見よ!善は「人格」に現れる

1991.4.12 スピーチ(1991.1〜)(池田大作全集第76巻)

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2  このように、今でこそ最高峰の芸術家として敬愛されているが、生前のモリエールはつねに迫害の暴風のなかにいた。それはチャップリンと同様、世の中の偽善者や策謀家、悪徳の有力者を痛烈に笑いとばしたからである。
 「喜劇の職分は、人をたのしましめつつこれを矯正することにあります」(『タルチェフ』川口篤訳、『世界文学全集〈第三期〉』3所収、河出書房新社)
 モリエールは、この信念でフランス中に笑いをふりまいた。人を楽しませるというサービス精神で、人を愉快な気分にさせながら、人を高めることを目的としたのである。こうして、当時は悲劇よりいちだん低く見られていた喜劇の地位を高めた。
 彼が笑いの対象にしたのは、守銭奴、えせ学者、やぶ医者、権力を振り回す頑固親爺など数多いが、いちばん反響が大きかったのは、えせ宗教家を描いた『タルチュフ またの名ぺてん師』である。
 この作品について述べた一文の中で、モリエールは″えせ宗教家″たちを、こう痛罵している。
 「偽りの信仰は疑いもなく最も世に行われ、最も不快な最も危険な悪徳であります」「信仰の贋金つかいどものうわべをつつんだ一切の欺瞞」(同前)――と。
 世間に流通している信仰の″贋金″ほど危険なものはないというのである。
 モリエールが危険を承知で上演したこの喜劇(『タルチュフ』)は、チャップリンにとつての映画『独裁者』に当たろう。
3  『タルチュフ』――ぺてん師の悪の正体を見破れ
 そのあらすじは――。
 ある財産家の家に、聖職者まがいの一人の「敬神家」「偽信心家」が入りこんだ。一家の主人が、彼を狂信してしまったのである。主人とその母以外の家族は、だれもこのぺてん師を信じない。二人は、彼タルチュフを聖人のようにあがめ、下にもおかぬ崇拝ぶりである。
 他の人間には、彼の「わざとらしい大げさな祈り」「しかめっ面の君子気どり」「口うるさく、何にでもケチをつける偏狭さ」が、我慢できない。皆、「見えすいた偽善」だと知っている。明らかに「財産ねらい」なのだ。
 しかし、すっかりたぶらかされた主人はとうとう、すでに婚約者までいる自分の娘を、このぺてん師に与えようと決める。だれが反対しても耳を貸さない。それどころか、ぺてん師に反対する者を「罰当たり」とののしり、「信心がない」と非難して怒りだす。
 主人の妻は、かわいい娘がこんな偽善者と結婚するなんてとんでもないと、タルチュフに思いとどまるよう直接話す。ところが以前から、この美しい夫人によこしまな心をもっていたぺてん師は、二人きりで話す機会を利用して、言葉たくみに誘惑する。根は放埒そのものの悪人であった。
 この様子を、家の息子(娘の兄)が物陰で聞いていた。彼は飛び出していって、えせ宗教家を批判し、抗議する。
 「このぺてん師は、ほんとに長いあいだ、お父さんを手玉に取ってきました」「お父さんがこんなやつの食いものにされるのは、もうたくさん」(『タルチュフ またの名ぺてん師』鈴木力衛訳、『世界古典文学全集47 モリエール』所収、筑摩書房。以下、引用は同書から)
 息子は、真実を明らかにする絶好のチャンスと思い、父親にぺてん師の「破廉恥な行為」をぶちまける。白い仮面の下の腐敗――。これで父も、もう目が覚めるだろう、と。
4  ところが、さすがぺてん師というべきか(笑い)、彼は口がうまかった。
 ″息子さんの言うとおり、私は何の価値もない人間なのです。私は甘んじてこの侮辱を耐え忍びます″――「加害者」のくせに「被害者」のふりをしてみせたのである。
 自分から悪をしかけておいて、都合が悪くなると、反対に被害者の顔をよそおう。相手を加害者、犯人に仕立てあげる。これがぺてん師の常套手段である。
 これに父親は、また、だまされた。かえって、息子や妻がうそを言っていると信じこんだ。
 ″こんな立派な方に悪態をつくとは! 息子よ、お前こそ悪党だ。勘当だ!″
 そして、あろうことか、この「いかさま師」に全財産を贈与してしまうのである。娘との結婚も急ぎだした。
 狂信は、酒に酔った者のごとく、手がつけられない。もちろん、だます人間のほうが、だまされる人間よりも悪いことは当然だが――。
 妻は決心する。″こうなったら、自分の日で見させるしかない″――。
 彼女はタルチュフを部屋に呼びこみ、彼の思いを受け入れようと話す。じつはテーブルの下には、夫を隠している。(笑い)
 初めは用心していたぺてん師も、だれもいないと思いこんで、だんだん大胆になり、彼女に言い寄る。腹黒い正体を、あまさずさらしてしまう。テーブルの下にいるとも知らず、主人の悪口も始める。
 「ご主人なんかにそう気をつかうことはありませんよ」「あれはどうにでも引き廻せる人ですからね」「それにわたしは、なにを見ても信じないように、あの人を仕込んでおきましたから」
 自分の「信者」であり、「恩人」である主人も、ぺてん師には「いいカモ」にしかすぎなかった。無知な″お人よし″だけの人間であっては、絶対にならない。
5  主人も、自分の耳ですべてを聞いて、ようやく迷いが覚めた。
 「地獄にだって、あれほどの悪者がいるもんか」
 テーブルの下から出てきた主人に、タルチュフは驚き、あわてる。観客は大喜びである。(笑い)
 「出ていけ!」と主人は叫ぶ。ところが――。
 ぺてん師は開きなおった。
 「出て行くのはそちらだよ」「この家はおれのもんだ、忘れちゃ困るぜ」
 そのとおり、主人は全財産を差し出してしまっていた。悔やんでも遅かった。そればかりではない。主人は、政府ににらまれて亡命した友人の文書まで彼に握られていた。これを利用されたら、友人の生命も財産も危ない。
 「やれやれ! うわべはあれほど殊勝な、信心ぶかそうな様子んてしていながら、そのしたにあんな二心、あんな邪悪な魂を隠していようとは! このわしが、一文なしの乞食同然の境涯から拾いあげてやったのに」
 ″宗教なんて、もうまっぴらだ!″と、彼は叫ぶ。
6  怒り狂う主人を、妻の兄がたしなめる。
 「(=あなたは)いつだって極端から極端に走るんです」「偽の信仰にだまされていたことに気がつかれた。だからといって、それを改めるために、さらに大きな過ちを犯すことはないじゃありませんか」
 「インチキな宗教に引っかからないよう、できるものなら用心してください。しかし、正しい信仰を罵倒してはいけません」
 彼は以前から主人に忠告していた。
 ″えせ信心と信仰を区別しなさい。贋金を本物あつかいしてはいけません!″
 「(=彼らは)利欲に目のくらんだ心から、信仰を商売と思い、売物と考え」「人間の持っているなによりも神聖なものを悪用して罰を受けず、好き勝手にもてあそんでいる」「天国への道を利用して、産を成しているじゃありませんか」
 彼によると、立派な信者ほど尊敬すべきものはなく、真の信仰から発する熱情ほど、気高く美しいものはない。
 ″それだけに、信仰を売りものにする、もったいぶった威厳や見せかけ、いかさま師そのものの奴らほど不快なものはない″
 もちろん、これはキリスト教における信仰論である。ただ、宗教そのものに正邪、高低浅深があることは当然として、正しい宗教であっても、狂信ということもありうる。また、人々の信仰心を利用する「ぺてん師」が現れる可能性はつねにある。見抜かねばならない。だまされてはならない。
 また「偽物」への不信感に心を奪われるあまり、「本物」の正しい信仰まで捨て去ってしまうようでは、あまりにも愚かである。それでは、せっかくの幸福への軌道を自分で壊してしまうことになる。結果として、「偽物」にたぶらかされ、屈服したのと同じことになってしまう。
 牧口先生は「贋札は本物に似ているほど罪が大きい」と言われたが、贋札が出たからといつて、「本物」まで捨てる人はいない(笑い)。むしろ「偽物」の正体を見破り、打ち破りながら、いやまして「正しき信仰」に生ききっていくことである。
7  真実の信仰は、悪しき権威や虚飾とは無縁
 それでは、「偽物」と「本物」は、どう違うのか。彼(妻の兄)は言う。
 ″(えせ宗教家は)気が短くて、人を恨む心が強く、真心がなくて、策略にたけ、人を破滅させるためには、厚顔にも天の利害でもって(天国とか、さまざまな教義を使って来世のことでおどし)自分たちの恐るべき憎しみをおおい隠す″
 ″腹を立てると、人の尊敬する武器(儀式やキリストなど)を逆用して、信者を「神聖な刃」で殺そうとする″
 「神聖な刃」すなわち宗教に名を借りた暴力、権力を振り回す――と。
 そして見かけを荘厳に飾り、人々の「信用と威厳を買い取ろうとする」というのである。
 一方、「本物」はといえば、「かれらの信仰は人間的で、親しみがもてる。かれらはわれわれの行動を、いちいちとがめ立てたりはしない」「みずからのおこないによって、われわれに範を垂れる」「陰謀をたくらんだりするようなことは絶対にない」と。
 ″本物はすぐにわかりますよ。金メッキに目がくらんではいけません″と、彼は主人に説き聞かせるのである。
 仏法においても、「人間的」で「親しみ」に満ちた、あたたかな「ふれあい」の世界。そこに、「正しき信仰」の表れがある。真実の信仰は、悪しき「権威」や「虚飾」とは無縁である。
8  さすがの主人も、今や完全に目が覚めた。しかし、財産は渡してしまった。「忘恩の卑劣漢」「真心を仇で返す悪党」は、「明日までに屋敷を出ていけ」と脅迫してくる。そのうえ、尊敬する友人のために主人が預かっていた文書を、彼は持ちだし、国王に訴えてしまった。「国事犯の共犯者だ」として、主人を逮捕させようと、警察を連れてタルチュフが向かってくる。
 尽くしきったあげくの、この仕打ち――。忘恩、非道にもほどがある。「人間って、見下げはてたけだものだなあ」。主人は嘆きながら、亡命しようと馬車に乗るところを、ぺてん師に捕まってしまう。
 ぺてん師は「いろいろ助けていただいたことは忘れたわけじゃありません」と言いわけしつつ、″しかし、悪(友人をかばっていたこと)を見逃すわけにはいきません。この神聖なる義務(「悪」を追放する)のためには、あなたへの感謝の念も、自分自身までも、喜んで犠牲にするつもりです″と。口は重宝というか、「恩人であろうと、悪は悪だ」などと言われれば、だまされる人間も出てこよう。ぺてん師に、自己正当化の″へ理屈″は、ことかかない。
 主人の義兄は憤慨する。
 「きみが人前でひけらかすその情熱が、口で言うほど立派なものだったら、なぜもっと早く、そいつを見せてくれなかったのかね。義兄(=義弟にあたるが、年齢が若いので、こう呼んでいる)の細君に言い寄って、その現場を押えられるまで、待っていることはなかったじゃないか?」
 ――今になって人を罪人扱いするなら、どうして、これまで黙ってものをもらっていたんだ? 支援してもらっていたのか?
 ――しこたま財産を手に入れてから、急に悪をこらしめるなんて思いついたのは、どういうわけだ? 陰ではともかく、表面では、ほめ続けていた人に対して?
 「どちらが正義か」は、別に複雑な論争をしてみせるまでもない。
 ずっと以前から悪いと思っていたなら、今まで、ほめあげたり、主人の寄進を受け取っていたのはおかしいではないか。自分の悪がばれてしまったもので、突然、国家の″法″を厳格に守る「神聖な義務」などと言いだし、自分の悪事を知っている″邪魔者″たちを追放しようと策略を始めたのだ。
 まず財産を返してから、文句を言ったらどうか?――と、この賢者(主人の義兄)は、ぺてん師を問いつめるのである。
 もともと主人には何の罪もない。むりやり罪人に仕立てて追放しようとしても、つじつまが合わないのは当然である。
 タルチュフは、言葉に詰まった。言葉に詰まれば、あとは実力行使しかない。権力を使う。警察に向かって、″こいつらを黙らせてください。さあ、逮捕だ! 追放だ!″
 主人は絶体絶命である。ところが、劇では急転直下、いかさま師のほうが逆に逮捕されてしまう。
 国王に訴えたことで、かえって自分の素性を調べられ、隠していた悪行がぞろぞろ出てきて、名うての詐欺師だとわかってしまったのである。また国王は、公平に事件を見て、″こんな忘恩と裏切りは許しがたい″と、タルチュフを捕らえるよう命じたのである。
 こうして″道理″が勝利を収め、ハッピーエンドで幕がおりる。
9  「真実」をつけば迫害が起きる
 一般公開されたモリエールの『タルチュフ』は、たいへんな評判をとった(一六六九年二月)。大衆は拍手喝采を送り、その初日の興行は、彼の生涯最大の成功だったといわれる。今なおフランス語で「タルチュフ」というと、「偽善者」を意味するほど有名になった。
 ところが、この大傑作を、嫉み、気にくわない連中もいた。本物の「えせ宗教家」、本物のタルチュフたちである。(爆笑)
 じつは、劇『タルチュフ』が初めて上演されたのは、一般公開の約五年前(一六六四年五月、国王ルイ十四世の前で催された)にさかのぼる。
 もちろん、脚光を浴びた。王たちも気に入った。しかし、「えせ宗教家」たちだけは違った。「この劇は、信仰心を侮辱するものだ!」。彼らは、猛然といきり立った。ごうごうたる非難と陰湿な圧力。たちまち、上演禁止に追いこんでしまった。まるで『タルチュフ』が大衆の目にふれるのを恐れるかのように――。
 理由は明快である。モリエールの劇が、あまりにも「真実」をついていたからである(笑い)。皮肉られ、嘲笑されているタルチュフに、彼ら自身の姿を見つけたからである。(笑い)
 その後『ぺてん師』と改題され、一度だけ公演されたが、またも「えせ宗教家」の強硬な横ヤリのため、翌日には上演禁止(一六六七年八月)になる。上演、朗読をすることはもちろん、見ても聞いても「破門」にする、と、まったく正気とは思えぬ″お達し″まで出されるのである。
 結局、『タルチュフ』は、天下晴れて大衆の前で演じられるまで、五年間もいわれなき迫害を受け続けた。一つの劇でさえ、そうである。いわんや大衆の正義の運動が迫害を受けるのは当然であろう。
10  モリエールが生きたのは「フランス大革命」の一世紀あまり前。絶対的権力をもった国王を中心に、王侯貴族、僧侶などの特権階級が″わが世の春″を謳歌していた時代である。聖職者は貴族にも勝る「第一身分」とされ、とくに高位聖職者は強大な特権を握っていた。(=フランス革命が打倒した悪名高き旧体制〈アンシャン・レジーム〉のもとでは、僧侶は第一身分、貴族は第二身分、それ以外の大多数の国民は第三身分と呼ばれていた)
 彼らは、革命前の全国土の一割とも二割ともいわれる広大な教会領を持ち、領民の収入の″十分の一″を税金として納めさせていた。ふところには金がうなっていた。民衆や社会のために使うわけでもない。
 高位聖職者の大半が″有閑貴族″と同じだった。すでに信仰心は片鱗もないのだから、私生活は乱脈を極めた。贅沢で、放埒な暮らしも有名だった。
 (=十八世紀のある大司教は、王妃の気を引くために百四十万リーブルもの首飾りを購入した。当時、労働者の年収は千リーブルにも遠く満たなかった。またある司教は、公然と愛人を囲っていた。彼らの宗教上の関心はといえば、少しでも高い教会職にありつくことばかりだった。歴史家ミシュレは『フランス革命史』で、堕落した聖職者を「特権をもった乞食」〈『世界の名著37 ミシュレ』桑原武夫他訳、中央公論社〉と評した)
11  次元は異なるが、日蓮大聖人も「えせ聖職者」を厳しく破折された。
 「立正安国論」には、「悪侶を誡めずんばあに善事を成さんや」――悪い僧侶を戒めなければ、どうして善事を成し遂げることができようか。できるはずがない――と仰せである。
 そしてその悪侶の姿について、涅槃経の文を引いておられる。「外には賢善を現し内には貪嫉を懐く」――外面は賢く善なる様子を見せ、内面では貪りと嫉妬の心を抱く――、また「実には沙門に非ずして沙門の像を現じ邪見熾盛にして正法を誹謗せん」――実際は僧侶ではなくして僧侶の形を現し、邪見が燃え盛り、正法を誹謗するであろう――と。
 さらに、「飢餓の為の故に発心出家するもの」が現れる、との文を引いておられる。
 要するに、″食うために出家する者″が現れる、と。そして、こうした″利欲のための出家者″を名づけて「禿人とくにん」というのである、と。″髪をそり、外見だけ僧の格好をしている者″のことである。そのニセ出家者が、「正法を護持する人々」を迫害すると涅槃経では説いていると示されている。
 形ではなく、正しい振る舞いをしてこそ、尊ぶべき僧宝であり、法に反する悪しき振る舞いの者は悪侶であり、正法の敵であると、御書の多くの御文をとおして、大聖人は断じられている。
12  ともあれ、モリエールの『タルチュフ』は、宗教を″隠れミノ″にして、善良な人々をだまし、私腹を肥やす「えせ宗教家」がのさばる風潮を笑いとばし、痛烈に風刺した。そこで、「宗教を冒漬するものだ」と攻撃され、上演を禁じられたのである。
13  楽しく「言論の勝利」の劇を!
 しかし、モリエールはいささかも動じなかった。むしろ毅然として反論した。
 「タルチュフは彼等の口をかりれば敬神の念を侮辱する芝居だそうである。それは、徹頭徹尾不信冒漬にみち、火刑に値しないものは何一つないという。一言一句不敬ならざるはなく、仕草まで罪になるそうである。眼を動かしても首を振っても、右か左に一歩足を踏み出しても、そこには(=神を冒漬する)秘密が隠されているそうで、彼等はそれに説明を加えて私を陥れようとするのである」(前掲『タルチュフ』川口篤訳)
 彼は言いきっていた。「偽物をやっつけても、本物は傷つくはずがない」。私の劇に腹を立てる人は、″心当たり″のある「えせ宗教家」だけですよ――と。
 メッキは本物を嫌う。信念を曲げて生きている者は、信念を貫いた勇者を恐れ、煙たがる。本物がいては、自分のウソがわかるからである。さもしい本性が露見するからである。ゆえに牢獄でも不退転だった戸田先生を、軍部の圧力に屈した一部の人間は憎んだ。
 御書には「まがれる木はすなをなる繩をにくいつはれる者はただしき政りごとをば心にあはず思うなり」――曲がった本は、縄で印をつけ木を切るので、まっすぐな縄を憎み、偽っている人間は、正しき治政を心に合わないと思う――と仰せである。
14  「この世の中に、日々人々が堕落させない何があろうか?」(川口篤訳、前掲書)――。モリエールは″人間世界″の厳しき現実を見すえて言う。「医術」も、「哲学」も、そして「宗教」も、どんなものも″腐敗の危険がないものはない″と。
 なぜか。どんなに立派な目的をもったものであっても、必ず、それを私利私欲のために乱用し、悪用する徒輩がいるからである。だからこそ、「偽物」にだまされてはならない。「悪人」に翻弄されてはならない。モリエールの舌鋒は、鋭く激しかった。
 彼は、弾圧の風雨に、決して負けなかった。『ドン・ジュアン』『人間ぎらい』『いやいやながら医者にされ』『守銭奴』などの傑作は、すべて迫害の渦中で生まれた。生活は切迫したが、彼は迫害者たちを見おろしていた。そして、先ほどふれたように、五年後には、晴れて『タルチュフ』を一般公開できたのである。
15  しかし、その後も、彼に対する執拗な攻撃は、やむことはなかった。
 一六七三年二月、死が訪れたとき、モリエールは、「不信心者」として僧侶の立ち会いを拒否され、国王の保護でやっと葬儀ができたほどだった。
 「えせ宗教家」は、死者を悼むどころか、冷酷な本性のキバをむき、ここぞとばかり、彼に復讐し、権威を見せつけようとしたのである。
 何のための宗教か、何のための聖職者か――。モリエールは、その人生の終幕まで、「本物」と「偽物」を明白に映し出した。
 役者でもあった彼は、舞台に生き、そして舞台に死んだ。
 最後の日。胸を病み、出演するのは不可能な体調であったが、劇団の座長として「わたしが芝居をしなかったら、劇場に働いている五十人の人たちはどうなるのだ」(鈴木力衛訳、前掲書)と、無理をおして出演。苦痛も笑いでまぎらしながら、最後まで舞台を務め、幕がおりるや、そのまま倒れた――。五十一歳であった。筆を持ったまま死んだと伝えられるプラトンの姿をほうふつとさせる。みずからをかけた「使命」に生きぬいた人生であった。
 戦いぬいた。ゆえに美しかった。己を曲げなかった。ゆえに崇高であった。たくましく現実に挑み続けた。ゆえに新しい歴史を開いた。民衆に根を張っていた。ゆえに迫害はあれど、最後には勝った。
16  モリエールが生きた十七世紀。この時代の底流を「宗教から人間論へ」と表現する人もいる。神の権威によって一切が決められていた時代から、「人間」を自分の日で探究しようとする流れに変わった。その潮流のなかで、デカルトが、パスカルが、またミルトンが、スピノザが、「人間」を自分の目で観察し、考えぬき、近代の扉を開けた。
 「人間の世紀」――それを開くためには、彼らは、どうしても偽善者、特権階級との対決は避けられなかった。こうして、後のフランス革命、人権宣言等への土壌をつくっていった。
 モリエールの戦いも、この潮のなかに位置づけられる。そして時とともに輝く「偉大な人間学」を後世の人類に残したのである。
17  学会は「人類貢献」の王道を進む
 仏法は本来「最高の人間学」でもある。どこまでも「人間」に光を当て、「人間」の尊厳を説ききった。しかし、正法の世界も、法を奉ずる人が、「人間に奉仕する」という本来の慈悲の実践を怠るとき、「人間を利用する」権威、権力の魔性のとりこになるスキができる。それでは、もはや「法滅」に向かってしまう。
 その流れをとどめ、本来の「人間のため」という原点につねにもどり、つねにそこから出発する戦いが必要となる。その戦いは、世界に真の「人権の世紀」「人間性の世紀」を開く運動ともなっていく。
 ここで、さらに御書を拝読したい。
 法華経の一字の功徳について、大聖人は次のように仰せである。
 「法華経の一字は大地の如し万物を出生す、一字は大海の如し衆流を納む・一字は日月の如し四天下を照す
 ――法華経の一字(妙法の意)は大地のようである。万物を生みだす。一字は大海のようである。あらゆる川の流れを納める。一字は日月のようである。全世界をあまねく照らす――と。
 「大地」「大海」「日月」――と。
 まず、大聖人の仏法は、一切の文化、産業、生活等の″万華″を生み育てる「大地」と信ずる。美術、音楽、文学、科学、教育、学術、政治、経済――。その他、社会のあらゆる分野に「善」ヘの方向づけと「蘇生」への本源的活力を与える。
 「善の行動なき真理は、凍てついた冬の大地のようなものである」との、ある哲学者の言がある。真理は、現実への行動によって、「価値」の花々を咲かせてこそ「創造の大地」となる。花も森もない大地は、灰色の「不毛の大地」である。
18  この妙法を根本として、社会に″価値の花園″を広げているのが、私ども「創価学会」の実践である。ご存じのように、学会の初代会長である牧口先生は、その生涯を「教育革命」にささげられた。
 牧口先生について、日淳上人は「(=牧口)先生には宗教は即教育であり、教育は即宗教であったのであります」と述べられている。
 「法華経に、遣使還告(=仏の使いとして真理を伝える者)の薩埵さった(=菩薩)ということがありますが、仏の道を教育に於て実践された、此れが先生の面目であると私は深く考えておるのであります」
 「従来、仏法に於て価値という考え方は、なかったかと私は思いますがここに先生の一歩進んだ仏法があったのではないか、今の世に一切の人々を導く尤も適宜な行き方を示されたのではないかと思うのであります」と称讃されている。(昭和二十二年十月、創価学会第二回総会。『日淳上人全集』)
 教育の究極は、宗教的真理を志向する。そして、宗教の肉化、内面化は、人間教育に開花しよう。時間の関係上、詳細は省かせていただくが、総じて、その他の人間文化も、基本的には同様である。
 「妙法の大地」から広がる、仏法基調の文化・平和・教育の大運動――。学会の前進の正しさは、御書に照らし、日淳上人のお言葉に照らし、間違いない。社会の中に展開しゆく「仏の道の実践」なのである。
 また、先の御文では、妙法はあらゆる河川を受け入れる「大海」と教えられている。
 世界には、さまざまな学問、哲学、論議があるが、人類の最大の難問である生命の本質、「幸福」の確立という根本課題には解決を与えていない。
 大聖人は次のようにも仰せである。
 「外典の外道・内典の小乗・権大乗等は皆己心の法を片端片端説きて候なり、然りといへども法華経の如く説かず
 ――仏法以外の教典、また仏法の小乗教や権大乗教等は、みな己心(わが生命)の法を片はし片はし説いている。しかし法華経のようには説いていない――。
 法華経は生命の全体観を説き、他は部分観にすぎないとの言と拝される。
 あらゆる川は海にあこがれ、滔々と流れ込む。同様に、部分観は全体観、根本的哲学を志向する。
 現代世界の最先端の思想家、学者等が、正法を行じる私どもに着目し、会うことを求めてくる。深い理解と期待を寄せてくる。私も、そうした方々とできる限りお会いし、率直に語り合ってきた。こうした世界的動き自体、私どもが、「妙法は大海の如し衆流を納む」との御金言を正しく実践している一つの証左といえよう。
 大聖人の「大海の仏法」はあらゆる優れた思想、哲学を包含している。決して排他的な、また偏狭なものではない。先駆的な各分野の学問の成果も、すべて妙法を証明していくことになるのである。
 さまざまな川も、海に入れば、一つの海の味になるように、人類の根本的幸福へと、それらは仏法の一分として使われ、生かされていく。
19  さらに、妙法は「四天下を照す」太陽であり、月である、と仰せである。
 地域や民族の違いにかかわりなく、日月は人々を照らす。「平等」である。一部の人々のみ照らす日月などない。
 国境、民族、イデオロギー、階層等の差別を超え、また時代を超えて、「全人類」(一切衆生)を救い、永遠に栄えさせていく。「全世界」(一閻浮提)のための仏法が大聖人の仏法である。
 この御金言どおり、「全人類」「全世界」に、妙法の「日月」の大光を届けたのは、わが創価学会である。この短い御文からも、私どもの前進の正しさを確信していただきたい。
20  世界に「人間性の王香」を届ける
 最後に、ある初期の経典の一節を紹介したい。
 「華の香は風に逆つて薫らず(中略)しかるに善人の香は風に逆つて薫ず、善士は一切の方に薫る」(『法句経』荻原雲来訳註、岩波文庫)と。
 ――花の香りは風に逆らってはかおらない(中略)しかし、正法を行じる善人の香りは風に逆らってかおる。善き人は、すべての方向にかおる――。
 「薫陶」という言葉があるが、「人格」は、よきにつけ、悪しきにつけ、その周囲に香りのような影響を及ぼすものである。
 近づき、接しているうちに、知らずしらずのうちに、その香りが″移り香″のように身についていく。よき「人格」の周りには、いつも芳しい″春の香り″がただよう。
 釈尊は、ここで、「善人の″心の華″の香りは、風にも散じない。強き風にも逆らって、あらゆる方向に、″よき香り″を届ける」と。自然の華は美しいが、「人華」の集いはさらに美しい。いかなる風が吹こうとも、その風に逆らって、世界に「人間性の王香おうこう」を届ける。
 私どもは、信仰によって、自身の人格を磨きに磨きながら、身近なところから人間性の芳香を広げてまいりたい。その足もとの実践が即、「人間性の世紀」を求める人類の運命の転換に直結しているのである。そのことを申し上げ、本日のスピーチを結びたい。
 (学会別館)

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