Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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第二十回全国青年部幹部会 学べ、動け、人生の春に

1990.3.9 スピーチ(1990.2〜)(池田大作全集第74巻)

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15  仏子を苦しめる悪と戦ってこそ正義
 大聖人はまた「三世各別あるべからず」――過去・現在・未来世のそれぞれが、別々であるということは絶対にない――と仰せである。
 「正法」に敵対し、破壊しようとする生命は、ある時は外道となり、また仏教の他宗の僧などとなり、さらに正宗や学会の中に入ってきて、同様の悪を働く。
 姿は違うようでも、本質は三世に変わらない。外見の「仮面」に惑わされなければ、何も驚くこともなければ、不思議に思う必要もない。御書と経文に、はっきりと説かれたとおりの実相である。御書の正しさの証明をしているともいえる。
 近年も、正法の世界にあって「懶惰懈怠」の堕落の姿で、反逆の振る舞いをなす者らが出た。僧であり、また幹部でありながら、御本仏の仏子をいじめ、尊き広布の世界をこわそうと画策する人間。彼らは、御書に御教示されたとおりの「正体」を現したのである。
 決して表面的な理由ではない。彼らが反逆にさいして、あれこれとこしらえた理屈などは、仏法の眼から見れば、自分を正当化するための哀れな虚構であることは明白である。
 また、だれかが厳しく叱ったからとか、もっと別の接し方をすればよかった等の見方も、あまりにも皮相的である。
 彼らは、過去にも正法の世に敵対し、仏子をいじめてきた者らである。そのままにしておけば、ガン細胞のように、体内を侵食していく。
 ゆえに悪とは断固、戦わねばならない。悪がみずからいられなくなり、出ていくことによって、清浄な広布の世界を守ることができる。かわいそうなようでも、全部、自分たちがつくった因果なのである。
 安易に妥協すれば、またいつか、正法の世界に忍び寄って、仏子を苦しめる。ゆえに、どんなに自身が返り血を浴びようとも、戦う以外にない。これが大聖人の厳粛な御指南に基づいた、正しき実践なのである。
 もちろん、仏法は一切衆生を救っていく慈悲の大法である。それを大前提として、大聖人があえて厳しく、悪との闘争を教えられた御心を深く拝さねばならないと私は思う。悪と戦う勇気と厳愛がなければ、正義は守れない。現実に人類を救っていくこともできない。
 本日は、北海道の小樽文化会館で、3・11小樽問答三十五周年の青年部総会が行われている。また東京の北多摩圏では、3・10「北多摩圏の日」記念の幹部総会が開かれている。これらを代表にして、全国の青年部の集いを、心から祝福申し上げる。(拍手)
 最後に、諸君は「永遠の青春」で、壮大なる法戦を展開しゆく一生であっていただきたい。「永遠の青春」で、燦然たる自身の今世の歴史を飾っていただきたい。こう願望し、本日のスピーチとしたい。
 (創価文化会館)

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