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日蓮大聖人・池田大作

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第十一回SGI総会 正法の大光を世界に

1990.2.17 スピーチ(1990.2〜)(池田大作全集第74巻)

前後
2  第一回のSGI総会も、このロスの地で行われた(=一九八〇年、シュライン講堂)。十年ぶりにふたたびこのロスの地で、五十四カ国の友を迎え、本日の総会を開催できたことに不思議な縁を感じる。
 この総会を祝し、日本の秋谷会長はじめ、理事長、副会長などの全幹部から、皆さま方によろしく、とのことであった。さらに、ヨーロッパ、アジア、アフリカ、オセアニアなど全世界からも、お祝いの便りが届いている。
 そして、デクエヤル国連事務総長はじめ、アメリカのキッシンジャー博士、カバゾス教育省長官、ロックフェラー大学のメリフィールド学長、ディッケンソン大学のドナルドソン学長、ニューヨーク市立大学大学院大学センターのプロシャンスキー総長、サンダーバード大学のハーバーガー大学院長、ハーバード大学のモンゴメリー教授、またカリフォルニア州のデュークメイジャン知事など、たくさんの方々から、お祝いのメッセージを賜っており、この席を借りて、衷心より御礼申し上げたい。(拍手)
 なお、本日は、特別な記念の日なので、「創大の重宝」の一部を皆さまに紹介させていただく(拍手)。後ほど、ゆっくり見学していただきたい。
 そのうち直筆の書簡のみを挙げると、フランクリン・ルーズベルト大統領ならびにエレノア夫人、ラファイエット将軍、ケネディ大統領、リンカーン大統領、フグナー、バンゼッテイ、ユゴー、エジソン、エマーソン、ヘレン・ケラーなどの手紙である。私のせめてもの皆さまへの尊敬と称讃の心情を感じていただければ、幸いである。(拍手)
3  歴史を創る人は歴史と共に不朽
 本日は意義ある総会であり、少々むずかしいかもしれないが、アメリカの独立宣言をとおし語っておきたい。(拍手)
 今、世界で「専制」と「独裁」の深き闇が豁然と明け始めた。歴史上、こうした「民主」の光、「自由」の曙光となったのが、アメリカの「独立宣言」である。
 皆さま方にはあらためて申し上げるまでもないが、一七七六年七月四日、十三の連合諸州から成る大陸会議は、全会一致で「独立宣言」を採択した。
 そこでは、自明の理として「すべての人間が平等である」ことがうたわれていた。「生命」「自由」「幸福」の追求は、だれ人にも侵されない天賦(天からあたえられた)の権利であると、高らかに宣言したのである。仏法の人間尊厳の思想にも通じる、崇高な歴史的宣言であった。
 それは、かのフランス革命(一七八九年)よりも十三年先駆けている。この意味で、アメリカ独立革命は、世界史をそれ以前と以後に分ける一大壮挙であったともいわれる。
 「独立宣言」に署名した各州の代表者たちは、有名なフランクリンをはじめ全部で五十六人。その一人一人の名は、独立宣言とともに、いつまでも消えない。
 歴史をつくった人生は、その歴史とともに不朽である。いわんや皆さま方は、この三十年、来る日もまた来る日も、愛するわが天地で、前人未到の各国の広宣流布を開拓してこられた。その名は一人ももれなく、末法万年尽未来際まで不滅である。そしてその福徳は三世永遠に崩れない。いくら使っても消えない福運の持ち主となる。これが仏法の法理であり、約束である。(拍手)
4  ちなみに三十年前、私が世界広宣流布への旅を開始したハワイでのアメリカ初の座談会(一九六〇年十月二日)――。参加者は子どもたちも入れて三十人に満たなかった。しかし私は、お一人お一人に真心込めて仏法を語った。信心を語った。一つ一つの質問に、ていねいにお答えしたつもりである。
 そして、この座談会で、海外初の地区の結成を、私は提案した。同行のだれもが思いもよらない布石であった。以来、現在では全米で千七百を超える地区の陣容となっている。三十年前、将来ヘの一つの確かな″核″を、私は手づくりでつくったのである。
 いちばん近くの一つをまず完璧に仕上げていく――。これしか道は開けない。この道理は、生活でも、仕事、家庭においても、広布の道程も、すべて同じである。
 このほどハワイに、広布功労の婦人の像を建立したのも、先駆としてのハワイの意義をとどめるためである。そして、もっとも苦労されてきた婦人の方々を顕彰したいためである。いずこの国の指導者も、婦人を最大に大切にしていただきたい。
 ともあれ、百十五カ国(=一九九六年七月現在、百二十八ヶ国・地域)に広がった世界広布の最初の出発点はアメリカである。
 どうか「世界のアメリカSGI」「世界の模範」としての自覚と責任で、誇りも高く進んでいただきたい。むしろ日本をもリードするような力量を持ってほしいと私は願う。
5  生命解放の独立運動を
 「独立宣言」の起草者は、いうまでもなくトマス・ジェファソン(一七四一年〜一八二六年)。後の第三代米大統領である。五人の委員の中でいちばん若いジェファソン(三十三歳)に起草の大役がまかされたのである。その信頼に応え、ジェファソン青年は短時日で一気に草稿を書き上げたという。
 優秀な若い人材を、どんどん登用し、その力を伸び伸びと発揮させていく――それが仏法の精神にかなった道である。またSGIの精神であり、各国の精神でなければならない。青年の活躍こそ、みずみずしい発展の原動力だからである。
 ところで、執筆にさいしてジェファソンがもっとも苦心し、心がけたことは何か。
 それは、目先の新しさでもない。また、気取った格式でもなかった。彼はただ一点、「アメリカ人の精神(マインド)」を、そのまま「独立宣言」に結晶させたいと願った。
 ――人間の内奥からほとばしる魂の叫びこそが、人々の心を揺さぶり、動かしていく。仏法もまた何より「心」の世界である。「心」の力を無限に発揮させゆく法則である。
 ともあれジェファソン自身が、その「アメリカ人の精神」を生涯、生き生きと持ち続けた一人であった。
 信仰者も、もっともすばらしき「アメリカ人」「イギリス人」等に、それぞれの国で、なっていくべき存在である。だれのまねをする必要もなければ、何らかの型に人間を入れるのでもない。
6  一八〇〇年、五十七歳のジェファソンは、ある手紙でこんな心情を語っている。「人間の心に上からおそいかかるあらゆる形態の暴政に反対し、永遠にこれと対決する」(松本重治・高木誠訳、『世界の名著33』所収、中央公論社)と――。私も同じ信条である。
 「自由」はみずから戦い、勝ち取っていくものである。座してあたえられるものではない。
 本当のことを明快に堂々と言いきっていく――。そうした人生はすばらしい。すがすがしい。その勇気を失って卑屈になったら、いずこの世界も悪しき権威に、いいように蹂躙されてしまう。
 圧迫の陰で、小さく萎縮し、策略や偽りを使って生きていくような人生では、あまりにみじめである。自分自身の敗北を意味する。
 内から、また外から、生命を圧迫し、苦しめる一切の悪と戦う。それらの圧力をはねのけて、大宇宙へと広がる、自在にして闊達なる幸福の大境涯をつくりあげていく。それが信仰の目的である。
 生命の「自由」を奪う根源的な苦悩――。仏法では、それを「四苦」また「八苦」と説く。
 四苦とは生老病死の苦である。宿命に縛られて生きる苦しみ。老いのわびしさ。病の悩み。そしてもっとも根本的な「死」への恐怖――。
 また八苦とは、このうえに四つの苦しみを加える。
 あえて、わかりやすく言うと「愛別離苦」すなわち愛する者と別れる苦しみ。「怨憎会苦」すなわち、嫌いな人間、敵対する人間と会わねばならぬ苦しみ。「求不得苦」すなわち″裕福になりたい″″出世したい″等々、欲望の対象を求めても得られない苦しみ。「五陰盛苦」すなわち心身が調和を得られず、重くなり、爽快感を味わえない生命の苦しみ――である。これらの苦悩の鎖を、ことごとく断ち切るのが、妙法の利剣であり、信心の太刀なのである。
 ゆえに、「永遠の自由」「永遠の幸福」を勝ち取るために、断じて臆病の信心であってはならないと申し上げておきたい。(拍手)
7  哲学なき時代照らす仏法の慈光
 ジェファソンは一八二六年七月四日、奇しくも「独立宣言」五十周年のその日に、八十三歳で生涯を終えた。牧口常三郎初代会長が、ちょうど学会創立の記念日に亡くなられた歴史を思い起こさせる史実である。
 死の十日ほど前、ジェファソンは独立五十周年の祝典に招待されたお礼の手紙の中で、こんな心情をつづっている。
 それは、独立宣言が、のろしとなって、世界のいたるところで民衆を呼び覚ましていくように、そして、民衆が無知と迷信の鎖を断ち切って、自由と平和を勝ち取っていくように、独立宣言がその大いなる励ましとなるように、との思いであった。(前掲書参照)
 以来百六十年余。今、世界で動き始めた「民衆の世紀」への潮流を見れば、ジェファソンは「われ勝てり」と、にっこり笑みを浮かべるだろうと、私は思う。
8  理念の面からいえば「独立宣言」の思想は、今や世界に広宣流布されたといえよう。
 今は、その精神を根底で支え、また完璧に実現していくための、より深く、より確かな哲学の台頭が求められているのである。世界の状況は、いよいよ精神の空白という課題が深刻になってきている。本源的な「自由」「幸福」「平等」への新しき哲学が求められている。
 刻々と変化し、変転する人類社会。その激動のなかにあって、人々は「正法」という太陽の慈光を渇仰し始めた。その″新しい時代″の″新しい舞台″の主役こそ、皆さま方なのである。(拍手)
 私は、皆さま方のご多幸と、ご健康、ご活躍を日夜、真剣に祈っている。
 使命の天地はそれぞれであるが、広宣流布に生きゆく大切な大切な仏子の皆さまである。どうか仲良く、また仲良く、よき国民、よき市民、そして、よき社会人として進んでいっていただきたい。
 最後に、今日お会いできなかった各国のわが同志の皆さまに″くれぐれもよろしく、どうかお元気で″と申し上げ、私のスピーチを終わらせていただく。
 (アメリカSGI世界平和池田講堂)

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