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日蓮大聖人・池田大作

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「1.15」記念各部代表者合同研修会 新しい人類文明の夜明け

1987.1.15 スピーチ(1986.11〜)(池田大作全集第68巻)

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2  さて、皆さまは、多くの人々を指導、激励していくリーダーの立場にある。会合での話ひとつにしても、参加者に深い感銘と感動、勇気と希望を与えていかねばならない。
 話し方も、いつも一本調子で、勢いよく滝の水が流れ落ちるような話ばかりでは、うるおいも、余裕もなくなる。あたかも大海へと進みゆく川の流れのように、変化がなくてはならない。あるときは、せせらぎもあれば、奔流もある。またあるときは、岸辺に美しい花が咲き、緑の木々も茂っている。川面もキラキラと光り、小鳥のさえずりも聞こえてくる。そして静かに川をゆく小舟に子供たちが手をふっている、平和そのものの光景もある。このようにつねに変化に富んだ話であれば、聞く人の心もうるおい、豊かになっていくものだ。新鮮に、一人一人の心をとらえ、″きてよかった″と思える何かを与えゆく話でありたいものだ。
 また、リーダーは、皆が気がねなく意見を言いあっていける雰囲気をつくっていくことが大切である。率直に建設的な意見も言えないような、権威的な態度であっては絶対にいけない。真の組織は、つねに心の交流と人々の成長と発展につながっていくべきことを忘れてはならないだろう。
3  ところで私は、多くの方々に揮毫して激励する場合がある。また外部の方々にも揮毫して贈本させていただく場合も多々ある。それに対し、御礼の手紙のなかに、この揮毫はどういう意味か、また、このことについてぜひ、もっと詳しく話してもらいたい、と書かれていることがある。きょうは、まだ正月でもあり、一人一人の方に返書を差し上げるのも大変なので、この会合の場を借りて、返礼とさせていただきたい。
 具体的には、ある学者に「無有生死。若退若出」という寿量品の一節を本に認めて贈った。その人から、ぜひ、その内容を聞きたいとあった。
 また先日、魯迅について語った。すると、ある作家から「名誉会長は魯迅の作品のなかで、どういう言葉が好きなのか」という手紙をいただいた。
 また昨年であるが、『新・平家物語』について少々、語った(昭和六十一年六月五日、東京第三総合本部幹部会。同六月十五日、京都広布三十周年記念勤行会)。すると内外の方々から、ためになるから、もう少し話してもらいたいとの要望の手紙が多かった。さらに、ウィリアム・テルについても、ぜひ、もう少し語ってもらいたい、との手紙が学生からあった。
 そういうわけで、本日は、簡単に、この四つについてふれさせていただきたい。テレビの連続ドラマではないが、指導者としての責任から、やむをえず語らせていただきたい。
4  永遠の生命観を説く寿量品
 さて法華経の如来寿量品には「無有生死。若退若出」(開結四九九㌻)とある。「生死の、若しは退、若しは出有ること無く」と読む。
 寿量品の深義については、別の機会にゆずるとして、この「無有生死。若退若出」に関して、本日は、ほんの少々だけふれさせていただく。
5  寿量品の「寿量」とは、如来の寿命と、その寿命に含まれる功徳を量ることをいう。すなわち、仏という無始無終の生命と、そこに収められた無量無辺の生命の宝を説いたのが「寿量品」なのである。
 そのなかで先ほどの一節は、生命の永遠性を説いた経文である。日蓮大聖人は末法の御本仏として、次のように御教示されている。
 「本有の生死とみれば無有生死なり生死無ければ退出も無し唯生死無きに非ざるなり、生死を見て厭離するを迷と云い始覚と云うなり
 すなわち「生」と「死」は生命に本然的にそなわったものである。「本有の生死」が生命の実相である。生命は永遠であり、生と死を無限にくり返していく。
 同じく寿量品に「方便現涅槃(方便して涅槃を現ず)」(開結五〇六㌻)とある。生きているあいだ、あたかも眠りと目覚めをくり返していくように、次の新たな「生」の目覚めのために、いったん「死」を現じるのである。
6  「生」は「若出にゃくしゅつ」である。つまり宇宙の十界に融合した生命が、さまざまな縁によって自らの因果が薫発し、地球上など、この実の世界に出現する。これが「若出」であり、「生」である。
 やがて寿命が尽きれば、生命は再び宇宙の十界のなかに、自己の生命の因果に応じて退き、溶けこんでいく。これが「若退」であり、「死」である。
 「生」といい「死」といっても、永遠の生命の変化相にすぎない。この実相をわが身に覚知していくならば、もはや嘆くべき「生死」もなければ「退出」もない。これが「無有生死」である。
 しかも、ただ生死がないというのではない。大聖人は、生死を見て、厭い、嫌い、恐れ、死からいたずらに逃避しようとすることこそ、「迷い」であると教えられている。
 すなわち永遠の生命観に基づかない始成正覚とは、今世論、現世論の人生観、生命観に通じる。現代人の人生観は、ほとんどが、この始成正覚(始覚)の「迷い」に基づいているといってよい。
7  これに対し、大聖人は「さて本有の生死と知見するを悟と云い本覚と云うなり、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る時本有の生死本有の退出と開覚するなり」と仰せである。
 本有の生死という正しい生命観に立てば、「迷い」から「悟り」へ、「始覚」から「本覚」へと転ずる。わが生命の本源を悟れば、もはや「生死」は恐れ、厭うべきものではなくなる、との御文である。
 仏界という永遠に崩れざる幸福境涯に立って、無量の″生命の宝″を積みつつ、最高に幸せな生命をくり返していけるからである。ここに寿量品の本義がある。
 大御本尊を信じ、妙法を唱え行じていくとき、自然のうちにこの″永遠の生命″を覚知した存在となる。また、意識するとせずとにかかわらず、″永遠の生命の宝″をわが身に開いていけるのである。
 この″寿量の大法″に比べれば、現世論のみの人生はあまりにもはかない。いかなる富貴も名聞も永遠ではなく、死がすべてを奪ってしまうからである。″永遠の生命″については、私もさらに思索を重ね、何らかの機会にゆっくりと論じさせていただきたいと思っている。
8  三世の生命観こそ時代転換の道
 ともあれ、寿量品に説く″永遠の生命観″を、人類に広宣流布し、深く浸透させていくことこそ、行き詰まった時代と文明を根底から転換してゆく道である。
 そのときには、生命観はもちろん、宇宙観も変わる。人生観も変わる。社会観、自然観、幸福観等々、一切の文化・思想の根底に大変革をもたらしていくにちがいない。″永遠の生命観″を基盤とした、まったく新しき文明と社会――それは、数千年にわたる人類史に、かつてない輝かしい永遠の夜明けを開花させていくと私は信じている。また、人類が悲惨の歴史を転じて永遠の幸福を享受し、崩れざる幸の大道を拓いていくこともまちがいないと確信する。ゆえに、人類にとって、これ以上の大偉業はない。
 この最極の「善」なる方向性を、一歩また一歩と社会、地域につくり出しているのが、私どもの広宣流布の運動なのである。
 私どもの日々の仏道修行と広布への行動は、一見、地道に見えるかもしれない。しかし、何百年、何千年の未来を考えるとき、かくもすばらしき光明を、人類社会にもたらしていく活動である。また、私どもは、その先駆の存在なのである。この事実を誇らかに自覚していただきたい。
9  ともあれ、「生」と「死」という問題は、だれ人も直面せざるをえない。人間にとっての永遠の課題である。
 「自分も死ぬことがあるだろうとは決して信じないのが、若者というものだ」(イギリスの批評家ハズリット)という言葉がある。たしかに、青年には、その若さゆえに死とは無縁のように思われるかもしれない。自分は、まっしぐらに人生を生きてきているのだと考えている。しかし、現実には、いかなる青年も、生死の問題を避けて通ることはできない。また、それを避けていては、深い生き方はできないものだ。
 御書には「老少不定は娑婆の習ひ」と仰せである。人の寿命は定まりのないもので、死期は老いも若きも関係なく、予知できない。いつ「死」が訪れてくるか分からないのが、世間の常である。若くして事故などで亡くなる場合も多々ある。また、かりに青春期を無事に過ごしたとしても、やがて年とともに老い、迫り来る死に直面していく――これが厳しき現実である。まさに「この世で確かなものと言えることは、死と税金だけである」との、フランクリンの言葉通りなのである。
10  「臨終を習う」とは信行の実践
 日蓮大聖人は、「先臨終の事を習うて後に他事を習うべし」と仰せになっている。人間がいかに生きるか考えるとき、「臨終」つまり「死」の問題をどうとらえていくかがもっとも大事となるのである。
 日達上人は、この御金言について、次のように述べられている。
 「臨終ということが最も大切である。我々信心のある人々が臨終の話を聞いても、少しもびっくりはしないけれども、世間ではよく縁起が悪いとか何とか、すぐいい出します。しかしそれがなくして本当のことはできない。世の中のこともできる訳がないのである。我々は南無妙法蓮華経と御本尊に信心しておるゆえに、必ず成仏しているという決定けつじょうしたことができておる。だから安心なんだ、少しも恐れることはない。
 ところがそれがなければ、もう世の中のことは恐ろしくていられやしないのです。表を歩くのだって、何かぶつかるんじゃないか、自動車に轢かれやしないか、そんなことばっかり考えておる。我々は、成仏ということが先にある。約束されている。そこに怖いことなどちっともない。これは最も大事なことですね。(中略)
 お題目を唱えていればいいんだ、ちっとも心配ない」(『日達上人猊下御説法集 第二巻』)と。
 さらに「南無妙法蓮華経と唱えた時には、成仏ということが約束されちゃっているんです。そこでもう臨終のことを習ったと同じことなのですから、あとは世の中のことも習い、あとは自分の商売に一生懸命になったらいいんです。(中略)御本尊様に朝晩お題目を唱えて、あとは人のために、慈悲のために折伏するのであります。だから少しも心配ない、あとはそれぞれの商売に励む、家業に励む、すなわち『他事を習うべし』、他事に従事していけば、それでよろしいのである。これは最も大事であると大聖人様がお考えになって、お教えになっておる」(同前)と。
 ここで日達上人は、平易なお言葉で、分かりやすく教えてくださっている。妙法を信受していくことが、そのまま「臨終の事を習う」ことになるというのは、「受持即観心」のことである。その方途は「信行」であり、「弘法ぐほう」である。
 若き諸君は、すでに御聖訓のままの大道を、日々歩んでおられる。それがいかにすばらしく、確かな青春であることかを、自負していただきたいのだ。
 つまり、すでに「生死」という人生の根本問題の解決に迫った大道を、諸君は歩んでいる。ゆえに、あとは「他事」、すなわち現在の社会、現実生活のなかで大いに学び、大いに呼吸し、大いに社会の勝利者としての実践をしていくことである。その現実の勝利を獲得していくことが、また、信念をさらに深めていくことになるのである。
 反対に、「生死」の根本問題を知らずして、いかに華々しい青春時代を送ったとしても、それは永遠性のない、夢のような、はかないものとなってしまうことだろう。
11  最高の理想と使命に生きよ
 話は変わるが、昨年八月、私は長野での研修会の席上で、オーストリア出身のユダヤ人作家ツヴァイクの言葉を紹介した。
 それは「われわれの現在はより高い完成への段階にすぎず、はるかに完全な生命の過程への準備にすぎない」「人類の人倫的な進歩に寄せるこの希望の力を、或る新しい理想によって信仰に変えるすべを心得ている者は、その世代の指導者となる」(『エスラムスの勝利と悲劇』内垣啓一・藤本淳雄・猿田悳共訳、『ツヴァイク15』所収、みすず書房)との、仏法の精神とも相通ずる、まことに含蓄深い言葉である。
 ここでいう「より高い完成」「はるかに完全な生命」とは、私どもの立場からみれば、「仏界」という三世永遠に崩れざる絶対的幸福の「我」のことであり、また、彼の希求する「世代の指導者」とは、皆さま方、広布のリーダーにほかならないことは、そのさい、申し上げた通りである。
12  ここでは「或る新しい理想」という点について、とくに申し上げたい。
 人により、さまざまな理想をいだいている。自由主義社会を理想としている人もいれば、社会主義の建設を理想とする人もいる。世界平和を生涯の理想としている人、科学の発展のために尽くそうとする人、あるいは、文学や詩歌の世界で生きようとする人など、まことにその次元は多岐にわたっている。
 しかし、ツヴァイクの指摘する通り、「人類の進歩」という漠然たる希望を、生活に根ざした「信仰」へと凝結させていくためには、「或る新しい理想」が同時に要請されるのである。
 私どもには、ツヴァイクのいう「世代の指導者」としての条件をすべて満たす、広宣流布という無上にして最高の理想がある。その意義において、諸君は自らの使命の大きさを絶対に忘れてはならない。
13  それにしても、わが国の近来の指導者層は、あまりにも理想と信念を見失っている。低次元の目先の利益のみを追い求める姿勢が、顕著になっているように思えてならない。金と権力という魔性に魅入られ、真の理想を喪失してしまった姿である。まことに慨嘆して余りある現実といわざるをえない。それだけに、私ども民衆が、いちだんと厳しく権力者への監視を行っていかなければならないと思う。
14  人間の真価は試練の時に輝く
 ドイツの文豪ゲーテは、ワイマール時代の詩のなかで次のようにうたっている。
  一箇の人間があらゆる人生試のうちの
  最も苦しいものを凌いで、自己を克服するときには
  われわれは喜んでその人間を他の人々に示し
  そして斯う言うことができるのです。
  ――『これこそ此の人の真骨頂だ!』と(『ゲーテ全集1』片山俊彦訳、人文書院)
 人間が、自らの試練に正面から取り組み、苦闘を乗り越えていく姿ほど、尊く、美しいものはない。こうした人を目のあたりにしたならば、声を大にして、″これこそ人間としての真髄を生きる姿である。もっとも偉大な人である″と叫びたい、との心情なのである。
15  世間には、低次元の享楽に憂き身をやつしている人も少なくない。だが、そこには、馥郁たる生命の薫りはない。人間の輝きもない。
 それに比べ、広布に生きゆく私どもの人生には、正法流布ゆえの嵐があるかもしれない。また、いわれなき非難の風が吹くこともあろう。宿命転換のための試練の波も押し寄せてくるだろう。しかし、それらの苦難は、自身の幸福のみならず、人々のため、法のための苦労である。
 その困難に凛々しく立ち向かい、敢然と乗り越えてゆく姿に、御本仏の御称讃がないわけはない。また、高貴なる人間性が磨かれないわけがない。ここにこそ、豊潤にして力強き人間性の真髄が輝くことを知らねばならない。
16  ここで、スイスの伝説的な英雄ウィリアム・テルについて若干話をしておきたい。テルについては、ドイツの劇作家、詩人であるシラーの有名な戯曲で、よく知られている。
 シラーは、戯曲『ウィリアム・テル』の執筆にあたって、スイスの町々を描いた地図を部屋に張りめぐらした。また、スイスの歴史書を読みふけり、スイスを知るためにたいへんな精力を費やしたといわれている。そして、″スイス人よりもスイスのことを知っているドイツ人″といわれた。
17  対象を徹底して学び認識を深めていくことは、広宣流布を進めていくうえでもきわめて大切な要件といってよい。とくにそれぞれの地域に対する正確な認識を忘れてはならない。その点ではわが学会にあっては、だれよりも婦人部の方々がすぐれているようだ。
 「あの路地では学会員がこういうお店をやっている」「あそこの家にはお子さんが何人いる」など、じつにこと細かく、地域のこと、同志のことを知り、激励にあたっておられる。
 婦人部の方々の地域を知る深さに対して、壮年部の方々は、地域の実情を知らなすぎる感がある。また、青年はいつも多忙で、駆け足で走っていて、今来た道の広さも、家の大きさも、地域の状況も判然としない場合が多いのではないかと思う。
 ともあれ、もっとも現実の地域に根をおろした婦人部の方々の活躍に敬意を表したい。また、壮年部、青年部の方々も、これからはよろしくお願いしたい。
18  ものごとを的確に認識し、把握する努力を欠いた行動は、とかく空転してしまう。同じ十の行動をし、十の言葉を語っても、それほどの実りがない場合が多い。自身の行動、発言が十分に功を奏し、価値ある結果となって結実しなければ、意味がない。ゆえに、ものごとを知悉していくことが肝要になるのである。この点は会社など、職場の第一人者となっていくうえでも同様である。
19  さて、伝説によればウィリアム・テルは十四世紀初めごろのスイスの農夫で、弓の名人であった。当時、スイスを支配していたオーストリアのハプスブルク家の横暴な代官に抵抗して捕らえられた。しかし脱走し、その代官を弓で倒し、スイスを解放し、独立に導いたと伝えられる。
 愛児の頭上にリンゴをのせて、これを射落とせと命じた横暴な代官の難題を、テルが見事に果たしたエピソードは、シラーの戯曲などによってたいへん有名である。また、テルの伝説は「建国の英雄」として広く伝えられ、その遺跡も各地にあるが、実在の人物ではないようである。
20  世に、事を成し偉人と呼ばれる人は、例外なく、かずかずの苦難にあい、それを乗り越えている。学会の草創の開拓も艱難の連続であった。それを果敢な実践で乗りきりながら広布の未聞の道が開かれてきたのである。
 とくに若くして多くの後輩のリーダーとなった青年部の諸君は、草創の先達によって築かれた広布の基盤のうえに安住するような存在であっては絶対にならない。また、多くの同志が集まった会合で体裁よく話をしたり、組織上の立場にのって、指導、激励していれば、それで広布のリーダーであると考えているとするなら、大いなる誤りである。
21  私は、将来ある諸君に対し、青年時代はあえて苦労してもらいたい、存分に自らを鍛えてもらいたい、と申し上げたい。そうでなければ必ず悔いを残すと思うからである。
 ″きょう倒れても悔いはない″――私は三十代からそう決意し、今日まで懸命に戦いぬいてきた。ゆえに充実した一日一日を送ってきた。それがまた、私の信念でもあった。
 若き諸君も、青年時代の今こそ、生命を燃焼させ、悔いなき日々の実践に励んでおかねば損をする。そして、さらに広布の大道を開き、先輩が築いた、それ以上の見事な広布の舞台を建設していただきたい。それがとりもなおさず、諸君の人生を、永遠に消えざる栄光と勝利で飾っていくことになるからだ。
22  ″勇気″の心に青春の鼓動
 ところで、ウィリアム・テルの死について、十九世紀のあるスイス人は「テルの死」と題して次のように歌っている。
   多くの者が川べりに膝まずき天に向かって
   心と手を差しのばし、ふるえ声で叫んだ。
   「だれもこの怒り狂う水から男の子を
   救う勇気のある人はいないのか?」
  
   だが、だれもがふるえ、ひるむばかりで、
   母親は絶望して目を天に向ける。
   川からは男の子の弱々しい声が聞こえ、
   その声はしだいに弱まって、ついに消える!
  
   八十歳の英雄テルは立ちあがった。
   危急の叫びを聞いて、座視できようか?
   若々しい勇気とともに彼は急流に身を投げ、
   大胆に腕をふるって荒れる水をかき分ける。
  
   たとえこの偉大な冒険が失敗に終わろうと、
   ここで死んで英雄の目が閉じるも本望。
   天の扉が開き、天使の群が呼んでいる、
   「おいで、テル、万人の天使であった男!」
  
   彼はしっかと男の子をつかむ、やったぞ、
   だが腕の最後の力が尽きた、と感じる。
   微笑みにみちた一瞥を故郷の土地に投げ――
   水は静かにテルの死体をはこび去る。
   こうしてテルは死んだ! 同盟者が死んだ!
  
   彼の胸中で心臓が無限に大きく鼓動した!
   虚偽のない美しいものすべてのために、
   すべての偉大なもののために、鼓動した!(宮下啓三訳)
 ここに歌われているように、テルは八十歳であった。その年に、おぼれた男の子を救おうとして川に飛び込み、その生涯を終える。まことに感動的であり、私には永遠に忘れられない場面でもある。
23  ウィリアム・テルの行為は、仏法で説く菩薩の生き方に通ずるともいえよう。八十歳にしてなお、勇気を奮い起こし、身を挺して子供を救おうとしたテルの気概。それは、私どもの生き方に、若々しい光彩をもたらしてくれる。
 とくに現在は、ますます高齢化の時代である。しかし、妙法を持った年配の方々は、弱々しい、あきらめの人生であってはならない。このテルのごとくつねに若々しい、さらに大きな仕事を成し遂げようというくらいの気概で、所願満足の人生を生きていただきたい。
 いわんや、青年部の諸君はまだまだ若い。現実には、多くの困難な壁がたちはだかっていることだろう。それはだれ人も大なり小なり同じものなのである。それに負けてはならない。若さには突進する勇気が必要だ。最後まで、堂々とわが使命に邁進していく人こそ、栄冠を勝ちとった人なのである。それが弘法の精神であり、学会精神である。
 大事なのは、強き″信心の一念″である。日蓮大聖人は御書に「心こそ大切なれ」と仰せである。諸君の大いなる健闘に心から期待してやまない。
24  希望の光を持ちつづけよ
 次に″希望″について、青年部の諸君に申し上げたい。『新・平家物語』のさまざまな場面を通して、戸田先生は私どもに人生の生き方を教えてくださった。私も、感銘した部分には朱線を引きながら読んだことが、今は懐かしい。
 その感銘した個所に、義経の思いをつづった次のような文がある。
 「自分には自分の希望がある。胸もふくらむばかりな夢がある。神路山の朝の陽も、その希望に燃えついてこそ美しいが、もしこの僧みたいになすこともなげに、草庵で日を暮らすことしか能でない身なら、なんの耀かがやきを感じよう。――この人はこの人、自分は自分。しょせん、信じる道を生きてゆくまでのこと」(吉川英治、講談社)――と。
 青年には、希望がなくてはいけない。希望がなければ青年とはいえない。現実が厳しいからといって、不平不満ばかりでは、活路は開けない。人生の価値も創れない。
 旭日の輝きも、希望があってこそ美しく感じる。ゆえに未来に生きゆく皆さんは、つねに太陽のごとく満々たる希望の光を持ちつづけて、この人生を生きぬいていただきたい。
 他の人が、どのように言っても、それは問題ではない。自分は自分である。自分の信じた道を、青春時代に決めた広布の大道を、自分らしく歩みぬいていくことが最高の誉れであり、私の心からの願望である。
25  同じく『新・平家物語』に次のような一節がある。
 それは、平治の乱(一一五九年)により、源義朝をはじめ源氏の将は、次から次へ捕らえられ、この世を去る。この源氏の衰勢にあって、絶望感のあまり、自身の死をもって清盛を殺害し、復讐をしようとはやる源氏の若者に対して、すべては刻々と変化してゆくという人生の春秋、この世の流転の実相を教え、諭した言葉である。
 「長い生涯をもつ若人を見るといいたくなる(中略)なぜ、さは命を粗略にし給うか。未来、万種の胚子たねにもなる尊い一身をみずから愛し給わぬのか。ばかな思い立ちは止められい」「栄々盛々などは人間にも地上の万象にもないことだ。和殿たちにも、いつまで枯々衰々はありえない。ただ人命限りあり、老人の気みじかは分からぬでもない。しかし、いのち豊かな和殿らが、なにを、あわてるのか。けちなうつを一ときにはらそうとして、あたら一命を散り急ぐやら?」
 源氏は大敗北したけれどもこれで枯れきって、衰えて終わってしまうのではない。再び力を蓄えて立ち上がることができるのだ、断じて負けてはならない、と励ましている。
 現実の活動の第一線にあっては、苦悩に沈み、絶望の山に閉ざされたような友がいるかもしれない。皆さまは、そうした友にこそ、生きる勇気と希望を与えゆく激励の人でなくてはならない。
 さらに、この文からいえることは、たとえ敗北をしても、決してあせってはいけない。たとえ大難があっても、ひるんではならない。いかに苦難に遭遇してもくじけてはならない、ということである。苦しみのあまり短気になったり、ヤケを起こすような人生では敗北者である。いくつもの苦難に、じっと耐え、希望を持ちつづけながら、人生の大きく開けゆくときを、じっと見つめていく諸君でなくてはならない。
26  また次のような示唆に富む文もある。「生々せいせい久遠の美と光をもつ日輪のまえに、悩むこと、惑うこと、苦しむこと、何一つ、価値があると思えるものはない。――笑いたくさえなる。
 だが、人間はある。(中略)せめて、人間の中の範囲で、価値を見つけて生きあうのが、はかない者同士の世の中というものではあるまいか。――と、思い出したかれは、何か、地上の価値を見つける者のひとりになろうと思った。生きる愚よりは、死ぬのは、なお大きな愚だと思った」
 これは、絶望のなかに死のうとした清盛の知人が、死ぬのを思い直したところの話である。
27  この大宇宙の生々久遠の太陽に比べれば、人間の営みなど、小さなものに思えるかもしれない。九界の現実は厳しい。低俗な次元に惑わされることも多い。しかし、現実のこの世界で何らかの価値を見いだしながら生きていくのが、人間として一番尊いというのである。
 たしかに人間として悩みがなくなったら、喜びもない。苦しみがなければ楽しみもない。ましてや私どもは、妙法という、人生の喜びも、悲しみも、苦しみも、悩みも、すべてを″価値″にしゆく法則を知っている。これが「煩悩即菩提」の法理である。
 要するに、妙法への信こそ、人生にとって最高の価値である。これ以上の価値ある生き方はないのである。
 また、いくら戦に勝っても、人生の栄枯盛衰は世の常である。
 「だのに、その転変の忙しさにもあきたらず、人の世のうごきは、つねに戦を窮極の目標としているように見える。
 保元以前は、四百年も戦さはなかったというこの国。それが、ひとたび保元、平治の血を地に染めてから、どうして、こうもたえまのない修羅のくり返しが行われてきたのだろうか。合戦が人間の業になり出して来たのだろうか」とある。
 この文の通り、絶え間なく残酷な戦争をくり返してきたのが人類である。今なお中東地域をはじめ地球上の戦火は絶えない。人間とは一面、残虐であり、残酷なものだ。こうした人類の業を転換していくためには、どうしても、″平和の大法″である仏法を、広宣流布していく以外にない。それが人類に残された唯一の大道といってよい。妙法をたもつ私どもの使命は、きわめて大きいことを自覚せねばならない。
28  子供たちの純白な世界を守れ
 また″子供への愛情″について述べたくだりも私は大好きである。
 「ガヤガヤと眼の前にやって来たそれらの小さい者を見ると、叱言どころではなくなってしまい、その有りのままな人間の子の振る舞いや、ピチピチした生命に、むしろ自分までが共鳴しているような可憐さを覚えるのだった」と。
 私は、未来部を大切に、大切にしている。また、きょう参加された皆さんのなかには、お子さんの多い方もいらっしゃると思う。
 子供は天真爛漫に騒ぐから、尊い。それをむりやりに抑えていこうとする考えは、残酷である。子供の生きぬいていこうという生命の発露を大切にしていかねばならない。
 私は子供のありのままの姿が大好きである。いっしょにいると、私自身の生命が若返っていく思いがするからである。
29  若き親である皆さまは、子供とともに生きぬいてほしい。教育費が大変であるとか、家も狭く、子供が騒いで十分な休養がとれない場合もあるかもしれない。しかし、それらはまだまだ小さいことである。子供を育てきっていくという親の責務を果たしていかねばならない。妻を、子供を、深い深い情愛でつつみ、守っていくことができないようでは、人々を指導することはできない。
 経済的に厳しくて、子供が欲するものを思うように買ってあげられない場合もあるかもしれない。私もそうであった。しかし、そのときこそ、笑顔で″いっしょに唱題をしようね″とか、″いっしょにあの景色を見に行こう″とか、″いっしょに美しい朝日を仰ごう″といったような、生き生きとした親の姿勢が大切であることを忘れてはならない。
 子供は、お金で育つものではない。お金で教育が決まるものでもない。子供は親の姿勢で、いかようにも育っていくものである。どうか、人間らしい光と、おおらかにして、朗らかな心ではぐくんでほしい。そしてすばらしき夫婦の愛と親子の愛情の歴史をつくっていただきたい。
30  さらに、次のようにも述べている。
 「どこを探したって、かれら自身の性に、かれら自身が企んでいる悪質なものはない。みな世間やおとなの悪風を、その天然な性に写しているだけのものである」と。
 子供の心は本来、雪のように純白なものだ。子供が悪風に染まり、悪の道に走るのも、多分に大人社会の影響であり、大人にその責任がある。
 巷間、子供に与えるテレビや出版物の悪影響が語られている。そうした低次元のマスコミの根底にあるものは、″売らんがための金もうけ主義″の卑しい大人の心である。
 こうした悪しき生命を正し、それぞれの地域・社会をも変革し、浄化していくのが、私どもの仏法流布の戦いなのである。子供たちを守るために、私たちの前進がなくてはならないし、それが正しい道なのである。
 また「叱言をいうなら世の辻へたって世の大人どもへ、そして最もこの世をうごかす大きな力をもつ権力者へたいしていわなければならないであろう」とも述べている。まことに私も、この通りであると思う。
 庶民は社会を動かしている権力者に対して、正々堂々と正義の主張をしていくべきだ。というのだ。まさに鋭く本質をついた言である。権力に気がねをし、妥協し、″何も言わない″″勇気なき人″がいくらいても、社会の変革は、いつになってもありえないであろう。
 とくに、私どもは法のため、人のため、社会のために、大きな勇気をもたねばならない。女性を守り、子供を守り、弱者を守っていくという、慈愛と勇気を忘れては、仏法者とはいえない。弱者や後輩を守れぬ″小心の人″となっては、絶対にならない。
31  近年美しい勇者の行動として、思い起こすことがある。
 今から五年前の一月に起きた米国・ワシントンでの航空機事故である。離陸したばかりの旅客機が橋に衝突し、氷結したポトマック川に墜落した。川に投げ出された乗客を救出するため、ヘリコプターが救命ロープを川に下ろした。
 乗客である一人の中年の紳士は、救命ロープをつかみながら、それを女性乗客にゆずった。二度目もまたスチュワーデスにゆずり、そのあと彼は力尽きて水中に没してしまうという胸打つドラマが、酷寒の川で展開されたのである。
 この話は勇者の行動として、アメリカのみならず全世界に感動の波紋を広げた。この紳士のように、どんな状況にあっても男性は″ナイトの精神″を決して忘れてはならない。″正義の怒り″は別として、つねに後輩に対して、絶対に怒らず、威張らない。この原則に立ってどう行動していくか。この一点に深い思慮をめぐらして行動するのが、一流の男性であり、指導者である。
32  生命の進歩の道、完成の道を
 ここで少々長い引用になるが、私が好んで読んだ魯迅の「随感録」のなかから「生命の道」の一節を紹介したい。
 「自然が人間に賦与した不調和は、かなり多い。人間のほうでも、萎縮し、堕落し、退歩したものが相当ある。しかし、生命は、そのために後もどりはしない。いかなる暗黒が思想の流れをせきとめようとも、いかなる悲惨が社会に襲いかかろうとも、いかなる罪悪が人道をけがそうとも、完全を求めてやまない人類の潜在力は、それらの障害物を踏みこえて前進せずにいない」(『魯迅文集 第三巻』竹内好訳、筑摩書房)と。
 「完全を求めてやまない……」との部分は、私どものめざす広宣流布の活動にも通ずるものだ。
 すべては「前進」である。たとえ、前進の途上に障害物があったとしても、″障害物があるからこそ楽しい″との気概で邁進していかねばならない。
33  思い起こせば、私も若き日に、C級支部といわれ、弘教の勢いも全然あがらなかった文京支部で、戸田先生の命により支部長代理として指揮をとった。そのときの合言葉が「前進」であった。
 ″この支部が前進しなければ、学会全体が前進しない″との確信に立ち、それこそ歌を口ずさむ思いで生き生きと戦った。その結果、見事に全国一位の成果を収めることができ、以来、文京支部は輝く歴史を刻んでいくことになった。文京支部での戦いに限らず、私はどの地を担当しても、この「前進」の気概で広布の指揮をとってきた。
34  また先の引用に続く次の部分も、たいへん感銘深いものだ。「道とは何か。それは、道のなかったところに踏み作られたものだ。荊棘いばらばかりのところに開拓してできたものだ。
 むかしから、道はあった。将来も、永久にあるだろう。
 人類は寂しいはずがない。なぜなら、生命は進歩的であり、楽天的であるから」と。
 私どもは、広宣流布という未聞の大道をつくっている。全人類のために、妙法の正道を開き、永遠に崩れざる幸福の王道を築いている。それは、人類史上初めての、を浴びる大偉業といってよい。
 皆さま方は、その未聞の労作業にたずさわる、若き勇者である。これほど光輝に満ちた尊い作業はない。その自覚と誇りをもって、悔いなき青春の日々を生きていただきたいと申し上げ、本日の私の話とさせていただく。

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