Nichiren・Ikeda

Search & Study

日蓮大聖人・池田大作

検索 & 研究 ver.9

第二東京新春代表者会議 洋々と開ける広布の新出発

1987.1.4 スピーチ(1986.11〜)(池田大作全集第68巻)

前後
1  純真な信仰の人に功徳は薫る
 会員一人一人が、深い納得と安心の心で、生き生きと活動に励めるよう、指導者は細心の配慮と温かな心の通い合う言動を忘れないでいただきたい。
2  当然のことながら、信心は純真でなくてはいけない。日蓮大聖人が「濁れる水には月住まず(中略)法華経を持つ女人は澄める水の如し釈迦仏の月宿らせ給う」と仰せの通り、不純と詐親さしんの信心には、福徳は宿らない。純真な信仰の人にのみ、妙法の大功徳は咲き薫るのである。
 しかし、「純真な信」とは、″盲信″ではない。また″世間知らず″の幼い心の信仰のことでもない。
 仏法は、即一切法である。妙法受持の私どもは、世間の事象にも通達していくのが当然である。とりわけ、正と邪、善と悪とを鋭く見極め、峻別しゆく″慧眼けいがんの人″でなければいけない。そうでなければ、謗法・悪徳の人々に紛動され、尊い広布の和合の姿を乱されてしまうからだ。
 ゆえに、純粋な信仰とともに、物事の本質を鋭く見抜く″聡明さ″を兼ね備えた″賢明″な信仰者であらねばならない。ここに″純真″な信仰者としての本来の在り方がある。
3  広布の組織の健全な発展と成長には、会員同志の聡明な意見の交流を欠かすことはできないものだ。上に立つ人が、第一線の友の建設的な意見に耳をふさぐようであってはいけない。
 ″盲従″の組織は、強いようにみえて、実はもろい。反対に、一人一人の意見を交わし合いながら築きあげた和合の組織は、強靭である。組織の指導者である皆さま方は、この点を、よくよく銘記していただきたい。
4  代々の会長の不惜身命の生涯
 初代会長の牧口先生は、護法のために獄死された。不惜身命の殉教のお姿であった。日蓮大聖人の御聖訓通りの実践の方軌を、近年において立派に示してくださった。また第二代会長の戸田先生も、牧口先生とともに入獄し、出獄後はあらゆる苦難を乗り越えて、立派な広宣流布の基盤をつくってくださった。
 その戸田先生が願業を成就し、逝去せいきょされたのは五十八歳であった。また第四代の北条会長も五十八歳で使命の道にいた。そうした今までの方軌から、この五十八歳は一つの学会の宿命にも似た年齢であった。
 私は、この二日で五十九歳となった。完全に学会の宿命を転換したと確信している。ともあれ昨年は、五十八歳という大きな節を乗り越えたことは事実である。ゆえに、ますます広宣流布の前途は、洋々と開け、皆さまと共に希望に満ち満ちた一年の出発となったことを確信している。

1
1