Nichiren・Ikeda

Search & Study

日蓮大聖人・池田大作

検索 & 研究 ver.9

婦人部合同研修会 慈愛の心、良識の振る舞いを

1986.11.23 スピーチ(1986.11〜)(池田大作全集第68巻)

前後
2  きょうは婦人部の指導者である方々の集いであるので、ここでナポレオンを通してリーダーの在り方を一言申し上げておきたい。
 ナポレオンの軍隊は、革命への進歩的な理想をヨーロッパのすみずみにまで浸透させていったといわれる。理想とは大義名分であり、その大義名分を掲げていったところにナポレオンの勝因があった。
 戸田先生も「戦いには大義名分がなければならない」と、よく言われた。社会に多くの団体や運動があるが、理想を失い、大義名分を欠いた団体、運動は、たとえ一時は隆盛を誇っても、決して長続きはしない。
 私どもは広宣流布という最高の理想、未聞の大義名分を掲げて日々の活動を進めている。その理想が、正しく、人々の共感を得ていくことが、広布の前進を増していく大切な原点である。
3  しかし、ナポレオンにも致命的な失敗があった。それは、相手国に対し″征服者″として、すなわち敵として向かっていったことである。それでは、どんなに進歩的な理想を掲げ、立派な大義名分があっても、人々に共感をもたらすことは絶対にできない。そこには、人間の傲慢ごうまんさがひそんでいたからである。
 人々に、心から納得と共感を与えていく道は、″真心″である。それに対し、傲慢、驕慢、増上慢が心にひそみ、相手をみさげていく時に、必ず人々の心は離れていってしまうものである。表面上はいかなる美辞麗句を並べようとも、また華やかな立派そうな振る舞いをみせても、それは一時的なものであり、長続きしないからだ。
 人の心は賢明である。私ども広宣流布にむかいゆく指導者としての心構えもこの一点を決して忘れてはならない。
 あるドイツの著述家は、このナポレオンの在り方に論及し「ここにふたたび、自然の人情が、逆児さかごのような進歩思想よりも、はるかに強いものとして登場する」(カール・B・レーダー『戦争物語――人類に平和が保てるか?』西村克彦訳、原書房)と分析している。
 つまり″人情″というものは、理想よりも、また武力、権力、名声よりもはるかに強いということである。私どもから見れば、それは、より深い″慈悲″の精神にほかならない。
 今日の広布の大きな伸展も、権力や権威によるものではなく、仏法の″慈悲″を根幹にした心のきずなによって、互いに結ばれてきたからである。
 いかに権力者や権威の人が、その権力や権威で人の心を引っ張っていこうとしても、人々は心から納得することはないだろう。
 また、人々を見下すような増上慢では、人々の心の奥まで納得させることはできないと、庶民の知恵は、鋭敏に見抜いているものだ。しかし彼らは、それで自分が偉いと思っているから始末におえない。
 ともかく、この″慈悲″の絆の広がりのなかに、広宣流布という民衆の凱歌と真の幸福への大道があることを確信していっていただきたい。
4  広布の使命果たしゆく人が偉大
 昭和三十七年(一九六二年)十二月二日に第十回女子部総会が開かれた。本日の参加者の中にも、当時の総会に出席した方がおられると思う(大勢の人が手をあげる)。この総会には、日達上人から、大変に印象深い、メッセージが寄せられた。ここに、その一部分を紹介させていただく。
 「テレビの『日本の素顔』という番組で、我が創価学会のことを放送しておりました。それにはこの折伏をなんとか世間の人々から顰蹙ひんしゅくせしめようとして、あまり豊かでない一婦人が折伏をして歩いている姿をうつし出し冷笑の的として居りました。
 しかし私は此れを見て全く感激の余り涙を流して頭を下げました。何故ならば私は此の一婦人ののみすぼらしい姿に仏の大慈悲を認めたからであります。
 十界互具一念三千の法門は此の一婦人の全体の姿の間に存在していることを知り、まずしきこの一婦人が即ち立派な衆生救済の仏であることを認めたからであります。皆様、即身成仏とは我々の此のみすぼらしい此の身が此のまま成仏することを云うのであります。
 どうか皆様益々身体大切に自重せられ世間の悪口罵詈に驚かされず、池田会長の指揮に従って折伏に邁進せられるようお願い致します」(『日達上人全集 第一輯第三巻』)
 この日達上人のお言葉は、記憶しておられる方も多いと思う。私もこのテレビ番組を見た。その折伏行に歩いていたご婦人は、今も立派に信仰を貫いておられると聞いている。
 世界的に広がりゆく広宣流布の姿は、このような地位も名声ももたない平凡な婦人たちの懸命な努力によって築かれてきた。役職に功徳があるのではない。弘教に励んだ人に功徳があるのである。
 人それぞれ使命がある。人それぞれの仏道修行の姿がある。私は私なりにまた、広宣流布のために、学会の屋根となって、何も恐れることなく、皆様方を守りながら戦ってきたつもりである。また、きょう集まった皆様方も、それぞれの使命を立派に果たしてこられた尊い方々である。
5  福運積みゆく感謝の信心
 戸田先生はよく、「折伏というものは苦しんでやるものではない、楽しくやっていかねばならない」と語っておられた。私もその通りであると思う。
 仏道修行は本来、厳粛なものであり、苦しみが伴うことも多い。しかし、折伏行に、会員の指導・激励にと、自ら率先して仏道修行に励んでいる人は、いのちも輝いている。またそれ自体が最高に楽しいものとなる。
 また折伏については、たとえ相手が御本尊をお受けしなかったとしても、御本尊の偉大さを賛嘆し、法を説き聞かせること自体が、聞法下種で立派な折伏になっていることを、重ねて申し上げておきたい。
 戸田先生はまた、「仏法には犠牲がない。信心し、勤行し、広宣流布のために戦って、犠牲になるものはない」と指導してくださった。
 私も長年、多くの人々の姿を見てきた。そこでつくづくと、強盛な信心に励んでいけば、たとえ障魔による苦難があったとしても、それらはすべて変毒為薬され、ゆるぎない幸福へと転じていけることを実感している。
 また「持っている福運は感謝していきなさい。そうでなければ、その福運は、消えてしまう」と語っておられる。
 すなわち、御本尊への感謝の心がある人は、福運がますます増していく。そして、その福運は、自分自身のみならず、家族にも、また子々孫々まで輝かせていけるのである。
 反対に、自身の慢心から退転したり、感謝するどころか仏法を誹謗し、学会を利用し、侮辱していくような人は、当然のことながら完全に福運を消していってしまう。これが仏法の厳しき因果の理法なのである。
6  大切な青春時代の体験
 話は変わるが、日本の喜劇界に藤山寛美という名優がいる。皆さまもご存じかもしれないが、昭和二十三年十二月に、有名な松竹新喜劇の結成に参加し、入団。現在は座長をつとめ、日本を代表する喜劇の大御所といわれているが、当時は十九歳という若さであった。翌年三月には主役に抜てきされ、二十六年十二月には初めて″アホ役″を演じている。
 私は、若き日の藤山寛美氏の熱演の舞台を戸田先生とご一緒に東京の新橋演舞場で観賞したことがある。昭和二十九年、私が二十六歳の時であった。
 今考えると、戸田先生は、指導者として将来のために見聞しておくべき所へは、必ず連れていってくださった。また、大事な書物も時あるごとにすすめていただいて読んだ。見聞したことがらや本の内容は今でも記憶しているし、大切にしている。そうした青春時代の体験は、長い人生において、あたかも、滝を流れ落ちる水のように、さまざまな知識や示唆、知恵として、わいてくるものである。
7  藤山寛美氏も子役を経て、十代からその才能を開花させていった。
 十代から二十代においては、若竹がグングン伸びるように、自身の才能を大きく伸ばしていく時期である。若い人は未来への可能性をどれだけ秘めているか計り知れない。まさに「後世おそるべし」である。それゆえに、年が若いからといって決して下に見るようなことがあってはならない。
 皆さま方の家庭にあっても同じことがいえると思う。
 母親が我が子を一個の人格として尊重し、その可能性に深い信頼を寄せるというしっかりした考え方に立つならば、子供は立派に成長するものだ。逆に、甘やかし、過保護に育ててしまうと、一時はいいようでも最後は社会に適応できない未熟な人格となり、才能の芽を伸ばしきれずに終わってしまう。この点によくよく留意され、賢明な母親であっていただきたい。
 私も今、高校生をはじめ青年の育成に全魂込めて指導し、激励している。若い時に聞いた話は鮮明に心に刻まれていくからである。
8  藤山寛美氏は、本年六月に「聖教新聞」の日曜版てい談にも登場している。私も拝見したが、平凡のように見える言葉の中に、やはり芸の道で、何十年間にもわたって苦悩し、修業してきた結晶のような輝きを感じとった。偉大な役者であると思うし、戸田先生も、舞台観賞を通して「若くして、たいしたものだ」と言われていたことが耳朶じだから離れない。
9  真心の誠意の″一言″を大切に
 藤山寛美氏のエッセーに次のような一文がある。
 「ぼくは『タダのもの』を大事にしたい。(中略)
 『思いやり』――タダじゃないですか。
 『おはようさん』『お元気ですか』――互いに掛け合う言葉が、いくらしますか? 高いですか?」(『みち草 わき道 しぐれ道』東京新聞出版局)と。
 これは実に素晴らしい言葉だと思う。確かに、言葉をかけることは″タダ″である。しかし、平凡にみえても心のこもった言葉は、人の心をとらえ、深く結びあわせてくれるものである。その意味で、心のこもった言葉を大切にしたいということであろう。
10  御書には、より深い次元から「ことばと云うは心の思いを響かして声を顕すを云うなり」と仰せである。
 言葉というのは、必ず、そこには心の思いが込められた響きがある。ゆえに、その使い方によっては、人々の心を豊かにし、幸せへの誘引の力となる。しかし、反対に、相手の心を傷つけ、愛情を閉ざしてしまうこともある。
 我々の信心の組織にあってもそうである。心ない一言から、求道の心を閉ざし、妙法の世界から、離してしまう場合もあることを深く銘記していただきたい。
11  人々が信心に心を寄せ、理解していく上での肝要は何か。結論的に言って、それは信仰している人の「人柄」である。また言葉づかいをはじめ、日常の良識豊かな「振る舞い」であると思う。
 東北のある幹部が、こんな話を紹介してくれた。彼は東北の各県に誕生した新入信者に入信動機をインタビューして回った。その結果、紹介者の「人柄」をあげた方が、群を抜いて多かったという。以下「人生の将来を考えて」「性格上の悩み」などの動機が続いている。
 仏法の深遠な教義を理解して入信する人は、ほとんどいない。やはり信心している人の人柄、人格の輝きの中にこそ、仏法の力も、深さも、人々は鋭敏に感じとっていくものである。
 彼はまた、ある地区担さんの体験も手紙で教えてくれた。その地区担さんは、おしゃべりで、言葉の上で失敗したり、迷惑をかけたりすることが多かったようだ。″口害″というか、「わざわいは口より出でて身をやぶる」の御金言そのままの姿であったらしい。
 彼女は先輩に相談し、「唱題」と「聞き役」になる大切さを指導された。以来、言葉に気をつけ、指導通り実践した。壮年部の活動者も少なく、苦労の多い地区であったようだ。ある時、ブロック担当員の方の家庭訪問をし、帰路、急用のため、そのご主人に車で送ってもらったという。その方も壮年部であったが、長く活動から遠ざかっていた状態であった。
 この壮年部の方が、地区担さんの丁寧な言葉づかいに大変感激した。なかでも「ご主人」「お願いします」「ありがとうございます」の三つの言葉が、深く印象に残り、以来信心に立ちあがったという。「うちの女房よりもよっぽど礼儀正しい」と感心する人もいるかもしれない。
 その地区担さんは、相手を思いやる謙虚な姿勢の大切さをしみじみと、実感したという。
 まことに、ささいと言えば、ささいなきっかけかもしれない。しかし、そうした、ちょっとした、ささやかなことで、人は発心もすれば、信心を後退させるようなこともある。これが現実である。
12  家庭においても、奥さまの言葉、″一言″の力は大きい。長き人生である。お互いに、心豊かで、なごやかな、すがすがしい生活でありたいものだ。どこの家よりも、穏やかで、伸び伸びとした、心のどかな明るい家庭であってほしいと私は思う。
 逆に、まるで征服者ナポレオンのような猛烈な勢いで、ご主人を責めてばかりいては、ご主人が、信心しようと思っても、こわくてできない。仕事から帰って、「ちょっと疲れた」と言ったとたん、「朝の題目が足りないからよ!」と、問いつめられたのでは、ご主人に同情せざるを得ない。また母親と子供が一致団結して、ご主人をのけ者にし、孤独にしていくことも聡明ではないと思う。
 御書にも「女人となる事は物に随つて物を随える身なり」と仰せであるが、どうか、一切にわたって、賢明な婦人であっていただきたい。
13  一事が万事である。身近な振る舞いに表れた豊かな心、豊かな人柄に、人は魅力を感じ、信心にも目覚めていくのである。
 心優しく、心美しく、また信心の芯強き婦人であっていただきたい。誰人も心から納得できる良識と、馥郁ふくいくと薫る気品、品格を持った婦人部の皆さま方が、伸び伸びと活躍していかれる時、地域に仏法への共感と広宣流布の新しい波が、さわやかに広がっていくに違いないと信じる。
14  妙法流布に邁進する私どもにとっては、仏の賛嘆こそ、最極の誉れである。日蓮大聖人は、その点について述べられながら、人々を賛嘆する大切さについても、次のように御指南されている。
 「されば余りに人の我をほむる時は如何様にもなりたき意の出来し候なり、是ほむる処の言よりをこり候ぞかし(中略)ほめられぬれば我が身の損ずるをも・かへりみず、そしられぬる時は又我が身のやぶるるをも・しらず、ふるまふ事は凡夫のことはざなり」と。
 人間は、心からの賛嘆を受けると、″どんなことでもやっていこう″という意欲をわき立たせる。反対に、心ないそしりを耳にすると、自身の破滅をも省みず、無謀な行動に出てしまうのも人間というものだ。――こうした、まことに人情の機微を鋭くとらえた大聖人の御指南と拝せよう。
 この人情の機微を、私どもは深くわきまえていくべきである。そうでないと、いかに強い慈愛の心をもっていても、人々を誤った道に導いてしまうこともあるからだ。
 こうしたことがないよう、私どもは細心の配慮を忘れず、良識豊かな言動を心掛けていきたい。
 また、賛嘆の言葉も単なる″お世辞″であってはいけない。それでは、かえって人の心を傷つけてしまうものだ。私どもは、一つ一つの言葉や行動に、真心と誠意を込め、さわやかな振る舞いでありたいと思う。
15  悪知識を見ぬき信心の王道を
 「信心」の成長と「広布」の前進を妨げる最も注意すべきものは「悪知識」である。
 日蓮大聖人は「悪知識と申すは甘くかたらひいつわび言をたくみにして愚癡の人の心を取つて善心を破るといふ事なり」と、その本質を厳しく喝破かっぱされている。
 つまり、真心の″賛嘆″が人々の積極的な意欲をひき出し、成長と前進の道を歩ませるのに対し、「悪知識」の″甘言″は、愚痴の心につけ入り、堕落と破仏法の道へとおとしいれてしまうのである。
 涅槃経には「悪象に殺さるるも三悪に至らず悪友に殺さるれば必ず三悪に至る(中略)まさに諸の悪知識を遠離すべし」(大正十二巻)とある。
 悪象に殺されても三悪道にはちない。しかし、悪知識に親しみ、仏法を破った者は、必ずや三悪道に堕ちていくとの経文である。
 悪知識は、善意と同志を装い、″甘く語らい″ながら近づいてくる。私どもは、その″甘言″に惑わされ、信心の王道を見失ってはならない。悪知識の本質を鋭く見抜きながら、正しき求道の信心を貫いていくことが肝要である。
16  フランスの十六世紀の思想家・モンテーニュが、著書『エセー』の中で、次のような一文を紹介している。「心を打つ言葉だけが味わいがある」(原二郎訳、岩波文庫)と。
 私の好きな、また大事にしてきた一節でもある。うまい話に味わいがあるのではない。「心を打つ言葉」とは″あの人の話、あの人の叫びは正義である″″本当に、その通りである″と、人々に深き共感を与えゆく納得の言である。日常の会話の中でも、これが一番、大切なことであると思うし、また、皆様もそうであってほしいと念願してやまない。
 皆様方の話にも、そうした胸打つ言葉が多いことをつねづね、実感している。ときには、厳寒の氷を割るような、率直な直言で男性が救われた場合もあるにちがいない。ともあれ、賢明なる女性としての言動であっていただきたい。
 またギリシャの格言に「賢者のごとく考え、庶民のごとくに語れ」とある。私は、ここにも大事な人間の生き方が示されていると思う。
 難解な言葉で語ることが決して優れているのではない。だれもが、気さくに加わる井戸端会議のような語らいの中に、庶民の世界がある。私どもは、仏法という最高峰の賢者の教えを奉じている。その仏法を、庶民の中で語り、広めていく実践においても、心すべき大切な一点であると信ずる。
17  幸福の″難攻不落″の家庭を
 余談になるが、ここで″庶民″の「庶」の字義について、次のような一説があることを紹介しておきたい。
 「庶」は「广」(まだれ)と「光」の古字が合わさって出来た字であるという。つまり、屋根の下に、ともしびが多く輝いている、との意味である。明かりのある所に人が多く集まってくるところから、「おおい」「もろもろ」といった意味が出てきたといわれる。また、「ゆたか」との意味もある。このほかにも、いろいろな説があるが、明るく喜びの弾む温かな家庭こそ、幸せな庶民の城である、といえまいか。
18  この会合には、イギリスの友も参加しているので、イギリスのことも申し上げたい。
 「イギリス人の家庭は、彼の城である」とのことわざがある。つまり家庭は、王権といえども、みだりに外から侵すことのできない″難攻不落″の城である、との精神がこめられた言葉である。
 まして私どもにとっては、御本尊まします我が家は、最高に誉れ高い幸福の城である。その城を、どうか皆様は、誰人にも崩されることのない三世永遠にわたる難攻不落の城にと築き上げていっていただきたい。
 ここで少々、長時間にもなったし、休息なしに話を続けることは、紳士として失礼にあたると判断し、ときには井戸端会議のように団らんのうちに終わるのも人間的であろうという意味を含めて、これをもって本日の話とさせていただく。

1
2