Nichiren・Ikeda

Search & Study

日蓮大聖人・池田大作

検索 & 研究 ver.9

だれもが21世紀の主人公!  

「希望対話」(池田大作全集第65巻)

前後
2  21世紀は何色?
 ―― ありがとうございます!
 中学生に、「あなたにとって二十一世紀は何色ですか」と聞いてみました。多かったのは、男子では「青」、女子では「黄色」です。そのほかは、「水色」「虹色」「金色」という明るいイメージと、「白」「透明」という中間のイメージと、「灰色」「黒」という暗いイメージが、だいたい同じくらいありました。
 池田 たしかに、明るいイメージだけではないだろうね。それは、みんなの責任じゃない。大人の責任だ。
 ―― こんな声もありました。中学一年の女子です。「二十一世紀の地球は、どうなるんでしょうか。このまま人口が増えて、環境破壊が進み、ゴミが増えていけば、地球はパンクしてしまうんじゃないかと心配です」
 なかには、「みんな、二十一世紀、二十一世紀って言うけど、何が変わるのですか? いつものお正月と、どう違うのですか?」という、ちょっと″さめた″声もありました。
3  希望こそ力 希望こそ宝
 池田 いろいろな感じ方があって、すばらしいね! しっかり自分をもっている証拠だね。
 それはね、二十一世紀になっても、それだけでは何も変わらない。同じように一年がたっただけ、同じように地球が太陽のまわりを一周しただけ、ともいえる。
 だから大事なのは「何が変わるんだろう?」ではなくて、新世紀をきっかけにして「何を変えるのか?」です。「二十一世紀はどうなるのか」ではなくて、「二十一世紀を、どうしたいのか」です。
 自分の意思が大事なんです。人間自身が「どうしたいか」で、全部、決まるのです。だから「希望こそ力」と言っているのです。
4  新しき世紀はあなたたちの胸中に!!
 強い人は楽観し、弱い人は悲観する
 池田 希望は、精神の「強さ」から生まれる。「心が強い」人は、未来を明るく描くことができる。どんな苦しい状況のなかでも、「何とかしてみせる」と楽観して生きていける。
 心の弱い人は、未来を悲観してしまう。悲観すると、パワーは出ない。出ないから、ますます状況が悪くなり、ますます悲観してしまう。悪循環です。
 ―― そういえば、四カ国の中学生に「二十一世紀は、どうなるか」を聞いたアンケートがありまして、中国・韓国・アメリカ・日本のなかで、日本が″きわだって悲観的″という結果が出ています。(財団法人・日本青少年研究所が九八年から九九年初頭に行った調査)
 池田 それは、中学生のみんなのせいじゃないよ。大人だって、今の日本のだらしなさを見ていたら、悲観的にもなるよ。(笑い)
 だから、二十世紀は、今までの大人の責任。これから二十一世紀は、諸君の責任。これからは、どうなっても、もう文句は言えないよ。(笑い)
 それはともかく、何度も言うが、「希望こそ力なり」です。
 人間は、自分が「こうなろう」と、心に強く念じたとおりの人間になれるものです。心に描いた「自分像」に近づいていけるのです。
 社会も、みんなが「こうしたい」と強く願ったとおりの方向に、近づけていけるのです。夢の力は偉大なんです。
 「サイフの中に何が入っているか」よりも、「心の中に何が入っているか」が、未来を決めるのです。
5  100年前の「予測」
 池田 今から百年前、一九〇一年の正月の新聞に「二十世紀には、こんなことができるようになる」という予測がのった。(「報知新聞」明治三十四年一月二日付・三日付。横田順彌『百年前の二十世紀』筑摩書房)
 百年前の人が、どんなことを予測したと思う?
 ―― ……空を飛べるとかですか?
 池田 そう。それだけでなくて、「軍艦が空を飛んで、空中戦争が起こる」と予測した。
 戦争中に、日本を空襲したアメリカの「B29」の大きさは、まさに″空飛ぶ軍艦″だった。忘れられないね。
 ―― 当たったわけですね、予測が。ほかにはどんなものが……。
 池田 ほかには「無線電話で東京からロンドンやニューヨークの友人と話せる」。「世界一周が七日間でできる」――そのころは、八十日ほどかかった。
 それから「機械で熱風と寒風の両方を出せる」「電気で野菜や花を栽培できる」「相手の顔が見える電話ができる」などもあったと思う。
 ―― 「そんなバカな」と笑った人もいたかもしれませんね。
 池田 さらに「機関車は時速三百四十キロメートル以上になり、東京―神戸間を二時間半で走る」「馬車鉄道はなくなり、地下を走る電車になる」「X線で病原がわかり、肺結核なども手術で治る」。
 「天災を一カ月前に予測できる」「人間の体が(平均)百八十センチ以上になる」「人間が大や猫と自由に話せるようになる」というのもあった。
 最後の三つは、実現していないが……。
 ―― でも、びっくりするほど的中していますね。
 池田 あるSF作家が予言したんじゃないかと言われている。
 ―― よく予測できたものですね!
6  「こうしたい!」と決めればそうなる
 中途半端では何もできない
 池田 これらは、たぶん、個人の予測というより、当時、多くの人が願望し、想像していたことだったんじゃないかと思う。それを、うまくまとめたのでしよう。
 だから、何が言いたいかというと、「人間が『こうしたい!』と夢みたことは、十中八九、実現していく」ということです。
 その意味で、「予言が当たった」のではなくて、「予言したから、みんなが願ったから、実現した」と言えるかもしれない。
 たとえば、さっき「ゴミ」の心配をしていた人がいた。大事なことです。だから今、ゴミを「原子レベルまで分解する技術」も研究されている。分解した後、再合成して、物資を再利用できる技術もです。そのほかにも、きっと、いい方法が見つかるでしょう。何かを「解決したい!」と心から願えば「知恵」が出るのです。
 ―― 未来を「心に描く」ことが、成功の第一歩なんですね。
 池田 第一歩どころか、「半分」成功と言いたい。
 ―― 「半分」もですか?
 池田 本当に、心の底から「こうしたい!」「必ず、必ず、やりとげてみせる!」と決意ができたら、半分できたようなものだ。
 反対に、中途半端な決意では、何もできない。川がある。橋がない。船もない。「渡りたいな。だけど無理だな」。そう思ったら、その時点で″終わり″です。永久に渡れない。
 「橋がない。じゃあ、橋を架けよう!」
 「船がない。じゃあ、船をつくろう!」
 「橋もできない。船もできない。じゃあ、泳いで渡ろう!」
 「泳げない。じゃあ、泳ぎを覚えよう!」
 この意気です。
7  成功するまでやり続けてエジソンは成功した
 「決意あるところ、道はできる!」
 池田 有名なことわざがある。
 「決意あるところ、道あり」(Where there is a will, there is a way.「精神一到何ごとか成らざらん」と訳す場合もある)
 強い強い決意があれば、道は開けるということです。道がなければ、道をつくればいい。
 ナポレオンは、「(=アルプス超えは)きわめて困難」との報告を受けて、何と答えたか。「よし! そこを突破しよう」と言ったのです。(長塚隆二『ナポレオン』下、読売新聞社)
 そして、それまでだれも近づかなかったサン・ベルナール峠に道を切り拓き、有名な「アルプス越え」を断行して、勝ったのです。
 エジソンは「二十世紀を発明した男」と呼ばれる。
 しかし、学校では、さんざんだった。成績が悪すぎて、小学校を三カ月で、やめることになってしまった。「小学校中退」が、彼の学歴です。その彼が発明王になった。なぜ、成功したのか。答えは簡単です。「成功するまで、やり続けた」からです。
 「電池」を発明したときだって、うまくいかなくて、実験を一万回以上した。まわりは心配したが、エジソンは、へこたれるどころか、意気揚々としていた。「失敗なんかしていない。″うまくいかない方法″を一万も考え出したんだから!」と、胸を張っていた。
8  受験する人は最後までがんばろう
 ―― 今、三年生の多くは高校受験が目前です。今のお話を聞けば、勇気がわいてくると思います。みんな不安ですから。
 池田 不安で、当たり前だよ。試験の前に、不安でなかったら、そのほうがおかしい。
 みんな不安なんだよ。自分だけじゃない。その不安に負けて、元気をなくしてしまうのか、それとも不安だからこそ、もっとがんばろう、最後までがんばろうと、自分を励まして進むのか。それだけの違いです。
 最後まであきらめてはいけない。あせったり、なげやりになってはいけない。やるべきことを決めて、きちっと挑戦していけば、受験の日まで、学力は伸び続けます。今からでも、決して遅くない。
 勉強だけではない。生きているかぎり、「もうグメだ」なんてことは、ひとつもない。
9  断崖絶壁を越えて
 池田 希望です。命あるかぎり、希望はある。
 あの有名なバッジョ選手。サッカーのワールドカップにイタリア代表として、三回も出場した。
 一回でも、ものすごいことなのに、三回も選ばれて出場し、しかも三回とも得点している。偉業です。
 ―― バッジョ選手は、全世界の人が選んだ「二十世紀の最優秀選手」で、堂々の第四位になりました。インターネットを使って選出し、今月(二〇〇〇年十二月)、発表されたばかりです。
 池田 だれもが「サッカーの天才」と呼ぶ。しかし、道のりは、決して順調ではなかった。
 バッジョ選手は、ひざの故障に、いつも悩まされてきた。何回も、ひざの大手術をした。プロになってからも、二年間、まともにブレーができなかったほどです。
 自身の力を発揮する前に、選手をやめなければならないという「断崖絶壁」にいた。それを信心で乗り越え、努力で乗り越えて、栄光を勝ち取ったのです。
 (バッジョ選手は語っている。「いちばんつらい試練だったのは、二度目のひざの大けがでした。権威ある多くの医者から、サッカーをあきらめるように宣告されました。しかし、私はあきらめませんでした。どうしてか。この時期に、知人の紹介で仏法に出あったのです。御本尊に祈るなかで、底知れぬ生命力と情熱がわき上がるのを実感しました。御本尊のおかげで、あのすさまじい試練をはじめ、さまざまな苦悩を、炎をくぐり抜けるように乗り越えられたのです」)
10  広宣流布こそ全人類の最高の夢
 題目の力は無限
 池田 信心の力、題目の力は無限です。人間が、だれでももっている「希望の力」を無限大に拡大し、増幅する力が、題目にはあるのです。
 だから、仏法の信仰とは、ひ弱な「心の慰め」ではない。自分で、挑戦すべき「山」をつくり、「山」を乗り越え、また次の「山」をつくって乗り越えていく。乗り越えるたびに、もっと強く、もっと大きな自分へと人間革命していく。
 「夢への挑戦」が信仰なのです。そのなかで最高の夢が「広宣流布」です。人類みんなが「私は幸せだ」「生きているのが楽しい」と言える社会をつくろうという夢です。
 ―― 私たちも、その「夢」に挑戦していきます!
11  執念を燃やして「必ずできる!」と前進を!
 池田 挑戦とは、執念です。
 バッジョ選手は、病気のとき、自分にこう言い聞かせたという。
 「必ずできる! おまえには強い願いがあるんだ。このベッドの上で過ごす一分一分が、将来出あう、もっと大きな困難にも耐える強さをつくってくれるんだ」(「大白蓮華」一九九七年一月号)
 みんなも執念を燃やして、夢のゴールに向かって走るのです。
 転んでも、また起き上がって、走るのです。人が笑おうが、けなそうが、邪魔しようが、負けずに走るのです。
 もしも、万々が一、夢の半ばで倒れようとも、ゴールの方向に向かって倒れてみせる。ボールを追いかけながら、足を前に出したまま、「戦う姿勢」のままで倒れてみせる。
 それくらいの執念があれば、何でもできるよ!
 みんな若いのだから! 「自分は、がんばれば何でもできるんだ」と言い聞かせて、二十一世紀を勝ち抜いてください。
12  こんな世紀に! こんな自分に!
 ―― 中等部のメンバーに「どんな二十一世紀にしたいか」を聞いてみました。
 「差別がない世紀」「いじめや犯罪がない世紀」「核兵器が、一つもない世紀」「国境も、パスポートもなくなる世紀」「全世界の子どもたちが笑顔でいられる世紀」というのもありました。
 「景気がいい世紀」というのもあります。それから「人のために尽くそうという気持ちが、当たり前になる世紀」と答えた人もいます。
 また、自分の目標として、「いろんな言葉を覚えて、どんな国の人とも仲良く話せる人になりたい」「あの人がいるから、日本が大好きだと言われる人になりたい」「あの人のおかげで、元気が出た、幸せになったと、たくさんの人から言われる人になりたい」というのもありました。
 池田 すばらしいね! みんながいれば、二十一世紀は安心だね! みんなががんばった分だけ、二十一世紀はよくなるのだから。頼むよ!
 ―― こういう声もありました。
 「池田先生! どうか長生きしてください。私は毎日、それを一生懸命、祈っています。池田先生といっしょに二十一世紀を進んでいきたいです」
 池田 ありがとう。本当にありがとう。うれしいね。みなさんの祈りのおかげで、私はますます健康です。
 これからです。これからが本格的な前進です。これからも世界をまわりたいし、いっぱい本も書きます。
 そして、すべてを完璧にバトンタッチして、晴ればれと未来を見届けていきたい。
 うんと長生きして、若いみんなが世界中で活躍する二十一世紀を、見守っていきたい。それが私の「希望」です。若いみなさんこそが、私の「希望」なんです。
 ―― ありがとうございます!
13  断じて勝て! 何かで勝て! 最後には勝て!
 王者の宝物とは
 池田 みんなの晴れの出発に当たって、私の大好きな話を贈って、終れりたい。それは、今から二千数百年の昔(前四世紀)。マケドニアという国に、一人の青年がいた。青年は二十二歳。若き王だった。
 彼は一国の運命を背負って、当時の超大国ペルシャとの戦いを決心した。
 彼の名は、アレキサンダー。
 旅立ちの時が来た。彼は何と、自分のいっさいの宝を、臣下たちに分け与え始めた。「全部、もっていってくれ、遠慮するな」と。
 遠征の途中で、彼らに、もしものことがあっても、残された家族が暮らしていけるようにという配慮だったのでしょう。
 しかし、それでは、アレキサンダー自身は困らないのか?
 心配した臣下の一人が、聞いた。
 「王よ、すべての宝を分けてしまって、王ご自身は、いったい、どうするおつもりですか? 出発なのに、もう何も残っていないではありませんか」
 「私か?」。アレキサンダーは微笑んだ。
 「私にも、宝が残っているぞ。それも、最高の宝だ。それをもって、私は旅立つ」
 臣下は、けげんな顔をした。宝だって? どこに?
 「その宝とはな、その名を『希望』というのだ。私は、ただ一つ、この『希望』という宝を握りしめて、出発するのだよ!」
 そう言って、にっこりと青空を見上げ、めざす東の地平線を指さした青年王者アレキサンダー。(『ブルターク英雄伝』河野与一訳、岩波文庫、参照)
 そのりりしき姿を、未来部のみんなの姿と二重写しにしつつ、この「希望対話」を終わります。
 君よ、あなたよ、「断じて勝て! 何かで勝て! 最後には勝て!」と祈りながら。

1
2