Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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いじめられている君に  

「希望対話」(池田大作全集第65巻)

前後
1  ―― 前回、池田先生から「見て見ぬふりも、いじめ」という話をしていただきました。それを読んだ人から、たくさんの声が寄せられました。
 「クラスで、いつも、みんなと離れたところにいる人に、『うちのチームに入らない』と声をかけてあげることができました」と知らせてくれた人もいます。
 ある男子は、「お弁当を食べるとき、一人でうずくまるようにして、下を向いて食べている人がいました。ぼくは『いっしょに食べよう』と話しかけました」と教えてくれました。
2  小さな励ましを
 池田 うれしいね!
 みんなが、そうやって「声」を出してくれたことが、うれしい。小さなことでいいのです。
 何も言えなければ、黙って、横に座っているだけでもいい。そうやって、声にならない友だちの「心の声」に、じっと耳を澄ましている。それだけでいい。「にこっ」と、小さな微笑みを贈るだけだっていい。
 小さなことが大事なのです。その「小さなこと」を実行しないで、議論ばかりしていても、何も変わらない。
 ―― 本当に、そのとおりだと思います!
3  私だけ、なぜ、どこでもいじめられるの
 ―― きょうは、中学一年生の女子から寄せられた悩みです。
 「私は、小学六年生のとき、いじめを注意して、それから自分がいじめられるようになってしまいました。クツを隠されたり、悪口を言われ、学校の帰りにもついてきて、『死ね』とか言われました。
 中学に上がるとき、私をいじめていた人たちとは別々の中学になったので、とてもうれしかったんです。だけど、中学になっても、また、恐れていた『いじめ』が始まったんです。クラスの人からも『無視』されて、学校はイヤでイヤでたまりません」ということです。
 彼女は「自分はどこへ行っても、いじめられるんじゃないか」という不安が抜けないのです。
 「やっぱり、何か私に悪いところがあるんじゃないか」と……。
 自分でそう思ってしまうと、人と接するのがこわくなります。それで、人を遠ざけてしまうのです。ますます「暗い」とか言われて、悪循環になるケースも、少なくありません。
4  「いい人」ほどいじめられている
 やさしい人、人のいい人が標的に
 池田 私は、今まで、いろいろ聞いてきて思うんだが、いい人ほど、いじめられている場合が多いんじゃないだろうか。
 心のやさしい人。素直な人。いじわるに対して、いじわるで、切り返したりできない人。正義感のある人。感受性の強い人。傷つきやすい人。人の心に敏感な人。本当は相手が悪いのに、「自分が悪いのでは」と思ってしまう、まじめな人。人のいい人。「自分も″いじめの仲間″に加わったら、いじめられない」のに、そうしない人。要領の悪い人。人を、け落としたりできない人。おっとりしている人。おとなしい人。家庭のこととか、自分のこととか、悩みがあっても、自分でかかえこんでしまって、自分を責めて……。
 そういう人が、いじめられているケースが、とても多いんじゃないだろうか。
 だから、「弱いものいじめ」ではない。「いい人いじめ」です。
 ―― そう思います。そして、そういう人は、今、「暗い!」とか「グズー」「かっこうつけてる!」とか言われて、簡単に否定されてしまいがちなんです。そこに問題がありますね。
5  自分で自分をいじめてはいけない!!
 池田 そうだとしたら、私は言いたい。「いじめられているあなたのほうが正しいんだよ!」と。だから絶対に、「自分がどこか悪いんじゃないか」とか思わなくていい。自分を責めてはいけない。自分で自分をいじめてはいけない!
 ほかの悪い人間から、いじめられて、その上、自分まで自分をいじめたら、自分があまりにもかわいそうだよ。
6  いじめは、生きる力を奪う
 池田 いじめられるとね、人間は気力がなくなってしまう。 孤独になると、人間は、生きる力がなくなってしまう。自分の気持ちをわかってくれる人がいないと、体から、だんだんエネルギーが抜けていってしまう。当然です。人間は、そういうふうにできているのです。
 そんなあなたを見て、人は、「無気力だ」とか「暗い」とか、勝手なことを言うかもしれない。だけど、だれが好き好んで、無気力になりますか。だれが自分から、暗い性格になりますか。そうなってしまったとしたら、だれかが、そうさせたのです。あなたが悪いんじゃないんだよ!
 だから、「自分が、いけないんだ」とか、「自分いじめ」はやめなさい。自分をもっと大事にするんだよ。言いたいことを言っていいんだよ! 我慢なんかしなくていいんだよ! 人に合わせなくていいんだよ! あなたの人生なんだから!
 人の心に鈍感になってしまった、こんな残酷な世の中では、人間らしい気持ちをもった人ほど、いじめられる。
 それは、いじめるほうが間違っている。「心のやさしい人が、いじめられる」世界のほうが、さかさまになっているのです。さかさまになった世界では、いじめられているあなたのほうが、正しいのです。
 ―― 質問の彼女の場合も、最初は「いじめを注意した」ことから始まったのです。
7  まわりが悪い!
 池田 そういう子が、いじめられる。とんでもないことだ。絶対に正しい行動ではないですか。
 その正しい人を、どうして、まわりが放っておくのか! クラスメートも、大人も、なぜ、その人を全力で応援しないのか!
 卑怯です。どんな理屈をつけようとも、卑怯だ。絶対に間違っている。
 ―― そういう、気のやさしい子は、いじめられても、なかなか親にも言いません。「心配かけるから」とか、「大騒ぎしてほしくない」とか。
 また、せっかく伝えても、大人の対応が悪いと、「大人に知られないように、いじめる」だけになって、状況が悪化する場合もありますから。
8  学校に行けなくなる
 ―― いじめのために学校に行けなくなってしまった人もいます。
 中等部担当者 私も、いじめられているときは、学校に行ったふりをして、一日中、家の裏の溝に隠れていたこともありました。そういう「逃げ場」が必要だったのです。
 後から聞いた話ですが、母は、溝の中にじっと身をかがめている私を見つけて、だけど、何にも言えなかったそうです。母も苦しかったと思います。
 ―― 力尽きて、学校に行けなくなってしまった人もいます。その場合、「こんなふうになって、親に申しわけない」と思う人が多いのです。
 池田 かわいそうに……。子どもというのは、どんな子でも、「親の期待にこたえたい」と思っているからね。
 口で何を言っていても、心の底では、親にほめられたい、親の喜ぶ顔が見たいと、いじらしいくらい切実に思っているものです。そして、それができないとき、自分を責めてしまう。
 いじめられ、その上、「自分にも原因がある」と思って――いや、そう思わされて――苦しむ。
 さらにまた、「親に申しわけない」と思って、また苦しむ。かわいそうだ。
 その上に、まわりから「強くなれ」「強くなれ」と言われたら、まわりは励ましているつもりでも、まるで「お前が弱いから、悪いんだ」と責められているような気になってしまうのも無理はない。
 それでは、心の行き場がない。
 人を追いこんでおいて、強くなれと言うのは、間違いです。
 心から「血」を流している人に対して、傷の手当てもしないで、がんばれと言うのは間違いです。
 その人を苦しめている「原因」を、いっしょに取りのぞいてあげなければいけない。
9  がんばるあなたを私はほめてあげたい
 「言い返せない」弱さが悪い?
 ―― 「いじめられるほうに原因がある」ということで、よく言われるのは、いじめられて「言い返せない」弱さがあるから、そこに「つけこまれて」、どんどんエスカレートしていく。
 いじめられやすい人には、そういう共通点があるという意見です。
 だから「強くならなくちゃいけない」と言われてしまう。
 それはそうかもしれませんが……。
 池田 その人はね、弱いんじゃないよ。強いんだよ。
 ―― えっ?
 池田 「強くならなくちゃいけない」んじゃないよ。もう、すでに強いんだよ。考えてもみてごらん。人を「攻撃」してばかりの世の中で、自分がやられても「攻撃」しないなんて、なんと美しい心か!
 人をいじめる心は「野獣」の心です。それに比べて、じっと我慢している君のほうが、何千倍、人間らしいか! 強くなくてはできないよ。それを「気が弱い」とか「いくじがない」とか、そんなことを言われる筋合いはない。自信をもっていいんだよ。ひどい仕打ちに、よく我慢してきたよ。偉いよ。私は、ほめてあげたい。
 もちろん、反撃することがいけないと言っているのではない。反撃は大事だ。悪いことをしている人間に「悪いことはやめろ!」と教えてあげる必要がある。反撃は、当然の権利です。しかし、だからと言って、「反撃しないほうが悪い」という理屈にはならない。全然、そうはならない。まったく別問題です。
 だいたい、よってたかって、人をいじめておいて、「反撃しないほうが悪い」とは、何ですかいったい! そんなのは野獣の論理であり、最低中の最低の勝手な言い分でしょう。
 ―― 本当にそう思います。その当たり前のことがわからない人が多いのです。
 池田 たとえば、ここに泥棒がいるとする。どこをねらう?
 ―― それは……お金持ちのところです。
 池田 そうだ。お金持ちがねらわれる。じゃあ、「泥棒に入られたのは、あなたが、お金持ちだからだ。あなたが悪い」と言えますか?
 ―― そんなこと、言う人はいません。
 池田 それと同じです。人をいじめておいて、「あの人が、こうだから、ああだから、だから、いじめた。いじめられるほうが悪い」。そんな理屈は成り立たない。
 なかには、「あの子が、わがままだから、いじめた」、そういう人もいるかもしれない。「約束を守らないから、いじめた」「なまいきだから」「ちょっと変わっているから、いじめた」「ほかのみんなも、やっている」。全部、言いわけです。どんな理由も、「いじめていい」理由になんかならない。
 泥棒だって、盗みやすいところから盗む。しかし、「あの家は、戸じまりが悪かったから盗まれた。盗まれるほうが悪い」「あの人は、人がいいから、だまされた。だまされるほうが悪い」。そんな理屈は、泥棒が喜ぶだけです! 「泥棒の味方」の論理です。
 ―― 悪いのは一〇〇パーセント、泥棒のほうです。いじめたほうです。
 いじめは、泥棒と同じで、人道上の「犯罪」です。
10  いじめは自尊心泥棒、笑顔泥棒
 池田 そう、いじめは泥棒です! 人から、生きる力を奪う。楽しく学校で学ぶ権利を奪う。友だちと仲良く生きていく権利を奪う。自尊心を、ずたずたにする。誇りを奪い、笑顔を奪い、安らぎを奪い、何もかも盗んでいく! 絶対に許してはならない。
 ―― それを「いじめられるほうにも責任がある」と言って責めるのは、「やさしい気持ちなんか通用しない。そんな心は捨てなさい」と、教育しているようなものです。
 これでは、いい子に、悪い子になれと言っているようなものです。
 いじめられている人に、本当にどこか悪いところがあるのなら、やさしく教えてあげればいいわけです。そうすれば、指摘されたほうも納得できます。反省するところがあったら、改めればいいし、あやまるべきところがあれば、勇気を出して、あやまればいいと思うんです。
 しかし、いじめというのは、そういうさわやかな友情関係じゃないのです。相手を「悪者」にして、自分のストレス解消をしているだけです。
 池田 本当に、「正義」ということがわからない日本になってしまった。「正義の味方」が笑われる日本になってしまった。正義なんて「甘っちょろい」とか「裏があるんだ」とか。
 そうやって、結局、どうなったか。「強いものの味方」だけが大手を振って歩く日本になってしまった。むき出しの弱肉強食の社会――その毒の現れが「いじめ」です。だから、いじめは日本の大悲劇だと言うのです。
 ―― いじめは、外国にもありますが、日本は、「とくに陰湿」と言われています。
 池田 質問の彼女も、どんなにつらかったか。小学校でも、いじめられた。中学校でも、いじめられた。絶対、あなたのせいじゃないよ。あなたのような、やさしい人をいじめる人が悪いのです。悪い人は、いい人が、きらいなんです。だから、そんな悪に負けてはいけないよ!
11  一人で悩まず 解決するまで相談を!!
 「親に申しわけない」なんて思わなくていい
 池田 そして、いじめられている人は、「親に申しわけない」とか思わなくていいんだよ。「親を困らせたくない」。その気持ちは尊い。ひどい目にあって、なおかつ親を思いやっているのだから、すごい人だと思います。立派です。
 だけど、ピンチのときには「親に迷惑をかけていい」のです。人間は「人に迷惑をかけないで生きていく」ことはできないのです。できると思っている人は、自分がそう思いこんでいるだけです。自分が大勢の人に支えてもらってきたことを忘れているのです。
 お年よりや、おなかに赤ちゃんがいる女性が、重い荷物で困っていたら、あなたは助けてあげるでしょう? 荷物をもってあげることを「迷惑をかけられた」なんて思わないでしょう? 「ありがとう」と言われたら、うれしいでしょう?
 人は、助けたり、助けられたりして生きていく。それが正しいのです。そうすれば、助けた人も、助けられた人も、うれしい。だから、荷物が重すぎるときは、いっしょにもってもらいなさい。「人を助ける喜び」を、まわりに与えてあげなさい! 一人で、荷物の前に座りこんでいなくていいんだ。そして、将来、重い荷物をもっている人がいたら、張りきって、助けてあげればいい。
 いじめられたあなたは、「あなたが親を困らせている」んじゃない。困らせているとしたら、いじめた人間です。あなたは被害者です。何も悪くないのだから、大いばりで助けてもらいなさい。
12  声を出せ! 黙っていると、わからない
 池田 ただ、大人のなかには、話しても、なかなか、わかってくれない人もいるかもしれない。もしかしたら、あなたの「心」よりも「世間体」を大事にする人がいるかもしれない。「形」にこだわったり、一方的に「話を決めつける」人もいるかもしれない。「静かに″心の声″を聞く」ことを忘れてしまった大人は多い。「子どもから学ぶ」ことを知らない大人も多いから。
 だから、自分の気持ちを「忍耐強く」話して、聞いてもらいなさい。「はっきり、何度も」言わないと、親子だって、考えていることがわからないのです。
 東欧では「泣かない赤ん坊は、ミルクがもらえない」というそうだ。だから、あなたも「声」を出すこと。何でもいいから、「声」を出すこと。お題目の声が根本だけれども、歌を歌うのでもいい、好きな文章や詩を大声で読むのでもいい、空に向かって「バカヤロー!」でもいい。
 まず何でもいいから「声」を出す練習をしよう。そうすると、元気が出るから。はじめは小さな声で、だんだん大きな声にして。そして、お父さん、お母さんや、ほかの信じられるだれかに向かって、自分のありのままの気持ちを、ぶつけてみたらどうだろう。一度でわかってもらえなかったら、何度でも。解決するまで。手紙でもいいよ。
 それでだめでも、味方は、いっぱいいるから! 創価学会のお兄さん、お姉さん、おじさん、おばさんも、みんな味方だよ! 安心して、甘えていいんだよ。あなたには、一千万人の味方がいることを、忘れないでください。
 そして、人生は長いのだから、どうしても、どうしても、しようがない場合は、少しくらい遠回りしたっていいんだ。自分の人生だ。自分のペースでいいのです。「みんなと同じ」人生より、山あり谷ありのほうが、ドラマチックでいいくらいだよ!
13  「いじめられた人」が最後は勝つ
 君はすばらしい
 池田 いちばん大事なことは、どんな場合でも「自分なんか、だめだ」と思わないこと。自分をいじめないこと! 自分で自分を励ますんだよ。落ちこんでしまった自分の心を、自分で「よいしょ」ともち上げるんだよ。だって、君はすばらしい人なんだから、そんなすばらしい自分をいじめちゃいけない。人が何と、けなそうが、関係ない。
 もしか、君が自分で自分を、だめだと思っても、私はそうは思わない。あなたが自分で自分を見捨ててしまっても、私は見捨てない。
 「いじめられているから、だめ」なんじゃない。反対です。今、いじめられている君のほうが、将来は偉くなる。幸福になる。いじめた人間は、だめになっていく。
 私の世界の友だちも、みんな、「いじめられてきた人」ばっかりです。「いじめてきた人」なんか、ただの一人もいません!
14  偉人は「全員」がいじめられた!
 池田 南アフリカの前の大統領マンデラさんは、人種差別でいじめられ、何と二十七年間も牢獄に閉じこめられていた。
 二十世紀で最大の歴史家トインビー博士は、みんなくらいの年齢のとき、学校に行くのがいやでいやで、新学期が始まる朝は、死刑囚が死刑を執行される日のようだったという。(『回想録』1,山田光遡・増田英夫訳、社会思想社、参照)
 中国の周恩来総理も、「四人組」という悪のグループに、いじめられ、いじめられ通した。しかし今は、「人民の父」として最高に尊敬されています。
 ―― そう言われたら、本当に、たくさんおられますね。
 池田 全員がそうだよ! 一人残らず、そうだよ!
 アメリカの黒人差別と戦ってきたローザ・パ―クスさんは、黒人に対する侮辱に対して、我慢して、我慢してきたが、ある日、とうとう、「ノー!」と一言って立ち上がった。そこから火がついて、「人種差別のないアメリカ」をめざして、戦いが広がっていったのです。
 ―― アメリカでは、教科書にも載っていて、知らない人はいません。
 池田 偉い人は、みんな、いじめられてきた。人をいじめて、偉くなった人はいません。格好だけ偉そうに見せても、それは、にせものです。心は砂漠です。全然、偉くない。幸せでもない。
 いじめられ、いじめられ、それでも「私は負けない!」と生きぬいた人が、最後は勝つ。勝たねばならない。勝たなければ、正義の火が消えてしまう。
 君が、あなたが、勝つことは、自分のためだけじゃない。正義のためです。たくさんの、ほかの人に勇気を贈るためでもあるのです。君だけの戦いじゃない。君だけの苦しみじゃない。
 ―― みんなの戦いですね!
15  創価学会は「いじめられた人」の友
 池田 インドの詩人タゴールは言いました。「人間の歴史は、侮辱された人間が勝利する日を、辛抱づよく待っている」(「迷える小鳥」藤原定訳、『タゴール著作集』1所収、第三文明社)と。
 創価学会も、「その日」をめざして戦っているのです。その「夢」を抱いて進んでいるのです。みなさんのお父さん、お母さんが、一生懸命、学会活動しているのも、そのためです。
 創価学会は「いじめられている人」の味方です。いつも「いじめられている人」のそばにいるのです。「いちばんいじめられた人」が「いちばん幸せになる」ために戦っているのです。七十年間、これまでもそうだったし、これからも永遠にそうです。
 だから、君も、「その日」のために、いつか立ち上がってもらいたい。「いじめ」なんかなくなる日のために! 大きな「夢」をもって!
 ある人は、「いじめられている子の心がわかる先生になろう」でもいい。人権を守る弁護士になろうでもいい。カウンセラーや、子どものためのお医者さんでもいい。
 いや、職業は何でもいい。学歴も何でもいい。ただ、「苦しんでいる人がいれば、どこにでも駆けつける」、そんな温かい人になってください。それは、いじめられた君だから、あなただから、できることなのだから!
 今は、生きていることが苦しくて苦しくて、しかたないかもしれない。でも、生きぬくんだよ。生きて生きぬいていけば、きっと「ああ、生きていてよかった!」と思う日が来るから! 必ず来るから!
 私が約束します。
 ―― ありがとうございます!
16  「それでも私は立ち上がる」
 池田 いじめについては、まだまだ語り残したことが、たくさんあると思うが、最後に、中学生のみなさんに一つの詩を贈りたい。
 ローザ・パークスさんの大好きな詩です。私も、いじめられ続けてきたから、この気持ちがわかるのです。
 黒人の女性(マヤ・アンジェロウ)の「それでも私は立ち上がる」(『現代アメリカ黒人女性詩集』水崎野里子訳、土曜美術社出版販売)という詩です。
  どうぞお書きなさい私のことを 歴史の中に
  あなたの意地悪なねじくれた嘘で固めて
  どうぞ私を踏みつけなさい 泥の中で
  でもそれでも 塵のように 私は立ち上がる
  (中略)
  私が絶望しているのを見たかった?
  話が頭を垂れて 視線を落としているのを?
  肩を落としているのを 涙の粒が落ちるように
  心の叫びに弱り果てて
  (中略)
  どうぞ私を撃ちなさい あなたの言葉で
  私を切り裂きなさい あなたのまなざしで
  私を殺しなさい あなたの憎しみで
  それでも空気のように 私は立ち上がる
  (中略)
  恐怖と恐れの夜を置き去りにして
  私は立ち上がる
  素晴らしく澄んだ夜明けの中へと
  私は立ち上がる
  私の先祖がくれた贈り物を持って
  私はその夢そして奴隷の希望
  私は立ち上がる
  私は立ち上がる
  私は立ち上がる

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