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日蓮大聖人・池田大作

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第2章 子どもを叱るとき  

「21世紀への母と子を語る」(池田大作全集第62巻)

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1  「叱り方」は親の生き方が問われる
 高柳 いろいろな質問も寄せられています。皆さんに代わって、いくつか質問させていただきたいのですが。
 池田 どうぞ。どんなことでも聞いてください。ともどもに意見をかわしましょう。
 高柳 ありがとうございます。勇気が出ます。
 前章で、子どもを叱るときの「父親と母親のあり方」について教えていただきました。
 「母親が子どもを叱るのは問題ない。しかし、父親は、子どもをむやみに感情で怒ってはならない」と。本当にそう思いました。
 ところが、最近は、「子どもを叱れない母親」がふえている傾向にあります。
 佐藤 とくに若いお母さんから、「子どもをどう叱ってよいのか、分かりません」「上手な叱り方は、あるのでしょうか」――こんな質問が、多くありました。
 池田 「上手な叱り方」ですか。難問ですね。「叱り方」といっても、根本は親の生き方が問われる。親が、自分の人生に対する信念、生き方を確立することが第一です。
 親自身が、確固たる価値観をもつことです。そうでないと、結局、環境に振り回されたり、育児書に振り回されたり、子どもに振り回されてしまう。それでは、子どももかわいそうです。
 佐藤 たしかに、叱る側の大人自身に自信がなく、子どもに毅然とした態度がとれずに悩んでいる場合があります。
 「親自身が、善悪の判断ができず、しっかりした価値観がないので、すぐ他人の言葉に影響されやすい」――これは、大分県の婦人部から寄せられた声です。
 池田 生命尊厳を基本に、正しい価値観を確立しなければならない。
 本来なら、政治家をはじめ社会の指導者や、また学校では教師が、善悪を教え、世の中をその方向に引っ張っていくべきです。
 しかし、今は、立場が上の人間ほど、ずるくなり、悪いことをしている場合がある。民衆を利用して、自分の利益ばかり考えている。「自分さえよければいい」という考え方が、蔓延している。
 そんな大人たちを見て、子どもがまっすぐに育つわけがない。社会の風潮が子どもをダメにしているとも言えます。まず反省すべきは、大人の生き方でしょう。そうでなければ、叱る資格などありません。
 佐藤 本当に、そう思います。日本は教育熱心と言われますが、「日本の社会は、本当は子どもを大事にしていないのではないか」とすら思います。
 池田先生とモスクワ大学前総長のログノフ博士との会談(一九九八年四月二日)を「聖教新聞」で読み、大変に感銘しました。
 博士は、青少年の問題について、こう言われていました。
 「おそらく、どこかに解決への『処方箋』はあるのでしょう。問題は、その薬を『使わない』ことにあるのではないでしょうか」と。
 池田 そうだね。
 子どもたちが問題を起こすと、法律や規制を厳しくして抑えつけ、縛ろうとする。本末転倒です。大人の保身です。問題をいよいよ深刻にするだけです。
 まず、指導者が手本を示すべきだ。命をかけて、善の味方をし、悪と戦うべきです。大人の生き方にこそ、青少年の問題を解決する根本がある。
 大人が本気になって、自分たちを変えなければならない。創価学会が強いのは、一人ひとりが「人間革命」を目指してきたからです。
 高柳 はい。使命ある母親として、子どもたちのため、未来のために行動してまいります。
2  いざという時、きちんと叱れる母親に
 佐藤 ここで、鹿児島の婦人部から寄せられた声を紹介させていただきたいと思います。
 「子どもを叱るのが、とても難しい。
 一番上の七歳の子はしっかりと言うことを聞く。六歳の子は、叱ると『私のこと嫌いなのね』と言って部屋から出ていってしまい、話を聞かない。三歳の子は要領がよく、何も聞かず『ごめんなさい』と謝る。
 親として、頭ごなしに叱るのだけはやめようと思うと、ついつい甘やかしてしまう」
 池田 悩んでいるお母さんの気持ちが、よく分かります。悩むこと自体が尊いのです。
 子どもを、どう上手にしつけるかは、人類の永遠の課題と言えるかもしれない。(笑い)
 性別、性格、家庭環境など、子どもによってそれぞれ違いがある。だから、一概に「こういう時は叱ってよい」とか、「これが上手な叱り方だ」とは、言えないでしょう。
 ただ、「ここぞ」という時に、きちんと叱れるかどうか。
 心が大切です。“たとえ嫌われても”叱ってあげられるのが、母親なのです。
 本当に自分のためを思って叱ってくれる親を、子どもは嫌ったりしない。生命の奥で、愛情を感じ取っていく。
 逆に、子どもだって叱ってほしい時がある。親が自分と向き合い、真剣にかかわってくれるよう求めていることもあるのです。
 「いざ」という時に、あえて言ってあげるのが「慈悲」です。
 日蓮大聖人は、仰せです。
 「たとえ強い言葉であっても、人を助ければ、真実の言葉であり、穏やかな言葉である。たとえ穏やかな言葉であっても、人を誤らせてしまうのなら、偽りの言葉であり、強い言葉である」(御書890㌻、趣意)
 お母さんが、どんなに優しい言葉で話しても、それで子どもをダメにしてしまえば、それは「偽りの言葉」です。
 たとえ、きつく子どもを叱ったとしても、子どものためを思い、子どもを救うならば、それは「真実の優しい言葉」なのです。
 大事なのは、ふだんから子どもの成長を祈っているかどうかです。
 祈りがあれば、たとえその時には分からなくとも、親の思いが子どもにちゃんと伝わっていくのです。
 高柳 叱れない母親がふえている一方で、自分の感情をコントロールできず、ついカッとなって叱ってしまうことで悩んでいる人もいます。感情を抑えきれず、つい手が出てしまうこともあるようです。
 佐藤 たいていのお母さんは、その後で、とてもいやな気持ちになります。私もそうでした。時には自己嫌悪に陥り、夜、眠っているわが子の顔を見ながら、「ごめんね」と謝ることもありました……。
3  「一日こらえる」――偉大な母の知恵
 池田 叱るといっても、親が理由も言わずに、怒りにまかせて叱ってばかりいると、子どもがおびえます。
 そして、とにかく「怒られないように」「叱られないように」と、一種の「ずるさ」を身につけてしまうこともある。
 そんなことを繰り返しているうちに、大事な時にも親の言うことに耳を傾けなくなってしまう。
 佐藤 今のお話を聞いていて、私の母のことを思い出しました。
 私の母は、新潟県の生まれです。小さい頃から貧乏で苦労してきました。新潟の田舎で育ち、十二歳で奉公のために東京に出ました。
 庶民そのものの母ですが、私と姉の二人姉妹は、礼儀作法や基本的なしつけを、きちっと教えられました。私たち姉妹が将来、恥ずかしい思いをしないようにと、正直で素直に成長することを願っていたといいます。「物は買ってあげられないけど、真心にはお金がかからないから真心で育てよう」と思っていたそうです。
 私自身は、母にきつく叱られた記憶がほとんどないんです。私が悪いことをした時、母は、その場では叱らず、一日気持ちをぐっと抑えたそうです。そして、次の日に私に言うのです。
 「もしも、お母さんの言うことが間違っていたら、お母さんが謝ります。でも、もしあなたが自分で悪いと思ったら、謝りなさい」と。
 逆に、悪い点数を取った時でも、「今度、また頑張れるからよかったじゃない」と、励まされました。いい点数を取った時は、「有頂天になってはいけない」と戒められました。
 池田 偉大な母の知恵ですね。“一日こらえる”というのは、気持ちを冷静にし、物事を客観的にとらえるためだろうね。
 佐藤 はい。でも、いざ自分が母親になったら、話は別で。(笑い)
 うちは、やんちゃな男の子二人だったので、そうそう辛抱してばかりはいられませんでした。ついつい、手が出てしまって……。
 池田 感情で叱らないといっても、なかなか簡単にできることではない。ただ、その時の気分にまかせて、手を出すことは、あってはならない。
 また、自然な感情を押し殺すのが不自然な場合もある。時に感情的になることがあっても、根底に愛情があれば、大丈夫。大事なのは、ふだんの親子の信頼関係です。
4  子どもの「心」に目を向ける生命力と慈悲を
 高柳 親による幼児虐待も問題になっています。お母さん自身の、子ども時代の育てられ方に原因があるという見方もあるようです。自分が虐げられて育った分、子どもにも同じように向かってしまうというのです。
 そうしたなか、今、「子育てに自信がない」という女性もふえてきています。
 池田 子育てといっても、初めは皆、「初心者」です。自信がなくて、当たり前です。
 家庭、家族というのは、千差万別であり、決してマニュアルどおりにはいかない。
 自分なりに、自分の家庭の教育を創りだしていくしかない。試行錯誤でいい。失敗を恐れる必要もない。「創造家族」です。
 昔の母親だって、何の苦労もなく、子育てができたわけではない。それどころか、今以上に大変な世の中で、立派に子どもを育ててきた人がたくさんいる。
 高柳 よく、分かります。
 池田 「完璧な母親」などいません。
 欠点も長所もあるから、人間なのです。そこに人間らしさがある。だからこそ、子どもも安心できるのです。
 自慢話ばかりする親よりも、自分の失敗談を話してくれる親のほうが、子どもも相談しやすいといいます。
 「賢明な母親になろう」と努力するのは大事です。
 しかし、格好だけ「よい母親」を装うなら、かえって子どもを苦しめるだけで、自分も苦しみます。
 自分らしくてよいのです。
 「あなた」しか、その子のお母さんはいないのです。
 佐藤 自信がわいてきます。
 池田 「子どもは簡単に言うことを聞かないもの」――そう割り切ることです。
 「覚悟」を決める(笑い)。そして、心を広々と大きく持つことです。
 戸田先生も、よく言われていた。
 「境涯を大きく持ちなさい」と。「子どもとしょっちゅうケンカしているのは、境涯が低いんだぞ」とも。
 子どもが駄々をこねる。言うことを聞かない。かんしゃくを起こす――それには、何か原因がある。子どもは言葉でうまく言い表せないから、そうやって気持ちを表しているのです。
 子どもが今、何を欲しているか。何が言いたいのか――子どもの「心」に目を向けるのです。
 佐藤 こちらに「心のゆとり」がなければ、なかなかそうはいきませんね。
 池田 母親の生命力です。
 子どもとかかわっていくのは、本当に命を使うものです。
 そして「知恵」です。知恵は、慈悲から出るのです。
 仏は、時に巧みな「たとえ」を用い、時に厳しく叱咤し、時に温かく包容しながら、衆生を導きます。それは、すべて衆生を思う慈悲から出ているのです。
 親も同じです。
 偉大な母親といっても、何も学識があったり、教養が必要なわけではない。平凡にして、偉大な母はたくさんいる。
 逆に、学歴があったり、虚栄心の強い母親のほうが、子どもをダメにしてしまう場合がある。
 高柳 本当にそうですね。
 池田 偉大な母であるか否かは、「子どもを思う心」の深さ、大きさで決まります。
 本当に大変な時に、子どものために何をしてあげられるかです。
 子どもが、食べてはいけないものを、飲みこんだ。そうしたら、子どもが泣いてもわめいても、たたいてでも、何としてでも吐き出させるのが親でしょう。
 何か問題があった時も同じです。「いざ」という時に、親は毅然たる態度をとらなければなりません。そうでなくては、子どもを守ることができません。
 母親が動揺したり、右往左往してはいけない。たとえ子どもが学校に行かなくなっても、母親は“ドーン”としている。母親がおろおろしたら、子どもも余計、おろおろする……。
5  子どもは母の後ろ姿を見て育つ
 高柳 私にも、こんな経験があるのです。
 わが家には、一つ違いの二人姉妹がいます。上の娘が小学校三年生の時の話です。
 とてもおとなしい子で、妹の面倒をよくみてくれます。親の言うこともよく聞き、手のかからない子でした。
 ある日、家族で久しぶりにファミリー・レストランに行きました。
 その日は、朝から下の子の体調がすぐれず、私は、ずっと気にかけていました。レストランでトイレに行きたいと言ったので、「じゃあ、お母さんといっしょに行こうか」と言いました。
 すると突然、上の子が立ち上がり、店から飛び出て、全力で走り出したのです。
 私は、びっくりして、何がなんだか分かりませんでした。しかし、全力疾走で後を追いかけました。
 “今、つかまえないと、あの子がどこかへ行ってしまう”と、直感的に感じたのです。
 佐藤 そのあと、どうしたのですか。
 高柳 五分か、一〇分近く走ったでしょうか。
 佐藤 ずいぶん、走りましたね。
 高柳 はい。私は高校まで、ずっとバレー部の部長で、鍛えていましたので。(笑い)
 それはともかく、やっと子どもに追いついて、抱き止めました。「お母さんのバカ!」と、子どもは、泣きながら私をどんどん叩きます。
 私は、“この子を絶対に離さない!”と、しばらくの間、力いっぱい抱きしめていました。
 今から考えると、自分は二人の子どもを平等にしているつもりでも、上の子は“妹ばかりかわいがられている”という思いがたまっていたのですね。そして、その日も、私がトイレにまでいっしょについていこうとして、妹のことをかまったものですから。
 私にも“お姉ちゃんは大丈夫”という甘えがあったかもしれません。
 池田 親というのは、手のかからない子には安心して、どうしても「目」がいかなくなってしまいがちです。とくに、優しく、親思いの子ほど、人を気遣い、我慢していることが多い。そこを気づいてあげることだね。
 高柳 はい、思い返すと、娘の心を、いつしか、くみとりきれなくなっていたんですね。それが何気ない一言で、はじけたのだと思います。あの子なりの表現で、私に教えてくれたんです。
 その時、娘を抱いていっしょに泣きながら、「こんな寂しい思いを二度とさせない!」と思いました。おかげさまで、今は二人とも元気に学校に通っています。
 佐藤 最近、「子育てに愛情不足を感じる。将来、情緒不安定な子どもがふえてしまうのでは」と心配している人もいます。
 また、「悲惨な事件を見ていると、子どもの側にも、『こんなことをしたら、母親が悲しむ』という感受性がなくなってきているように思う」「親が親になりきれないケースが多い。子どもが生まれても、『自分の人生をもっと楽しみたい。子どもの犠牲になりたくない』という人がよく見られる」とも。
 池田 幼い命に注がれた母の愛は、一生を支えるエネルギーです。
 愚直な母でいいのです。時には失敗し、時にはおっちょこちょいで、時に感情が爆発することもある。
 しかし、常に一生懸命に生きることです。子どもは、その母の姿を見て育ちます。言葉ではない。いくら、きれいごとを言っても、生き方が伴わなければ、言うことを聞くわけがない。
 母親の生き方で決まります。心の奥の奥に刻み込まれた、親の愛と生き方が、マグマのごとく、子どものエネルギー源となって、一生を支えていくと言えるのです。
6  世のため、人のために活動する母を賛嘆
 高柳 今の若いお母さんの間では、「相談できる友だちがいない」という悩みも多いです。
 池田 核家族化、都市化の影響もあるのだろうね。昔は、おばあちゃんや、近所の経験豊かな人たちが、いろいろなことを、わけへだてなく教えてくれたものです。
 今は、地域の教育力が失われ、世代から世代へ、そうした知恵が伝えられにくくなってきています。
 「叱り方が分からない」というのは、そうした背景が一つには、あるかもしれない。
 佐藤 はい。母親の孤独化が進んでいる気がします。
 一日中、ずーっと子どもといっしょ。周りには知っている人もいない。夫は帰りが遅い。そうしたことからストレスが高じて、しわ寄せが子どものほうにくるのです。
 とくに、それまで働いていたり、外で活発に出歩いていた人にとって、赤ちゃんが生まれ、家の中に子どもと二人っきりでいることは大きな環境の変化ですから。
 高柳 私の経験からも、よく分かります。
 それまで女子部や婦人部で、毎日、駆け回っていたのに、子どもが生まれた途端、一日中、子どもといっしょに家の中にいる。デパートや美容院にすら行けないのも、つらかったです。(笑い)
 とくに、長女が生まれてすぐは「夜泣き」が大変でした。
 理由は分からないんですが、一晩中、泣き続けるんです。だんだん空が明るくなって、朝の五時、六時まで一睡もできないという日が、しばらく続きました。
 小さな家でしたが、夫は「オレには、仕事があるから」と言って、別の部屋に逃げ出すんです。(笑い)
 池田 大変だったね。男は、いざという時に逃げる(笑い)、というより、やっぱり母親なのです。高柳さんのご主人は、弁護士だったね。
 高柳 はい。夫の名誉のために付け加えておきますと、いつもは、すばらしいパパなのです。(笑い)
 池田 一日中、子どもといっしょで家にいるだけでは、開かれた心にはなりません。だから、学会の世界はありがたい。どこへ行っても同志がいるし、親身に相談相手になってくれる。学会は、殺伐とした現代の人間関係の砂漠に、地域のオアシスをつくっているのです。
 佐藤 私の場合は、長男が赤ちゃんの頃、アトピーになったので、本当に大変でした。
 アトピーのかゆさというのは、尋常でないんです。
 かゆくてかゆくて、体中をかきむしります。耳とか、指とか、ひじ、ひざなどから血が出るほどです。自分の体を傷つけてしまうので、赤ちゃんの手に手袋をはめました。
 夜中も、かゆがるので、ずっと落ち着くまでかいてあげるのです。疲れ果てて、私のほうが、いつのまにか寝てしまうこともありました。
 池田 偉いね。母は偉大です。学会の婦人部は、そうしたなかで、世のため、人のために活動している。最大に讃えます。
7  深い愛情から豊かな知恵がにじみでる
 佐藤 ありがとうございます。アトピーでは、食べ物にも気を使いました。みんなと同じお菓子を食べたくても食べられません。そんな時も、心を鬼にして食べさせませんでした。赤ちゃんのジュースも離乳食も手作り。できるだけ無農薬野菜を使いました。
 ですから、食事など、どんなに忙しくても、手抜きはできませんでした。今から考えると、それがかえってよかったのかもしれません。
 長男は、中学校に入る頃から症状が軽くなっていきました。
 高柳 福岡県の婦人部が、こんな話を寄せてくださいました。
 「朝、バスから子どもたちが降りるのを見ていると、皆、同じ所へ走る。どこへ行くかと思えば、コンビニエンス・ストアへ入っていく。そして、そこで朝食をすませる。
 夕方、また見ていると、今度は若い母親たちがコンビニエンス・ストアで弁当を買って帰る。
 いったい、どこで母親の愛情を注ぐのだろうか。家庭の温かさを、どこで感じるのだろうか」と。
 池田 私の母も、子どもたちの食事には、ずいぶん気を使っていました。
 当時のことだから、栄養学など、何も知らなかったでしょう。
 しかし、育ち盛りの子どもに、今から考えれば、それはそれは、ありがたいほどの心配をしてくれました。
 大正時代の大震災で、家業の海苔の養殖が打撃を受けてから、家は決して豊かではなかった。
 しかし、安くて栄養のあるもの、たとえば小魚などを、いろいろ工夫して食べさせてくれた。「骨ごと食べなさい」とね。
 ほかに、わが家ではお手のものの生海苔を、酢につけて出したりして、よく食べさせられました。
 また、梅干しを一日に一つ食べれば伝染病にかからないとも、よく聞かされました。これは、母の祈りでもあったのでしょう。
 贅沢な食べ物など何もなかったが、母のこまやかな心遣いが、一生の財産になりました。
 母は「方法論」とは無縁でした。しかし、世のお母さん同様、自らの深い愛情から、豊かな知恵がにじみでていた。平凡にして偉大な母親でした。
 今は、働いている方も多い。一人で何役もこなし、大変に忙しい。私は、その苦労をよく分かっているつもりです。ただし、食事時にいなくても、たとえ自分で作れないような時でも、何らかの工夫をすることが大事だね。
8  頑張るお母さんを子どもは見ている
 高柳 はい。私たちも気をつけます。
 それにしても、わが学会の婦人部のなかには、さまざまな苦労を乗り越え、お子さんを立派に育てておられる方がたくさんいます。その姿に、どれほど勇気づけられ、大切なことを教えていただいたか分かりません。
 佐藤 大分県のある婦人部の方は、お子さんがいよいよこれからという時に、夫に先立たれました。
 ご主人は亡くなる前、「オレが死んだら、この子はもう大学に行けんだろうな」とポツリと言ったといいます。この一言を聞いて、小野さんは「大丈夫よ。どんなことをしても、この子は大学を出してみせます」と言い、ご主人は、安心して亡くなられたそうです。
 しかし現実には、大変な苦労が待っていました。仕事の当てもなく、彼女は「女手一つで、どこまでやっていけるだろうか」と絶望に沈みそうになりました。
 それでも、夫との誓いを果たすために、悲しみを振り捨てて、立ち上がりました。住み込んで働くようにと勧められもしましたが、子どもの教育によくないと考え、田舎に残って行商を始めました。
 小さな体に大きな風呂敷包みを背負って、一日中、山道、谷道を歩き回り、足を棒にして頑張ったそうです。しかも、信心していることで、無理解の嫌がらせを受けることもありました。また「行商くらいで大学に出せるはずがない」と陰口を言われ、悔しい思いをしたそうです。
 しかし、「私には御本尊がある。負けてたまるか! この子を立派に育てずにおくものか!」と、歯を食いしばって、十八年間、行商をやりぬきました。
 その結果、子どもはすくすくと育ち、東京の大学を卒業。お孫さんは今、創価小学校に通っています。
 池田 頑張るお母さんを、子どもはじっと見ていて、心に刻んでいるのです。その母の苦労を忘れません。だから、道を外れることなく頑張る。この母子の絆をつくり上げることです。
 高柳 広島県の婦人部の方は、娘さんの優子さんが生後二カ月の時に、岡山で池田先生にお会いしました。優子さんは、先生が命名された娘さんです。
 決して忘れられない当時の思い出を、その婦人は語っていました。
 「命名のお礼を申し上げると、先生は、赤ん坊の優子に声をかけてくださいました。
 『私が名づけ親の池田です。よろしく。優子というのは、優しく、優秀な子になるようにつけましたよ。大きな心で成長してください』と。
 まだ将来、どうなるかも分からない生後二カ月の子どもにまで、ていねいに接していただき、大変に感動しました」と。
 この時、佐々木さんは、優子さんを「立派な広布の人材に育てよう」と誓いました。
 そして、どんな苦労の時も、この日の先生との誓いを忘れず、乗り越えてきました。
 今、優子さんは小学校の先生。広島総県の女子教育者のリーダーとして、未来の宝の育成に取り組んでいます。
9  池田 それはよかった。本当にうれしい。
 子どもを立派に育てているお母さんに共通するのは、「子どもを社会に役立つ人間に育てよう」という心、そしてその「誓い」の深さのようだね。
 「過保護」の親、「放任」の親、いずれもよくないが、もとをただせば、親のエゴです。子どもを「自分の所有物」のように考えるところから、両極端が生まれるのです。
 子どもを「広宣流布」という社会貢献の人材に――この「誓い」があれば、エゴに陥らない。また、子どもがどのようになろうとも、決してあきらめたりできない。
 私がここまでやってこれたのも、戸田先生との「誓い」があったからです。
 戸田先生の故郷・厚田村で、大海原を前に、先生は、私にこう言われた。
 「この海の向こうには、大陸が広がっている。東洋に、そして、世界に、妙法の灯をともしていくんだ。この私に代わって」
 「戸田先生に代わって」――この誓いが、私のすべてです。
 師との誓いを胸に、これまで、必死の思いで走り抜いてきました。嵐の中も、猛吹雪の中も、ただ「誓い」を果たそうと。世界中のあらゆるところで、飛行機の中でも、ホテルにいても、車中にあっても、題目をあげながら。
 「師との誓い」であるがゆえに、「あきらめる」などということは、考えもしなかった。
 次元は違うけれども、子育てにも、同じことが言えるのではないだろうか。
 高柳 私たちも、「誓い」を忘れてはならないと深く決意しています。
10  「子どもの未来」を子育ての基準に
 池田 広島の中国平和記念墓地公園にある「世界平和祈願の碑」にも、「母と子」の像が立っています。
 佐藤 世界的な彫刻家である、フランスのルイ・デルブレ氏が制作したものですね。
 「建設」「寛容」「勇気」「希望」「後継」「歓喜」の六体の像からなっています。
 池田 そうだね。そのうちの、「後継」の像は、足を伸ばして座った母親が、小さな子どもを両手で抱き上げ、前のほうへ、さしだす姿をしている。
 この像について、デルブレ氏は、こう言っている。
 「子どもを生み育てる根源的な存在としての母親。
 そして、未来世紀を担い、大いなる希望をもって成長していく姿を、母親にかざされた幼児として表現しています。
 母親にとって子どもは、自分の所有物でも、付属物でもありません。
 未来を拓くため、世界の平和のために捧げ、送り出していくのです。
 幼児も一人の人間として、きりっとした表情をしています。後継の使命を決意し、自覚していることを、両手を横に広げて表現しているのです」
 高柳 大変、深い意味が込められているのですね。私たち母親の根本的な生き方が、芸術として崇高に昇華されていると感じました。
 池田 「親のエゴ」ではなく、「子どもの未来」を子育ての基準にしていかなければなりません。
 子育ては、長い目でみなければ分からない。「子どもの今」を満足させるだけでなく、「子どもの未来」をしっかりと見すえていくのです。
 そうすれば、「叱るべきとき」も、おのずと分かるのではないか。
 子どもは、自分を映す鏡です。子育ては、子どもも、自分もともに成長してゆく崇高な作業なのです。

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