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日蓮大聖人・池田大作

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創価中学・高等学校第24回、関西創価中… 理想を燃やせ、太陽のごとく

1994.93.16 教育指針 創価学園(2)(池田大作全集第57巻)

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2  いよいよの心に前進が、勝利が
 私は皆さんの成長をたたえたい。厳しい勉強。通学が遠く、たいへんだった人もいる。そのなかで、諸君は「人格」を磨いてきた。それはちょうど今、寒風に咲く梅の花のようである。学園生には、だれにも負けない深い深い使命感がある。それを根本に、自分自身を建設してきた。卒業それ自体が、立派な勝利の証である。
 先ほど、代表の方に「創立者賞」が贈られたが、こうした意味から私は、全員に「創立者賞」をさしあげたい。(拍手)
 きょうは科学者の先輩も来ておられるので、科学者の話からしたい。
 知らない人はいない大科学者アインシュタイン博士――博士も、学生時代、すべてが順調だったわけではなかった。十六歳で学校から退学を命ぜられる。大学入試も失敗――。
 しかし後に、こう回想している。他の人の歩みとは違っていても、むしろ自分らしく、じっくりと思索を深めたゆえに、あの「相対性理論」を生みだせたのです――と。
 高校もうまくいかなかった。入試もうまくいかなかった。しかし博士は負けなかった。前に進み続けた。そして勝った。勝利の高みから見れば、皆と同じようには順調でなかったからこそ、自分は深まったのだと言いきれた。
 博士は語っている。「現在とは、どういう時か。それは、つねに新しく出発できる時である」と。「きょうから明日へ」、また「きょうから明日へ」である。
 皆さんも、これから先、いろいろなことがあるにちがいない。その時に、決して失望したり、悲観してはならない。いつも「きょうが出発だ」「いよいよ、これからだ」――この決意、この希望、この息吹、このはつらつたる前進の心をもち続けた人が勝利者である。
 ”もういやだ”と投げだしたり、逃げだしては、敗北である。何があっても永遠に「希望」を失ってはならない。
 皆さんの長い人生へのスタートにあたり、私は申し上げたい。
 「理想の炎を燃やす探求者たれ!」と。
 現在、私は、世界屈指の平和学者ガルトゥング博士と、対談を進めている。すでに最終段階に入っており、今年の秋には『平和への選択』と題して、出版する予定である。(=平成7年5月、毎日新聞社から刊行)
3  ”あきらめる前にやってみよう”  
 博士は北欧ノルウェーの出身。「平和学」という新しい学問の創始者として、世界的に有名な方である。なぜ博士は、平和への探究を志したのか。博士も、私と同じように、十代に戦争の悲惨さを味わっておられる。十三歳の時、博士の父はナチスによって捕らえられ、強制収容所に連行されてしまった。父は、医師として人々に尽くしつつ、首都オスロの副市長としても貢献されていた。
 その正義の人に、狂暴な権力は、容赦なく襲いかかったのである。
 このような悲劇を、絶対に未来に許してはならない。人類の宿命的な苦悩の歴史を転換したい――若き魂は炎と燃えた。
 諸君も、社会の不正と醜さへの怒りを、くやしさを、バネにして成長していただきたい。「今に見よ!」「自分が偉くなって『正義』を証明してみせる!」と魂の炎を燃やしていただきたい。偉大なる「太陽」のごとく。(拍手)
 博士は”心は平和を求めても、その実現のために何が必要か、当時の自分の頭脳ではわからなかった”と、率直に振り返っておられる。
 もし、博士がここでたじろいで「平和とは何か」への探究をやめてしまっていたら、「平和学」の誕生はなかったかもしれない。
 だが、博士は、青年らしく探究を開始する。前人未到の分野の開拓。それは、苦しい試行錯誤の連続であった。自然科学と社会科学の両方の学部で、同時に研究したこともあった。博士は人の何倍も、学びに学んだ。その博士を支えたものは何か。それは、”困難を避けずに受けて立とう””あきらめる前に、試してみよう””挑戦また挑戦のなかでこそ、人間は成長できる”――こうした信念であった。
 博士は、青年へのメッセージとして、「頭は現実主義であれ。そして、心には理想主義の炎を燃やし続けよ」と語っておられる。すなわち、英知の目を研ぎ澄まして、現実を冷徹に見きわめていく
 ともに、たとえ現在の見とおしが絶望的であっても、決して悲観しない。”理想の峰にかならず到達してみせる”との強い確信をもって、さらに探究をかさねる。そして、人間のもつ可能性を信じ、行動を続けていく――。
 どうか皆さんは、そうした、たくましき「人間道の探究者」「平和の探究者」「哲学の探究者」として、二十一世紀の世界を、自分らしく悠々と生きぬいていただきたい。(拍手)
4  青春の日記を「勇気で」つづれ
 次に「勇気の道を朗らかに進め」と申し上げたい。
 『アンネの日記』で有名な少女、アンネ・フランク。彼女は、第二次大戦中、尊い命を奪われた六百万ともいわれるユダヤ人の一人である。わずか十五歳という若さであった。
 この五月には、アメリカの人権擁護団体であるサイモン・ウィーゼンタール・センターと、創価大学や、創価学会平和委員会などの後援で、ユダヤ人迫害の悲劇を告発する”ホロコースト(大虐殺)展”が東京で開催される(=1996年末までに国内19都市で巡回展示をおこない88万人が鑑賞)。彼女の生涯に光をあてた企画も、同時に予定されている。
 アンネの一家は、ナチスの魔の手をのがれるため、二年以上もの間、アムステルダム市内の小さな息苦しい隠れ家で生活した。いつ見つかるかわからない。見つかれば連行され、殺される――。
 たえずつきまとう恐怖。学校に行きたくても、行けない。自由に外も歩けない。そのなかで、彼女は勉強を続けた。皆さん方は、自由に外も歩ける。学校にも行ける。両親に勉強しなさいと言われることはあっても、勉強を邪魔されることは、ほとんどないと思う。本当に幸せである。幸福すぎて、自分がどんなに幸福であるかわからなくなっている人もいるかもしれない。
 アンネは向学心が人一倍、旺盛であった。また行動的であった。そんな彼女にとって、どんなに、つらい日々であったことか。しかし、彼女は、日記につづっている。ちょうど五十年前のきょう、二月十六日の日付けである。
 「わたしは、身の不幸を嘆こうとは思いません。それどころか、雄々しく生きたいのです」(『アンネの日記』深町眞理子訳、文春文庫)
 一方、避難生活が長くなるにつれて、大人たちは、しだいに不満をつのらせ、口から出るのはため息ばかりになってしまう。しかし、アンネは、いつでも明るい笑顔を失わない。「決して愚痴は言わない」と、固く心に決めていた。彼女は、こう書いている。
 「悪くなるのも良くなるのも、人の『心』の持ちようしだい」「みんな、自分の気分を克服することを学ぶべきです」「わたしには、勉強があります。希望があります。愛が、そして勇気があります」(同前)
5  前向きに「知恵」を使って
 大切なのは「心」である。悪口を恐れるような「臆病な心」であっては、何も人生の歴史は残せない。また、どんな境遇にあっても、前向きに、「知恵」を自在に発揮していく人は幸福である。
 「知恵の人」には、自分も行き詰まりがない。人をも喜ばせ、良い方向へと導いていける。
 アンネが誇り高く生きた一日一日は、今なお、「人間の尊厳」を高らかに示しながら、世界の人々の心に生き続けている。
 創価学園の卒業生となる皆さんは、彼女に負けない勇気をもって、偉大なる青春の日記を、立派につづり残していただきたい。(拍手)
 私はきょう、これから、南米エクアドル共和国のドゥラン・バジェン大統領と会見する。あとを託す皆さんのために、私は世界中に、いちだんと大きく確実な「友情の道」を開いていく決心である。
 エクアドルの有名な解放詩人(ホセ・ホアキン・オルメド)は歌った。
 「諸君には勇気がある/栄光は諸君のものだろう」「勝利は大胆な者に訪れる/勝利を望まぬ者は、すでに敗北しているのだ」
 人生は勝負である。どうか皆さんは、お父さん、お母さんや、恩師である先生方に”本当によくがんばったな””立派に勝ったな”と喜んでもらえる「人生の勝利者」になっていただきたい。
 敗北者はみじめである。両親も嘆く。先生方も悲しむ。私は、諸君が幸福になり、成長していく姿を見るのが最高の喜びである。(拍手)
 大切なのは「勇気」である。「努力」である。それこそが「栄光」を生み、「勝利」を生む。
 人生はマラソンである。途上で、皆に少しくらい後れをとったとしても、あせる必要はない。最後に勝てばよいのである。ゴールで勝利のテープを切る人が、本当の勝利者である。そのために、明日からふたたび、着実に努力し、自分らしく、堂々と、希望にむかって歩んでいただきたいと申し上げ、お祝いのスピーチとしたい。
 くれぐれも身体を大切に、きょうは本当におめでとう!

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