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日蓮大聖人・池田大作

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解説 アレクサンドロス大王の生涯と足跡

小説 青春編「アレクサンドロの決断」他(池田大作全集第50巻)

前後
3  版図の完成
 イッソスの会戦でペルシャ軍を破り、三三二年にはエジプトへ進攻。ナイル川のほとりに自らの名を冠したアレクサンドリア市を建設しました。
 翌三三一年、ユーフラテス川、チグリス川を越え、ガウガメラでぺルシャ軍と再戦し、四倍以上の大軍を七千騎で打ち破り、三三〇年にはペルシャ全域を征服しました。
 更にヒンドゥークシュ山脈を越え、バクトリア(今のアフガニスタン)に進攻。インダス川を南下してアラビア海方面に出てからスサ、バビロンに戻り、ここに東西文化の交流の源となるアレクサンドロス大王の版図が成りました。
 三二三年、バビロンで再征の出発を目前にして病にかかり、三十三歳で疾風怒涛のような生涯の幕を閉じました。
 アレクサンドロスは、征服地の諸市にアレクサンドリアと名付けた都市を、七十も建設したといわれており、これらはギリシャ文化東漸の拠点となり、ヘレニズム文化の形成に大きな役割を果たしました。

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