Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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(五)  

小説 青春編「アレクサンドロの決断」他(池田大作全集第50巻)

前後
2  紀元前三二六年七月――。
 アレクサンドロスの東征軍は、インダス川の五つ目の支流を眼前にしていた。
 故国を進発してからすでに八年。彼はひたすら東へ東へ、また東へと道を進んだ。恩師に教えられた少年の日から夢のように心に思い描いてきた、白雪まばゆいパルパニソスの山々――後にヒンドゥークシュと呼ばれるこの群峰を、彼は困苦の末に踏破した。そしてインドに入ってから約十カ月が過ぎていた。折からの雨期に増水氾濫したインダスの渡河もまた、困難を極めた。
 だが、アレクサンドロスは、その熱い眼差しを、なおも東へと向けていた。今しがた、この地の土侯から、初めてインダス以東の事情を耳にしたのである。遠く砂漠を越えると、ガンジスという大河がある。それは、インダスよりもなお大いなる流れをなし、ほとりに強大な一王国を潤しているという。王国の名は「マガダ」。地味豊沃にして富み栄え、軍事力も歩騎兵二十八万、戦車八千、軍象六千、と。
 今、ほのかに聞くマガダ王国。恩師が教えてくれたように、その東の向こうに、世界の果てをなす大洋があるのだろうか――。
 濁流が渦巻くインダス最後の支流の傍らにたたずんで、アレクサンドロスの心ははやった。ただ前進することのみが、彼の眼前にあった。そして、彼が開き残して来た道に、いかなる歴史が花咲こうとしていたか――。
 緑深いスワート渓谷やガンダーラ地方に、彼とその一行が初めて直にもたらした、西洋からの衝撃。このインダス流域に、クシャン朝がおこる。そこに巻き起こる仏教弘宣の大風は、経典とともにギリシャの面影を深くたたえる仏教芸術を飛翔せしめて、はるか中央アジア、中国の大空へ、そして日本へと運び伝えていく。やがて、仏教に目覚めた中国から、多くの人々がスワートの谷間を訪れるであろう。
 アレクサンドロスは、その歴史の流れを知るよしもない。
 そして、インダスの河辺に立つアレクサンドロスの傍らに侍医フィリッポスの姿もあったかどうか――フィリッポスの生涯の多くは、知る手掛かりが残されていない。ただ、彼が小アジアの町タルソスまで侍医として従軍し、大王アレクサンドロスの重病を救った事実だけが歴史に明らかである。

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