Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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(二)  

小説 青春編「アレクサンドロの決断」他(池田大作全集第50巻)

前後
1  若きアレクサンドロスの親友、フィリッポスがマケドニアの都ペラの王宮に参上したのは、十三歳の時である。
 父親は、それ相応の官禄に恵まれた騎士階級の人であった。その父をフィリッポスは三歳にして病で喪い、それからは一人息子を夫の忘れ形見として慈しむ母の手によって養育されてきた。
 四、五歳の頃から、フィリッポスはペラの町の、ある教師のもとに勉学に通った。聡敏な彼は、礼儀作法を呑み込むのも、アルファベットをつづるのも、教師が語る説話を覚えるのも、やがてはホメロスやエウリピデスの詩文を朗読したり諳じたりすることも、誰よりも早く、巧かった。
 計算にしても、教師から習うものはせいぜい分数の加乗ぐらいだったから、フィリッポスには造作なかった。
 フィリッポスの学業における秀才ぶりはやがてあたりに聞こえるようになった。彼の暗誦や明答がいかに教師の目を見はらせるものであるか――毎日、彼を教師の家まで送迎している召使いが、見てきたままを誇らしく母親に報告するのである。
 ある日、宮中からの使者と名乗る男が、フィリッポスの家にやって来て、子どもを宮中に召し上げたいという話をもたらし、母親を驚かせた。
 「もったいなくも、皇子アレクサンドロス様の勉強相手として仕えるようにと、王家より格別のご恩命であるから、忠勤を励むよう、必ず子どもをよこしてもらいたい」
 母親の心が一瞬、葛藤したことは無理もない。
 傍らのフィリッポスを抱きしめると、思わず涙ぐんだ。
 だが、すぐに逡巡は消えていた。死んだ夫のためにも、何よりの誉れにちがいなかったからである。
 「心配にはおよばぬ。時には王宮から帰すこともあろうから。それに本当に勤まるかどうかは、これからのことだ」
 使者の口調には一も二もなく承知させようとする強引さがあった。
 日を改めて使者がフィリッポスの身を引きとりに来たのは、紀元前三四五年、明るい希望を包む春の末である。
 フィリッポスは母と使いの男に伴われて、午後の日差しに映える明るい青葉まじりのペラの街筋を歩いて行った。
 やがて左右に衛士が立つ王宮の入り口まで来た。
 玉石をモザイク模様に敷きつめた通路が、大扉の奥へと通じている。この路を踏みしめていくと、どうなるのだろう――。壮麗をきわめた建物を仰ぎ見ると、フィリッポスは、胸が迫った。巨大なる石組みの屋根を支える正面の列柱も、見るからに重々しい。胸に少しずつ不安が募り、足がすくみがちになる。ようやく使者に促されて、後を振り返りながら母と別れたのである。
 宮中のようすは毎々、母から聴かされてはいた。けれども母の話も多分に想像まじりで、実際の美しさと広壮さは、子どものフィリッポスにはまるで別天地である。うち続く大小さまざまの、美しい部屋や会議室らしい部屋。長い柱廊。柱や壁に施された、神々や動物や植物などの精妙な浮き彫り。それらに怖るおそる視線を馳せながら、フィリッポスは男についていった。
 とある部屋の前で男は立ち止まると、扉をあけ、フィリッポスを中に入れた。それは、四角な切り石を積んだ四壁に、一つだけ窓がある小さな部屋で、寝台とやや大きめのテーブルとが、床のなかばを占めていた。
 そこが、フィリッポスに与えられた居室である。
 やがて、別室へ呼ばれた。
 そこは、ゆるい丸天井を幾本もの丈高い漆喰の側柱が支えている、空間の多い柱堂であった。何のための部屋なのか、フィリッポスには見当がつきかねた。
 「アレクサンドロス様がお出ましになるからな。粗相のないように控えておれ」
 男が、傍らに近寄って来て、言った。
 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、中央の壇の背後の扉が左右に開き、派手やかな衣装の女と、ちょうど自分ほどの背丈や年恰好に見える男の子とが現れた。
 「フィリッポス、か?」
 女は、ちょっと吟味するような視線を、数段高い壇上から注いだが、すぐ華やいだ笑顔になった。それが王妃オリュンピアスであり、脇に立っている少年こそが皇子アレクサンドロスにちがいない。
 「アレクサンドロスは今、二人の教師に学問を教えてもらっています。でも、もう少し勉強に熱がはいるには、競争相手が必要だと教師達は言うのです。そこで秀才の評判が鳴り響いているあなたに、その役目を務めてもらうことにしました。アレクサンドロスは、少し孤独すぎます。友達が要るのです」
 オリュンピアスは、ゆっくりと語りかけた。その右肩にあつまる衣は床をかすめるほど裾も長く、美しく王妃の体を純白の色で包み、まばゆいほどの品威を輝かせている。
 「アレクサンドロス、さあ、フィリッポスにあいさつを――」
 オリュンピアスは、そう言って傍らの我が子を促した。
 フィリッポスは驚きで身が縮まった。まだ自分がろくに名乗りやあいさつをしたかしないかも覚束ないうちに、さっさと皇子が壇からこちらへ歩き出し、数段の石階を早足で降りると、真っすぐに近づいて来たのである。
 アレクサンドロスはうれしげに手を差し伸べた。
 「フィリッポス、よろしくね、良い友達になってくれ」
 フィリッポスも慌ててもろ手を差し出した。そして皇子の目を見た。深い睫毛の奥に茶色の朗らかな瞳。雪白といってよい美しい頬が少し紅に染まって、まるで大理石に切り刻まれたような、端麗な面立ちである。髪も茶色で首をほんの僅か傾けているのは癖らしい。
 (この人が、マケドニア王国の世嗣ぎとなる人、アレクサンドロス皇子……)
 一瞬の緊張はあった。でも、手を握り合ったとたん、フィリッポスは一ぺんに心が晴ればれするのを感じた。
 皇子は、十二、と自分の年を言った。フィリッポスは、ただ一つの年かさにすぎない。屈託のない皇子の振る舞いが、境遇の全く違う少年同士の隔てを、わけなく取り払ってしまった。
 自分の部屋に引き取ると、フィリッポスは胸にほのぼのとぬくもりを感じた。テーブルに身をもたせかけるように座り、今あったことを想うと不思議な気がしてならない。皇子を間近に見たとたん、さざ波立っていた心が落ち着き、透んでいったのはなぜだろう。自分の心が真っすぐ皇子に惹きつけられてしまった。そんな皇子を好きになれそうだった。そして、どこまでも皇子の良き、忠実な従者たらんことを、自分に言い聞かせたのである。
 その日から、フィリッポスは、宮廷の人となった。
 二人にとって新しい青春の道が開かれ、光っていた。
 アレクサンドロスとフィリッポスは、競い合うように学んだ。
 あの輝くように素晴らしきホメロスの詩に登場する英雄達の名前を二人はスラスラとそらんじていった。二人とも、このような記憶は抜群であった。
 今度はホメロスだけでなく、アリストファネスやアイスキュロスの戯曲が教材になった。それを交互に対話するように朗々と読み合ったり、有名な章句の暗誦を競ったりした。
 ホメロスのギリシャ語はかなり古いものであったから、文法や言葉を調べたり、覚えたりした。
 幾何や算数や音楽の理論も、学科の一部であった。天文もあった。
 それらの学科については、フィリッポスも皇子も、並々ならない能力を見せて、互いにひけをとらなかった。ところが、どうにもフィリッポスでは太刀打ちできないものがあった。体育の教練である。
 一日のうち半日は学習に、半日は体育に費やされていた。当時、マケドニアでもギリシャの諸都市国家でも、青少年の肉体の鍛錬が、やがては優秀な兵士を育てるものとして重くみられていた。まして将来あるアレクサンドロスには、みっちりと教練が課せられたのは当然であるといってよい。ところが、そんな厳しい教練がアレクサンドロスにはまさに水を得た魚で、天性の運動神経と筋力は、何をやっても遺憾なく発揮された。
 長い柄の槍は、彼が投げると、うなりを生じて遠く真っすぐに飛び、みごと、的に突き立つのであった。
 石投げも、フィリッポスの倍ほどの距離へと投じた。
 矢を射れば、皆みごとに命中した。
 さらに彼は跳躍するときは、獲物に襲いかかる獅子のように鋭い全身の発条を見せた。
 「どうだ、フィリッポス、勉強ではちょっと君に敵わないところもあるが、教練だけは負けないぞ。それに、私は誰にも勝って強くなければならない。だって戦場を駆けるのには、何よりも敏捷さと体力が物をいうのだからね」
 貴族や王族の子弟にとって、体育とはそのまま武芸の鍛錬にほかならなかった。
 それが終わると、アレクサンドロスは全身にオリーブ油を塗り、それをヘラで汗や塵とともにぬぐい落としながら、フィリッポスと言葉を交わすのであった。
 「はい、昔、英雄達も、皆そうやって鍛えたのでしょう。皇子のご一門は、ホメロスの詩『イーリアス』の英雄アキレウスを祖先にいただく血筋。やがて今の鍛錬が必ず役立つ時がまいりましょう」
 フィリッポスは、すでに青年のように隆々たる筋骨の発達を示している皇子の肩や胸を見ると、文武ともにそなわった非凡さを感じないわけにはいかなかった。
 「私は生来、丈夫な方ではありません。とても皇子のお相手は務まりません」
 「そうか」
 アレクサンドロスは快活に笑った。
 「父上はね、私を、獅子の生まれ変わりだ、などとおっしゃることがある。それは母上が私を産もうとしていた時のことだ。ある日、父上は不思議な夢を見たというのだ。獅子が天から駆け降りてきて、母上のお腹にすっと入ったのだという。それから間もなく私が産まれた。父上は、よくその話をされるのだ」
 並んで腰掛けにくつろぎながら、次から次へと移るアレクサンドロスの話に耳を傾けることが、フィリッポスには何よりの楽しみであった。
 「こんなこともあった。君が宮中に来る少し前、私が十一の時のことだ。馬に乗るのは六つから覚えた。私は、馬が大好きで、可愛くてしかたがない。ある日、商人が、馬を売りに来ていた。その中に毛色もつややかな黒駒が一頭いた。それを私にくれるという。ところが、どうしたものか馬は容易に人を近づけようとせず、首を激しく打ち振り、後足を猛烈に蹴り上げるので、轡さえ掴まえる者がいない。そこで私が走り出て行って、さっと馬の動きをかいくぐり、手綱を手繰ると、平首を叩きながら太陽の方に向けてやった。すると、ピタリとおとなしくなった。なぜだか、分かるかい?」
 フィリッポスは、かぶりを振った。
 「それはね、馬は、自分の影を見て興奮し暴れていたのだ。太陽に向かって、影を見失ってしまった、それで馬はおとなしくなったというわけだ。素晴らしい乗り心地がすっかり気に入って、ブケファロスという名前をつけてやった。私は、どんな悍馬でも乗り馴らしてみせるよ。ほら、あの馬さ」
 アレクサンドロスは、体育場の向こうにある競走場を指さした。
 遠くまで楕円を描いている競走路があり、その一番手前の方に二頭立ての二輪の戦車が置いてある。その一頭は、たしかに黒い毛並みを光らせた若駒で、足元の草をゆったりと食んでいた。
 アレクサンドロスは、つかつかとその方へ歩いて行き、ひらりと跳び乗った。そして、手綱を握るや、いきなり二頭の馬の尻にムチをくれた。
 たちまち怖ろしい勢いで戦車は、競走路を巡りだした。
 両側の車輪が、狂瀾したように音をたてながら、砂塵を蹴立てる。皇子は、と見ると、狭い車台の上で馬を駆り立てながら、少しも危うげがない。これでもか、これでもかとムチを振るいつつ、飛ぶように疾駆していった。
 風にはためくマントの金具がキラキラと日にきらめくのが遠目に見えた。
 (まさしく、英雄アキレウス……)
 フィリッポスの手は、汗がにじみ、彼は思わず固唾をのんだ。
 愛馬とともに競走路を自在に駆ける皇子アレクサンドロスの姿は、さっそうと凛々しかった。皇子も、自分も、ホメロスの詩『イーリアス』を愛誦し、とりわけ皇子は主人公アキレウスの武勇ぶりを好んだ。アキレウスの話となると、皇子はいつも心躍り、夢中だった。皇子は、あのアキレウスの再来に間違いない。そして、いつかきっと偉大な仕事を成し遂げる王となるにちがいあるまい。
 ――フィリッポスは、胸の高鳴るのを覚えた。
 来る日も来る日も、フィリッポスは、皇子のもとに忠実に仕えた。懸命にまた懸命に勉学に努めた。書物を広げたテーブルに突っ伏して眠ったまま、窓から射し込む朝日の光に起こされることも少なくなかった。
2  時は流れ、夏過ぎ、秋逝き、冬が来た。
 ある朝、フィリッポスは、目覚めた寝台の上で、身に微熱を感じた。間もなく高熱が始まり、どっと寝込んでしまった。
 ややかぜ気味だったのを押して勤めたところに日頃の緊張からくる疲れがつけ込んだのであろうか。
 「十分に養生してからでよいから」と皇子から見舞いの言葉が来て、教場に出かけられない日が重なっていった。
 全身を悪寒が襲った。
 不眠。そして何を食べても受け付けなくなり、彼はみるみる痩せ衰えていった。宮中に勤める医者が差し向けられて来た。が、何が障ったものか、見当がつかない。宮中はもちろん、町なかにも、疫病流行の兆しは見られない。
 「肺炎らしい」という声もフィリッポスの耳に微かに聴こえてきた。
 投薬、湿布、放血手術と、さまざまな治療が試みられた。が、医者は首をひねるばかりであった。
 十日、半月と日数は過ぎても、フィリッポスの高熱はひくどころか、ますます病状は悪化する一方であった。時折、手足に震えがきたり、弱々しく咳くほかは、彼は昏々と眠り続けた。もはや寝返りする力も残っていなかった。
 フィリッポスの病床にアレクサンドロスが近づくことは、絶対に禁じられていた。
 「何とかならないのか。病因は分からないのか?」
 アレクサンドロスは苛立って、医者に問うた。
 「それが何とも……。流行病でないとも言い切れません。決してお近づきになりませぬよう。とにかく一向に熱が下がるようすがないのでございます。こう高熱が続きますと……」
 「大丈夫だろうか」
 「…………」
 医者は、弱々しくかぶりを振った。
 「熱が下がれば、よいのか」
 「さようです。熱さえとれますれば……。時々、うわ言を言うようになりましたが、それが危険でございます。意識のもうろうとした状態を示すものですから」
 「うわ言だって? どんなことを言うのだ」
 「そうでございますね……」
 医者は、眉根にことさら皺をつくって言葉を選ぶように言った。
 「皇子様の名を呼びました。アレクサンドロス様、と」
 「え、私の名をだって?」
 アレクサンドロスの顔は、みるみる愁いの色を濃くした。
 「皇子の名より外には、何も申さないのです」
 アレクサンドロスは、しばらく沈黙した。それから胸の奥底から吐き出す大きな息とともに、沈痛な声を発した。
 「ああ、フィリッポス、そうだったのか。それはきっと、私と一緒に慣れない激しい教練や、心を張りつめた勉強に励んで、疲れきってしまったのだ。きっと、それにちがいない」
 アレクサンドロスは、急に身を翻して、自分の部屋を出て行こうとした。
 「どこへ行かれるのです?」
 医者が、とがめた。
 「フィリッポスのところへだ」
 「いや、いけませぬ。悪い病気かもしれませぬ。大事なお体が、病に感じては……」
 「いや、大丈夫だ。それより、仲間が死ぬかもしれない病に苦しんでいるのに、見殺しになど、出来るものか」
 そう言い捨てると、アレクサンドロスは、押しとどめようとする医者の手を振り払い、フィリッポスの病室へと急いだ。
 その時、病床のフィリッポスは、熱に浮かされた薄明の意識のなかで、夢を見ていた。
 ――遠くかすかに、眩い光彩を放つ騎馬姿が現れていた。そして、こちらを目指して、ゆっくりと近づきつつあるように見える。その姿は、次第に大きくはっきりしていく。それは、青銅の鎧や脇にかかえる大弓も勇ましい、一人の青年騎士であった。騎士は、気負い立つ黒駒にうち乗って、轡や武具を陽にきらめかせつつ、大きく弧を描くように悠揚として天空を馳せている。
 (ああ、英雄アキレウス……あれは、アキレウスだ……)
 フィリッポスの混とんたる意識は、鮮やかな騎士の影に引きつけられて、目覚めるように澄んでいった。
 突然、騎士は踵を返して、自分の方へまっしぐらに駆けて来た。飾り毛も豊かなかぶとの中の顔がぐんぐん近づいて来る。目を凝らしたフィリッポスは、思わず息を呑んだ。
 いつも皇子と二人で夢見合い、想像し合ったアキレウスの目鼻立ちではなかった。それは、まぎれもない、懐かしいアレクサンドロスその人の面影であった。そして、皇子が激しく駆り立てる黒い天馬も、まさしく皇子の愛馬ブケファロスにちがいない。
 フィリッポスは、みるみる満身に力が湧いてくるのを覚えた。
 アレクサンドロス様!――夢の中で、必死に叫んでいた。
 アレクサンドロスは、疲れ果て、痛々しく横たわっているフィリッポスの寝台の傍らに跪いた。そして、手を差し伸べて、フィリッポスの片方の手にさわった。激しい熱が、指先からのぼってくる。もはや汗も枯れたらしく、皮膚は乾ききっていた。
 その時、僅かにフィリッポスの唇が動いた。
 「……アレクサンドロス様……」
 確かに、そう言って、一瞬、病熱に潤んだ目を薄くあけた。思わず、アレクサンドロスは、フィリッポスの手のひらを、自分の両手の中に固く包んだ。
 「フィリッポス、私だ。アレクサンドロスだ……」
 フィリッポスは、微かに笑みを頬に浮かべたかに見えたが、また目を閉じた。皇子の言葉が聴こえたのかどうか、それは分からなかった。
 その日も、次の日も、フィリッポスは、前後も知らない深い眠りにおちいったままだった。ただ、頬に赤みが蘇り、熱が解け始めている、実に不思議なことだが、助かるかもしれない、と医者は明るい顔つきで、アレクサンドロスに報告した。
 約一カ月にわたり病床の身となっていた彼フィリッポスは、明るい回復の日を迎えた。そして、再び、教場に戻れる時も来た。
 二人は、ひそかに末永く友であることを誓い合った。
 ある日、アレクサンドロスが友に尋ねた。
 「君は、こんなにも勉強して、何になりたいのだ」
 フィリッポスは、真っすぐに友の目を見て言った。
 「医者になりたいのです」
 「医者に?」
 「はい。どうしても立派な医者になりたいのです。私はもともと丈夫な体質ではありませんから、戦士には向きません。父を失ったのも、病のためでした。ですから、どんな病も治せる医者になりたいのです。それに、私の命は、皇子に助けていただきました」
 「私に……?」
 「そうです。アキレウスであるあなたさまに……。今度は、私が皇子をお助けしたいのです。どうか、いつまでも私をお側近く召し使って下さいませ」
 涙が、はらはらとフィリッポスの両頬を伝わった。

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