Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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昭和三十年(五月)  

「若き日の日記・上」(池田大作全集第36巻)

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2  五月三日(火) 曇後雨
 午後より小雨となる。
 十二時三十分、小岩支部の主催にて、第十二回本部総会を開催。
 参加人員、一万五千名突破との事。
 偉大なる前進。限りなき前進の縮図であった。
 入場出来ず、淋しそうに帰った多数の人のあることを耳にした。可哀想に。
 何の事故もなく、思った通り完了し、安心する。陰の青年部員達に、心から謝す。
 大幹部の面々も、常に、運営にあたる陰の人々の力を、忘れないで貰いたい。
 強く念う。―――将来のためにも。
 五時三十分より、二次会。
 N園、―――大幹部全員出席。僧侶多数。
 司会、自分達。
 身体の具合悪し。今生で一番苦しい一日であった。
 十二時、死ぬが如く、床に入る。
3  五月四日(水) 曇時々小雨
 身体の調子、全く良からず。
 先生も、実にお疲れの御様子。
 昨夜は、お吐きになったとの事。
 先生の、この数年の活動は、凡人の幾百年にも通ずる。肉弾の如く、広布の陣頭指揮に。弟子の育成に。―――
 他の指導者達が、ゴルフに、麻雀に、温泉にと、休息している間に。―――
 一般人は、前者を狂人といい、後者を賢明な人なりと云う。
4  五月五日(木) 晴
 一日中、晴天。
 晴朗なる大気、天下に満つ候。
 会社、休み。朝九時、起床。朝風呂に行く。
 午後より、先生宅へ。
 H夫妻、M夫妻、私達夫妻であった。
 先生より、沢山、御馳走になる。尚、指導を賜る。忝い。
 帰宅、十時少々前。本棚を整理し、一人早目に、床につく。
5  五月六日(金) 晴天
 身体の具合、少々取り戻す。
 皆の、逞しき、元気な姿が、うらやましい。
 妻も、無理を通し、疲れているらしい。最近、元気なし。
 健康であらねば。
 皆に心配を懸け、自分も仕事が成就出来ぬ。
  一、唱題。二、睡眠。三、養生。
 重々、注意。実行。忍耐。
 ″仏法ハ道理ナリ″
6  五月十五日(日) 小雨後曇
 午前中、在宅。
 久し振りの休日である。
 午後、M女史来る。続いて、H部隊長他三名の幹部来宅。
 ベートーベンの「運命」「幻想曲」等を、共に鑑賞。苦悩と戦いゆくこの調べ。自己の胸中にも似たり。
 夜、矢口のS宅へ。夕食を御馳走になる。親戚の社会主義者と、二時間程、語る。折伏になる。‥‥可哀想な人なり。確信なき、青白き、虚無的な人生の姿を、まざまざと観る。
7  五月十六日(月) 晴
 気持ち良き、朝であった。
 元気、多少回復して来る。嬉し。
 妻も、少々元気を取り戻す。
 二時、先生、旅行よりお帰りになる。
 早速、お出迎えし、本部に着く。種々、御報告申し上げる。
 先生より、二、三、聞き返されしも、良く説明出来ず、汗をかく。情けなくなる。
 六時三十分。
 堀米先生の御講義。「御義口伝」。
 帰り、月清し。
 「荒城の月」を歌いたい心境。
 『ホイットマン詩集』(前出)を開く。
 私は方向を転ずる、だが私自身を救ひはしない
 過去の解説は他を混乱させた、然もなほ闇黒である。
 磯辺は刃のやうな氷の風で断たれ、難船を告ぐる砲が響く、
 嵐は止み、月は難破物の中からよろめき昇る。
 私は船が助けなく船首の端を露はしてゐるを見る、
 私はその衝突する時の爆発を聞く
 私は驚愕の怒号を聞く、それらは次第に弱りゆく。(秋の小川眠れる人々)
 阿部次郎の『三太郎の日記』をちょっと読む。面白からず。早目に床につく。
8  五月十七日(火) 曇
 先生、午前中、お休み。
 御自宅に、種々御報告に。
 晴天。健康回復の徴。嬉し。
 陶淵明の「帰去来」を暗誦しながら、道を歩んだ。
  帰去来号     帰りなんいざ
  田園将蕪胡不帰  田園 将にれなんとす なんぞ帰らざる
  ‥‥‥‥     ‥‥‥‥
  舟揺揺以軽蝿
  風飄飄而吹衣   風は飄飄として 衣を吹く
 七時三十分、常在寺。
 第六部隊会出席。弱体なり。
 一人一人の、信心確立、組織の充実、指導層の具体的内容の指導等が不備なり。
 終わって、S君の送別会に出席。品川の妙光寺。
 吾が心境を、厳として語る。T氏等のやきもちには、ほとほと困る。弱き男性よ。
9  五月十八日(水) 小雨
 少々疲れ増す。
 午後、月島で催す、国際見本市に行く。H君等と共に。
 偉大なる、産業、科学、工業の進歩発展に頼もしく思う。
 帰り、皆して会食。
 夜、教授会を変更して、聖教新聞代理店を決める打ち合わせ会となる。
 先生より、種々、厳しき指導を受く。
 胸痛し。
 小林秀雄の『批評家失格』『″罪と罰″について』を面白く読む。
 どの本を読んでも、結局は、自己が一番優れ、偉いといっているようだ。
 『ホイットマン詩集』(前出)を読む。
 宇宙の大道をゆく男女の霊魂の進歩にとりて、
 凡ゆる他の進歩は必須なる表号と営養とである、
 永遠に生き永遠に進め、
 人々が容れ人々が棄てた権威、厳粛、悲哀、卑怯、無益の争、
 乱心、騒擾、柔弱、不満、絶望、倨傲、嗜好、疾病。
 彼等は行く、彼等は行く、私は彼等の行くを知る、
 然し何処へ彼等が行くかを知らない。
 然し私は彼等が最善の方へ行くを知る、或る偉大の方へ。(カラマス 大道の歌)
 時計二時を回る。眠くなる。
 夢は―――詩人か。財界人か。大政治家か。平凡なる哲人か。力ある革命児か。民衆の無冠の王か。
10  五月十九日(木) 快晴
 身体の調子、良好となる。
 午後、先生の使いとして、横浜に、Y相互銀行の営業部長K氏に面会。久方振りである。
 日増しに、社会の濁乱を感ずる。
 悪世末法そのままである。正法を受持した幸せを泌々と知覚する。
 夕刻、本部へ行く。先生に、K氏への伝言をなせし、報告にあがる。
 終わって、国鉄当局、旅行会等と、輸送、登山会の事について、会談。
 日進月歩、大発展を続ける吾が学会に、先手、先手を打つ、対外折衝への組織が急務。
 支部長宅に回り、幹事達と打ち合わせをし、帰宅。十二時を回る。
11  五月二十日(金) 雨
 先生、全くお元気なし。注射を打たれる。良く、もんで差し上げる。
  一、弟子の道を、過たず進みたいものだ。
  一、先生の慈悲を、私共は、どれだけ知っているか。
  一、先生の構想を、いかほど身に付けたか。その実践、ありや否や。
 妙法の下、大師匠の下には、純真なる人、必ず勝つ。
 群雄割拠の時代、社会は、力と才と、策の人が勝つだろう。
  一、人生の目的―――即ち一生成仏なり。
  一、宇宙即生命―――自由自在の境涯なり。
  一、色心不二―――精神、肉体、智慧、財、総て、満足せるなり。
 子供二人になり、大森山王のアパートを、出る事に決まる。契約なれば止むを得ず。
 知り合いの家屋を、月賦、金壱百万同也で購入することになる。半額は、親父より借金。半分は、毎月壱万円ずつの返済で結構との事にて、交渉落着。
 坪数、十八坪。敷地、借地、五十八坪五合との事。来月中旬に引っ越しの予定となる。
 小生、留守多き故、妻の実家の近くと願いし通りになり、安心。
12  五月二十一日(土) 晴天
 午前中、多忙。
 十二時三十分発の特急にて、大阪へ講義に。
 「法華初心成仏抄」を終わる自分の勉強不足を、つくづくと嫌う。
 終了後、堺支部班長会に出席。
 非常に明るい会合。
 終了後、共に、立宗七百二年、十月の、青年部、男女一万名総登山の記録映画を観る。
 将来、国宝的記録ともなるであろう。
 乱世に、これ程多数の青年達が、求道心に燃え、自己の確立と、日本再建に、活動しているのだ。これを、愚かな評論家共は、狂信といい、貶すのみに終始。憐れなり、幼稚なり、増上慢たり。
13  五月二十二日(日) 曇
 昨夜、遅かったため、眠かった。
 朝七時、起床。心身共に疲労加重。
 小生の講義の、下手な事を猛省する。
 正午まで、研究会を続行。
 正午より、支部幹事、部隊長等と、人事、組織等の、打ち合わせ。
 来阪の度に思う。関西の成長発展を。
 夕飯を、S兄と、御馳走になる。
 夜行にて、帰京。
14  五月二十三日(月) 薄曇
 午後。Mさんと共に、新築のI宅に、挨拶に行く。たいして事業も軌道に乗っていないのに、虚飾の建物かと思う。
 夕刻、四級講義。先生、御出席。於本部。
 真剣だ。求道の別世界に、身の引き締まる思いなり。此の姿、此の環境のある限り、学会は、大盤石であろう。欠席者、全く無し。
 終了後、先生に呼ばれる。
 沼津方面で、共同事業を企て、学会利用を計った元市議のことを、指摘される。全般の、動向の見えぬ、参謀室、ありや否やと。
 恐縮する。
 次第に、信心利用者が、多くなることだろう。和合僧を、破壊し、利用することは、天魔悪鬼の所作にほかならぬ。
 仏と魔との勝負。これ仏法なり。
15  五月二十四日(火) 晴後曇
 横浜方面に出張。
 非常に、良好な天気であった。
 身体の具合、漸次良し。
 夜、S君の結婚式。盛大。
 祝辞を述べる。友が、次第に家庭を持つ、年齢になって来た。
 よろこぶべし。―――初志を忘るべからず。
 近頃、自分の愚鈍が、わかってきた。
 生涯、決して、精進努力を忘れぬことだ。
 未だ得ざるを、これ得たりと思うこと勿れ。
 宗教革命論、政治と宗教論、科学と宗教論、文化と宗教論等を、立派に書き上げる勉強を着々とせねばならぬ。
 丈夫、若人、若武者、健児、青年、青春。今、吾人は、その中に、時代に、現実に、生きる。
 夢を、大志を、情熱を、忘ること勿れ。
16  五月二十五日(水) 晴一時雷雨
 I君の結婚式に出席。
 妙光寺、盛大。
 不幸な一家が、これほどまでに、幸福になったか。功徳か、努力か、時代か。―――
 品川の食堂にて、H、T夫妻等と、支部の運営について懇談。
 真剣なのは、自分のみ。面白からず。
 夜、「白鳥の湖」を観る。
 空想ト幻想ノ色彩、鮮ヤカデアッタ。儚シ。
 支部の幹部、O氏達、指導を受けに、来宅している。深刻な悩みの様子であった。
 帰りは、安心して帰った。本人が悪いと思う。
17  五月二十六日(木) 晴天
 一日中、気分、勝れず。
 S宅にて、座談会。二人入信。何よりも嬉し。
 引き続き、幹部会出席。成果、先月より上がらず。
 皆、明るい。元気。勝っても、負けても、快活でなくては。‥‥信心している人は、地涌の菩薩は、平和の革命児は。
 来月、再び真剣に指揮を執ろう。
 学会本部も、そろそろ多数の人が出入り出来る様、いつか新築する必要ありと、一人考える。広布の本丸らしきものを。―――
 支部の会館も、多数必要のことであろう。将来、十年後―――。幾百の支部になることか。凡下には、全くわからず。而れども、そうあらねば、広布の実現ということは、思考出来得ず。
 幾人の人が、未来のビジョンを、真面目に、責住を持して、考えている事か。
18  五月二十八日(土)〜二十九日(日) 雨
 青年部総登山。
 豪雨。全員、びしょ濡れ。
 御本尊様の厳しさ。謗法の徒、多き故か。
 重々、信心を猛省す。
19  五月三十日(月) 曇
 夜、全体会議。
 先生の指導、特に厳し。
 吾が胸に、雷の如く響くなり。
  一、本質論と形式
  一、化儀と化法
  一、強信と名誉主義
 大要、以上の指導。
 偉大なる師匠。
 慈悲の指導に、頭垂るるのみ。
 先生の、足下にも及ばぬ自己を、一日一日と、知って来た昨今。鳴呼。
20  五月三十一日(火) 曇
 昨日の、先生の指導が、脳裡に刻みつき、一日中、離れぬ。
 先生の、指導訓練、日増しに厳し。
 耐えるのに、精一杯の一日一日。
 夕刻、神田通りへ。古本、三冊購入。
 買いたい本は、山ほど有る。財政難。
 白雲も、樹々の服装も、皆、夏型に移る。

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