Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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舎利弗。如来能。‥‥  

講義「方便品・寿量品」(池田大作全集第35巻)

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8  強い人は障害さえも生かす
 日蓮大聖人は、「大難来りなば強盛の信心弥弥いよいよ悦びをなすべし」「賢者はよろこび愚者は退く」と仰せです。悩みがあればあるほど、「境涯を開くチャンスだ」と決めて、いよいよ喜び勇んで前進する。友には安心を与えながら、自分は一切に耐えて、にっとりと微笑み、戦っていく。これが仏法者です。その人が「悦可衆心」の人生となるのです。強く生きぬきましょう。
 「みかげ石の塊は、弱者にとっては歩く邪魔になるが、強者にとっては歩道の踏み石になる」(カーライル)という言葉があります。強い人は、障害さえも生かす。強ければ強いほど、人生は楽しいのです。生命力です。精神力です。その根本は信力・行力です。
 大聖人は、衣裏珠の譬えを通して、貧しい男が無価の宝(価のつけられないほど高価な宝)を発見した喜びを、文底から次のように仰せられている。
 「始めて我心本来の仏なりと知るを即ち大歓喜と名く所謂南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり」──はじめて自分自身の生命が本来、仏であると悟ることを大歓喜というのである。南無妙法蓮華経と唱えることこそ、歓喜の中の大歓喜である──。
 本当の幸福は「内なる幸福」です。外面の状況に左右されない「内なる境涯」を確立することです。
 今、人々は刹那の喜びを求め、外面を豊かさで飾ることを幸福と呼んでいるかもしれない。そんな社会であるからこそ、私たちは「内なる幸福」のすばらしさを、「歓喜の中の大歓喜」の姿で、人々に教えていこうではありませんか。
 喜びは、伝播します。「悦可衆心」の人は、周囲の人をも「悦可衆心」の人に変えることができる。
 また人を「悦可衆心」させようと努力する人は、自分の心も「悦可」していく。創価学会には、真の「悦可衆心」があります。生命の歓喜、躍動があり、根本的に楽しいから、人が集まる。「楽しい」ということが、仏法が生き生きと脈動していることの偉大な証明なのです。

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