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日蓮大聖人・池田大作

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久遠の誓に生きる同志の勝利の連帯  

講義「御書の世界」(上)(池田大作全集第32巻)

前後
2  互いを活かす「水魚の思い」
 斎藤 まず、「生死一大事血脈抄」には、次のように異体同心の重要性を指摘されています。
 「総じて日蓮が弟子檀那等・自他彼此の心なく水魚の思を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、然も今日蓮が弘通する処の所詮しょせん是なり、若し然らば広宣流布の大願も叶うべき者か
 〈通解〉――総じて日蓮の弟子檀那らが、自分と他人、彼と此との分け隔てなく、水と魚のように互いに助け合う心で、異体同心に南無妙法蓮華経と唱え奉るところを生死一大事の血脈というのである。しかも、今、日蓮が弘通することの肝要は、これである。もし、この通りに実践するならば、広宣流布の大願も成就するであろう。
 池田 ここで、大聖人は、門下が自他の分け隔てをすることなく、互いに支えあい、励ましあう異体同心の信心で、南無妙法蓮華経と唱えていくところに、生死一大事の血脈がある、と示されています。
 また、この異体同心の信心で唱える題目こそ、大聖人が「弘通する処の所詮」であるとされている。そして、この異体同心の信心によって、広宣流布の大願も叶うと仰せです。
 斎藤 大聖人は、それほど「異体同心の信心」を大事にされていたのですね。
 池田 戸田先生も、「生死一大事血脈抄」のこの一段を、常々、大切にされ、後世のために、厳として講義されていた。そして、この大聖人の血脈が、脈々と流れ通う広宣流布の和合僧こそ創価学会なのであると、凜然と訴えられていた。
 「戸田の命よりも大切な学会の組織」を何ものにも破らせてはならないと、師子吼されていた。
 創価学会は、永遠に、異体同心の団結で勝っていくのだ、とも言われていた。
 仏意仏勅の学会を守り、強めていく以外に、広宣流布は絶対にあり得ないことを、先生は、烈々たる気迫で、「遺言」として訴えられたのです。
 信心の団結こそ、広布の要諦です。
3  森中 この御文では、「自他彼此の心」がなく「水魚の思」を成す状態が「異体同心」であるとされていますね。
 池田 「自他彼此の心なく」とは、同じ大聖人門下同士で、相対立し排斥しあう心がないことです。「水魚の思を成し」とは、互いをかけがえのない存在、自分にとって不可欠な存在として大切に思う心、互いを活かす心といえるでしょう。
 このように、心を一つにして互いに助け合うさまが、「異体同心」です。
 「水魚の思」という言葉は、『三国志』の「君臣水魚の交わり」が有名だね。"諸葛孔明(水)を得た劉備玄徳(魚)は大きく飛躍し、また孔明も自らの力を十分発揮し得た"という故事に基づく成語です。互いに支えあい、助けあうことによって、個性や持てる力を大きく発揮していく関係です。
 森中 「団結」が強調されると、ともすれば、「個人・個性」は押しつぶされ埋没してしまいます。しかし、大聖人の異体同心は違います。
 個性の抑圧は、万人に仏性ありとして一人ひとりを尊ぶ法華経の精神に反します。
 池田 あくまでも、すべての人の個性が重んじられ活かされていく団結を、大聖人は「異体同心」という言葉をもって見事に示されているのです。
 斎藤 一般にも、さまざまな組織論が説かれています。しかし、一人の力を最大限に発揮させる組織の最高の原理は「異体同心」であると思います。
 池田 その通りです。「異体同心」こそ、人間を尊重し、人間の可能性を最大限に開花させる、最高の組織論といえる。
 「異体」――各人は、使命も適性も状況も違っている。
 「同心」――しかし心は一体でいきなさいというのです。
 「異体異心」では、バラバラになってしまう。
 「同体同心」というのは、個性を認めぬ集団主義であり、全体主義になってしまう。これでは、個々の力を発揮させていくことはできない。
 森中 「異体」でありながら「同心」で一致する、「同心」を基礎として「異体」が活躍する。これが、理想の組織ですね。
 池田 使命のない人などいません。一人ひとりに偉大な可能性がある。それを実現させるには、どうすればいいのか。
 一人が人間革命すれば、皆に勇気を与える。希望を与える。確信を与える。触発が触発を生み、その連鎖によって、偉大な変革のエネルギーが発揮されるようになる。
4  斎藤 その意味では、創価学会こそ、一人を大切にすることに最も深い心を持った真の民主的な組織だと感じています。
 池田 利害で結ばれた団体でもない。権力で統制された団体でもない。
 人間を輝かせる仏法を広宣流布するという大理想で合致した、人間性の真髄の団体です。それは人間対人間の深き信頼の結晶でもある。
 森中 本当に、そう実感します。学会ほど麗しい幸福の連帯はないと思います。創価学会を築き上げた三代の会長に感謝は尽きません。
 戦前の創価教育学会の時代、すでに牧口先生は言われています。
 「自己を空にせよということは嘘である。自分もみんなも共に幸福になろうというのが本当である」(『牧口常三郎全集』第十巻)〈一九四一年、東京・神田の臨時総会で〉
 池田 国中が全体主義に狂っていた時代です。牧口先生は、その真っ直中にあって「滅私奉公」の考え方を明確に否定しておられた。
 日蓮大聖人は「自他共に智慧と慈悲と有るを喜とは云うなり」と仰せです。
 自分も他者も共に幸福になる世界を築く。「滅私」でなく「活私」――これが、日蓮仏法の真髄であり、学会の根本の精神です。
 斎藤 その当時の創価教育学会の綱領にも、こう掲げられています。
 「本会は他を顧み得ぬ近視眼的世界観に基づく個人主義の利己的集合にあらず、自己を忘れて空観する遠視眼的世界観に基づく虚偽なる全体主義の集合にもあらず、自他倶に安き寂光土を目指す正視眼的世界観による真の全体主義の生活の実験証明をなすを以て光栄とす」(『牧口常三郎全集』第十巻)
 池田 「近視眼的世界観」とは、自分の利益だけを考える利己主義です。
 「遠視眼的世界観」とは、国家や民族のために、個々の人間を犠牲にする全体主義です。
 これに対して、牧口先生が掲げた「正視眼的世界観」は、「自他共の幸福」を目指す道です。ここでいう「真の全体主義」とは、個人と全体の調和です。一人ひとりが自己の幸福を開花させながら、いかに社会全体の平和と繁栄に寄与していくかを志向している。理想にとどまるのではなく、現実の人生と社会において「実験」し、「証明」する。牧口先生は、生活法の根本であり、価値創造の大法である大聖人の仏法によって、これが可能であると把握されたのです。ここに、「創価学会の出発点」があります。
 森中 その創価の世界は、国境を越え、民族を越え、文化を越えて、今や百八十一カ国・地域に広がっております。まさに仏法史上、空前絶後の偉業だと思います。
 斎藤 学会の発展を、日蓮大聖人が、どれほどお喜びでしょうか。
 池田 日蓮大聖人の全生命は、仏意仏勅の広宣流布を遂行する創価学会に流れています。創価学会という和合僧団を離れて、大聖人の血脈も、信心の血脈も絶対にありえません。
 創価学会を守ることが、そのまま、大聖人の信心の血脈を守ることになる。自身の生命に信心の血脈を流れ通わせることができる。学会を離れて、真実の仏法の実践はない。
5  「同心」とは「広宣流布を目指す信心」
 森中 大聖人は、特に難と戦う門下たちに対して異体同心を強調されています。熱原の法難で戦う信徒に対して認められた「異体同心事」の一節を拝読してみます。
 「あつわら熱原の者どもの御心ざし異体同心なれば万事を成し同体異心なれば諸事叶う事なしと申す事は外典三千余巻に定りて候、殷の紂王は七十万騎なれども同体異心なればいくさけぬ、周の武王は八百人なれども異体同心なればちぬ、一人の心なれども二つの心あれば其の心たがいて成ずる事なし、百人・千人なれども一つ心なれば必ず事を成ず、日本国の人人は多人なれども体同異心なれば諸事成ぜん事かたし、日蓮が一類は異体同心なれば人人すくなく候へども大事を成じて・一定法華経ひろまりなんと覚へ候、悪は多けれども一善にかつ事なし、譬へば多くの火あつまれども一水にはゑぬ、此の一門も又かくのごとし
 〈通解〉――熱原の人々のお志について言えば、異体同心であれば万事を成し遂げることができるであろうが、しかし、同体異心であれば諸事万般にわたって叶うことはないであろう。このことは、外典の三千余巻の書物にも定まっていることである。
 殷の紂王は、七十万騎であったが、同体異心であったので、戦いに負けてしまった。周の武王は、わずか八百人であったけれど、異体同心であったので、勝ったのである。
 一人の心であっても、二つの心があれば、その心が噛みあわず、ものごとを成し遂げることができない。たとえ百人・千人であっても、一つの心であれば、必ずものごとを成し遂げることができる。日本国の人々は大勢であるが、体同異心であるので、諸事万般にわたり成し遂げることは難しい。それに対して、日蓮の門下は異体同心であるので、人々は少ないけれども、大事を成し遂げて、必ず法華経が広まるであろうと考えるのである。
 悪は多けれども一善に勝つことはない。譬えば、多くの火が集まっても、一つの水に消えるようなものである。この一門も、また同じである。
 斎藤 ここでは、「異体同心」と「同体異心(体同異心)」とを対比させて、「異体同心」が勝利の要諦であることを教えられています。
 この対比には、殷の紂王と周の武王との戦いを例として挙げられています。殷の紂王軍を「同体異心」の例とし、周の武王軍を「異体同心」の例とされています。
6  池田 殷と周の戦いについては、司馬遷の『史記』に詳しいね。
 森中 はい。『史記』の「周本紀第四」によると、紂王の軍は、殷の正規軍で七十万という大軍であったけれども、兵士たちは暴虐の紂王を見放し、もはや紂王のためにも、殷王朝のためにも戦おうという気持ちにはなっていなかった。それで、武器をさかさまにして武王を受け容れた、ということです。
 池田 大聖人は、名目上は殷軍として一つの軍旗のもとに束ねられていたことを指して「同体」と言われ、紂王および殷王朝のために戦う気持ちはなかったことを指して「異心」と言われたのだね。
 森中 はい。それに対して、『史記』によると、武王軍は厳密にいうと諸侯の連合軍であり、それぞれの旗を掲げていました。したがって、名目上は一つの軍にはなっていなかったのです。
 斎藤 それが「異体」ということですね。
 池田 しかし、紂王を倒し、正義が栄える新しい時代を開こうという心は同じであった。これを「同心」と言われている。
 「同体」か「異体」かは、この軍勢の例でいえば、一つの旗じるしと指揮系統のもとに統括された軍隊であるかどうかです。これに対し、「同心」か「異心」かは、目的意識が一つになっているか否かを指して述べられていることが分かります。
 形の上では同体でも、心がばらばらでは何事も叶いません。反対に、形の上では異体でも、心が一つであれば何事も成就できます。
 斎藤 「同心」とは「同じ目的意識に立つこと」であることが分かります。大聖人の仏法においては具体的に「広宣流布を目指す」という目的意識をもつことが「同心」と言えると考えられます。
 池田 そうだね。「生死一大事血脈抄」では、異体同心の信心によって「広宣流布の大願も叶うべき者か」と言われている。また、「異体同心事」では、日蓮の一門の異体同心の団結によって、「大事を成じて・一定法華経ひろまりなんと覚へ候」と仰せです。これらを拝すれば、「同心」の「心」とは、「広宣流布を目指す信心」であることは明らかです。
 「広宣流布」は、万人の成仏を目指す仏の大願です。法華経の要の教えです。その仏の大願を我が心として、勇んで広宣流布の実践を起こしていくのが「同心」です。
7  森中 法華経では、釈尊滅後、悪世末法において不惜身命で法華経を弘通すべきことを繰り返し説かれています。その通りに実践したのが大聖人です。その法華経の心、大聖人の御精神に同心していくのですね。
 斎藤 大聖人の御精神と実践を継いで広宣流布に尽くしてこそ、真の門下といえます。「諸法実相抄」には、次のように仰せです。
 「いかにも今度・信心をいたして法華経の行者にてとをり、日蓮が一門となりとをし給うべし、日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか、地涌の菩薩にさだまりなば釈尊久遠の弟子たる事あに疑はんや、経に云く「我久遠より来かた是等の衆を教化す」とは是なり、末法にして妙法蓮華経の五字を弘めん者は男女はきらふべからず、皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり、日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非ずや
 〈通解〉――何としても、この人生で信心をしたからには、法華経の行者として生き抜き、日蓮の一門となりとおしていきなさい。日蓮と同意であれば地涌の菩薩であることは間違いないであろう。
 地涌の菩薩と定まったならば、釈尊の久遠以来の弟子であることは疑いない。法華経に「我久遠より来かた是等の衆を教化す」とある通りである。
 末法において妙法蓮華経の五字を弘める者は、男女の差別はない。みな地涌の菩薩の出現であり、そうでなければ唱えがたい題目なのである。はじめは日蓮が一人で南無妙法蓮華経と唱えたが、二人、三人、そして百人と、次第に唱え伝えてきたのである。未来もまた同様であろう。これこそ地涌の義ではないだろうか。
 森中 大聖人の門下として、大聖人と「同意」で実践に励む人は、男女を問わずすべて「地涌の菩薩」であると讃えられていますね。
 池田 この仰せの前には、三類の強敵による難をも恐れず、妙法を弘通される大聖人の「忍難弘通の慈悲の精神」が述べられています。大聖人と「同意」とは、この御精神を我が心としていきなさいということです。
 この悪世末法において、いかなる苦難に遭おうとも、自行化他にわたって南無妙法蓮華経と唱えていく人が、末法弘通の付嘱を受けた「地涌の菩薩」です。
 忍難弘通の実践自体が、その証拠であると教えられているのです。
 地涌の菩薩の先達として、大聖人がただ一人立ち上がられた。そして、さまざまな迫害が続いたにもかかわらず、二人、三人、百人と広がっていったのです。そこに「日蓮が一門」の和合僧ができあがっていったのです。
 斎藤 さきほど、「生死一大事血脈抄」の御文を拝読しましたが、御書を拝していくと、日蓮大聖人がいかに和合僧の集いを大切にされているか。
 末法においては、広宣流布を目指して戦う集いに参加する以外に「成仏の道」は絶対にありえないことが分かります。
 池田 そもそも日蓮大聖人の時代における門下たちの絆はどうだったのか。
 おそらく、一般に考えられている以上に、門下たちの相互のつながりは深かったに違いない。御書を拝せば、そうした門下たちの絆の深さもよく分かる。
 斎藤 有名なのは、「可延定業書」でしょうか。富木常忍の奥さんの富木尼の具合が悪くて、ともすると病気と闘う気力がなくなっている様子のなかで、大聖人が絶対に負けてはいけないと強く励まされている御書です。
8  大聖人門下の同志の絆
 森中 医者でもある四条金吾は、富木尼の身を本当に深く心配し、大聖人に御報告した。そのことを大聖人が富木尼に伝えて、早く四条金吾に診察してもらうよう勧めているお手紙ですね。
 こうあります。
 「富木殿も此の尼ごぜんをこそ杖柱とも恃たるになんど申して候いしなり随分にわび候いしぞ・きわめて・まけじたまし不負魂の人にて我がかたの事をば大事と申す人なり
 〈通解〉――金吾殿は「富木常忍殿もこの尼御前を杖とも柱とも頼みにしているのに」等と言っていました。非常に心配していたのですよ。金吾殿は極めて負けじ魂の人で、自分の味方(信心の同志)のことを大事に思う人です。
 池田 四条金吾と富木常忍と言えば、ともに門下の中心的存在であり、草創以来の戦う同志です。だから、金吾にとってみても、富木常忍の心労が、我がことのように感じられたのでしょう。そうした心情がストレートに伝わってくる。
 また、それをそのまま本人に教える大聖人の御心もありがたいことです。病気の時の同志の真心の励ましは、万の薬にも匹敵する。"皆が応援していますよ。あなたが健康になる日を楽しみに、皆が唱題していますよ"という励ましに、どれだけ勇気が込み上げてくることか。
 病気に限らず、宿命と戦う人は周囲が感じる以上に孤独を味わっている。その時に、支えてくれる同志がどれほど力強い応援団になることか。学会の同志ほどありがたいものはありません。
 森中 門下たちは常日頃から集まっては語りあっていたようです。
 「単衣抄」の末尾にも「此の文は藤四郎殿女房と常により合いて御覧あるべく候」とあります。この「単衣抄」は、だれに送られたかは不明ですが、藤四郎殿女房は四条金吾夫妻とも親交があったようです。
 池田 「常により合いて」ですから、互いに緊密に連携を取り合って広布と人生を語り合う間柄だったのではないだろうか。
 大聖人から、"君たちは修利槃特のような三人"だと言われた門下がいたね。
 斎藤 千葉の大田金吾と曾谷入道、金原法橋です。
 「修利槃特と申すは兄弟二人なり、一人もありしかば・すりはんどくと申すなり、各各三人は又かくのごとし一人も来らせ給へば三人と存じ候なり
 ちょうど、この御書は大聖人が竜の口の法難の直後、相模(神奈川県)の依智に滞在していた時のお手紙です。竜の口から一カ月がたち、緊迫が続いているさなかに、みんなの仲の良さは修利槃特の兄弟みたいだね、と言われています。
 森中 佐渡の国府尼御前に与えられたお手紙では、千日尼と一緒にこの手紙を読みなさいと言われています。阿仏房・千日尼夫妻と、国府入道・尼夫妻が、家族同様のつながりをしていたことがうかがえます。
 池田 阿仏房夫妻には、信心がしっかりした子息がいた。反対に、国府入道夫妻には、どうも子どもがいなかったようだ。それぞれ境遇が違っても、共に手を携えて広宣流布に邁進していた様子が伝わってきます。
 大聖人は、門下に常に"仲良く、互いに励ましていきなさい"と指導されていた。
 「法華行者逢難事」には、常日頃から、皆が集まっては、大聖人のお手紙を読んで法門の学習をしたり、一生成仏・広宣流布を目指して語り合っていた様子がうかがえます。今で言えば、座談会や協議会などでしょう。
 斎藤 「富木・三郎左衛門の尉・河野辺・大和阿闍梨等・殿原・御房達各各互に読聞けまいらせさせ給え、かかる濁世には互につねに・いゐあわせてひまもなく後世ねがわせ給い候へ」と仰せです。
 「かかる濁世には」と仰せられているところに重要な点があるような気がします。
 池田 そう。「濁世」だから、互いに励ましあって前進していくのです。
 もともと、仏道修行そのものが独りで成就できるものではない。「名聞名利の風はげしく仏道修行の灯は消えやすし」だからです。
 皆で励ましあって、支えあって前進していくのです。互いに善知識となっていくのです。
 森中 「三三蔵祈雨事」にも、善知識が大切であると仰せです。
 池田 仏道修行は常に障魔との戦いです。絶えず悪縁・悪知識のなかで修行をしていかなければならない。
 例えば、天台のように、山林に籠って、そうした悪縁・悪知識を遮断しながら修行する生き方もあるかもしれないが、現代人が日常生活のなかで仏道修行をするには、如蓮華在水とあるように、悪縁のなかで人間として光り輝いていくなかにしか、凡夫の成仏の道はない。
 だからどうしても善知識の集団が仏道修行の成就のためには不可欠となる。
 いわんや、末法の修行というのは、そうした一般論の範囲では収まらない。
 邪法・邪師が横行して人々をたぶらかすからです。「立正安国論」でも「悲いかな数十年の間百千万の人魔縁に蕩かされて多く仏教に迷えり」と示されている。
 森中 法然が登場し念仏を弘めだしてからわずか数十年で、多くの人がだまされていく。民衆は幸福になろうと願っているのに、知らないうちにだまされて蕩かされる。
 斎藤 悪人は多し、善人は少なしですね。しかし、善人が敗れてしまえば末法は永久に闇です。
9  「団結」こそ魔を打ち破るカギ
 池田 だから異体同心が重要になってくる。「悪は多けれども一善にかつ事なし」です。悪の連合軍に勝つためには善人が強くならねばならない。団結していかなければならない。善人が勝たなければ悪人の天下です。
 民衆の幸福のため、平和と安定のために、悪と戦う善人の組織が結成されることは末法に善を拡大するための当然の帰結です。
 魔性の本質は、善人の集いの分断です。悪人は、容易に結集していく。常にそれとの戦いであることを忘れてはならない。
 森中 善人が団結しづらく、悪人が団結しやすいのも、一見、変な話です。
 池田 低い窪地に水たまりができるようなものです。低い目的観だから、すぐ野心や利害で結びつく。野合する。
 崇高な目的観に基づいた団結が、いかに重要であるか。大切な広宣流布の組織を絶対に壊されてはならない。破壊は一瞬、建設は死闘です。
 斎藤 長年培ってきた人間の信頼も、一瞬の分断の働きで、あっという間に引き裂かれてしまう。そこに魔の恐ろしさがあるし、それを見破っていく重要性がありますね。
 池田 一番分かりやすいのは池上宗仲・宗長兄弟の団結の闘争です。父・康光が兄・宗仲を勘当した事件は有名だね。二人の父・康光の背後には、極楽寺良観の画策があったこともよく知られている。
 この時に、兄・宗仲を勘当し、弟・宗長に家督を譲ろうとする動きがあった。それで、弟の宗長は、家督を継ぐか、信心を貫くかで少し迷う。最終的には大聖人から激励を受けて、兄と行動を共にしようとする。
 斎藤 いわば魔の戦術は、兄弟の離間策にあったということですね。
 森中 確かに、最初から兄弟二人とも勘当してしまえば、かえって二人とも腹を決めて、団結して父親に大聖人の仏法の正しさを訴えていったと思います。
 斎藤 悪の手法の本質ですね。魔は必ず団結を破ろうとする。
 森中 日顕も、当初、陰険にも、先生一人だけを破門にすることで学会員を動揺させようと画策した。まさに、天魔の所為です。
 結局、日顕の悪辣な策略は大失敗。永遠に歴史に大謗法坊主として汚名を残すことになった。
 斎藤 要するに、日顕には広宣流布の信心が皆無だった。広宣流布の同志の絆が全く理解できなかった。そこに、彼の"誤算"があったと言える。
10  池田 ともあれ、大聖人は池上宗仲の勘当事件を解決する鍵は「団結」にあると見抜かれていた。それも、兄弟の夫人たちも合わせて四人が団結することが魔を破る急所であると教えられている。「兄弟抄」の一番最後は、兄弟と夫人たち四人が強く団結していきなさいという指導で結ばれます。
 人間の集団だから、"仲が良い""あまり良くない"とか、相性の面で"好き""嫌い"があるかもしれない。ある意味で、人間としてそうした感情があることは当然といえる。無理して考える必要もない。
 しかし、好き嫌いにとらわれて仏道修行をおろそかにするのは愚かです。そこに魔が付け入る隙ができてしまう。格好の餌食となってしまいます。
 だから大聖人は同志間で悪口を言い合うことを厳しく戒められている。
 「心に合わないことがあっても語り合っていきなさい」
 「少々の過失は見逃してあげなさい」
 「不本意なことがあっても、見ず、聞かず、言わずで、仲良くしていきなさい」
 「松野殿御返事」では同志への誹謗について実に厳しい御指導があります。
 森中 はい。法華経を持つ人を謗るのは釈尊を一劫の間謗る罪よりも重いという経文を引かれて、法華経を持つ者は必ず皆仏となるから、仏を謗っては罪を得るのである、と言われています。
 池田 「皆仏」です。相手も仏身ならば、謗ることは仏を謗ることになる。
 「皆仏」だから、互いに尊敬しあうのです。創価学会の組織は「当起遠迎、当如敬仏」の精神に満ちあふれていなければならない。
 人を誹る癖がつけば「不断悪念に住して悪道に堕すべし」とまで仰せです。だから「仏の如く互に敬う」のです。法華経の宝塔品で釈迦と多宝が互いに席を分けあったように、仲良くしなければならない、とも仰せです。
 森中 仏と仏がいがみあっていたら、滑稽な仏になってしまいます(笑い)。
 池田 大切なのは「広宣流布を目指す信心」です。必死に広宣流布のために戦っていれば、いがみあっている暇などない。敵の目の前でいがみあう愚を、大聖人は幾度も戒められている。「鷸蚌の争い」であり、「漁夫の利」であると厳しく教えられています。
 斎藤 「兵衛志殿御返事」ですね。
 「内から言い争いが起こったら、"鷸蚌の争い""漁夫の利"になるおそれがある。つまり魔を利してしまう。南無妙法蓮華経と唱えて、つつしみなさい。つつしみなさい」(御書1108㌻、趣旨)と仰せです。
11  池田 どこまでも「同じ志」に立って、語りあうことです。次元は違うかもしれないが、「対話」は善です。連帯を築き団結を創るからです。「拒絶」は悪です。分断を招き破壊をもたらすからです。まず会うこと、そして話すことです。相手と違う面があるのは当然です。しかし、話し合えば、違いがあっても信頼が芽生える。社会にあっても、対話は平和の礎であり、拒絶は戦争の門です。
 森中 まさに今、先生が世界中の識者を結ぶ善のネットワークを築かれていることこそ、世界平和の支柱だと思います。具体的には日中の国交回復、中ソの和解にも貢献されました。また、今、先生の対話にはキリスト教とイスラム教の橋渡しとして重要な期待も寄せられています。
 池田 いずれにしても、大聖人は、門下に常に対話を勧め、異体同心を勧められている。「他人であっても、語り合えば、命をかけて助けてくれる」「くれぐれも駿河の人々はみな同じ心であるようにと伝えてください」等々。枚挙に暇がないほどです。
 「妙法の同志は、今世で常に語らい、霊山浄土に行っても、うなずきあって語り合いなさい」とも言われています。
 広宣流布をともに戦った同志の絆は永遠だからです。
 "あの人とは今世だけでけっこう"と思う場合もあるかもしれないが(笑い)、互いに境涯を革命すればいいのです。「蘭室の友に交りて麻畝の性と成る」です。人間は変わるものです。また、善く変わらなければ信心ではない。「鳩化して鷹と為り雀変じて蛤と為る」です。
 斎藤 戦い抜けば、霊山に行く時までには、お互いに人間革命しているから大丈夫ですね(笑い)。
 池田 いずれにしても、妙法の同志は尊敬しあっていかなければならない。険路の広宣流布の遠征の道をともどもに励まし合っていくのです。互いに善知識の存在として、異体同心の団結で進むのです。
12  晴ればれと仲の良い元初の世界
 斎藤 かつて日淳上人は、戸田先生亡きあと、池田先生を中心に心を一つに前進を誓った創価学会の姿を称えて、「全く霊山一会儼然未散と申すべきであると、思うのであります。これを言葉を変えますれば真の霊山で浄土、仏の一大集まりであると、私は深く敬意を表する次第であります」(創価学会第十八回総会での講演)と、述べられたことがあります。
 池田 創価学会は、まさしく「霊山一会儼然未散」の姿そのものを現出しているのです。崇高なる広宣流布の集いです。
 久遠の誓いを果たすため、末法の民衆の救済に出現した地涌の菩薩の集いは学会以外に絶対にない。私たちは、久遠からの永遠の同志にほかならない。
 戸田先生はかつてこう記されています。
 「大聖人は久遠元初の御本仏でいらせられ、われらも、大聖人より日蓮等の類い、または日蓮が弟子檀那とおおせをこうむった以上、久遠元初のその当初、御本仏の眷属として、自由自在な境地で、九界の衆生と天然自然のまま、つくろわず、働かさず、ときには怒り、ときには笑い、心のままに、楽しく、清くふるまいつつ生活していたものである」(『戸田城聖全集』第一巻)
 「あの晴れやかな世界に住んだわれわれが、いままた、この娑婆世界にそろって涌出したのである。思いかえせば、そのころの清く楽しい世界は、きのうのようである。なんで、あのときの晴ればれした世界を忘れよう。ともに自由自在に遊びたわむれた友をば、どうして忘れよう。またともに法華会座に誓った誓いを忘れえましょうか。
 この娑婆世界も、楽しく清く、晴ればれとしたみな仲のよい友ばかりの世界なのだが、貪、瞋、嫉妬の毒を、権、小乗教、外道のやからにのませられて狂子となったその末に、たがいに久遠を忘れてしまっていることこそ、悲しい、哀れなきわみではあるまいか」(『戸田城聖全集』第一巻)
 斎藤 「楽しく清く、晴ればれとしたみな仲のよい友ばかりの世界」とは、まさに異体同心の世界ですね。
 池田 皆が、元初の生命に具わる大願、すなわち「自他共の幸福」を願う久遠の誓いに立てば、必ずそうなるのです。これが創価学会です。
 我が創価学会は、仏意仏勅の団体です。この久遠の誓いを忘れず、さらに仲良く、さらに深く尊敬しあって、異体同心の団結で、ともどもに広宣流布の最極に麗しい世界を広げてまいりたい。

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